第十一話
詰所に集まると、さっそく作戦を開始することになった。
あまり時間のないこともあって、早くした方が良いのは確かでそれなら今すぐでも問題ないだろう。
中央にテーブルでアルタイアが城の地図を広げる。
城のなかの構造が描かれている。
けれど、それをいますぐに覚えられそうにはなかった。
そんな不安に気づいたのか、彼女はにっこりと笑う。
「ああ、覚えなくても大丈夫ですよ。ここにいる近衛騎士や魔導師なら城の構造くらい知ってますから、一緒に行ってもれば迷うようなこともないでしょう。というわけで……」
アルタイアはその場に集まっているものたちを見回す。
そしてしばらく迷っていたようだが、部屋の端に立っていたウィートに目を向ける。
彼がこちらに気づくと、手招きして声をかける。
「じゃあウィート、セルスさんについて行ってやってくれません? あなたなら城内でも迷うこともないですよね。それに……万が一兵士と出くわしても太刀打ちできるはずですし」
正直、アルタイアの人選にぎょっとする。
ウィートは自分に対してあまりいい印象を持っていないようだし、こんな失敗できないような状況で一緒に行くのはかなり不安だった。
うまく協力もできなさそうな気すらした。
ウィートは案の定、不満だったようで怒りを含んだ声で言葉を返す。
「何で俺なんだ? 腕の立つ近衛騎士なら俺以外にもいるだろう?」
「まあまあ、今は状況が状況なんですからいちいち文句を聞いている暇はありません。で、後は……」
納得いかない様子のウィートを放っておいて、アルタイアは話を続ける。
「じゃあ、兵士を蹴散らすのはカンヌさんとルイスさん始め、近衛騎士団で。あとは、下の階にいる兵士が騒ぎを聞きつけて上に上がって来ないように魔導隊が食い止めます。あと、セントグルト王子には帝国皇子と話をするうえでセルスさんをサポートしていただけます?」
「分かった。なら俺たちは先に行って兵士を蹴散らしておこう。できるだけスムーズに行けた方がいいだろう?」
「うむ、カンヌの言う通りだ。兵士たちについては私たち近衛騎士団に任せてくれ」
カンヌの言葉にルイスも頷く。
ルイスはこちらに向き直り、一言告げる。
「では王子、ご武運を」
「お前も気をつけてな」
そうして騎士団の団員たちはそうそうに詰所から出て行った。
すぐに取りかかるつもりだろう。
しばらく待機することにして、テーブルに置いていた剣を腰にぶら下げた鞘に収める。
そんななかで、ロイドが困ったように尋ねる。
「あー……ところで、俺は何すればいいわけ?」
「あ、ロイドさんはセルスさんたちと一緒に行って、広間の入口で念のため見張りをしていてくれますか? 後から兵士が駆けつけてくる可能性もありますから、邪魔が入らないように」
「了解」
★
しばらく待った後、広間に向かうために詰所を出た。
長い階段を上がって、廊下に出るが一人たりとも兵士の姿を見かけない。
きっとカンヌたちが兵士を引きつけてくれたのだろう。
廊下には大きな窓が並んでいて、青く澄んだ空が見えて太陽の光が窓から差し込んでその場が明るく照らされていた。
普段と何一つ変わらなさそうな景色だったが、身を引き締める。
ここで失敗するわけにはいかない。
スタスタと早足で前を歩くウィートの背中を見ながら声をかける。
「こっちで合ってるのか?」
するとウィートは立ち止まり、振り返ると不満そうな声で答える。
「合ってるに決まっているだろう。疑ってるのか?」
「いや、そんなつもりはないけど……。ボケてたりしないか一応気になったんだよ」
「……喧嘩売ってるのか?」
「ま、まあまあ、いまは喧嘩してる場合じゃないだろ~?」
慌ててロイドが間に入ってなだめる。
ウィートは黙って引き下がると、踵を返してまた歩き始める。
黙ってその後を追うことにした。
けれど内心不安になりつつあった。
うまくいくのだろうか。
「うまくいくのか心配だな。あいつとうまく協力できるか分からないし……」
ぽつりと呟く。
そんな呟きが耳に届いたらしく、セントグルトがポンと頭をたたいてくる。
「らしくないな。きっと大丈夫だ。ウィートも悪い奴じゃないだろうし、お互いすぐに分かり合えるさ。失敗するわけにはいかないんだろう? 自信を持つんだ」
「……そうだな」
とにかく失敗するわけにはいかない。
変に不安なことなんて考えている場合じゃなかった。
目の前のことに集中しなければと思い、覚悟を決めるとまた歩き出す。
★
廊下を歩き続けて兵士をはち合わせになることは一度もなく、広間の扉の前まで辿りついた。
大きな扉を見上げながら深呼吸して心を落ち着ける。
扉を開けようとした瞬間、バタバタと足音が聞こえて来て数人の兵士たちが駆けつけてきた。
兵士たちは槍を構えて取り囲んでくる。
「貴様ら、何者だ!」
「せいやっ!」
兵士たちがかかってくる前にロイドが背中の槍を引き抜き、一番前にいた兵士を振り払う。
「ほら、ここはどうにかするから早く行って来いよ!」
「いやでも……」
ロイド一人だけではと言いかけたところでイアルクが前に出る。
「俺もここに残ります。二人いれば充分です」
「そうそう、だからここは任せて早く行って来いよ」
ロイドに急かされ、ここで立ち尽くしていても仕方ないので覚悟を決めて、広間の扉を開く。
広間に入ると、セレスティーナと皇子の姿があった。
セレスティーナを驚いたようで目を丸くしてこちらを見ていた。
ロンガルトは目を見開いて、慌てて部屋の端にいた兵士たちに呼びかける。
「おい! なんだこいつらは! 早くつまみ出せ!」
「はっ!」
兵士たちがバタバタと走ってきて、周囲を取り囲む。
大人しくつまみ出されるわけにはいかない。
けれど、このままの状態ではまともに話なんてできないだろう。
なら戦うしかないと思い、剣を鞘から引き抜く。
ウィートも剣を抜き、セントグルトも槍を構える。
「抵抗する気か。なら仕方ない!」
兵士たちは一斉に剣を構え、襲いかかってくる。
斬りかかってくる兵士の剣を受け、腕に力を込めて一気に振り払い投げ飛ばす。
次の兵士の懐に入りこみ、剣の柄で腹を思い切り突く。
ばたばたと兵士を倒していく。
さらに斬りかかってくる兵士の剣を受ける。
腕に衝撃を走る。気を抜かず、腕に力を込めながら振り払うタイミングを伺っていると、視界の端に剣を向けてくるもう一人の兵士の姿が移り、まずいと思った瞬間に間にウィートが割って入る。
そのまま剣は彼の腕に刺さる。
はっとして、目の前の兵士を思い切り振り払うと慌ててウィートに駆け寄った。
「お前、何してるんだよ! 俺なんか庇ったりして……」
「誰が好き好んでお前を庇うか! ただ間違っても王子のお前が死んだらうまくいかなくなるだろう」
「そ、そうだけど……」
戸惑っているうちに兵士がさらに襲いかかってくる。
剣で蹴散らしていると、しゃがみこんでいるウィートに斬りかかろうとする兵士もいて即座に間に割って入って、剣を受け止める。
そしてまた足で思い切り兵士の手元を蹴って相手が剣を落とすと剣の柄で腹を突いて気絶させる。
「何のつもりだ。庇いながら戦うなんて無茶は真似はやめろ」
「見捨てるわけにはいかないだろ」
「下手に共倒れになったらどうするつもりだ! 一人くらい死んだって勝ちさえすれば何も問題ない!」
「そんなわけないだろ! まだ生きてる奴を見捨てて見殺しにするなんてできるわけないだろ!」
「……っ、だがこれでは……」
ウィートが言いかけた時、セントグルトが来る。
「大丈夫だ。もう片付いたからな。それに、私もセルスの意見は正しいと思うがな。まだ生きてる人間を見殺しにして勝つより、やれるだけやって一人でも多く仲間を生かすことは必要だろう。いまは使えなくても、後々怪我が治ればまた戦力になるだろう? 戦力は極力減らさないべきだな」
「いや、セン。俺が言ってるのはそういう理由じゃなくて……」
セントグルトの言い分に少し戸惑う。
自分の考えとは違うものだ。
一人でも仲間を生かして、今後の戦力の維持することも戦う上では大事なことなのは分かる。
「私もそういう理由じゃないのは分かってるさ。単純に、仲間を死なせたくはないんだろう? ただ、こいつならいまの言い分の方がてっとり早く納得してくれると思ってな」
「まあ、そうかもしれないな」
苦笑いすると、ウィートの方へ向き直る。
「俺はただ死なせたくなかっただけだ。簡単に死んでもいいなんて言うなよ。死んだら、本当なら大事な人にも二度と会えなくなるんだしさ……」
その言葉を言いながら、ふと思い出す。
自分が一度死んで、父に命を助けられたことを。
ウィートは俯いたまま何も言わない。
そんな時、扉が開きロイドとイアルクが入ってきた。
「おーい! こっちは何とかなったけどそっちは~?」
「これから話すとこだよ」
セントグルトは、思いついたようにロイドとイアルクに声をかける。
「ちょうど良かった。ウィートをこのままにしておくわけにはいかないから、二人はウィートを連れて詰所に戻ってくれないか? 怪我の治療も早めにした方がいいだろう。あと姫様も一緒に連れて行ってくれないか?」」
「分かりました」
「了解!」
イアルクもロイドも頷くと、しゃがみこんでいたウィートに手を貸す。
そして呆然としていたセレスティーナを連れて広間を出て行く。
「さて、セルス。ひとまず皇子と話をするか?」
「そうだな」
頷いて、ロンガルトの方へと視線を移す。
ロンガルトは焦った様子で、こちらを睨みつけながら口を開く。
「な、なんだ! お前たちは……」
警戒するロンガルトに対し、セントグルトは笑顔になる。
「私は、スラングーテ王国の第二皇子セントグルトと申します。そしてこちらが、このウィントハイム王国のセルギルス王子殿下になります」
「王子……?」
「とりあえず座って話しましょう」