校則×バレンタイン
「待ちなさ~い!」
「って言われて待つ奴ぁいねえっつうの!」
風を切って走り抜ける。これが新緑のジョギングロードだったらどんなに清々しい事か。だが…現実はそんなにスウィートではない。
すれ違う生徒たちは目を丸くして、教師たちは少し困ったような、諦めよりも面白がっている表情。要するに誰も、血眼で必死にもがいている俺を止められない、いやさ、追いかけながら弓道の全国大会で名を轟かせた、得意の飛び道具を惜しみなく発揮する彼女を止めようともしないのだ。
と、とうとうカラになった矢筒に手を掛けた彼女が気を取られた一瞬の隙!もつれそうになる足を必死に引きずって何とか階段の影に身を隠す。
ぜえぜえと息をするのもためらわれ、口を押さえていると頭に全然血が巡って来なくて目が回る。でも、一体全体どうして俺がこんな目に遭わなければならないと言うのだ!それもこれもみんな、あの忌々しい校則の所為!そう、俺の通う高校にはある特殊な校則があったのだ。
男子生徒全員バレンタインチョコ受け取り義務。
ちょっと聞いただけには随分聞こえがいいが、これにはとんでもない落とし穴があるのだ。つまりは義理チョコ対象生徒のアフターケア。
本命ないし友だちからもらえる男子は問題ない。対象となるのはそこからあぶれた、例えば俺のような生徒には生徒会の名の下にチョコが配られるのだ。
それすなわち、モテない男の烙印。実際、生徒会の銘入りチョコを押し付けられた男子にはその後の高校生活における恋愛は絶望的と言ってもいい。
だから俺は逃げ切る!しかも、その配達員が気になる女の子だなんて、洒落にもならない!
ヨシ!と気合を入れてそっと、階段の下から顔を覗かせる。そこここに先に吸盤の付いた矢が突き刺さったままの惨状に肝を冷やしながら曲げていた膝を伸ばして。
「…大丈夫そうかな」
「見つけた!」
思わず縮み上がる!隙を突かれて両腕を押さえつけられ、両足首も…あれ?
「うふふふ、生徒会で~す。もてない君に義理チョコの配達に来ました。はい、あ~ん」
呆けていたままの口にサイコロチョコを放り込まれ、さらには証拠写真を写メられてようやく、俺は総勢三人の彼女たちから解放された。リーダー格の一人はてきぱきと、彼女たちを統括している人物に任務完了報告を済ませ、手元の資料に目を通しながら次なる子羊に向けて、振り返りもしないで足早に掛けて行く。
俺はというと、血が回ってない混乱した頭を馬車馬のごとく働かせる事に必死になってチョコを味わう暇も無い。
どういうことだ?配達員は彼女じゃなかったのか?それじゃぁ彼女は…
「見つけたぁ!」
ドスの利いた声と共に件の、吸盤付き矢が見事!俺の額に命中して、反動で後頭部を階段の手すりにぶつけてしまう。
彼女は一転、実に少女らしい声で悲鳴を上げて、手にしていた弓も矢も放り出して俺の元に駆けて来る。ごめんなさい、大丈夫?と自分の事は神棚にでも上げたような発言で力任せに吸盤をへっぴがすものだから、きっと俺の額は赤く痕になっているだろう。
「ご、ごめんなさい…」
「そんな!…ごめんな、俺の方こそ。てっきり、生徒会の回し者だと思って逃げたりしちまって。そうじゃなけりゃ、こんなに嬉しい事ってないのに」
彼女の目がいっぱいに見開かれる。そこには驚きと、わずかな気恥ずかしさと溢れる期待が、頬を早咲きの桜の色に染めている。
「もう一度、やり直してくれないか?今度こそは俺…ちゃんと受け止めるから」
「あの、そ、それじゃぁお言葉に甘えまして。え~その、コホン。こ、これ私の気持ちです、受け取ってください!」
激辛唐辛子チョコ。
ビシ!っと決死の覚悟で差し出されたチョコにはファイヤーエンブレムと共にあの独特の赤く細長い写真が描かれていた。
「私の熱い熱い気持ちです!きゃ、言っちゃったぁ」
さわさわと野次馬が集まってきている。お構い無しに頬を染めて身じろぐ彼女の本命は…コレなら、さっき口に放り込まれた安物の方がよっぽど愛があるような気がしてならないのは、未だ頭に血が回っていないだけか、単に俺のほうの気持ちに熱が足りないからなのだろうか……
おわり