第二話
「カンヌヴァルス……? それって……」
アルタイアが出した名前はよく知っている人物の名前だった。
思わず驚いて固まっていた。
カンヌヴァルスと言えば、自分の師匠しかいない。
他に同名の人物は街にはいないし恐らく間違いはないだろう。
魔道師がカンヌに何の用があるのかは全く見当がつかなかった。彼は確か剣技専門で魔法を扱ったりすることはなかったはずだ。
考え込んでいると、ロイドが横からアルタイアと自分の顔を交互に見ながら驚いた様子で言う。
「カンヌヴァルスって、あのカンヌさんのことだよな?」
「お知り合いなんですか?」
アルタイアは怪訝そうにこちらを見つめてくる。
「まあ、知り合いって言うか、俺の師匠なんだ」
「師匠? 剣のですか? 弟子なんかいたんですね。意外なことを知りました。ま、それは置いておいて……知り合いなら話が早くて助かります。案内してもらえます?」
「いいけど……」
不思議に思いながら案内することにした。
街のなかに戻り、人通りの多い道を歩きながらちらりとアルタイアに目を向ける。
魔道師がこんな街まで来て、わざわざ訪ねて来る理由が少し気になっていた。
そんななかで、ロイドがポンポンと肩を叩き声をかけてくる。
「そういえばさ~、魔道師も魔法も初めて見たんだよな~。セルスだってそうだろ?」
「まあ、言われてみればそうだよな……」
魔道師や魔法の存在自体は知っていたものの、この街には魔道師が一人もおらず実際に魔法というものを目にしたことはなかった。
さっき初めて魔法を見たことになる。
魔法というのは、思ったよりも強い力なのはすぐに分かった。
あれだけ剣で傷一つできなかったものをあっさりと消し去ってしまった。
「魔道師一人でもあんなに強いんだよな~。もしもっと大勢いたらさ~……」
「まあ、大変なことになるだろうな。正直、想像以上だったし大勢いてあんな魔法使ってたら普通の人間は近づけもしないだろ」
「なんだよな~。巻き込まれたら死んじゃいそうだもんな。でさ、思ったんだけど……一人であれだけの威力ならさ、何人かいれば街一つなんか簡単に消せるんじゃないかって話」
「お、お前な!」
悪気があって言ってるわけではないのは分かるが、一応すぐ隣に魔道師であるアルタイアがいる。
受け取り方によっては最悪の解釈をされかねない言葉だ。
「余計なこと言うなよ! 黙ってろこのタコ!」
「何だよ! 俺、全然タコじゃないんだけど……」
「いいからお前は喋るな!」
ロイドを黙らせてから、アルタイアの様子を伺う。
アルタイヤはこちらの視線に気づくとまたにっこりと笑った。
「ああ、別に構いませんよ。私はそういうの気にしませんし、実際事実ですからね。戦争なんかでは、魔道師が先陣を切って敵国の街を吹き飛ばすなんてこともあるみたいですから」
「そ、そうか……。とりあえず、早く行こう」
ひとまず会話を切り上げて、家に急ぐことにした。
★
家に着くと、入り口の前でアルタイアを待たせてなかに入り、カンヌの部屋まで行く。
ドアを開けるとカンヌは相変わらず本の山に埋もれていた。
本を見ることに熱心で、こちらには気づかないようだったので近くまで行くと声をかける。
「師匠!」
「セルスか。どうかしたのか?」
「お客さんが来てるんだけど。師匠に会いたいって」
「客?」
カンヌは少し難しい顔で黙り込んで、何か考えている様子だった。
すぐに顔を上げ、質問を投げかけてくる。
「誰だ?」
「王都から来た魔術師らしくて、アルタイアって名前らしいけど……」
「王都……か。そうか、分かった」
カンヌは本を片付けると立ち上がり、部屋を出る。
その後に続くと彼は振り返り、告げる。
「とりあえず、何か飲み物でも淹れてくれ」
「分かった」
★
広間のテーブルでカンヌとアルタイアが向かいあって座っていた。
その傍で話を聞くことにする。
カンヌはじっとアルタイアの姿を見つめた後、コップに入った水を飲む。
「お前、王宮魔道師だな?」
「ええ、そうですね」
王宮魔道師という言葉に驚きを隠せなかった。
王宮魔道師と言えばその言葉通り王家に仕える魔道師である。
並の者では到底なれないものであるし、彼女が王宮魔道師ということなら恐らく王宮からの使いである可能性が高い。
カンヌに一体何の用があって来たのか、ますます想像がつかなかった。
「できれば今すぐ王宮に来ていただきたいんですよ。あなたは、確か近衛騎士隊の副団長であったと聞きました。陛下にも信頼されていたそうじゃないですか」
「つまりどういうことだ?」
アルタイアは水を一口飲むとひと息つく。
そして真剣な表情で告げる。
「陛下がお倒れになったんですよ。このことで、厄介なことになってまして……少しでも、陛下が信頼していた者を集めてどうにか対抗したいって言うことらしいですよ。時期国王について、困ったことになってますからね」
「なるほど、つまり悩んでいる暇もないというわけだな」
「ええ、その通りです。ということで、今すぐ王都に来ていただけますか?」
「分かった。行こう」
カンヌは頷く。
何が何だか分からないまま、言葉がでなかった。
とにかく、カンヌは王都に行くらしいからしばらくこの街を空けることになるんだろう。
近衛騎士だったことも初耳で驚いたが、王宮に呼ばれたということは当分ここにも戻って来ない。
その間どうするべきなのか。
隣にいたロイドが口を開く。
「なあなあ、何か大変なことになってない? なんて言うが、俺話に全然ついていけねえんだけど……」
「俺もだよ」
そうしていると、アルタイアが立ち上がる。
「では、すぐに準備してください。あと……」
彼女はちらりとこちらに目を向け、歩み寄って来る。
そしてまた笑顔で言う。
「良かったら、あなたたちも王都に来ません?」
「は……?」
突然かけられた言葉に目を丸くする。
この街から出て、他の街に行ったことは何度かあるか王都に行ったことはまだ一度もない。
国王が住む城のある王都には興味はある。
けれど、こんな大変そうな時について行っても大丈夫なのか悩んでいるとカンヌが少し動揺した様子を見せ、アルタイアに目を向けた。
「お前、まさか……」
「是非来ていただくべきだと思うんですよ。あ、でも私もバカじゃありませんから下手に口外したりはしませんよ」
カンヌはしばらく悩む素振りを見せたが頷いた。
「分かった。なら、お前たちも一緒に来るといい」
「まあ、俺は別にいいけど……」
何が何だか分からないが、興味はあるしついて行くことにした。
ロイドも嬉しそうににこにこしていた。
「王都か~。王都って行ったことなかったんだよな。楽しみだな~」
★
王都に行くことになって、すぐに出発して馬車を使って数日で到着した。
大きな門からなかへ入ると、ロンデオンの街とは比べ物にならないくらい人で溢れかえっていて建物も圧倒されるくらい並んでいた。
奥の方へ目を向けると、大きな王城が見える。
「あれが城か……」
「あそこに国王陛下がいるんですよ」
「へえ……」
街の中心あたりまで来ると、カンヌが足を止める。
そして振り向き、金貨を渡してくれた。
「じゃあ、俺はアルタイアと王宮に行って来る。とりあえず、セルスとロイドはそこで宿を取って適当に王都を見て回ればいい。分かったな?」
「分かった。じゃあ、気をつけてな」
カンヌとアルタイアの姿が見えなくなると、ぽつんとロイドと二人、その場に取り残された。
ロイドはしばらく周囲を見回していたが、ようやくこちらに向き直って笑顔を浮かべる。
「それにしてもすごいよな~。ほら、せっかく来たんだし、いろいろ見て回ろうぜ!」
そう言われて腕をぐいぐい引っ張られる。
「分かったから、引っ張るなって」
王都に来て、初めて来ただけあっていくらでも楽しみようなありそうだった。
見たことのないものもいろいろ見られそうだ。
けれど、やっぱり王宮にカンヌが呼ばれたこととアルタイアの話が引っかかっていた。
あまり穏やかな話ではないみたいだし、何か大変なことが起こるかもしれない。
立ち止まっていると、ロイドが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「セルス、どうしたんだよ~。カンヌさんがいないと不安なのか? お前もまだまだ子供だな~」
「そんなわけないだろ。子供なのはお前の方だ。あんまりはしゃぎすぎるなよ」
「だから、俺は子供じゃないって~。ま、いいや、さっさと行こうぜ!」
「分かったよ」
気になっていたことを振り払い、歩き出した。