第八話
テーブルの間に座って、向かい側にいるセントグルトの顔を見る。
まだ記憶を思い出したばかりでいろいろ追いつかないこともあるし、妹のことだって気になって仕方がないしできることならすぐにどうにかしたいが、何も考えずに乗り込めばそれこそ無駄になるかもしれない。
どうにせよ、もう一度アルタイアの話を聞いて考えるしかない。
それまでセントグルトの話を聞くことにした。
セントグルトの顔を見据える。
「話っていうのは、どんな?」
「セルスは、記憶が戻って身内のことも思い出したんだろう? 親や妹のことも」
「そうだな」
「妹の姫君を助けたいと思ってるのか? それが、自分を王家の人間だと認めこの先王家の宿命を背負わなければならなくなるとしても?」
「…………」
確かに、アルタイアに言われた通りにしてセレスティーナを助け出すということは、自分が王家の人間であると認めることと同じだ。
そうなれば、都合よくセレスティーナを助け出すだけで、その後普通にいままで通りに戻るということはできないだろう。
それでも大事な妹を見捨てることなんかできるはずはない。
顔を上げて、はっきりと告げる。
「俺は、何がなんでもセレスティーナを助けたい。そうだな、それ以外のことはその時になったら考えるよ。正直、どうしたらいいか分からないけどその前に兄として妹を助けたいって思う」
「そうか、セルスは良い兄だな」
セントグルト眩しいくらいの笑顔を浮かべて言った。
そしてコップに入った水を一口飲むと、コップをテーブルの上に置く。
「けど、その気持ちは分かる。例え王家の人間だとしても兄弟を大事に思うのは良いことだ。私にも兄弟がいてな」
「センにも兄弟、いるのか?」
「ああ。一応言った気がするがな。兄と、弟がいるよ。……母親は違うが、二人とも大事な兄弟だ。国王になるのは兄だが、私は兄弟を守るために国の役に立ちたい。もちろん、国民を守るためにも」
「そうか」
セントグルトの言葉を聞くと、ひしひしと彼の感情が伝わってくる。
王家に生まれたなら、きっと苦労することも多いだろう。
それでも、身内や国の者を守るためにいろんなことをしようとしている。
話を聞いていると、彼は苦笑いする。
「まあ、最も……弟は俺に守られるのは不服だと言っているんだがな。こんな話をしたら、自分も男なんだからむしろ自分が皆を守る立場になりたいと言っていたよ」
「何だ、良い兄弟だな」
「そうだな。セルスに一つ言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたいこと……?」
真剣な顔になったセントグルトに対して、聞き返す。
「王家の人間って言うのは、国のためにその身を犠牲しなければならないことだってある。だが、それだけじゃない。国を守るということは、大事な者たちを守ることにも繋がる。王家の人間でなくても、大事な人間を守ることはできる。でも王家の人間でも大事な者を守ることができる。どんな立場の人間であれ、それぞれのやり方で大事な者たちを守ることはできるんだ」
「…………」
その言葉を聞いてしばらく呆然としていたが、何となく分かった気がした。
どんな立場になっても、守ることはできる。
剣士なら剣で、魔道師なら魔法で、ただの一般人でも身体を張っててでも守ることはできるだろう。
きっとセントグルトが言いたいのは、例え王家の人間だったとしても何もかも失うわけではないということ。
「王家の人間でも、大事な兄弟や友人がいるのは変わらないだろう? 私だって、王子でも大事な兄弟や友人がいるのは変わらない。親だっているし、普通の人間だよ」
「普通の人間か……」
「俺も、ただ兄や弟を守りたい。セルスだって、兄として妹を助けたいんじゃないか? それに友人とも、王家の人間だったからと言って縁が切れてしまうものだと思うか?」
「いや思わない。俺も、妹を守りたいし友達だって守りたい」
「じゃあ、それでいいじゃないか」
セントグルトは笑顔を浮かべた。
そう言われて心が軽くなるような気がした。
「それに、君は一人じゃない。周りには手助けをしてくれる人たちがいるじゃないか。私もその一人だ」
「一人じゃない、か……」
いままでもし自分が王家の人間だという話が本当だとしたら、きっともう普通の人間には戻れないかもしれない、一人でどうにかしなければならないかもしれないと思いこんでいた。
けれど、よくよく自分の置かれた状況を見直してみれば周りには人がいる。
ちゃんと協力して、手助けをしてくれるような人たちもいたことに気づく。
そう思うと、恐れが薄れてきていた。
途端に安心して、笑顔になる。
「セン、ありがとな。お前のおかげで、いろいろ気づけたよ」
「いや礼はいい。困っている友人の手助けをするのは当然だろう?」
「ははっ、センももう友達だって言ってんのかよ?」
「不満か?」
「いや、むしろ嬉しいよ」
★
しばらく待っていると、イアルクがアルタイアとロイドを連れて来た。
イアルクは二人を部屋に入れると部屋の隅に移動する。
ロイドは部屋に入ってくるなり目をぱちくりさせて驚いているようだった。
じっとこちらの様子を伺った後、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「何だよ、セルス元気そうじゃないかよ~」
「ま、いつまでももたもたしてるわけにはいかないしさ」
「まあ、お前らしくていいけどな~」
ロイドと話した後、アルタイアの方に目を向ける。
覚悟を決めて、口にする。
「昨日の話、乗ってやるよ。だから……」
「急に意見が変わりましたね? ああ、もしかして……」
彼女はしばらくじっとこちらを確かめるように見つめる。
そして何かに気づいたようで、顔を上げる。
「もしかして、記憶が戻ったりしました?」
「そうだよ」
「きっかけは……やっぱり、魔道師の攻撃を受けたことでしょうかね?」
「多分そうだろうな。あいつは……」
今朝会った魔道師のことを思い出す。
あの魔道師の顔は、確かに見覚えがあった。
記憶が正しければ、かつて自分を殺そうとした魔道師に違いない。
きっとあの魔道師の魔法を受けたショックで、記憶が戻ったんだと思った。
「きっと昔、あなたを一度殺害した魔道師でしょうね。確か、帝国の王子と共に魔道師が来ていたはずです。その魔道師で間違いないでしょう。何せ、相当腕の良い魔道師で帝国皇帝にも気に入られているようですから、あの時城に忍びこんであなたを殺すことも可能だったはずです」
「え? じゃ、じゃあ、それってやっぱり帝国が王子だったセルスを殺そうとしたってこと?」
慌てたようにロイドが口を挟んできた。
「でしょうね。王女はともかく、王子の存在は帝国にとっても邪魔だったんではないでしょうか? 何せ帝国はこの国の国宝を欲しがっています。それを持つ資格があるのは、本来国王のみとされていますから……王子を消そうとしたんでしょう。残ったのが王女のみなら、王女と結婚した男が国王の座につくことも不可能ではないですから」
「その話はもういい。それより、早くしないと時間が……」
セレスティーナのことを思い出し、アルタイアを急かす。
正直、あまり時間がないだろうしやるなら早くした方が良いと思った。
終わったことをいま話している時間が勿体ない気がしていた。
そこにセントグルトも口を開く。
「確かに時間がないな。陛下ももういつ亡くなるかも分からないんだろう? 私としても、それなら早く陛下に会いたいと思うし、それにセルスも一度陛下と話した方がいいだろう」
「そ、そうだよな……」
妹のことも急がないといけないと思っていたが、もう長くないと言われる父親のことも気になっていた。
正直、口に出すのを躊躇っていたがセントグルトの言葉でやっぱり会わなければと思った。
昨日の話が本当だとしたら、父は命を削って自分を助けてくれた。
自分の身体が禁術に蝕まれ、この先長くは生きられなくなると分かっていながら、どんな思いで助けてくれたのだろう。
どうしてそうまでしてまで、自分のことを生かしたのか聞かなければならない。
そして何よりも、言わなければいけないこともある。
「俺も、会いたいと思う。もうずっと会ってないけどさ、最後に自分の父親には会いたいし、それに……助けてくれたおかげで、いま俺は生きてるんだしせめてお礼を言いたい」
「ま、それがいいだろうな~。まだ生きてるんだし、だったら会っとくべきだと俺も思うし……会わないで後悔するよりはさ……」
ロイドも賛成してくれる。
ふと寂しそうな顔をするのは、きっと自分の親のことを思い出したのだろう。
心配してくれているのはよく伝わってきた。
そんななか、アルタイアが一息つき口を開く。
「分かりました。じゃあ、てっとり早く城に忍びこんで作戦をたてましょう。城のなかにも協力してもらう方々がいますから」
「城のなかにもって、誰がいるんだ? 師匠とかか?」
「カンヌさんもそうですけど、あとは近衛騎士団と魔道隊ですね。ひとまず、近衛騎士団と魔道隊がいれば帝国の王子が連れてきた兵士達や大臣に言われたままに動いてる兵士たちも何とかできるでしょう」
「何とかってさ~、もしかして強行突破するってこと?」
「そうなりますね。むしろ帝国にこの国の王家を渡す方がとんでもないことになりますから、いろいろ覚悟した上で大臣たちを押さえつけて、帝国王子にもお引取り願おうと思います。ひとまず、セルスさんにはいきなり国王になれとまでは言いませんよ。ただ、陛下の弟が見つかるまでその場を繋いでくれれば充分です」
「そうか、でも城内にはどうやって入るんだよ? アルタイアはともかく、俺たちはどう考えても入れてもらえなさそうだし」
「その点は問題ありません。私は魔道師ですよ? ここにいる全員を連れて城内にテレポートすることは可能です。それでしばらく、他の兵士たちが入れない近衛騎士団の詰所にいてもらえば大丈夫なはずです」
「なるほど……」
「じゃあ、準備して来ますから、持っていくものとかちゃんと準備してくださいよ。武器も忘れずに」
そう言ってアルタイアは部屋を出て行ってしまう。
ともかく、言われた通りに準備をすることにした。
もうここまで来たら、前に進むしかない。やっぱりセレスティーナな父親に会いたいの事実だし、今更引き下がる理由なんてどこにもなかった。
「なんか、大変なことになってきたよな~」
ロイドは苦笑しながら告げた。
そこでふとこのままロイドを巻き込んでも大丈夫なのか不安が出てきた。
親友と言え──いや、親友だからこそこんなことに巻き込んでしまっても大丈夫なのだろうか。
彼の方に向き直ると迷いながら言う。
「あのな……お前は、無理に来てくれなくてもいいんだぞ?」
「何だよそれ。俺役に立たないからいらないってことかよ~?」
むっとするロイドに対して慌てて首を振った。
「いや、そうじゃなくて……何か、勝手に巻き込んでるような気がして……」
「何だよそんなこと考えてたのかよ。バカだな~」
「バカって何だよ。俺は心配して……」
「親友なんだから、お前が俺を心配するだけじゃないだろ? 俺だって、心配してるし親友だからこそ一緒にいてやりたいし、助けになりたいって思ってるんだからさ。お前この好意を無下にしたい?」
「……はあ、相変わらずバカで単純だよな。まあ、せっかくの好意を無下にするのも悪いし……俺は別に、手伝って欲しいとか、助けて欲しいとか思ってるわけじゃないからな。仕方なく手伝わせてやるけどさ」
「お前相変わらずだよな~」
ロイドがけらけら笑う。
けれど内心安心していた。
昔から一緒にいただけあって、いまこうしてロイドがいてくれることは心強い。
準備を終えると、セントグルトが確かめるように聞いてくる。
「で、本当に行くつもりなんだな?」
「もちろん。妹を助けて、父親に会うまでは引き下がったりできないしな」
「そうか、なら私も友人として君に協力しよう。イアルクもそうだろう?」
セントグルトがそう告げた後、イアルクも頷く。
「俺も同じです」
「……ありがとな」