第九話
準備が整うとアルタイアの魔法の城内にテレポートした。
目を開けると、そこは大きめの部屋のようだった。
周囲を見回すと、大きな窓がいくつも並んでいて金があしらわれた豪華の内装で中央には大きなテーブルがあり本がいくつも重ねられている。
部屋の隅には剣や槍がたてかけられている。
この部屋の様子からして、アルタイアが言っていた近衛騎士団の詰め所だろうか。
ロイドもあたりをきょろきょろ見回した後、こちらに向き直る。
「へえ~、本当にテレポートって一瞬で移動できるんだな~」
「疑ってたんですか?」
「いや、別に疑っちゃいないけどさ~」
「それにしても……城のなかか」
十年前まで確かに、この城にいたのは思い出した。
けれど、ずっと街で小さな家に住んでいたこともあってこんなに広いのは少し落ち着かない。
ここにセレスティーナや父親がいる。
二人とは、もう十年も会っていないことになる。
自分の記憶にあるセレスティーナはまだ幼い子供のままだし、今頃どんな風に成長しているのは分からない。
会えば分かるんだろうけど、十年も会ってないとなると少し緊張する気がする。
もし会ったとして、どんな話をしたらいいんだろう。
「なるほど、ここが城のなかか。しかし不思議なものだな。魔道師の力を借りれば、こんなにもあっさり侵入できるとは」
セントグルトも驚いたように周囲を確認していた。
イアルクが思い出したように口を開く。
「しかし、急に城のなかに入っても大丈夫だったのですか?」
「大丈夫ですよ、近衛騎士団の方には既に言ってありますから」
「じゃあ、特に問題ないのか……」
それにしても、どんな顔をして会えばいいんだろう。
十年前この城にいた頃からまだいる者もいるんだろうか。
それに、果たしていきなり会って王子だなんて信じてもらえるのかどうかも不安だ。
本当に王子だとしても、ずっとこの城にはいなかったしその間特に教養もなかったわけで、王家の人間としては不十分すぎるかもしれない。
しばらくその場で待っていると、ドアが開く音がする。
「ルイス騎士団長、ちょうど良かった。いま彼を連れて来た所なんですよ」
アルタイアがそう言って、セルスの背中を押すと彼は入って来るなりしばらく何も言わず驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。
そのまま固まっていたが何度もこちらを確認した後、顔を伏せる。
「セルギルス王子……本当に、生きてらしたんですね……」
彼の顔を見ていると、少しずつ彼のことも思い出した。
確かに十年前にこの城にいたはずだ。
何と言葉を発すればいいのか迷っていると、ルイスはいきなり床に膝をつき頭を下げる。
その光景に思わずぎょっとした。
「申し訳ありません、王子!」
「え? あ……」
何が起こったのか、分からず言葉が出ない。
彼は頭を下げたまま続ける。
「私は……十年前のあの日、近衛騎士隊長でありながら……貴方を守ることができなかった。もっと私が、強ければ、あんなことにはならなかった……!」
「…………」
ただルイスの言葉が衝撃的だった。
彼は、どれだけ悔やんでこんなにも自分に対して罪悪感なんてものを感じていたんだろう。
いままでルイスがこんな風に苦しんでいたことなんて何も知らなかった。
ルイスのもとにしゃがみ込むと声をかける。
「ルイス、顔を上げてくれよ。俺は生きてるだろ……?」
「しかし……だとしても、私があの日、貴方を守れなかったことに変わりはありません。謝っても謝りきれないっ……」
「ルイスは何も悪くないし、俺は謝ってほしいなんかない。それにさ、俺はこうして生きてここにいてセレスティーナや……父上と会うためにここに来たんだよ。だからさ、謝ってないで手伝ってくれよ」
「王子……」
ルイスは顔を上げ、こちらを見る。
まだ何か迷っているような表情を浮かべていた。
けれど、ちょうど部屋に一人の少年が入ってくる。
「そうだよ、父上。過去のことばかり見てないで、前を見るべきだと僕も思うよ。過去に守れなかったって言うなら、その相手はいま目の前にいるんだからこの先守っていけばいいんだよ」
「ルーイ……」
ルイスは、ルーイを見上げる。
ルーイはにっこり笑いかけて、ルイスの肩を叩く。
「ほら、早く立ちなよ父上。やるべきことは分かってるんでしょ?」
「……そうだな」
ルイスはこちらに向き直り、立ち上がる。
そして真剣な瞳でこちらを見据え、口を開いた。
「見苦しいものを見せて、申し訳ありませんでした。この私で良ければ、また王子を守らせていただきたい」
「よろしくな、ルイス」
「良かった、父上もいつも通りになってくれて」
ルイスの隣でにこにこするルーイに目を向ける。
自分より一つか二つくらい年下だろうか。
見覚えない相手だったし、何よりルイスのことを父と呼んでいるということはやっぱり彼の息子なのだろうかと思いつつ、声をかける。
「ところでお前は……」
「僕はルーイと申します」
「私の息子です、王子。魔法の研究と、姫様の世話係を任されております」
世話係という言葉に反応した。
世話係ならば、セレスティーナに会う機会も多いのだろう。
ルーイなら、いまのセレスティーナのことを知っているはずだ。
ふとセレスティーナはいまどんな様子なのか聞いてみようかと思ってが、やっぱり聞くよりは自分で直に会って確かめたいと思って結局口にはしなかった。
「僕もできる限り手伝いますから、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ、よろしく」
差し出された手を握り、握手をかわす。
「さて、ひとまず話しませんか?」
間にアルタイアが割って入って来て、にっこりと笑った。
ふとドアの方に目を向けると、近衛騎士らしい青年とカンヌが入ってきた。
カンヌと一瞬目が合ったが、すぐに目をそらされた。
「とりあえず、立ったまま話すのもなんですから皆さん座っていただけません?」
その後、アルタイアが簡単に全て話してくれた。
★
話終わった後、セントグルトが飲み物を飲んで一息つく。
「つまり、強行突破して大臣を押さえて帝国王子を追い払うということか」
「そうだな~。でも、帝国王子がこの国の王になったらまずいんだし、それしかないんだろ?」
その話を聞きながら持って来た剣の手入れをする。
セレスティーナを助けて、父親に会った後はどうしたら良いのか分からない。
それはその時になってから考えようと思う。
いまはとにかく目の前のことに集中するしかない。
そうしていると、近衛騎士の青年が不満そうに声をかけてきた。
「お前が本当に王子なのか……?」
怪しむように告げられ、腹が立つ以前に内心仕方ないという感情も出てきた。
死んだはずの王子が実は生きていたなんて、そう簡単に信じられることではないだろう。
それにまだ自分とそう歳も変わらなさそうだから十年前にこの城で働いていたなんてことはないだろうから、顔を合わせたこともない。
剣の手入れをやめ、質問に一言返す。
「一応な」
「正直、俺には信じられないな」
彼はじっとこちらを睨んでいる。
気に入らないのであろうことはすぐに分かった。
「仮に本当に王子だったとしても、それだけ城を空けていたら王宮のこともほとんど知らないだろう? それに、王家の人間としての教養のなければ……いまの状況をどうこうできるとは思えない。お前みたいな奴で大丈夫なのか」
「何だよ、他に何も手がないんだからやるしかないだろ」
「今の状況が分かってるのか? なぜそんなにのん気でいられるんだ?」
「やめろ、ウィート」
ウィートがつかみかかってきたところで、間にカンヌが割って入ってきて彼を止める。
彼は納得いかないといった様子で引き下がる。
カンヌはウィートに声をかける。
「いまは喧嘩してる場合じゃない。お前だってそれは分かってるだろう?」
「……けど、俺は認めない」
ウィートは吐き捨てるように言うと、踵を返してその場から立ち去ってしまった。
カンヌはこちら向き直る。
「悪いな、あいつも今は状況が状況だからピリピリしてるんだろう。許してやってくれ」
「まあ、別に気にしちゃいけないけどさ」
カンヌはほっとしたような様子を見せる。
その後、腕を組んで難しい表情で考え込んでいるようだった。
まだ話があるのかもしれないと思い、その場を動かずまた剣の手入れをしながら様子を伺うことにする。
考え込んでいたカンヌは、椅子に腰かけた後俯いて話し始める。
「俺は、陛下にお前のことを頼まれたんだ。どこかで平和に普通の人として生活させてやってくれと。けれど、こうしていまお前はこの城にいる」
「何だよ、師匠。暗い顔するなよ。俺はここに来てむしろ良かったと思うし……これでセレスティーナにも、父上にもまた会えるだろ?」
「師匠? まだそんな呼び方してるのか。お前は王子で、俺は近衛騎士だぞ?」
「別にいいだろ。この方がしっくりくるし、やっぱり師匠は師匠だろ?」
「そうか……」
「なあなあ、セルス!」
ロイドに呼ばれて、その場を立った。
そして手招きをしていたロイドの傍まで行くとふうと一息つく。
じっと彼の顔を見ながら言葉を発する。
「何だよ」
「相手は兵士とかなんだろ? 俺らでも勝てるかな~。何か心配になってきたんだけどさ~……」
ロイドはいつも使っている槍を握ったまま心配そうな面持ちになる。
あまり自信がないようだ。
それは正直自分も同じだった。
いままで街の警備隊としてさして強くない魔物を相手にしたことしかない。
兵士なんて並の強さではなれるものではないだろうから、勝てるかどうかはいまいち分からなかった。
けれど、何も戦うのは自分ロイドだけではない。
珍しく自信がなさそうなロイドに対し、ため息をついて言葉を投げかける。
「まあ、怖いなら帰ってくれても別にいいけどな」
すると彼はやっぱり怒る。
「何だよ! 俺は帰るなんて言ってないだろ~」
「そうか? まあ、分からないけど多分大丈夫だろ。なんせ、戦うのは俺たち二人だけじゃないんだしこれだけいれば何とかあるだろ」
「何とかね~……。ま、それもそうだな! 俺だって弱くないと思うしさ~。というわけで、頑張ろうぜ」
「別に俺はお前に協力してくれなんて言ってないけどな」
「またまた~。素直になれよな~」
そうして話していると、自信が湧き上がってくる気がする。
ちょうどそこにセントグルトとイアルクも来た。
「その通りだ。私たちも協力するよ。何より、私も陛下に会わなければならないからな」
「俺も、ひとまずは協力します」
これだけ仲間がいればきっと大丈夫だろう。
アルタイアたちもこれなら大丈夫だと思って行動に出るつもりでいるはずだ。
そう思い、覚悟を決めようとしているとアルタイアが来て声をかけてきた。
「セルスさん、ちょっといいですか?」
「別にいいけど何だよ?」
聞き返すと、アルタイアは周囲を見回す。
そして困ったように笑う。
「ここじゃあれなんで、場所移しません?」