第六話
城内は驚くほど静かだった。
セレスティーナは自分の部屋の窓から外を見上げていた。
大きな窓から見える街の景色、上にはいつもと変わらぬ青い空が広がっている。
父が倒れてから数週間、その間に自分の無力さを実感しては落ち込んでいた。
王家の人間と言えど、自分はまだ子供。
何を言っても、大臣や周りの人間は耳を貸してくれない。
その挙句に自分が何もできないうちに話は進んでいく。
結局、王女という肩書きを取ってしまえば何の力もない子供に過ぎなかった。
落ち込んでいると、不意に部屋のドアがノックされる。
そしてドアを開けると、ずっと見ていなかった顔が目に入る。
「カンヌ……? どうして、ここに? もう、近衛騎士をやめたって聞いてたけど……」
「少し、呼ばれて戻って参りました」
「そう……」
少しだけ落ち着くような気がした。
カンヌとはもう十年くらい前から会っていない。
ちょうど兄が亡くなった直後、近衛騎士をやめて他の地へ移り住んだと聞いていた。
あの頃はまだ幼かったが、お守をしてもらったことは覚えていた。
兄と一緒に遊んでいる時も、傍にいてくれた記憶がある。
それを思い出すと、兄のことも鮮明に思い出して涙が出そうになったが、仮にも自分は王家の人間でこれからも国のために強く生きねばならない。
それを思い出し、堪えた。
「姫様、この度の話は……あなたは納得しているのですか?」
「……いいえ」
ぽつりと答える。
もしも帝国の王子と結婚し、彼が王の座につけばこの国は帝国の思うままになるだろう。
それは分かっていた。
王家の人間として、そんなことになるのをみすみす見過ごすわけにはいかない。
「大臣は、私の話を聞いてくれない。だから、拒否しようがない……でも、このままこの国が帝国のものになるのを許すわけにはいかない」
なら、どこまでできるか分からなくとも自分にできる範囲で動くしかなかった。
顔を上げて笑顔をつくった。
「だから、王子殿下に会って直接断ってみようと思います」
「……分かりました。ですが、姫様。あまり無茶はなさりませんように」
王女の部屋を出たカンヌは、廊下に立っていた少年に目を向ける。
当然、年齢もセレスティーナとそう変わらなさそうで十年ほど前自分がこの城にいた頃にいたはずがなく、見覚えのない顔だった。
育ちの良さそうな雰囲気とその格好から貴族であるのは間違いなさそうだ。
城内で働いている誰かの子供だろうか。
「カンヌさんは、どう思いますか?」
「俺の名前を知ってるのか……」
「はい、父上から話を聞いていましたから」
にっこりと笑顔を浮かべて言う少年は、どうやら自分の知り合いの息子のようだった。
「僕は、ルーイと申します。魔法の研究と姫様の世話係を任されています。いえ、僕の自己紹介なんてどうでもいいんです。それより、今の状況どう思いますか?」
「良くはないだろうな」
「やっぱりそうですよね。僕もそう思います。このままだとこの国は帝国の手に落ちて、あれが帝国の手に渡ってしまう。それに……例え、今回のことが国のためになるようなことだったとしても、僕は認めない」
ルーイはぐっと手に力を込めながら告げる。
「確かに、国のためなら王家の人間は犠牲にならなければならないこともあるんでしょう。それこそ、結婚だって決められた相手とさせられるのも仕方ないのかもしれない。でも僕は認めない。姫様が辛い思いをするなんて……」
「そうか」
「僕が言ってるのは綺麗事かもしれませんけど……王家の人だってみんな幸せに、なんて都合が良い考えだと思いますけど、僕は姫様には幸せになって欲しい。僕としては、帝国王子との婚約を断って帝国との関係がさらに悪化するよりも帝国王子との婚約が通ってあれが帝国の手に渡る方がはるかに恐ろしいことになると思います」
「確かにその通りだな。それにしても、お前は……」
言いかけた時、声が聞こえてきた。
「カンヌ! それにルーイも、ここに来たのか」
「ルイスか」
声をかけてきたのは、近衛騎士隊長のルイスだった。
ルイスは十年以上前から近衛騎士隊長を務めていて、よく見知った相手だ。
「何だ、私が紹介する前に会ってしまったのか」
「紹介とは?」
「ああ、ルーイは私の息子だよ」
「息子……そうだったのか。気づかなかったな」
少し疑問が芽生える。
確かルイスの家系は代々王家に近衛騎士として仕えていたはずだ。
それならば、ルーイも近衛騎士として働いているのが自然だろう。
けれど、触れるべき部分ではないだろうと思い忘れることにした。
「それより、早く来てくれ。作戦を練らなければ!」
「そうだな」
「父上、僕も手伝いますよ」
★
「俺が王子……?」
アルタイアに言われた言葉が信じられなくて、頭が真っ白になっていた。
王子という言葉に頭が追いつかなかった。
ロイドも、セントグルトもイアルクも驚いたようで呆然としていた。
しばらく何も言えずにいると、ロイドが動揺して口を開く。
「待てよ、アルちゃん。セルスが王子ってどういうことだよ? だって、王子は十年前に殺されたんだろ?」
「そ、そうだろ。俺が王子のはずないだろ……」
「確かに十年前に亡くなりましたよ。でも、実は生きているとしたら? ああ、実は生きていたとしてもどうして王宮にいないのか、気になりますよね?」
もう何も言葉が出なかった。
ただ呆然としてアルタイアの話を聞くしかなかった。
「禁術って知ってます? その名の通り、本来で使うことを禁止されている魔法のことです。禁術にはとんでもない代償を支払う代わりに、本来ならできないこともできる。その禁術に、一度死んだ者の魂をこの世に呼び戻すものがあったんですよ。それによって生かされたのが、あなたですよセルスさん」
「俺が、一度死んだのか……? そんなの、誰が……」
アルタイアは目を伏せる。
そしてぽつりと話し始める。
「私は、話を聞いただけですが国王陛下はとても身内のことを大事に思っている方だったそうです。十年前、王子が亡くなった時、王子がいなくなりこの先の国の未来をかすかに不安にも思っていたそうで……それに、大事に思っていた息子の早すぎる死に耐えられなかったんでしょうね」
「つまり、王が禁術と使い王子の魂を呼び戻したと?」
セントグルトの言葉に、頷く。
「ええ、その代償に王は病……いえ、魔力に身体を蝕まれ、いまに至ります。もう長くはないでしょうね。けれど、そうして今セルスさんが生きているおかげで今の状況を何とかできるかもしれない。王子なら王位継承権は王女より優先されますし……」
「待てよ、俺はそんな話信じられない! 王子だなんていわれても、そんな記憶も全然ないし……いきなり、そんな……」
いきなり聞かされた話をそうやすやすと信じられるはずはなかった。
王子だった記憶もない。
自分が王子だと、していきなり王位を継げとでも言うのだろうか。
もし本当に王子で突然王位を継げなんてこと、受け入れられない。
いままで普通に生きてきたし、王家のことは何も知らない。教養もないうえ、一国の王として立ち回れるなんて到底思えない。
「記憶がないのは仕方ないでしょう。禁術の力は強すぎますから、魂を呼び戻すことには成功してもショックでそれまでの記憶を失ってしまうケースもありますから」
「冗談はやめてくれよ! いきなりそんなこと言われても、信じられるわけないだろっ! 俺は……、俺は……」
それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
もう何が何だか分からなくなってしまっていた。
「……ちょっと出て来る」
何も言葉が見つからず、この場にいるのも辛くなってきて逃げるように部屋を出た。
その様子を見送ってアルタイアはため息を吐く。
そこでロイドがおそるおそる口を開いた。
「あ、あのさ~……もしアルちゃんの話がホントだったとしてもさ、いきなり受け入れろってのは無茶だと思うんだけどさ。だって、いきなり王様になれって言ってるようなもんなんでしょ?」
「まあ、そうなりますね」
「それだったら、尚更。王ってことは国の頂点に立つからいろんなもの背負うわけだろ~。さすがに重過ぎるんじゃないかな~って」
「…………」
いきなりドアが開き、カンヌが入ってきて部屋のなかを見回した。
そして焦った様子でアルタイアに声をかける。
「お前、まさか……話したのか?」
「ええ」
「何を……話すなと言っただろう!」
「甘いこと言わないでください! 他の手段を考えてる暇なんてもうないじゃないですか! この国のためにも利用できるものは利用するしかないじゃないですか!」
「だからと言って……」
「それに、セルスさんだって記憶が戻ればこの話に乗ってくるはずです。だからてっとり早く記憶が戻ってくれば早いんですが……」
「…………」
「記憶が戻っても彼は妹の姫様を見捨てると思いますか?」
「……助けようと、するだろうな」
「それでいいんですよ。姫様を助けることは、セルスさんのためにもなりますし、彼が動いてくれれば国のためにもなります」
「…………」
沈黙が続くなか、ロイドが立ち上がる。
「あ~……俺、セルスを探しに行って来るよ」
「一人で足りるのか? そうだ、イアルクも探すのを手伝ってやってくれ」
「分かりました」
イアルクも頷くと、立ち上がる。
「サンキュー。助かるよ」
「それにしても、大丈夫なのか? 少し心配だな」
心配そうに言うセントグルトに方に向き直り、ロイドが笑顔を浮かべる。
「ま、あいつなら大丈夫だろ! 何とかなるさ」