かえる道をさす
大学の創作の授業で提出したSS。原稿用紙二枚で書きたいことを全部書くのって難しい。
タイトルは彼女の帰る道を射す光と、返る道を指す「かれ」のことのつもりです。
「あの森で『かれ』を見た者は、森に食われる」。そう、昔からよく聞かされていた。私の生まれ育った小さな村で深く信じられている、よくある民間伝承だ。
「かれ」は、少年の姿をしていると聞く。病的なまでに透き通る青白い肌の、一見すると少女のような美少年。その美少年に会った人間は皆、それこそ魂を抜かれるような美しい声で、背後からささやかれるのだそうだ。
「この森から出てってよ」
恐る恐る振り返ると、そこにはうわさよりずっと健康的な笑顔があった。「へへ、びっくりした?」といたずらっぽく私を見上げる。
「だめだよ、こんなとこまで入ってきちゃ。ここって昼間でも薄暗いから、いろいろ危ないんだ。かく言うぼくも、その先の崖から落ちて死んだ口でさ。こんな不気味な場所に一人で来るなんて、物好きなおねえさんだね!」
「大きなお世話です」
よく舌の回る幽霊だと半分以上聞き捨てていたつもりが、思わず言い返してしまった。「かれ」はと言うと、そんな反応でも返ってきたことがよっぽど嬉しいのか、にこにこと人好きのする笑みを浮かべている。どうやら「かれ」は、人間を森に食わせるどころか、自分と同じ目に遭わせないよう助けているらしい。心のどこかで、ほっとする自分がいた。
「かれ」に半ば無理矢理手を引かれながら深い森を歩いていると、ぱあっと一条、陽の光がさした。「かれ」がすっとそちらを指さす。あそこが出口なのだと、感覚的に察した。
「聞かないんですね。私がここに来た理由」
「聞かないよ。聞きたくもない。だってきみはまだ、あの光の向こうに帰れるんだろう?」
そう言う「かれ」の表情は、光に飲み込まれてもう見えなかった。
「もう一度言うよ。この森から出てって」
気が付くと私は、住み慣れたわが家の縁側に寝ていた。幽霊のくせにぬくいあの手の感触だけが、それが夢ではないと知らせていた。