第五話
「ちょうど良かったって……」
「いま王宮内がどういう状況なのか気になりません?」
部屋に入って来たアルタイアは椅子に腰掛けると笑顔を浮かべたまま言う。
確かに、たったいまセントグルトと話していた手前、気になるのは事実だ。
アルタイアは王宮魔術師で、王宮に出入りすることができる存在だから何が起こっているのか知っているんだろう。
ひとまず自分も椅子に腰掛けると、アルタイアの顔を見る。
「まあ、気になると言えば気になるけど……」
「けど?」
「そういうのって一般人にべらべら喋っても大丈夫なのか? 何かあんまり良くない気がするんだけど」
アルタイアは目をぱちくりさせた後、くすくすと笑う。
その様子にむっとした。
何だかいきなり笑われたのは納得がいかず、怒りを含んだ声で言葉を吐き出す。
「おい、何が面白いんだよ。俺は普通のこと言っただけだぞ」
「ま、そうですね。ただ、セルスさんもあんまり常識とかなさそうだと思ってたんで意外で笑っちゃっただけですよ」
「俺をどういう奴だと思ってるんだよ……」
「とりあえず、ここにはセントグルト王子もいますし。私……いや、私たちとしてはスラングーテ王国の使いであるセントグルト王子を王に会わせたいとは思ってるんだよ。でも、上の人間に拒否している者がいるんですよ」
「なるほど……」
セントグルトもイアルクも興味深そうに話を聞いている。
その様子から、やはりなぜ城に入ることを拒否されているのは知らないのだろう。
アルタイアを含む一部の人間はセントグルトを城に入れたいとは思ってはいるが、上の人間が拒否しているという話で、城のなかで対立があるのは間違いなさそうだ。
「少なくとも、近衛騎士と魔道騎士団はいまの状況を良いとは思ってませんよ。で、問題を起こしてるのは大臣ですね。立場的にはやっぱり大臣の方が上ですからね。そう簡単にこちらの意見を押し通すことができない。こちらとしては、もう少し立場……いや、しかるべき血筋の人間が必要なんです。それも、その存在を大臣が拒否できないくらいの」
「血筋? しかるべきって血筋ってやっぱり王族だろ~? じゃあ、センがいればいけるんじゃないか? なんせ王子なんだしさ~」
ロイドが告げると、アルタイアは呆れて吐き捨てる。
「あんた頭大丈夫なんですか? そのセントグルト王子が城に入れてもらえない状況なのに何言ってるんですか? 一度頭ぶつけて記憶喪失にでもなった方がマシになるんじゃないですか」
それを聞いたロイドはしょんぼりとした。
「な、なんだよ~。そこまで言うことないだろ?」
「ともかく、いまは時間がないんです。てっとり早く話すと、姫様はまだ16にもならない子供です。即位して女王になっても、まだ子供であることから国民の信頼を得てまとめることは難しい。それに……まだ子供の王となれば他の国からも甘く見られて国自体が標的にされやすくなる……」
アルタイアは一旦言葉を区切り、一息つく。
そして顔を上げて真剣な表情で告げる。
「ガレルハート帝国って知ってますよね?」
「確か、この国と敵対してるっていう……」
「ええ、確かに敵対している国で恐ろしい相手でもありますが、各地に猛威を振るう大帝国です。敵に回すと恐ろしいでしょうが、帝国側につけば……いえ、帝国に頭下げて支配下になればその猛威を受けることもないし他の国に狙われることも少なくなって、ある程度安全になるでしょう」
その言葉を聞いて、セントグルトがはっとしたように顔を上げる。
そして一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに口を開く。
「まさか、姫と帝国の王子を婚約させて同盟を結ぶつもりなんじゃないか?」
「同盟なんてもんじゃないですよ!」
セントグルトの言葉に、アルタイアは声を荒げる。
さきほどとは違い、焦っている様子だった。
さらに言葉を吐き出す。
「姫様と帝国の第四王子を結婚させて、その第四王子にこの国の王位を渡すつもりです! あの大臣はどうかしてますよ! そうなったら、安全だから安心してられる場合なんかじゃないって言うのに!」
「え? でも帝国の王子と結婚して、帝国の王子がこの国の王になったら、この国は帝国と同盟国になって守ってもらえるわけじゃないのか?」
「帝国がどんな国か知らないんですか? 同盟なんかじゃなく、帝国に支配下に置かれた国は若者なんか帝国兵に徴兵されてしまいますし、資源も食べ物も根こそぎ取られます。そのうえ下手に抵抗しようものなら簡単に首が飛びますよ」
「なっ……」
「く、首が飛ぶって……殺されるってことかー……?」
恐る恐る尋ねるロイドに対して、アルタイアが無言で頷く。
確かに、帝国が強い国だということは知っていたが、そこまで恐ろしいものとは思っていなかった。
けれど、そうして他の国を押さえつけて人も自国の兵として使い、何もかも奪って戦力も資源も得て、拡大していたのだ。
「じゃあ、姫と帝国の王子が結婚して王子が王位についたら……」
「完全に帝国に王家を乗っ取られるのは間違いないでしょうね。この国の王家には、帝国が欲しがるものがありますから」
「で、でもさ~……アルちゃんや他の人も帝国の王子が王位についたらどんなことになるのか分かってるのに、大臣はそれが分からないってこと? 大臣ってことは、それなりに頭もまともだと思うんだけどな~」
確かにロイドの言う通りだった。
大臣というのは、王を支えるような存在だ。
当然頭も回るだろうし、何をどうすればいいのか、どうなったらまずいのか分からないという事態は考えにくい。
「……前は、もっとまともな人だったと思います。でもここ最近豹変したって感じですね。誰かに何か妙なことを吹き込まれたか、それか……帝国の魔道師」
「……魔道師?」
「帝国にも魔道師はいますからね。それもとんでもないほどの魔力を持つ魔道師がいるという噂も聞いていますし、高度な魔法になれば人をコントロールすることも可能なんでしょう」
そこでアルタイアは黙り、じっとこちらを見つめてくる。
しばらく沈黙が流れる。
外から風の音がわずかに聞こえてくる。
正直、ずっと見つめられると何だか顔をそらしたくなってきた。
ふと彼女が口を開く。
「十年前の、王子が殺害された話知ってますか?」
「い、いや……」
いままで王宮に関わるようなこともなかったうえ、さほど王家にも興味がなかったこともあり、そういう話は一切知らず王子がいたという話すら初耳だった。
そのうえ殺害されという話は驚きだった。
王族なら、王宮で兵士や騎士に守られていたはずだ。
それこそ、常に傍に騎士がいて外部の人間が侵入しても手にかけることは普通なら有り得ないだろう。
「王子を殺害したのも、帝国の魔道師ではないかという話があるんですよ。ただ、近衛騎士が駆けつけた時にはもう倒れていた王子以外の姿がなく結局、誰が王子を殺害したのかは分からなかった。高度な魔法を扱う魔道師なら、テレポートで一瞬でその場を去ることもできるし、何も証拠も残さない。だから、正確に誰が王子を殺害したのかは分からない。だから帝国の魔道師の仕業という話も憶測の域を出ません」
「…………」
その話は、初めて聞くような気がしなかった。
この国に王子がいたという話すら、初耳だったが知っていたような気すらする。
胸がざわめくような不思議な感覚があった。
セントグルトは複雑な顔をして、呟く。
「もし、その王子が殺害されることなく生きていたとしたら」
「少なくとも、こんな事態にはならなかったでしょうね。王家でも男性の立場は優遇されますし、女性であると姫様というそう変わらぬ年頃だったとしても、王子を王位継承権から退かせることはそう簡単にできない」
「だが……死んでしまった人間は戻らない。もしも王子が生きていたら、などと考えても仕方ないな」
「いえ、そうでもありませんよ」
アルタイアが自信ありげにふっと笑う。
「問題なのは、今現在こちら側に有力な王位継承権を持つ人間がいないことです」
「それって、もしかして誰かを王位継承者として推すつもりか?」
「ええ、そのつもりです。でも誰でもいいわけではない。それなりの資格がある人間でなければ、上の人間も納得しないし国民も支持も得られないでしょう」
確かに、王位継承できるような人間がいれば何とかなるかもしれない。
けれど実質いまこの王都でいる人間で一番有力な王位継承者は国王の実子である王女には違いない。
王家も昔からずっとその血筋の者が継承してきた。
王家の血筋自体は王女が王にならず、その夫が王位を継承したとしてもその子供は王家の血を引く人間に違いないだろうから、表向きには問題はない。
ロイドがふと気づいたようでポンと手を叩く。
「姫様と結婚した相手が王位につくならさ、帝国の王子と結婚するのをやめてもっとまともな人と結婚したら何とかなるんじゃないかな~」
「……婚約の話は既に成立してますし、帝国の王子も現在王宮に来ていますよ。大臣が強引に話を進めてしまったせいでね。そんな状況で、帝国の王子に姫様は他の男と結婚しますのでお引取りくださいなんてそう簡単に通用すると思いますか? いますぐに他の相手を見つけるのは難しいですし、何よりこの国の王家を欲している帝国が引き下がってくれるはずがないんですから」
「そ、それもそうか~……」
実際に一度成立した婚約を破棄することは難しいだろう。
相手が帝国の王子というなら、尚更国同士の関係が悪化する可能性は高い。
「……実は、国王には弟はいるんですよ。その方も王家の血筋にあたりますから、一時的に国王となってもらい正式に次の国王が決まるまで代理をしてもらうことは可能なんです」
「何だよ。それなら、それで何とかなるんじゃないか?」
そう告げると、彼女は首を左右に振る。
「ただ、その方は十年以上前に王都から出て行ってこの国のどこにいるのか分かりません。いま探しているところですが、すぐには見つからないでしょう。けれどもう時間がない。その方以外で有力者をたてて帝国王子には退いてもらうしかありません。いま現在いない人間……実質、いるかどうか確認できない人間を有力者としてたてることはできません」
「でもさ~、他にいないんじゃないの? もう姫様とその王様の弟しか王家の人間っていないんだろ?」
「いえ、いますよ。王都に来ていただいたのはそのためです」
その言葉に思わず、目を丸くした。
驚きを隠せないでいると、アルタイアはポンと肩を叩いてくる。
「あなたがいるじゃないですか、セルスさん……いや、セルギルス王子」