after 4
「さて、ここが入り口だ。俺はちょっと市内の方に用事があるからここで降りな」
「ありがとう、兄さん」
「おうよ! またなシャガ!」
四時間も話してたらそりゃ仲良くなるさ。呼び名も変わったし敬語も無理矢理外した。園の門の前に立つと車は元来た道を戻って行った。
門は学校の門みたいだ……ちょっと向こうに見えるのは校庭だろうか。少し狭いが、小学校くらいなら十分な広さだ。そして一番近い校舎の入り口、最も手前にある部屋に俺は行けばいいんだったか。
「……なんか緊張するな」
歩きながら呟く。だって俺の感覚としては園長さん倒れたまんまだぜ? そこから何年も寝てて、二ヶ月リハビリして……やばい、シャガとしての人生短くね?
と、職員室のような部屋の扉に手をかけたとき。
「うわぁっ」
「うぉ!」
扉が開き、思わず声をあげながら手を引く。扉を開けた相手も俺がいることに驚いたらしく、声をあげた。
「ご、ごめんなさい。まさか扉の前に誰かいるなん……て…………」
「あ、いえ。俺のほうこそ……どうしました?」
扉を開けたのは俺と同い年くらいの青年だった。その彼は言葉を途中で止め、俺を見て固まっている。……なんだ?
「あ、貴方は……いや、君はもしかして……」
「? ……あ、ナオキさんから連絡来てました? えーとその、随分長く離れてたんですけど紀野園の時に」
「シャガ!!?!!?」
「!? え、そ、そうですけど」
返事をするなり彼は俺に抱きついてきた。え、なに!? 誰?! そんな趣味ないけど!?
しかも俺を見てシャガだとわかる人。呼び捨てだし………………まさか!
「ダイちゃんか!!?」
「ってことはやっぱりシャガなんだねッ! シャガ! シャガ!!」
「おおダイちゃん! でっかくなったな!!」
「わあああああ!! シャガあああああああ!!!」
抱き付くダイちゃんの背中を叩いてやる。抱き合うとわかるけどデカくなったなあ。俺がミズキの時より背が低いまま成長止まってしまってるのもあると思うけど、多分平均より大きいだろうな。
俺の体じゃ受け止めきれないくらいデカい。
「はっは、落ち着けダイちゃん。どーどー」
「シャガああああああ!!! 僕は! 僕はあああ!! シャガ!! ごめんねえええ!!!」
「あはは、落ち着い……ッ!」
待って! マジで待って! ユリより激しい!! 再会の喜びがユリより激しいからッ!!
しかもデカいし強いから!!! 俺リハビリ終わったとこだよ!? パワーも体格も平均以下だって!! 落ち着いてくれない!!? 死ぬって!!!!
「僕のせいでシャガはああああ!! うわあああああああああ!!!」
「ちょ、まじで……ダ、イちゃ…………」
「シャガ? シャガ!? しっかりして!! ごめんよおおおおおおシャガあああああああ!!!!」
とりあえず俺の記憶はここまで。
「や、目を覚ましたかい。シャガ」
「う……ここは」
「事務所のソファで申し訳ないね」
薄ぼんやりと目を開けると、綺麗な女性がこちらに笑顔を向けていた。ユリに、似てる……?
「えっと……」
「ありゃ、私がわからない? 園長の紀野ユイだよー?」
「園長……さん?」
体を起こそうとすると園長さんが手を貸してくれた。周りを見渡すと先ほど入りかけた事務所。と、額から何かが落ちた。
「濡れタオル……びしょびしょ」
「ああ、ダイが必死で頭に当ててたよ。あんなに取り乱したダイは久しぶりに見たかも」
園長さんはケタケタと笑う。濡れタオルがあったであろう部分から水が流れ落ちてくる。タオルが落ちたせいでズボンもべちゃっと。
あれ、ダイちゃんって不器用だったっけ……?
「ダイー! シャガ起きたよー」
「しゃ、シャガ……?」
「あはは。大丈夫だよダイちゃん」
事務所の入り口から彼が顔を出す。不安そうな子犬のような目。ああ、ダイちゃんだな。
「ごめんね、シャガ……」
「いや、いいよ。ちょっと力が強すぎて死ぬかと思ったけど」
「ごめん……」
そんなにへこまなくても。
「謝ってばっかりじゃないかダイちゃん」
「うん……。だってシャガがずっと入院してたのって僕が、僕があの時道路に飛び出したから……だから……」
ああ泣くな泣くな。ダイちゃんを助けられて俺は本当に幸せだよ。それにほら、俺はこうして起きたわけだしさ。
「でも……」
「いいんだよ。俺は皆が不幸にならないために未来から来たんだから」
「未来……?」
ダイちゃんが首をかしげる。
やべ、それは知らないのか。スミレは俺が入院してたのだけは、ダイちゃんに伝えたのか……。ユリに死んだって言ったんだったら、こっちにも死んだことになってても良いような気がするけどな。
「ユリには言うなって言われてたんだ。……そういえばその忠告の時にも、未来が変わるとかなんとか言ってなあ、父さん」
彼は首をかしげたまま目を瞑り、昔の記憶を呼び戻す。そうか、うっすらとは聞いてたのか……父さんから…………。
「はぁ!? 父さん!? え、スミレの話じゃないの!?」
「うん、スミレさんの話だよ?」
「父さんって呼んでんの!!?」
「そうだよ?」
嘘だろオイ。ついにダイちゃんの父親にもなっちゃったよスミレ。いや、元々そうだっか。
俺のことも息子だと言ってくれたしなあ……。っていうか一回城井家に行けばよかった。今なら帰れるじゃん。
「そっか」
と、ダイちゃん。
「ああ。まあスミレの話は後でいいや。それより今後の俺の行き先はどうしたらいいんだ?」
俺の問いにダイちゃんが答える。
「それについてはしばらく色樹園に、ってことになってるよ。ね、園長さん」
「そうだね。シャガもうちの子供の一人なんだから、しばらくは実家にいると思ってゆっくりしな」
園長さんは笑う。
そっか……しばらくはここか。まあ、そうだよな。
「そういやダイちゃん、大学は?」
「シャガ? 今日、日曜日だよ?」
大学は日曜日は開いてないのか。
「いや、そんなことないけど……。まあいいや、とりあえず僕は休みなんだ」
「そうなのか。ちなみにどこの大学?」
「メロディ音楽大学」
「なんという……」
「冗談だよ」
ダイちゃんは笑う。
小さい頃に比べてよく笑うようになったなあ。一緒に育っただけあってユリとそっくりだ。
「音楽なのは本当だよ。ここで働きながら音楽も出来る道を探してるんだ」
「そうなのか。そんなの出来るものなんだなあ」
「スミレさんも小説書きながら、だったしね。僕もそうやって、大変だろうけど生きていきたいんだ」
ダイちゃんは目を輝かせて言う。そうか……スミレのように、な。つーかやっぱアイツ小説書いてたのか。原稿用紙を見たから怪しいとは思ってたんだけどな。
「うん。スターティングって言う小説らしいよ」
「………………え?」
………………え? い、今なんて?
「だから、スターティングだよ。あの映画にもなった」
「……え」
ええええええぇぇぇぇええええ!!!!!??
「知らなかった?」
「知らねーよ! ってかマジで!!?」
「マジで」
ええええええ!?!? ズルくねえええ!? アイツも城井瑞樹だったんだろ!? 好きだった小説書く!?
ヒットするの未来で知ってんじゃん!
「まあ、あの頃はお金が必要だったからね。君がもしスミレになることがあってもそうしたと思うよー」
園長さんはそう言って笑った。あまり事情を知らないダイちゃんは相変わらず首をかしげていた。
「えええええぇぇぇぇええええ!!!」
と、ひとしきり驚きつつ雑談を交わしたところでダイちゃんが言った。
「園長さん。僕シャガを園内に案内してくるよ」
「あ、そだね。これから働いてもらうから子供たちにも顔を覚えてもらわないとな」
園長さんが答え、俺は彼に連れられて事務室を出た。
案内されると改めてわかるが、やはり元は学校だったようだ。それぞれの年齢で大体の教室が分かれて、衣類等の荷物がタンスにある。
図書室っぽい所もあれば家庭科室っぽい所もあって、きっとここで勉強したり料理を作るんだろうと思う。
「ああそうだった。シャガもその内料理を作れるようになってね。子供たちに作らせるけど、やっぱり大人が作れないといけなくてさ」
「料理か……。スミレ仕込みで少しは作れるけど……」
「大丈夫だよ。僕や園長さんも教えるから。あ、あと今はフユカさんが居るからいっぱい先生がいるね」
ダイちゃんは笑う。まあ、毎日小学生達に作ってもらうのも情けないもんな。
フユカさんって誰だ?
「えっと、前の紀野園に居た年上のお姉さんだよ。シャガと入れ替わるように出てっちゃったから知らないかも」
「へぇ……」
「子供達の顔合わせと一緒に、フユカさんに挨拶もしに行こっか」
「ああ、そうだな」
そう言って彼は俺を連れて校舎内を歩く。少し歩き二階の元理科室のような部屋に着く。中はまんまその感じで、子供達が工作のような遊びをしていた。
その中で一人、髪の綺麗な女性が目に入った。
「あの人が?」
「うん。フユカさんだよ。フユカさーん」
「んー?」
女性はダイちゃんに呼ばれ、振り返る。ダイちゃんは俺の紹介をする。
「この間言ってたシャガです。今日来てくれたので案内がてら挨拶をと思って」
「ああ、言ってたね。確か、昔私と入れ違いで来た……と、か……」
年上であろうフユカと言う女性はダイちゃんに微笑みながら話す。そして目線を俺に移したとき、言葉を止めた。止めたと言うか詰まったような。
……なんだ?
「シャガって言ったわね! ちょっとよく顔見せなさい!」
「え!? い、いきなりなんですか!」
「フユカさんどうしたの!?」
ずかずかと俺達の方に歩みを進め、恐ろしい形相で俺の顔を掴んだ。
「ふげっ」
両手で頬を挟むように顔を掴まれる。思わず変な声が出るがフユカさんは気にせず俺の目をじっと見つめる。
い、いや……美人だし年上だし、初対面でめちゃくちゃ照れるんだけど……。
「目を逸らさない! こっち見て!」
「ふぇ!? ふぁ、ふぁい!」
じっと俺も見つめ返す。
………………………………いや恥ずかしいって!!
照れる俺をよそにフユカさんは言う。
「…………あんた、スミレさんの親戚?」
「!?」
突然の問いに驚く。まさか顔を見ていたのはスミレに似ていることを見抜いたからか。
まさか同一人物とは言えないし、親戚と嘘をついてもいいのだろうか……。いや、ダイちゃんは俺が他所から来たことを知っているからダメだ。
「い、いえ他人ですけど……」
「……似すぎよ、若い頃のスミレさんに。そのやつれた感じとかまだ筋肉が衰えている感じとか」
「鋭い!?」
「……?」
思わず叫ぶ。顔だけじゃない、全身を見られている。
しかも細かいところまで完全に。
「ねぇ」
フユカさんは静かに、しかし問いただすように呟く。
「は、はい」
緊張しながら俺も返す。
ごくり、と唾を飲む音が聞こえるのはダイちゃんから。なんでお前がそんなに緊張しているんだ。子供達は俺達を気にせず、はしゃぎ遊んでいる。
空が綺麗だ。風が緩やかに教室を通り、清々しい天気だった。
「あんた、私と付き合いなさい。決定よ、シャガくん」
「え……? は、はい」
フユカさんの突然の言葉で、俺は恋人が出来てしまった。




