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after 3

「え、ユリ……?」


 ミズキが呆然としながらお見舞い品を落とす。ドサリと落ちて転がり出たメロン。あ、アンデスメロンだ。


「え、あ、違うよミズキ!?」


 我ながらメロンをお見舞いに持ってくるか。三月だし、なんか違う気がするぞ? どっちかというと俺はメロンを夏に食べたい。自分のプレゼントのセンスの悪さって客観的に見て初めてわかるよなあ。


「で、でも今抱き付いて」

「違うの! この人はシャガ! 私の、えっと、私の……?」


 慌ててベッドの横の椅子に座ったユリは言葉を詰まらせた。確かに考えてしまう。俺ことシャガは彼女にとっての何なのだろう。

 友達か、家族か、兄か弟か。友達では少し遠い気がするし、家族というにはあまりにも長い期間会っていなかった。

 …………うーん。


「家族、のような……幼馴染、のような……?」


 ユリが落ち着いたのはその辺りだった。いや、あんまり納得できる答えじゃないし。下手すりゃ俺……じゃない。ミズキが疑うような言い訳に聞こえるぞ。

 と、思ったが。


「シャ、シャガ……。そうか、この人が……」


 なんてミズキは納得したように頷いてしまった。

 なにがなんだかわからないし、なぜミズキが俺の、シャガの存在を知っている? 少なくとも俺がミズキの時には知らなかったぞ。


「ああいや、色樹菫って人から手紙があったんだ」

「スミレから……?」

「うん。そのスミレさんや、シャガと言う名の少年に関する全てが書かれていた。だから知っている」


 そしてミズキは俺の目をじっと見つめた。

 不思議な感覚だ。鏡の向こうから俺に見つめられているような、変な錯覚を覚える。いや、むしろ鏡の中なのは俺の方か。

 この時代の人間じゃなく、この世界のユリとは恋人じゃない、城井瑞樹。それが俺なのだから。


「不思議な感覚だ。顔付きは、痩せてだいぶ変わっているのに」


 ミズキはそう言った。そこはやはり俺同士、同じ感想を持つらしい。


「ありがとう、未来の俺。シャガと名乗る俺がいなかったらユリは今生きてないんだよな」

「……まあ、俺が直接ユリを助けたわけじゃないから、別に俺がいなくても助かってたかもしれないけどな」


 自分に感謝されるという奇妙な感覚に耐えられず、思ってもないことを言ってしまう。


「思ってもないこと言うなよ俺。シャガがいたからユリは助けられたんだ。 な、ユリ?」


 ミズキはユリに微笑みかける。ユリもそれを受け取り、俺のすぐ傍で微笑んだ。


「そうだよ、シャガ。シャガが居てくれたから私は今ここに居る。誘拐された時も、遊園地の時も、シャガが助けてくれたからここに居る。シャガが未然に防いでくれたから今生きてるんだから」

「…………まあ、そういうならそういうことなんだろうさ」


 再び俺の目頭が熱くなる。この相思相愛のカップルめ。そんな幸せそうな笑みを俺に向けるな。

 事故で眠ってしまった情けない俺に感謝するんじゃない。なにもできなかったことを悔いる前に、嬉しくなってしまうだろ……!


「くっ……ぅ……」

「あはは、シャガまた泣いてる。やっぱりさっきも泣いてたでしょー?」

「う、うるさい! この……バカ妹め」

「あー! それは違うよ! ユリの方がお姉さんなんだから!!」


 はは、一人称が戻ってやがる。さては昔の記憶を取り戻して退行してるんじゃないだろうな?


「……ありがとう。俺」

「ありがとうね、シャガ」


 少し取り乱しかけた俺に追い討ちをかけるようにこのバカップルは言った。

 二人の言葉に、残念なことに俺はついに我慢できず決壊してしまうのだが、ここではそれ以上のことは話さないでおく。






 二ヶ月後の五月。先に退院したユリにたまにお見舞いに来てもらう日々を過ごした俺にも退院の日が来た。最近少なくなってたのは大学の方で忙しいらしい。俺にとっては嬉しい悲鳴と言うやつだろうか。

 入学式の写真を見せてもらったが、スーツがよく似合っていた。リクルートスーツだな。そう言えば俺がミズキだった頃に買ったけど、試着のときしか袖を通してないままだったなあ。

 写真ではユリとミズキがスーツを身に纏い、幸せそうに笑っている。……うん、幸せそうで俺も嬉しいよ。


 さて、長らく入院していた俺だが、医師曰く脳のどこかがやられてて左半身に一部障害が残っているらしい。その精密な検査と、長期間の入院による身体機能の低下でリハビリに明け暮れていたわけだ。

 二月経った今、それなりに動けるようになり退院が認められた。


「あの、先生。今更なんですけど俺は退院後どこに行けば……?」

「ん? 聞いてないのかい? ほら、君の育ての親の菫さんの所だよ」

「スミレの……」

「迎えの方がもう来てるから行こうか。ついておいで」


 俺の担当医だった先生は歩いていく。俺が眠り続けた数年間もずっと世話をして居てくれたらしい。

 感謝してもしきれない人の内の一人だ。


「先生!」


 だから俺は呼び止める。


「今までお世話になりました!! このご恩はいつか必ず返します! ありがとうございました!」

「…………はは」


 勢いよく頭を下げる。

 先生は喉の奥で笑った。


「私の仕事は患者を救うことだ。当然のことをしたまでで、そんなに恩に思ってもらわなくてもいい 。ただ」

「……」

「大変なリハビリでも一切折れずに頑張り続けた君は、私が今まで見てきた誰よりもカッコ良かったよ。そんな君が恩を返しに来てくれるのなら、また顔を見せに来てくれ」

「はい!!」


 顔を上げると先生は薄く涙を浮かべていた。祝福してくれているんだ。

 先生が差し出す手を俺は強く握った。先生の手は温かく、優しい手だった。

 きっと俺はこのおじさんの手をしばらく忘れないだろう。




「おじさんかい!!!」


 車を運転する男性、ナオキと言う方は叫んだ。


「え、はい。そうですよ?」

「いや俺も男かとは思ってたけど! なんか雲行きが怪しいから女だと思ってたらやっぱり男かよ! おじさんかよ!」


 そりゃあ何年も俺のことを見ててくれた人だ。昔は若かったかもしれないけど、現在はそれなりの歳になっている。あ、でも八年くらいかー……まあまあだな。


 さて、俺を迎えに来てくれたのはナオキさんだった。子供の時に居たけれど、園で遊んだのは少しだけだ。それでも結構頼りになるお兄さんってイメージがあった気がする……。


「ナオキさんはどうして俺を迎えに?」

「姉さ……園長さんからのお願いと言う名の命令だよ。仕事が長期休暇になったのを知らせてたから、ここぞとばかりにな」


 やれやれと首を振る。なんとなくスミレっぽいのは彼がスミレに育てられたからだろうか。

 っていうか園長さんのこと姉さんって呼ぶんだ。


「そうなんですか……すいません」

「いいんだよ。つーか敬語なんて使うな。俺達からしたらお前達仲良し三人組、シャガもユリもダイも可愛い弟妹なんだから」

「……そうですか」


 敬語を抜ききれない俺を、ナオキさんは横目で見て口の端を緩めた。やっぱりスミレっぽい。


「しばらくかかるから寝ててもいいぞ?」

「いえ、大丈夫です。それより俺が寝てた間の話を聞かせて欲しいです」

「だから敬語はいいって。ここ八年くらいの話だな? よし、話してやる。つっても俺も色樹園に変わるころに園を出てったんだけどな」


 なんて言いながらも彼は話してくれた。

 大阪までの遠い遠い道のりを、俺は彼と話しながらずっと過ごした。








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