第十四話
ロイドとセントグルトに案内されて、ウィートのいる部屋まで来た。あの後怪我はどうなったのかや、彼の様子が少し気がかりだったこともあって早めに会ってしまうことにした。
ドアを開けて、なかに入ると椅子に腰掛けているウィートの姿があった。
空いた窓から入って来る夜風が少し肌寒い。部屋のなかは静かで、風の音以外は何も聞こえなくて少し居づらく思えるくらいだった。
しばらく様子を伺った後、彼の傍まで行って声をかける。
「もう大丈夫か?」
「……ああ」
ウィートは俯いたまま返事をした。
怪我も魔導師による治療ですっかり治ってしまったらしく特に不便なこともなさそうで内心ほっとした。
ふと、あの時庇ってもらったことを思い出す。
あの時の礼を言わなければならないと思い、もう一度口を開く。
「ありがとな。あの時は助かったよ」
「…………」
ウィートは黙り込んだまま返事をしない。
何か悩んでいるように見えて、それ以上声をかけることができなかった。
けれどこのまま立ち去るのも気が引ける。
その場に立ち尽くしていると、不意に彼が顔を上げて、立ち上がる。
一瞬迷うような素振りを見せた後、真剣な表情でこちらを見据えて言う。
「……悪かったな。無礼な態度を取ってしまって。あの時のことでいろいろと目が覚めた」
「いや……」
「お前がどんな人間かも何となく分かった。それに、お前に言われた通り……簡単に諦めるのは良くないな。自分のことも仲間のことも」
その言葉を聞いて安心した。もう一人くらい死んだっていいとか、自分が死んでも問題ないとか言い出したりもしないだろう。
ウィートは一旦言葉を区切り、
「もし良かったら……だが、セルス……いや、王子。俺は貴方に使えてもいいだろうか?」
そんなことを尋ねられて思わず目を丸くする。
王子と呼ばれても、自分はいままでここにはいなかったからそう言われてもピンと来なかった。
仕えるというのは、近衛騎士としてなのだろうか。
「何だよ。どうせ俺は王子に戻ることはないと思うし、仕えるって言ってもただその辺の奴に仕えるようなもんになるぞ。仲間でいいんじゃないか?」
「いや、仲間はダメだとは言わない。だが、騎士としてはここは譲れない」
「はあ……良く分からないけど、そこまで言うなら。別にいいけど」
これ以上言っても、引き下がりそうにもなかったので了承することにした。
近衛騎士となると、護衛だと思うがはたして自分に護衛が必要なのかどうかと言われればいまいち分からない。
けれど、純粋にありがたいと思うことはできた。
「じゃあ、改めてよろしく頼む」
「ああ」
部屋を出た後、セントグルトとロイドが廊下で待っていた。二人はこちらに気づくとすぐに傍まで来る。
セントグルトは笑顔を浮かべて言ってくる。
「やっぱり分かり合えただろう?」
「そうだな。センの言った通りだ」
朝、セントグルトが言ってくれたように確かに分かり合うことはできた気がする。 すぐに分かり合えるようになると言っていたのは、きっとセントグルトは最初からウィートがどんな人間であるか見抜いていたんだろう。
ウィートの自分に対する印象が変わったことも確かだが、自分も彼に対する印象が変わっていた。お互いに初めて顔を合わせた時には分からなかった部分が見えたような気がしていた。
そんななかで、ロイドが腕を組んでこちらをまじまじと見つめる。
「でもさ~、セルスも変わった奴だよな。普段無愛想なくせに、意外といろんな人と仲良くなれるんだもんな」
「あのな、俺は別に無愛想じゃないからな」
いつもロイドに言われているように無愛想だとは思っていない。
それほど人に冷たい態度を取っているような自覚もない。かと言って元気で明るいタイプではないが。
単純にロイドが明るすぎるから彼からしてみれば、自分はまだ無愛想に見えるてるんだろうと思い始めた。
「まあ、今日は何かもうまくいって良かったな」
「そうだな。いろいろ助けがあって本当に助かったよ」
廊下で立ち話をしていると、詰所からイアルクが出てきてしばらく周囲を見回していたがこちらに気づくと近づいてくる。
そしてセントグルトに声をかける。
「王子、そろそろ出発した方が……」
「ああ、そうだったな。陛下にもお会いできたことだし、まだ終わってない用事を終わらせないといけない。もうこの国を出ないとな」
イアルクの言葉にセントグルトは思い出したように言う。
その言葉に反応する。
思い出せば、セントグルトは国王に会うためにこの国に来たと言っていた。その用事も終わったなら、もうこの国にいる必要はないのだろう。
用事が終わればこの国を出て行ってしまうことは知っていたが、いざこんな時になると少し寂しい気分になる。
まだ知り合ったばかりではあったが、短い間で随分話したりもできたし彼がどんな人間かも分かった。それにいろいろと助けになってもらった。
別れるとなるとやっぱり寂しさもあるし、もう少し引き止めたい気持ちもなくはないが、王子であり忙しい身の彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
寂しい気持ちを振り払い、彼を見る。
「何だ、もう行くのか?」
「今夜くらい城で泊まって行けばいいのにさ~」
「そうしたいのはやまやまなんだが、急がないといけない用事があってな。今夜中に出てしまいたいんだ」
「そっか。用事って何なんだ」
何気なく尋ねてみると、セントグルトは腕を組んで黙り込む。
もしかしたらそう簡単に話せるような内容ではなかったのかもしれない。
そう思って聞いてしまったことを少し後悔しかけたところで、彼は話しても大丈夫だと判断したらしく口を開く。
「実は、我が国の大事なものが帝国に奪われていてな。いろいろとあるのだが、そのせいでこちらも帝国に大して下手な真似をできなくて弱っている状態なんだ。だから、それを返してもらいに行くわけだ」
帝国という言葉を聞いて、今日の帝国皇子や魔導師のことを思い出す。
そしてアルタイアの話も。
この国にとってもあまり良い存在ではないと聞いていたし、いくつもの国が帝国に支配されつつあるという話は聞いていた。
セントグルトの国も例外ではなかったようだ。
いくら返してもらいたいと言っても、セントグルトとイアルクの二人だけで行って大丈夫なのだろうか。
思えばこの国に来たのも従者がイアルクのみというのは少し不思議な話だった。
王子が他国に出向くとなれば、それなりの人数の兵士を連れ歩くのが普通だと思うし、その方が万が一襲われそうになった時も安全だろう。
「それ大丈夫なのか。帝国はいろいろ問題がある国なんだろ? そんなところにたった二人で行くなんて危ないんじゃないか? せめて兵士とか何人か連れて行った方が」
「いや、下手に兵士なんて連れていけば相手を刺激してしまう可能性があるからな。それに、返してもらうと言っても話し合いをするんだから大丈夫だろう」
「そっか……」
少し心配になりながらも頷いた。
セントグルトにも国にとっても大事な用事なら、きっと自分が止めることはできない。
いくら帝国でも、いきなり他国の王子に下手な真似をしたりはしないだろう。
戦いに行くわけではなく話し合いならきっとそれだけだろう。相手が要求を受け入れなかったらただ追い返されるだけで終わるだろうからそれほど危険でもないはずだ。
けれどやっぱり帝国の話を聞いた後だと少し心配だった。
「じゃあ、私とイアルクはもうここを出る準備をして来るよ」
「あ、ああ」
「出る前は言ってくれよ! 見送りするからさ~」
何となく不安を感じる自分の隣で、ロイドは普段通り元気な様子だった。
別れる時になっても、寂しそうな様子を見せたりせず笑顔でいられるロイドが少し羨ましい。
内心は寂しくも思っているのかもしれないが、こうして一切顔に出さないのはすごいと思う。
セントグルトとイアルクが準備をするために詰所に戻った後、自分も歩き出す。
「あれ? セルス、どこ行くんだよ~?」
「ちょっとアルタイアを探して来る。相談したいことがあるんだ」
ふと思い至ったところで、アルタイアを探すことにした。