第十五話
詰所の隣の部屋にいたアルタイアを見つけ、その部屋に足を踏み入れる。
小さなテーブルの前に座っていた彼女は不思議そうな顔でこちらを見つめていたがすぐに微笑む。
「どうかしました?」
迷っている時間はなく、すぐに答える。
「テレポートの魔法が仕える道具ってあるか?」
「テレポート? そんなもの、何に使うんですか。どこかへ行かれるつもりですか?」
「いや……」
首を左右に振ると事情を説明することにした。
セントグルトが帝国に行くなら、もしものことがあった時にテレポートができる道具を持っていればその場からすぐに逃げることが可能だろう。
ただの話し合いだとは言っていたが、行き先が帝国というだけあってやっぱり万が一のことがあったらと心配だった。
それを聞いたアルタイアはふうとため息をつく。
そして満面の笑みを浮かべる。
「そういうことですか。セルスさんも心配性なんですね」
「別に心配するくらい普通だろ」
少し不満に思いながらもぽつりと呟く。
そしてじっとアルタイアを見やる。
「まあ、行き先が帝国なら用心しておいて損はないでしょう。あるにはありますよ。少し探しますから待っててください」
そう言って、彼女は椅子から立ち上がると部屋の隅にあった本や箱が大量に詰められている棚を漁り始める。
ごそごそと箱を出しては開けて、テーブルに置いていく。
さらに小さな箱を棚から取り出して、その中身を確認する。
ようやく目的の物を見つけたのが、小さな箱を一つだけテーブルの上に残して無造作に放り出していた箱を素早く片付ける。
片付けが終わるとテーブルに戻って来て、小さな箱を手に取り差し出してきた。
箱を受け取って、じっと見つめているとアルタイアが喋る。
「それにテレポートができる腕輪が入っています。空けてみてください」
箱を空けて見ると、中には金の装飾が施され青い宝石が埋め込まれた腕輪が入っている。
魔力が込められているのか、青い宝石はわずかに光を放っていた。
ひとまず、使い方をセントグルトに伝えておかなければと思う。
「これどう使うんだ?」
「それなら私が直接伝えますよ。セルスさんに伝えておいて、うっかり覚えきれなくて正しい使い方が伝わらないなんてことがあったら台無しですから」
「記憶力悪そうに見えて悪かったな。分かったよ」
納得したくはないところだし、反論したいところでもあったがアルタイアの言う通り万が一自分が使い方をちゃんと記憶できなくてセントグルトにうまく伝わらなかったら台無しになってしまうのも確かだ。
念のため、確実な方法を選んだ方がいいだろう。
渋々納得して使い方の説明はアルタイアに任せることにした。
アルタイアは腕輪の方に視線を落とす。
「それに、これは一回きりしか使えませんからね。気をつけてもらわないと」
「一回? 何回でも使えるんじゃないのか?」
「使えませんよ。こういった魔力を持たない人間が魔法を使うための道具は、魔導師が自分の魔力を込めて作ります。物に魔力を込めることはかなり魔力も体力の使いますから簡単ではありません。大抵は一つにつき、一回分が限界ですね」
「じゃあ、二個持ってたりしたら」
「あいにくここにはこれ一つしかありません。今から作るにしても数日はかかりますし、すぐにここを出なければいけないセントグルト王子はそれまで待てないでしょう」
「それもそうか……」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。早く渡した方がいいと思いますし」
「そうだな」
促されて、部屋を出ることにした。
★
セントグルトとイアルクを見送るために城門の前まで来た。
空はすっかり暗くなってしまっていて、数え切れないほどの星が輝きを放っていて丸い月が見える。
冷たい夜風が城門の傍に生い茂っている木々の葉を揺らしていた。
城門の前に立つ、セントグルトとイアルクに声をかける。
「じゃあ、元気でな。また機会があったら遊びに来いよ」
「ああ、ありがとう。きっとまた来るさ」
セントグルトは眩しいくらいの笑顔で答える。
その様子に安心しつつ、彼の隣にいたイアルクにも声をかけた。
「イアルクもまた来たら、今度はもっと話したりしような」
そう声をかけると彼は目を丸くしていた。
セントグルトとはあれこれ話すことができたが、イアルクとはそれほど話すことができなかった。
彼は彼の護衛だからと一歩引いている感じで少しだけ距離を感じていた。
イアルクはしばらく固まっていたが、かすかに微笑んだ。
「俺にまでそう言っていただけると思っていませんでした。
★
二人が帰った後はいろいろと大変だった。
まだ自分の正体は一部の人間しか知らない状態だった。多分当分は正体を明かさないままいると思う。
ここを離れて元に戻る選択肢もなくはないけれど、せっかく再会した人達や大事な妹を放っていくわけにはいかなかった。
ひとまず城の一室を借りて一晩寝て起きると朝早い時間でまだ日が昇りかけてで窓の向こうは少し薄暗いブルーだった。
廊下に出ると少し肌寒くて思わず身震いした。廊下を歩きながらぼんやりとしていた。
これからどうなるかは分からない。
けれど、なにかしら自分にできるのだろうか。いまいち居場所が分からない叔父のことも気になるしできるなら会いたい。いろいろと考えていると後ろから声をかけられた。
「セルスさん、起きてたんですね。ちょうど良かったです」
「アルタイア」
後ろに立っていたアルタイアは花のような笑みを浮かべていた。
彼女は割りといつも笑っていていまいち感情を読むことができない相手で少し付き合いにくい相手に見えるけど嫌いではなかった。
彼女の目を見て言葉を吐き出す。
「なんだよ」
「ちょっと話しません? セルスさんからなんか話題振ってください」
「そう言われても……、そう言えばお前ってこの国の奴じゃない感じだよな。ここでほら、王家のこととか意外と心配してた感じだったから気になるんだけど」
「それはまあ、居場所を守るためですよ。居場所がなくなったら次探すのは大変ですし」
「はあ……」
アルタイアは少しだけ嬉しそうな顔をして続ける。
「本当は、昔この国の人が行き場のなかった私を拾ってくれたんです。まあ私は感情表現がいまいちだなんていわれますし、薄情だとか誤解されること多いんですけど、その人のためにもこの国を守りたいのは本当です。だからこうしてここでいられるだけで、それはもう幸せなんですよ」
そういう彼女の気持ちは少しだけ分かるような気がした。
彼女はこちらを見上げて尋ねてくる。
「セルスさんはこれからどうするんですか?」
その質問に対して、答えた。
「まだいろいろ分からないけど、俺は……大したことはできないけど自分にできることをやるつもりだけど。平和で大事な人たちが辛い目に合わないならそれで満足かな。まあ、これ人に言うなよ」
「ま、それでいいんじゃないですか」