第三話
王都に来て、まだ日も高い時間帯だったので歩き回ってきた。
見たこともないものも食べ物のたくさんあって、正直一日で全て回りきれそうにはなかった。
そして驚くのは、やっぱり人の多さだった。
ロンデオンの街もそれなり人が多いが、それをはるかに上回り、この王都では魔道師もよく見かける。
カンヌが行った王宮にも興味をそそられたが、流石になかに入れてもらうことはできないだろうと諦めることにした。
街の中心のある噴水の前のベンチに座って、一息ついているとロイドが駆け寄って来る。
「なあなあ、そういえばさ~、王都のすぐ近くにすごい当たる占い師が住んでるんだってさ! 気になるから行ってみようぜ!」
楽しそうに目を輝かせて言るロイドに少しあきれた。
王都の近く、ということは王都の外だからここを出なければならない。
いくら何でもカンヌについて来たのだから自由に見て回ってもいいとはいっても、王都から出るのはどうかと思うし、何より街の外には魔物もいる。
「何バカ言ってんだよ。王都から出ちゃダメだろ」
「でもさ~、すぐ近くだしいいと思うんだどな~。すぐ戻って来られるし、セルスだって当たる占いとか気にならない?」
「まあ、気にならないと言えば嘘になるけどな……」
占い自体はあまり知らないけれど、多少の興味はある。
当たるということは、未来を当てられたりするということだろうか。
「なあなあ、行ってみようぜ!」
「……ま、すぐ戻るなら」
少し迷いながらも行ってみることにした。
★
門から王都の外へ出て、目の前に広がる草原を見つめた。
深い青の空から太陽の光を浴びて草も葉も煌きを放っている。
周囲を見回してみるが、いまいちどこに進めばいいのかわからなかったのでロイドの方へ向き直る。
「で、占い師って言うのはどこに住んでるんだよ?」
「確かあっちだ」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって! 魔物が出たって、倒せばいいんだしさ~。流石にこの前みたいな変なやつはいないだろうし」
「ま、そうだよな」
ひとまず占い師の家を目指すことにした。
しばらく歩いて小さな森の方へさしかかる。
森の入り口で立ち止まると、ロイドも足を止めてこちらを見る。
「何だよ、森のなかか。面倒だな」
「大丈夫だって。迷子になったりなんかしねーよ」
「…………」
急かされ、渋々足を踏み出した。
森のなかに足を踏み入れると木々がうっそうと生い茂り、太陽の光を遮っていて薄暗い。足元にも草が生えていて背の高い草まであって歩きにくい。
そのうえ鳥や魔物の鳴き声も聞こえてきて、不気味な雰囲気をかもし出している。
周囲を警戒しながら歩いていると、隣でロイドが弱気な様子で言葉を吐き出す。
「何か不気味だよな~。いろいろ出て来そうで恐いって言うかさ~……」
「お前が来るって言ったんだろ」
「まあ、そうなんだけどさ~……」
不意にがさっと茂みが揺れた。
恐らく魔物だと思い、腰の剣を抜く。ロイドも背中に背負っていた槍を抜いた。
「魔物、みたいだな。お前戦えんの?」
「何言ってるんだよ! 俺だって警備隊の一員なんだしさ、魔物くらいどうってことないさ」
「分かったよ。早く構えろよ。いつ出て来るか分からないんだ」
「了解っ!」
剣を構え、周囲を警戒していると茂みから獣のような姿をした魔物が何匹か飛び出してきてそのまま襲いかかって来る。
剣を大きく振り、一気に斬り払う。
魔物が呻き声を上げて地面にばたばたと落ちる。
一息ついて所で背後からも茂みの音が聞こえ、魔物が飛び出してくる。
慌てて振り向くが、気づくのが遅れてしまったため剣を振り回して斬ることも避けるのも間に合いそうになかった。
「せいっ!」
高く飛び上がっていたらしいロイドが上から槍で思い切り魔物を貫く。
魔物はそのまま潰される。
「悪いな、助かった」
「だろ? 俺だってやればできるんだよな~」
「分かった分かった。それより、まだ出て来るかもしれないから気を抜くなよ」
周囲を警戒しながら、ロイドに声をかける。
さらに茂みから魔物が飛び出して来て、すっかり囲まれてしまったようだった。
思ったよりも数が多い。
さほど強い魔物ではないから、何とかなるだろうがこの数では多少苦戦しそうだ。
そう思った時、聞き覚えのない声が響いてくる。
「お前たち、下がれっ!」
その言葉に、反射的に後退した。
目の前──魔物たちのいた場所に金色に輝く線が一直線に引かれる。
一瞬で多くの魔物たちの身体がバラバラになり、そのまま光の粒子となって消え去った。
「これは……」
先ほどまで魔物がいた方を見ると、奥から人が出てきた。
出てきたのは一人の青年だった。
その身なりの良さから、それなりの身分の人間であることが分かる。
どこかの貴族だろうか。
彼はこちらを見ると笑顔になった。
「大丈夫だったか? 余計なお世話だったなら申し訳ないことをしてしまったが」
「いや、助かった。礼を言う」
「そうそう! 助かったよ~。助けてもらわなかったら結構苦戦したと思うしさ~」
「なら良かった。ところで君たちは?」
「俺は、セルス。で、こっちがロイド」
「そうか、俺はセントグルト」
「セントグルト……?」
彼が名乗った名前が少し気になった。聞き覚えがあるよな気もする。
けれどいまいち思い出すことができない。
ロイドも同じだったようで、セントグルトに質問していた。
「なあ、セントグルトって名前……どっかで聞いたことがある気がするんだよな~。何者か聞いていい?」
「ああ、別に構わんよ。私は、スラングーテ王国第二王子セントグルトだ」
「あーっ! そう! それだ! スラングーテ王国の王子の名前だっ! え、でもそれって……それってさ、じゃあ本物の王子様がここにいるってわけ」
「おい、落ち着けよ」
落ち着きがないロイドを軽く小突く。
自分も驚いていたし、ロイドの気持ちもよく分かる。
けれど、本当に相手が王子なら下手に目の前で妙な態度を見せるのはまずい。
セントグルトの方に向き直る。
「セントグルト……王子は、何でこんな場所に一人でいらっしゃるんですか?」
「ああ、別に敬語もいらんしセンでいいぞ」
「は? いや、でも……」
「私がいいと言っているんだから、いいんだよ。まあ、何でここにいるかと言うと少し国から使いに出されてこの国に滞在しているんだ。またしばらくたてば、この国を出て他の国でもやるべきことがあるんだが……まあ、ひとまず置いておいて、実は占い師というものに興味があって少し来てみたんだ」
占い師というのはロイドが言っていたものだろう。
ちょうど同じ占い師に会いに行くつもりだったようだ。
「センは、王子のなのに占いなんか信じてるのか?」
「いや別に信じちゃいないさ。ただ、面白そうだと思って来ただけだよ。君たちもここにいるってことは、占い師に会いに行くつもりなんだろう? 行き先は同じだから、良かったら一緒に行かないか?」
「まあ、良いなら……」
★
セントグルトと一緒に占い師の館に来た。
占い師の館のなかに入ると薄暗く、不気味な雰囲気があった。
奥まで進むと、丸い輝く水晶を持って椅子に腰掛けている老婆の姿がある。
老婆はこちらに気づいたようでゆっくり言葉を紡ぐ。
「客人か……。用件は、占いか……?」
「一応、でも占いってどういうものなんだ?」
疑問に思いながら尋ねる。
「占いで見ることができるものは、その術師によって異なる。わしの力は、未来を見通す力……とは言っても、全てを見ることはできず断片的なあやふやなものしか見れんがな……さあ、誰が占う……?」
尋ねられて、しばらく迷った。
けれど未来を見るというのも何かあまり良い予感はしなかった。
「いや、俺はいいや。とりあえずロイド見てもらえよ」
「え? あ、ああ……そうだな。せっかく来たし」
ロイドは一瞬ためらった後、前に出る。
老婆はロイドの姿を見た後視線と落とし、じっと水晶を見つめる。
その間やけに緊張感があった。
ずっとこの場にいたら気分が悪くなりそうだ。
「ふむ……お主の友人はこの先何かに巻き込まれるようじゃな……。お主が傍で支えるのも、自由。しかし……傍にいれば大きな助けとなれるであろう……」
「へえ~、何か良く分かんねえな。友達ってセルスあたり?」
「どうだろうな。しかしいまいち分からないな。占いってこんなもんか? まあ、いいや。ところで次はセンだろ?」
「ああ、そうだな」
センは頷き、前に出る。
老婆は水晶を見つめ、驚いたように目を見開く。
そして顔を上げてセンの姿を見る。
「お主……これから、いや……もう少し先……何かするつもりであろう。ここで警告するが、やめておくがええ」
「……なぜ?」
センは心当たりがあるらしく、老婆に聞き返す。
老婆は静かに答える。
「未来は……死を示しておる。このまま進めば、命を落とすであろう」
センはふうとため息を吐く。
「ご忠告感謝する。あいにく私は占いというものを信じていなくてな。死ぬつもりはないさ。だが、警告は気にとめておくよ」
「そうか……。それで良い。決めるのは、お主自身じゃ……」
★
占い師の館を出ると、一息ついた。
そしてセンの様子を伺って言葉を吐き出す。
「それにしても、物騒なこと言うもんだな、占い師って。まあ、ただの占いだしどうせ当たったりしないだろうから大丈夫だと思うけど」
「だよな~。物騒だな。セン大丈夫か? 気にしてない?」
「気にしちゃいないさ。まあ、警告は気にとめておくさ。お守り代わりに。ところで、君たちはまだ王都にいるのか?」
「まあ、しばらくいると思うけど……」
カンヌが王宮に呼ばれて、王宮のなか大変そうな様子だからきっとしばらく滞在することになるんだろう。
当分カンヌの用事が終わらぬうちは王都にいるはずだ。
セントグルトは笑顔で、口を開く。
「ちょうどいい。じゃあ、付き合ってくれないか? 暇で困ってたところなんだ」
そう言われて、ロイドを顔を見合わせた。
考えてみればずっと二人だけというのも退屈になりそうだったので、頷くことにした。
王子というセンのことも少し気になる。
「分かったよ。まあ、俺たちといて楽しいかどうかは保証できないけどな」
「そうそう。それでも良ければよろしく~」
「ありがとう。じゃあ、王都に戻ろう」
森を後にして王都に戻ることにした。