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 いろんな本を読んでもう二時半くらいになった。ユリはすでに平仮名、片仮名、漢字を数十個読めるようになり、算数のあとに英語をしていた。

 お前本当に五歳かよ。


「そろそろスターティング探そうかなぁ」


 俺は俺で机の上に読みたい本をいくつか並べて、ユリの横でずっと読んでいた。

 たまにユリが俺に漢字の使い方とか算数を詳しく聞きに来たりしていたから、俺はユリの中で彼女より勉強ができる、と言う位置付けを早々につけられてしまった。

 まあ間違ってないけど。五歳と十八歳じゃあ俺の方が勉強出来るのは当たり前なんだからさ。

 俺が読んでいたのは1990年には既に絶版になっていて、俺のいた時間ではほとんど名前しか知らないような本など、とりあえずレアなものばかり探していた。

 残り時間三十分になった今、俺は学校でも常に持ち歩いていた本、スターティングを探し始めた。

 さ、し、す……あった。


「うわ、めちゃくちゃキレイ」


 表紙にざらざらとした感触のテープを貼っていてきれいに保存されていた。俺のは何年も裸だったからボロボロだからな。

 おお、これだけ違うとなんか感動だ。


(よーし、読むぞー!)


 スターティングを見つけて機嫌が良くなった俺はスキップで席につき、読み始めた。



(この辺りは今の俺の状況と同じなんだよなぁ……)


 主人公が彼女を亡くし、高校生から過去に戻ってしまいその時代の自分の体になる。本では小学一年生だが、ほぼ五才の俺と同じだ。

 それで十年後に死ぬ運命の彼女を助けることを決める……。


(何百回と読んだはずなのに、状況が違うとこうも恐ろしい内容だとは……)


 俺はこの下りが大好きだった。自分が望んだ訳じゃないけど、偶然タイムスリップの実験に巻き込まれて彼女を助けるチャンスを掴めるのが。

 これから先に真っ直ぐ目標を掲げ、日々努力していく姿に何度も憧れた。


(……俺もなんだかんだでそうなれたんだよな)


 それは奇跡。一度しか起きないこの奇跡を俺も、スターティングの主人公も大事に使わなければならない。

 そうだ。俺はユリを助けるんだ。


「ん? でもこのあと主人公って彼女の……」

「ユリー! シャガー! おいでー!」


 朝聞いた女性の声。園長の娘さんか。


「はーい! シャガ、本直して来てね。ユリもお片付けするから」

「了解」


 返事をしてから何十冊の本を抱えた俺は片付けに走り回った。


「だいぶ読んだんだね!? 手伝ってあげる!」


 園長の娘さん……もとい紀野さんは俺の本を何冊か取り上げて直してくれた。

 紀野さんかー。なつかしいなー。ユリのことも初めは紀野さんって呼んでたよなー!

 でも三ヶ月もすれば下の名前で呼び合って……。まあユリさん、ミズキくんって呼びあったのもあるけどな!

 恥ずかしいからすぐやめた!


「ボーとしないで早く片付けなきゃ!」

「ん? あ!」


 ユリが俺の肩を叩く。

 どんどん腕が軽くなっていて紀野さんが本を直しに走り回っていた。


「やべ!」


 申し訳なさすぎてやばい! つーわけで俺も急いで片付けた。




「ふぃー」


 紀野さんが息を吐く。結局ほとんど片付けてもらった。


「いいよいいよ! 気にしなーい気にしなーい」


 バンバンと背中を叩いて豪快に笑う。


「げほっぐへっ」


 体が小さいせいで少々むせる。あー結構不便だなーこの体。


「あ、スミレー! おつかれー!!」

「わースミレー!!」


 紀野さんはベンチに座ったまま、ユリはスミレへ走りながらそれぞれ呼んだ。


「ん、ユリ。どうだった? 楽しかったか?」

「うん! でもね、シャガがずっとおほん読んでたからお外で遊べなかったんだー」


 げっ! マジかよ! いやいやユリが時間設定したんだろ!?

 ギロッとスミレが俺をにらむ。

 ひぇえ……。


「でもね! シャガったらユリの知らないこといっぱい知ってるんだよ! おんなじ年で一番ものしりさんはユリだと思ってたのにー!」


 少し悔しそうなユリ。それを見てまたスミレが俺をにらむ。

 そ、そうか……ユリの始めに聞いてきた「ねえ知ってる?」は自慢だったのか!

素直に知らない、すごいなー、って褒めてやれば良かったのか!!


「おい自称高校生。略してジショコ。そんなこともわからなかったのか?」


 ドスの聞いた声でスミレが言う……。いや、でも……ほらさ? とりあえずジショコはやめろ、カッコ悪い。

 そしてスミレが俺の頭を掴む。


「ったく、まだまだ子供だな」


 頭をがしがしと振り回しながらスミレは言う。

 振られながら見上げたスミレの顔はほんの少しだけ優しい笑みを浮かべていた。


「で、雨どいどうだった? 直せた?」

「まあまあだ。俺ァ元々あんなん得意じゃないんだから、ダメだったら業者呼べ」


 紀野さんは豪快に笑いながらそりゃそうだ、と笑う。

 スミレの背中をバンバン叩いているが……スミレもこの人相手だと小さくなるのな。


「園長、そろそろ痛い」

「ああごめんごめん」


 園長はスミレの背中を叩くのをやめ……ん?


「園長さん! 今日はダイちゃんいなかったの!?」

「ん? ダイちゃんかーちょっと入院中だね」

「え!?!?」


 ちょっと待って、登場人物が増えたのと気になるワードが多いから整理できない!

 えーと? スミレとユリは紀野さんを園長と呼んで。ユリとその園長さんはダイちゃんと呼ばれる人の話で、その人は入院中で今ここにはいない、らしい。

 んーと、んーと。


「え!? 園長?!」

「うん? そうだよ」


 紀野さん、もとい園長先生はキョトンとして俺を見た。ユリもキョトンとして俺を見ている。

 やめろ! 俺がおかしいみたいじゃないか!知らないのは仕方ないだろ!

 スミレだけは俺を見ていなかったが、横目でちらっと見てきた目は見下していた……と、思う。


「被害妄想はやめろ」


 スミレが俺に言う。

 ……え! 心読まれた!?


「園長さん、年齢は?」

「む、女性にそんなこと聞くものじゃないよ~?」


 しまった。園長はむすっとした顔で俺に注意する。

 でも園長になるにはこの人若すぎるような気がして……。若干目付きが少しきつめで、顔だけのイメージは男のスミレと被る。

 それを考慮し多めに歳を取らせたとしても三五もいかないはずだ。やっぱり若い。


「まあいいけどね、二七だよ」


 ケロっと表情を一変させ、園長は言った。

 いいんかい! まあ子供だから許してもらえるとは思ってたけどさ!


(それにしても……)


「やっぱり若いな……って?」

「園長まで心読むのか!?」


 やめろよ! やめろよ! 子供いじめるなよ!


「あっはっはっ! ごめんよーあまりに分かりやすかったから!」

「そんなに?」


 園長は笑いながら縦に激しく首を振った。……まあとにかく、三〇も満たないのにこの施設の園長ってどういうことなんだろ。


「まあそのうち教えてあげるよ。聞きたかったらね! あとあたしが覚えてたら!」


 あっはっはっ! と未だ笑いながら園長は言った。

 ……まあ、次の機会にするか。


「で、ダイちゃんって?」


 ユリに先程入院してると聞いた人の名前を訊ねる。大人か子供か全くわからない。恐らく性別は男だろうが。


「ここの子だよ! でもよく風邪引いちゃうからお外で遊べないんだぁ。ユリよりお勉強できるの!」

「へぇ……」


 つーことは、子供? 体が弱い子なのか? 風邪で入院って結構大変だな…。


「ま、そのうち会えるよ。楽しみにしてな」


 園長はそう言う。


「うん」


 俺は短く返事した。

 とりあえずまた明日来れるのかな? スターティングが読みたい。


「……んじゃ帰るぞ」


 スミレが俺たちを呼んだ。


「バイバーイ」


 園長に手を振って車に乗り込む。助手席は開けて俺はユリと二人で後ろに座った。


「明日また来るの?」


 ユリが訊ねる。


「そうだな……来たいか?」

「うん! シャガも来たいよね!」


え? うん!


「わかった。なら明日も来るか」

「やったー!」


 やったー。

 ……スミレはユリには甘いような気がするんだよなぁ。

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