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after 2

「それでは蒼多さん。よろしくお願いしますね」

「は、はい」


 今まで、えーと何年間だ? よくわからないけれど。俺がずっと寝ている間は個室の病室だったのが昨日から相部屋へと移動した。

 3月5日。3日に目を覚ましてから俺は落ち着かない心のまま精密検査を受けた。

 何もなかったから個室を追い出されて今ここにいるんだろうけど、あまりに早くないか? ……いいけどさ。


「はぁ……」


 溜め息ですら俺の声じゃないみたいだ。子供の時は声が高かったんだなあ。

 眠り続けてる間に身体も成長して枯れたまま声変わりしたのだろうか。すげー違和感。


「…………」


 なんの溜め息かっていうと、誰もいない相部屋に誰か入ってくるそうだ。いや相部屋だから当たり前なんだけど……。

 なんでも俺と同じ年の女の子だそうだが、すぐに出ていくからよろしく、と。


 とりあえずその内来るだろうと俺はカーテンを引き、枕に顔を埋め、布団に潜った。





 何時間か経って、俺は人の気配で目を覚ました。


「……から、多分すぐに退院してもらうと思うけど、お願いね」

「わ、わかりました」


 ああ、その子が来たのか。ぐるりと体を回して天井を見上げる。

 ……真っ白。


「あ、えーと。他の方もいるんですよね?」

「そうそう、男の子がね」


 看護師と女の子は会話している。

 そして俺は聞き流せない単語を聞く。


「紀野さんと同じ年だから仲良くなれるかもね~」

「あ、そうなんですね~」

「!?」


 紀野さん!?!? 今紀野さんと言ったか!!

 待て待て待て、今は3月5日だから、えーと。


(そっか……)


 スミレは成功したんだ。

 そう確信して、俺の中から何かが込み上げてきた。 やばいやばい。


「今は寝てるみたいだけど起きたら話し掛けてあげてね。彼、しばらく誰とも話してなかったから」


(そうだけど意味が若干ちげえ!!)


 心の叫びも虚しく、ユリはそうなんですか……、と呟いた。

 ……あれ? やばくね? シャガってバレていいの?

 いや、ダメだろ多分。そんなことしたら未来が変わ……って、もう未来は変わってるのか。

 そうだな。とりあえず……。


「ゴホッ! ゴホッ!! す、すいません……」


 ガラガラに枯れた声で看護師を呼ぶ。


「あら、風邪かしら。どうしたの?」


 カーテンに顔だけ入れて看護師は伺う。


「少し喉の調子が悪いみたいで……。大きめのマスクってもらえますか?」

「あ、はいはい。それならその棚にあるから……はいどうぞ。お大事にね」


 看護師は俺にマスクを渡して、病室を出た。ユリと二人残される。


「ええと……大丈夫?」


 ユリが声をかけてくる。相変わらずだなあ。誰にでも声をかけるんだユリは。


「ま、まあ。看護婦さんがさっき言ってたけど、誰とも話してなかったからさ。喉の調子が悪いんだ」

「そっかあ~。大変だねえ」

「う、うん」


 カーテン越しに言葉を交わす。

 十八歳のユリ。彼女と話すのは何年ぶりなんだろうか……。


「? 君、泣いてるの?」

「!? そ、そんなことないよ!!」


 勘の鋭さも変わらない。

 俺は知らないうちに流れていた涙を拭い、息を整える。


「私、少しの間しかいないけどよろしくね。ほとんど検査だけなんだ」

「そ、そっか。こちらこそよろしく……」


 検査だけ……か。

 話の続きをしたくなった俺はカーテンを開く。マスクをしてるからバレないはずだ、多分。


「検査だけって……何かあったの?」


 カーテンを開き、俺は本当に久しぶりにユリを見た。俺がミズキとして最後に見た、ユリ。俺の記憶の中にある一番大きなユリ。あの日のまま。

 いや、一つだけ違う。


「って足が……」

「あ、はは。一昨日折っちゃって。交通事故に遭いそうになったのを助けてもらったんだ」

「助けて……?」


 やはりスミレが成功したんだ。だけど仕事が甘いぞスミレ! ユリが無傷じゃないぞ!


「うん、助けてもらったんだ。けれど助けてくれた人が私の代わりに重傷を負っちゃって……。まだ起きていないんだけど、きっと起きるって……信じてて」

「……そうなんだ」


 スミレもギリギリだったのか。それで重傷……。

 また俺みたいに眠ってしまうのだろうか。


「あ、ごめんねこんな話! 私もまだ心の整理がついてなくてさ……」

「ううん、大丈夫だよ。俺にも興味深い話だからさ」

「うん……」


 少しの間沈黙が生まれる。

 唐突に、ユリが口を開いた。


「まだミズキにも話してないんだけど」

「……ん?」


 ミズキ。一瞬自分のことかと心臓が跳ねたが、違う。この時代の城井瑞樹のことだ。


「あ、ミズキって言うのは私の彼氏なんだけどね」

「うん」

「交通事故に遭って思い出したんだ。失くしてた記憶。それもあって整理がつかなくて……」

「どんなこと?」


 聞き返すが、俺にはわかる。恐らくあれだ。


「九才の頃にね、先生みたいな人が倒れちゃって。私と背の高い男の子と、大人っぽい男の子と三人でお見舞いに行ったんだ」


 俺の最も新しい記憶。あの時で間違いない。


「背の高い男の子……ダイちゃんがすごく焦ってて。彼にとってはお母さんみたいな人だったから、焦って道路に飛び出しちゃったんだ」

「うん」

「そしたら運の悪いことに車が来てて、私は必死に叫ぶしか出来なかったけど……。そう、丁度一昨日事故があった場所と同じところで。もう一人の男の子が道路に飛び出してダイちゃんを突き飛ばしたんだ」

「……」


 ああ、そうだ。俺はダイちゃんを助けたくて。

 今度こそ助けたくて、道路に飛び出した。


「ダイちゃんは無事に助かったんだけど、その男の子は……その子は……死んじゃった」


 スミレがそう言うことにしたと、手紙で読んだ。過去を変えないために。

 ユリがこの町でミズキと出会うために。


「わ、私……それがショックで。ぜ、全部忘れちゃった。その子のこと大好きだったのにっ……忘れちゃったんだ……!」

「……そっか」


 それを事故と同時に思い出してしまって混乱してるのか……。スミレが重傷をし、俺《シャガ》が死んでしまったことが重なって……。

 泣き出してしまったユリを抱きしめることは今の俺には出来ない。それは多分……俺じゃない俺の仕事だ。


「その子のこと、今も好き?」

「うん……大好き。お兄ちゃんみたいだったり弟みたいだったり……恋人みたいにも見えたけど、そうじゃなくて……。私の……私の大切な家族」

「……」


 ああ、そうだ。間違いないよユリ。

 俺もユリが大好きで、大切で。

 でも恋人じゃない……大事な姉や妹のような。


「ご、ごめんねこんな話して。なんだか君に懐かしい雰囲気を感じて、ちょっと話しすぎちゃったや」

「大丈夫だよ。……俺も嬉しかったし」

「……?」


 それに再確認もできた。

 ユリは恋人じゃない。大好きだけど、好きの種類が変わってしまっている。

 家族愛、と言ったところか。


「はは、何年も眠ってたから声も変わって体格も顔つきも違ってわかんないよな」


 俺はマスクに手を掛ける。


「ごめんな、苦しませて。でももう気にしなくていいから」

「そ……んな……」


 ユリが折れた足を引き摺ってベッドから降りる。


「俺はちゃんと起きたよ。だからスミレもきっと目を覚ますさ。二人で信じて待とう、ユリ」


「シャガぁ!!!」


 ユリが俺に飛び付いた。懐かしい匂いと感触。

 弱った俺の体では支えきれずベッドにそのまま倒れ込んでしまった。


「シャガ! シャガぁ!!!」

「はは……よしよし」


 頭を撫でてやるとやはり懐かしい感触。小さい頃のユリの髪ばかり触っていたため、大人のユリの髪を撫でるのは何年ぶりか。

 彼女の雫が俺の頬を濡らす。


「わた、わたし! 死んじゃったと思ってたから!! だ、だから、ショックでシャガのこと忘れちゃって……!! 大好き、だったのに、忘れちゃってッ!!」

「大丈夫だよ、ユリ。思い出してくれたから大丈夫。その言葉だけで俺はすごく嬉しい」


 俺も大好きだよ、ユリ。

 そう呟くとユリはピクリと震え、申し訳なさそうに俺から離れる。


「そう、私言わないといけないことがあって。……その、私今」


 ああ、ミズキのことか。

 俺ではない、今の俺ではない昔の俺。

 大丈夫さ覚悟はとうの昔に出来ている。って言うかさっき聞いた。


「結婚を考えるくらい大切な人がいるの」

「……………………え」


 ………………………………………………え?


「ご、ごめんね。シャガのことも大好きだし、それこそホントに小さい頃はシャガと結婚したいと思ってたくらいだったし」


 いやいやそっちじゃねえ。


「その……何て言うのかな。シャガに対する好きは…………そう! スミレに対するみたいな! お兄ちゃん……じゃないか、弟……でもないし……なんだろ」


 いやわかってるから! 俺が固まったのはそっちじゃねえから!

 なんでフラれたみたいになってんだよ!


「あれ、違うの?」

「違うよ!」


 俺がびっくりして固まったのはミズキに対する思いだよ!!

 結婚を考えるくらい、大切……ってやつ!


「まあでも……何に固まったかユリに説明するにはあれこれ話さないといけないから、却下だ」

「え、なんのこと??」


 やだやだ、説明しない。面倒くさい。

 せめてミズキがこの場にいれば簡単に証明できるだろうから話してやっても良いけど、いないならしない。


「俺もユリのことが家族として大好きだ、ってことだよ」

「……へへ、そっか」


 ユリは俺から離れたところで嬉しそうに笑った。


 そう、俺はこの笑顔がずっと見たかった。

 子供のユリと一緒に過ごせなかったのは残念だけど、今、今日と言う日にユリの笑顔を見るために俺は頑張ってきたんだ。

 だからよかった。


「また会えて良かったよ、ユリ」

「うん、私も。ずっと会いたかった」


 手を広げるとまたユリは足を引きずりながら俺のところにやってくる。愛しい俺の家族を優しく抱き締めた。

 と、言うところで。


「おーいユリー。お見舞い持ってきた……ぞ…………え?」

「え」

「え」


 聞き覚えのある声。見覚えのある姿。って言うか数年前まで鏡で毎日会っていた顔。

 ユリの恋人。



 ミズキが病室に入って来た。



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