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after 1

「へえー! 出来るんだ遊園地!」


 渡り廊下を歩きながら、彼女は嬉しそうに目を開いて言った。


「懐かしいなぁ。私も遊園地なら一回だけ行ったことがあるんだー。ほら、あの有名なテーマパーク」


  ああ、と俺にもすぐに理解できた。この周辺……というか彼女の家の周りではあの遊園地しかない。


「お父さんやお母さんじゃないよ? スミレと」


 過去を懐かしむように遠くを見つめる彼女。思わず見とれてしまい、俺は慌てて目を逸らした。


「スミレと……誰か居たんだけどなー」


 よく彼女との話にあがるスミレとは彼女の両親代わりの女性だ。 両親のいない彼女を一人で育ててくれたらしい。


「いつもその誰かいるな」

「うん、スミレの友達だったかなぁ……」


 その誰かについて彼女は全く思い出せない。いたことしか覚えてないと言う。


「まあいいんじゃないか? それよりそこに今度いこうぜ!」

「そこって……新しいところ?」


 俺は頷いて返す。


「そっか! 行こう行こう! でもうーん……いつ行く?」


 明日は卒業式。そのあと行くことも考えたが、彼女は部活の後輩に呼ばれて追い出し会に出席するだろう。それならもう少しあとの……。


「5日後にしようぜ」

「ミズキはバイト休みなの?」

「ああ、だからどうだ?」


 彼女の顔に季節外れのヒマワリが咲く。嬉しそうに笑う彼女はまるで太陽のように眩しかった。


「よっしゃ! じゃあ3月8日で!」








「ユリ、少し待っててくれ」

「んー?」


 下足室に差し掛かったときに俺はユリに言った。


「トイレ」

「あ、いってらっしゃい!」


 少し気まずそうに微笑みながら見送られる。俺は少し申し訳ないことを伝えてからトイレへ向かった。


「……ふぅ」


 そして早々に用を足した俺は手を洗い、ハンカチを取り出そうとして気付く。……カサリとポケットの奥に何かが入っている。


「……ああ」


 濡れた手をシャツの裾で拭いて取り出すと、一枚の封筒が。そう言えば朝ポストに入っていたのをそのまま持ってきたんだった。

 城井瑞樹様……か。俺宛の手紙だもんな。

 ちょっとユリには悪いけどもうちょっと待っててもらおう。





………………………………紀野、スミレ。





「……ユリ」


 呟き、手紙を乱暴にポケットに詰め込んでトイレを急いで出る。


「ミーズキ!」

「ユリッ!」


挿絵(By みてみん)


 ぴょんと靴箱の陰から姿を現す。良かった、待っていてくれた。

 と、思ったのも束の間。


「にっしっしっし!」


 ユリは悪戯心たっぷりの笑顔を浮かべ、走っていってしまう。

 ダメなんだユリ……! 今日ばかりはそんなことしてはいけないんだ!!

 手紙の内容を信じるのならこの後ユリは。ユリは……!


「クソッ!!」


 こんな時に落ち着けるほど俺は人生経験を積んでいない。

 急ぐ心と焦りで震える手でロッカーから靴を投げ出し、履き替えようとすると胸ポケットから本が落ちる。


「……!」


 もう何も考えず俺は靴を履き替え、上靴と共に本をロッカーに投げ入れるとすぐにユリを追いかけた。






 しかし、中々ユリの姿は見えない。陸上部のエースだった彼女には流石に追い付くのは難しい。

 だが、諦めてはいけないんだ。俺は必ずあそこまで走り抜けなければならないんだ。


「ハァ……ハァ……! 居た……!!」


 最後の曲がり角を曲がる直前のユリを、俺はやっと視認できた。

 もしかしたら、もしかしたら間に合うかもしれない! 間に合えるのかもしれない!


 俺も角を曲がる。


 既にユリは道路の手前に居た。


「ユリ……!」


 一瞬立ち止まったと思った瞬間、彼女は道路へ飛び出した。

 思考が固まる。


(なぜ……なぜ、道路へ急に…………)


 しかし足は止めない。学校から出た瞬間から俺はユリを捕まえるまで止めないと決めていたからだろうか。

 俺の意志を継いだかのように足は走り続ける。


(あいつは、道路の横断だけは絶対に気を付けていたはずなのに……)


 思考はゆっくりと動き始める。

 身体は道路への距離が近づく。


(絶対に、何があってもそんなことをしなかったのに……?)


 そして見える、道路の向こう側からユリに向かって叫ぶ男性が。


(そういうことか……!!)


 俺は全てを理解した。

 理解して一層脚を回す。

 ユリの右方から乗用車が見え……。


「ユリィィィィイイイイッ!」


 俺も道路へ辿り着いたとき、ユリが俺の目の前に飛んできた。

 それはとてもゆっくりと見えた。


 だから俺は歩道へと帰って来たユリをしっかりと支えてから、彼女の体を避けて道路へ一歩踏み出した。


 そして目を閉じて道路で待つ、その後訪れるであろう衝撃を覚悟した男性を。


















 俺は思い切り引き上げた。

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