第十話
王宮の広間に通された帝国皇子であるロンガルトは、テーブル前の椅子に腰を降ろしもたれかかりながら、大きな窓の方に目を向けていた。
大きな窓からは青く澄んだ空が見え、広間に太陽の光が差し込んで明るく照らされていた。
その様子を見て退屈していた。
大げさにため息を吐く。
「まったく……何でこの僕がこんな面倒なことをしなきゃならないんだ? こんなつまらない国に来て国王になるなんて……」
すぐ傍に立っていた魔道師の男はそんなロンガルトの様子を見て、にっこりと微笑む。
「皇帝陛下の命令ですから。それに、この国の王になれば国一つ好きなようにできるんですよ」
「…………」
ロンガルトはしばらく黙り込んだ。
そして少し考えた後、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「確かにそうだな。僕が王になれば、この国を好きなようにできる……か。この国の民も全て僕の思い通りにできると。じゃあ、まずは民を徴兵して大きな軍隊でも作るか。うまくやっていけば、我が国にも劣らないほどの大帝国にもできるわけか。それは面白いな」
「ええ、皇帝陛下は王家に伝える天剣さえ手に入ればこの国にはもう用はないとのことですから、皇子の好きになさっても問題ないでしょう」
「天剣? 何だそれは?」
ロンガルトが訝しげに反応する。
それに対して魔道師はふうとため息をつき、呆れたように告げる。
「まさか皇帝陛下に何も教えられていないのですか?」
「くっ、何を言っている! 皇子である僕に、父上が何も教えないなどということは有り得ないだろう!」
「では天剣のことも聞いてらっしゃるんでしょう?」
「…………」
問いかけに対し、ロンガルトはぐっと黙り込んだ。
魔道師はそれで何も聞かされていないことを察する。
きっと念のため伝えなかったのだろう。
あの皇帝は、自分の息子すら信用しないような人間だ。不思議ではない。
けれどここで伝えても問題ないだろうと判断し、口を開く。
「この国には、天剣という王家に伝わる国宝とも言える剣があるんですよ。この国の王家の者しか手にすることができないと言われているものです。皇子がこの国の姫様と結婚して王となれば、その剣を手に入れることが可能でしょう」
「意味が分からないぞ。剣一本ごときがなぜそんなに欲しいんだ?」
「ただの剣ではありませんよ。天剣は空を操る剣とされていて、それがあれば空を操ることができる。嵐も呼べますし、雷も雨も、その天剣の力があれば国一つ消せるくらいの天災だって起こせるそうですよ」
「ほう、つまりそれを手に入れれば……」
「我が国は協力な脅しの材料を得ることになる。ほとんどの国が我が国に逆らうことができなくなるでしょう」
「なるほど、こんな小さな国にそんなものがあったとは。けど、単に脅しの材料にするには惜しい気もするんだがどうだ?」
★
アルタイアについて行くと、広い廊下に出た。
廊下には誰もおらず、広すぎることもあって寂しく感じられる。
大きな窓が並んでいて、城の中庭が目に入る。
中庭に咲き誇る赤い薔薇は太陽に光を浴びてきらきらと輝いていて、眩しいくらいだ。
外を見ながら歩いていると、ふと足を止めて彼女に尋ねる。
「おい、それより大丈夫なのか? 下手に廊下に出てたりしたら、兵士に見つかったり……」
アルタイアはこの城に仕える魔術師だから問題ないだろうが、自分は違う。
王子だと知っている者はわずかしかいないだろうし、普通の兵士の目に留まれば侵入者だと思われる可能性もある。
しかしアルタイアはにっこりと笑う。
「心配しなくても大丈夫ですよ。帝国の兵士もわざわざここまで来たりはしないでしょうから。何せ帝国兵士の役目を皇子の護衛ですから、下手に皇子の傍を離れて城内をうろうろしたりはしないと思いますよ」
「ならいいけど……で、話って」
「セルスさんは……いや、セルギルス王子とお呼びした方がよろしいですか?」
「いや、セルスでいい。で、何の話だよ」
「特に話はないんですけど何を話しましょうか?」
「ないのかよ。何で呼び出したんだよ!」
わざわざ場所を移そうと言って廊下に連れ出しておいて、特に話すこともないというのはいまいち納得がいかなかった。
無駄なことをさせられた気分だ。
アルタイアは壁にもたれかかりながら持っていた魔道具を壁にたてかける。
「まあ、でも何も話さないのもつまらないですしね。その辺適当に座ってくださいよ」
「お前な、ここ廊下だぞ」
座れといわれてもあまり気が進まない。
廊下に座るのも気が引けて、結局そのまま立っていることにした。
「セルスさんは、うまく行くと思いますか?」
「まあ、うまく行くと思うな」
「思ったより自信があるんですね。私としては、セルスさんは勇気はあると思いますけど兵士たちを蹴散らせるのかは疑わしいです正直あんまり期待できないんですが……」
「お前、期待してないのに連れて来たのかよ」
少し落ち込みつつむっとして彼女に声をかける。
「まあ、状況が状況ですし期待できなくても連れて来るしかありませんでしたし。けど、私もうまく行くようにやるしかないと思ってますよ」
「だろうな……」
失敗したら、取り返しのないことになるかもしれない。
ならうまく行くようにやるしか選択肢はないんだろう。
「私はあなたと違ってバカでもありませんし、うまくサポートしますよ」
「あのな、人のことバカバカって言うなよ」
「不満ですか?」
「まあ、そうだろ。バカって……」
「そうですか。とりあえずセルスさんは見てて面白いし、百歩譲って予想しない事態を引き起こしてくれるかもしれないって期待はしても良いと思いますけど」
「面白いって何だよ、バカにされてる気がするんだけど……」
やっぱり不満でぽつりと呟く。
言われるほど、面白い行動や言動をしているような気はしないし正直ピンと来なかった。
予想しない事態というのは、多分良い意味でということだろう。
そのあたりは多少は期待されていると思っても良いかもしれない。
「ま、いいや。多少は期待してるってことだろ? 何とかなるさ」
「自信があるんですね」
「こんな時に自信ないなんて弱気になってられないだろ? やれるだけやる気でいないとさ」
そう言って笑顔を浮かべる。
実際、自信がなく弱気になっていると普段より失敗しやすくなってしまう。
気の持ちようは大事だと思う。
ふとアルタイアの方へ顔を向けて思っていたことを口にする。
「それにしても、お前もよっぽどこの国が大事なんだな」
「なぜそう思うんですか?」
「だって、俺をここに連れて来たのだってこの国を帝国の手に渡さないためだろ? 手段も選ばないって感じだったし……」
「国を守るため、ですか……。見方によってはそう取れるかもしれませんね」
アルタイアは苦笑いをする。
「けど、私は少し違いますよ。まあこの国にいる限り守らなければ自分の戦う場はなくなりますから、間違いではないですけどね」
「他に理由でもあるのか? そういえば、お前は何でここで魔道師になったんだ?」
戦う場が必要という言葉が少し引っかかる。
何か目的があって必要なものであることには間違いなさそうだ。
アルタイアはしばらく黙ったあと、ため息をつく。
そして呆れたような顔で言う。
「身の上話をするのは嫌いなんですよ。ですから遠慮してもらえます?」
「わ、悪い……」
慌てて謝る。
気になったからと言って何でも聞くのはまずかったかもしれない。
なかには人に触れられたくない部分もあるだろうし、絶対話したくないようなことだって誰にでもあるはずだ。
「それより、そろそろ取り掛かりましょうか?」
その言葉を聞いて目を丸くする。
「もうやるのか?」
「ええ、早い方がいいと思いますから」