第十三話
部屋に足を踏み入れると部屋の中央には大きなベッドがあった。そのベッドで横になっている国王の姿を見つける。
迷いつつも足を踏み出し、ベッドに近づく。
ベッドの脇に立つと、父はすっかり弱っているようだった。きっと起き上がることもできないのだろう。
それでもこちらに気づいたようで、彼は口を開く。
「そうか、お前は……ここに戻って来たのか」
「……そうだよ」
父の言葉に答える。
まだほんの短いやりとりだったが、十年も間が空いたこともありこうしていま話しているのが不思議に感じる。
それと同時に懐かしくも感じていた。
ベッドの脇にある椅子に腰を降ろす。
「私は……お前の魂を呼び戻してから、禁術の存在を隠さなければならないと思い彼にお前のことを頼んだ。そして……王子だったことで、あんな目に合ってしまったなら、これからは普通の人間として平和に生きてくれればとも思ったんだ……」
父の言葉に黙って耳を傾ける。
確かに王家の人間はなく、普通の人間と生きれば命を狙われるようなことも王家の人間として苦労をすることもないだろう。
そうなることを望んでくれていたことには、彼の優しさを感じる。
そしてさらに言葉が続く。
「だが、お前はここに戻って来た」
「それは俺の意思だよ。セレスティーナや父上に会うためにここに戻って来た。一つ、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいことか……」
「ああ、どうして俺を助けてくれたのか気になってたんだ」
記憶を思い出してから、話を聞いてずっと気になっていたこと。
父が一度死んだ自分の魂を禁術を使って呼び戻したこと。
あの時死んで二度と戻ってくるはずのなかった魂をどうして呼び戻したのか。
そのことがずっと気がかりだった。
命を削ってまで、こうして自分を生かしてくれている。
少しの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「お前なら、この国の未来を守ってくれるような気がしていたんだ……。元々私は身体が弱かったから、そう長くは国を支えていけないだろうと思っていた。お前は強い。だから自分なりの形でいろんなものを守っていけると思っていたんだ。セレスティーナのことも、大事な人間のことも、この国のことも……」
「…………」
「これも理由の一つだが、何より……私は早くに妻を亡くして、そのうえ息子のお前まであんなに早く亡くすのは耐えられなかった。あの頃のお前はまだ幼くて生きていれば大事な者たちに出会うこともあるだろう。やりたいこともあるだろう。ただ父親として、お前にはもっと生きて欲しかった」
その言葉を聞いて、胸が締め付けられるような気がした。
自分もきっとあの時まだ死にたくないと願ったはずだ。セレスティーナも父もいたし、いつも傍にいてくれた者たちもいた。
だからまだそういう人たちと別れたくないという気持ちはあった。
父のおかげで自分はこうして生きて、さらに大事な人たちにも出会うことができて感謝してもしきれないぐらいだ。
ただ、自分を助けたせいで父自身の命を削ってしまったということがあって素直に喜ぶことはできなかった。
「俺は、おかげでいまも生きてるし大事な友達にも出会えたし、いろんな人と知り合うことができた。だから、感謝してる」
ただそう伝えた。
何で自分の命を削ったりしたのか、いくら助けるためだと言ってもこんなやり方は間違ってるという思いも内心あったけれど父の話を聞いて理由が分かったこともあり、責めてもどうにもならないだろう。
それにもう長くない父を責めるよりも、ただ残りの時間を大事に使うしかないと思った。
「それに、父上にそういう風に思ってもらえたのは嬉しいよ。俺にどれくらいできるのかは分からないけど、俺なりに大事な人たちやここを守れるよう努力してみる」
父はもうじきいなくなる。
そんな彼に対して、何ができるのか自分なりに考えた。
かつて期待してくれていたように、自分なりにいろんなものを守れるように頑張ってみようと思うことができた。
父が大事にしていた妹や、大事な人たちやこの国を少しでも守ることができれば父は安心することができるだろうか。
王になって大きな力では守れなくても、一人の人間としてできる限りのことができればと思えた。
父は少し笑ったように見えた。
「そうか、それなら安心だ。……そろそろ行くといい」
「……え?」
「お前には、まだやるべきことがあるだろう。セレスティーナも仲間も待っているだろう。早く行きなさい」
「…………」
そう告げられて、しばらく迷った。
できるだけ長くこの場にいられればと思ってはいたが、父の考えることは少し違うようだった。
父が亡くなるまでずっと傍にいることを望んでいないのだろう。
そう思い、頷くと部屋を出ることにした。
「じゃあ、父上。良い夢を」
一言だけそう言って、部屋を後にした。
★
部屋を出た後、詰所の前まで来た。
きっとさっきの会話が父と最後の会話になるのだろう。
そう思ってやっぱり少し寂しい気持ちがあった。けれどまだやるべきことはあるし、落ち込んでいるわけにはいかない。
セレスティーナとも話をしなければ。
気を引き締めると、詰所のドアをゆっくりと開ける。
詰所のなかに足を踏み入れると、真っ先にセレスティーナの姿が飛び込んできた。
十年前の姿のままのはずはなく、彼女は確かに成長していた。
セレスティーナはじっとこちらを見つめてやっぱり驚いたような表情を浮かべていた。
確かめるようにずっとこちらを見つめた後、言葉を絞り出す。
「おにい……さま……?」
その問いかけに対し、頷いた。
「そうだよ。久しぶりだな、セレスティーナ」
「お兄様、生きてらしたんですね。良かった……もう二度と会えないと思ってました……」
ポロポロと涙をこぼす彼女に歩み寄る。
「ごめんなさい、もう泣かないって決めてたのに……」
そう言いながら目をこするセレスティーナの頭にポンと手を置く。
十年のうちに彼女も成長していたけれど、確かに自分の妹に違いないということが分かる。
そして声をかける。
「ごめんな、いままで傍にいて守ってやれなくて……」
「謝らないでください! 私は……こうして、お兄様が生きてらしただけで……充分です……」
しばらくたって、落ち着いた頃にルーイが声をかけてきた。
それも嬉しそうな表情だった。
「けど、良かった。姫様の兄上が生きていて。こうしてまた再会できて、姫様も嬉しそうですしこれからはセレスさんがいてくれれば」
「そうだな。兄妹だからな。ルーイだっけ、お前も手伝ってくれてありがとな」
「いえ、僕は大したことはしてませんから。ともかく、成功して良かった。姫様が幸せならひとまず安心です。それに父上も元気そうですし」
そう言ってルーイは部屋の隅の方にいたルイスに視線を移す。
ルイスはそれに気づくと、傍まで来てほっとした様子で口を開く。
「ええ、本当に成功して何よりです。王子も生きていましたし、私には嬉しいことばかりです」
「ルイス、俺もまた会えて良かったよ」
話をしていると、そこにロイドとセントグルトが来た。
「どうしたんだ?」
尋ねると、ロイドは笑顔を浮かべて言う。
「ほら、ウィートの奴も治療終わったから会ってやってくれよ。あいつお前に言いたいことがあるってさ!」
「だそうだ。まあ、悪い話ではないし会ってやればいいさ」
セントグルトにも言われ、ウィートにも会うことにした。
怪我のことも少し心配だったし、あの時のやりとりの後も少し気がかりなこともある。
「分かったよ。で、あいつどこにいるんだよ?」