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 2013年1月1日。

 俺はかねてからの計画を実行に移す。関西を出て、新幹線はもうすぐ昔の俺の地元へ。


「ふぅぅ……」


 緊張し、息が漏れる。




 演奏会から帰ったあの日、ユイに事情を説明すると。


「なるほどそれは心配だね……」


 と、理解はしてもらえた。しかし様子を見に行きたいと言うと。


「お前はバカか」


 と睨まれた。突然妻の顔から園長モードに入るんだからビックリだよな。

 どうにか説得し、頼み込み、力を貸してもらえるようになった。主に変装の方向で。

 バレてはいけないので姿をある程度誤魔化せるようにしておく。髪型と色はカツラを被り、おおよそ俺だとわからないようにした。青のカラーコンタクトを入れ、上からサングラスを掛け、目元も隠す。

 化粧も施され、肌も完全に俺とはわからなくなったし、眉も剃って形を整えた。パッと見てその姿を俺だとわかるやつなんていないと思う。

 って言うか。


「なんで女装だよ!?」

「スミレくんは切れ長一重の美人さんの素質があるからねえ。金髪だし青目だし、肌も白くしたからもう立派な外人さんだね!」

「女装もだし外人だし! 俺の原型なくなっちまってるだろ!!」

「変装なんだからいいじゃない」


 パッドを入れて、胸も着けて、もう…………。

 よく下着だけは男物、なんてアニメや漫画で女装させられた男が最後のプライドとして言っているが、その気持ちが痛いほどわかってしまう。そうだよな……そこは折れられないよな…………。


「ストッキング履いたら大体美脚に見えるしー。元々足とかの毛が薄いからそのままで大丈夫だね」

「なんでストッキング!? まさかお前スカー……」

「はい、これ。私には大きかったからベルト巻いて頑張って履いてたスカート。スミレくんならベルトしなくてもちょうどいいかも」

「ギャアアアア!!! 勘弁してくれえええええええ!!!!!」


 とまあこのように。

 変装なんて名ばかりの、ユイのお人形遊びが完成し出来上がりを鏡で見てみた。


「こ、こいつは…………!!」


 金髪色白長身美人。

 自分で言うのも些かナルシストと思われそうで嫌だが、鏡から覗くそいつは日本人離れしていた。


(変装って! 逆に目立つぞこれ!?)


 さながら旅行に来た外人モデル。こんなやつが街中歩いてたら目を引くって!


「スミレくんだとわからなければいいんでしょ? なら十分だよ、ほら」

「十分過ぎるわコラアアアアアア!!」



 ………………………………………………………………。



(これからの展開に頭が痛い……)


 なんて色々回想や想像していると地元につく。碧天駅だ。


「とりあえず神社に行くか…………」


 改札を出てため息をつく。周りの視線が痛い。女装だとバレてはなさそうだけど写真とか撮られてるよ……。つーかスカート寒い! 腕と太ももを擦る手が止まらないって!

 と、とにかく行く先は神社だ。ハイヒールで歩くことなんて慣れてないからタクシーを拾って向かおう。


 1月1日の神社と言えば初詣だ。

 高一の時にユリと付き合って、神社に初詣デートをしたのは覚えている。そしてそこで会った人物のことも……。

 はああああ。もう本当はいかなくてもいいことを半分以上確信してるわけだが、過去は変えるわけにはいかない。しかとこの目玉で彼らを視認しようじゃないか。


「ありがとうございました」


 タクシーを降りて俺は礼を言う。タクシーでの行く先は筆談用の紙を渡されたから、神社の名前を漢字で書いた。俺の声は聞かなかったんだろう。降りてから言葉を発すとタクシーの運転手は心底驚いた顔で俺を見た。

 そうだよ、女装しても声までは女にならないよ。なんだよ、悪いかよ。


「…………クソ、一応裏声で誤魔化すか」


 俺は運転手の反応を見て声も誤魔化すことを決めた。が、しかし皆さんはご存知だろうか。30過ぎたおっさんが裏声を使ったところで、その完成度は極めて低いものであることを。


「あー、あー。アー。コンニチハ、コンニチハ」


 裏声。カタコトになるのはなぜだ。

 試しに鳥居を潜ろうとする女性に声をかけてみる。


「スイマセン。ココハ神社デスカ?」


 どんな質問だよ。


「!! そ、そうですよ」


 見知らぬ女性は俺の方を見てまず驚いたらしかった。うん、ビックリすると思う。声はどうだろうか。


「ハツモウデ、ト言ウノハココデスカ?」

「ええ、そうですよ。良ければ一緒に行きますか?」


 ふむ。カタコトも相まって自然と受け入れられているかもしれない。意外と裏声でも大丈夫なようだ。

 カタコトなのは素なんだけどな……。


「大丈夫デス! 一人デ行ケマスカラ!」

「そんな! 案内しますよ!」


 手首を捕まれた。鳥居をくぐって中に連れ込まれる。

 24歳…………もう少し若いか。大学を卒業した辺りの感じだ。美人ではあるが目が合うと意地悪な笑みを浮かべる。……あれ、誰かに似てる?


「イ、イエ! 本当ニ! イイデス!!」

「遠慮しないでくださいっ。慣れない土地に一人だと心細いでしょ?」


 優しい人、親切な人だと思う。

 思うのだが……タイミングが悪い。ありがた迷惑なんて言いたくないがそう思ってしまうのは仕方ない。


 彼女に無理やり連れられて境内までやってくる。こうなったら諦めよう。お参りだけさっさと終わらせてこの人から離れることにする。


「五円持ってます? 私今手持ちになくて……十円と交換して頂ければありがたいのですが……」

「ハ、ハァ……」


 何故か俺が五円を渡し、彼女と共に五円玉を投げ込む。二回礼をして手を二回叩く。


(そなたの願いを申せ……)


 突然、神の声が頭に響く。


(なんつって)


 嘘。そんなことあるわけない。

 今度は真面目に願いを言う。


(願わくば俺の正体が誰にもバレませんように……)


 真面目だが、小さな願いすぎて叶えてもらえないかもしれない。

 まあ、本命は自分の努力で成し遂げたいからこれでいいんだ。

 あまりにもあれなので、一年を元気に過ごせますように、と付け加えておこう。

 最後に一礼してその場から離れた。


「外人さんなのに作法は完璧なんですね! 勉強されたんですか?」


 妙にニヤニヤした彼女に話し掛けられる。愛想笑いとも言うのだろうか。だがどうにもニヤニヤしているようにしか見えない。


「マ、マア……」


 彼女から目線を逸らせて返事をする。

 そろそろ離れたいと思ったとき、俺の目は目的の二人を見つけた。


「あ……!」

「?」


 彼女が首をかしげる。


「スイマセン。オ花ヲ摘ニ行ッテキマス」

「あ、はーい。私はおみくじ引いてくるのであっちにいますね!」


 彼女が指差すのは俺の行く先と真逆。都合がいい。


「ではまた」


 裏声で流暢に話せるようになってきた。やったぜ。

 ……いや、そんなことはいい。二人のもとへ向かわねば。咳払いを一度して彼氏の方に話しかける。

 まずは違和感のない会話をしなければ。


「スイマセーン! コノアタリデワタシノダーリンヲミマセンデシタカー!?」


 すいません。この辺りで御手洗いはどこにありますか? って……。


(俺は何を言ってるんだァァァアアア!!?)

「は、はぁ……?」


 恐らく彼氏の方。つまり高校生の城井瑞樹が困った顔で返事をした。

 隣にいるのは紀野百合さん。順調に出会えたようで私は満足です。


「え、あー! ダーリントハグレテシマッテ……」

「そ、そうなんですか……」


 ミズキは気まずそうに返す。すまない。緊張して変なことを言ってしまって本当にすまない。

 っていうかどうしよう! 変な空気になった! 微妙に抜け出せない!


「えーと……ダーリンさんはどんな方なんですか? もしかしたら私たちすれ違ったかもしれないですよ」


 次は恐らく彼女の方、ユリから救いの手が差し伸べられる。

 が、そっちに話は進められては困るんだ!

 くそ、とりあえず……。


「金髪デ目ガ青クテ、身長ハニメートルアッテ、今腕ヲ骨折シテイマス」


 と、テキトーなこと言えば絶対に見つからないだろ。


「うーん……あ! もしかしてあの人じゃないですか!」


 誤魔化せたと思ったのも束の間、ユリが指をさす。

 その先には金髪で目が青くて、身長が二メートル程ある腕を骨折した男性が立っていた。


(ホントにいた!?)


「チ、違イマス! アノ人デハアリマセン!」

「あ、そうなんですかー。条件ぴったりの人だからそうだと思いました」

「イ、イエ……ダーリンハ良イデス。ソノ内見ツカルト思ウノデ」


 と、言うかもう帰りたかった。決定的にこの二人が付き合ってる確認は出来なかったけどこれだけ仲良さげに歩いてるんだ。

 言葉で、私たち付き合ってるんです、と聞くのなんて中々俺には出来ないだろうし。


「でもそんな人とこんな綺麗な人だったら凄く素敵なカップルに見えるねミズキくん!」

「うん。そうだな」


 しかし得てしてチャンスと言うものは不意に訪れるものである。俺はここしかない、と思った。


「オ二人モオ似合イデスヨ!」


 この話題なら上手くいく!!


「え? そうですか? 嬉しいなあ」


 俺の予想通りユリは頬を緩ませた。畳み掛ける!


「ソウデスヨ! ベストカップル! 間違イナシ!」

「あはは! ありがとうございます。でも--」


 エセ外人の俺のカタコト英語は無視してユリは笑う。

 そして、聞きたかった言葉が出る。


「私たちまだ付き合ってから一週間くらいなんですよー。ね、ミズキー」

「そうだなー」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 やった……! 大丈夫だった! いや、わかっていたんだけど、それでもなぜか安心した! あの日コンサートで感じた不安は綺麗さっぱり消えた。


「オオー、ソウナンデスカ! ソレハソレハコレカラガ楽シミ、うわぁ!?」

「!!?」


 突然誰かに首根っこをひっつかまれて転倒。

 ユリとミズキは目を見開いて驚く。


「ちょっと来て!」


 俺を掴んだ誰かは無理矢理俺を立たせ、これまた無理矢理二人から引き離させられた。


「だ、誰だよ!」


 首を振ろうにも後ろを捕まれているため振り返れない。

 神社の入口まで戻ったとき、やっとその人は俺を離した。


「スミレさん! もしかしてあの女の子ユリ!? なんで変装までして会うの!?」

「は、はあ!?」


 な、なんで俺がスミレだってわかるんだ!? ユイか!?

 立ち上がって顔をあげ。


「あ、あれ? さっきの女の子じゃないか……」


 俺に怒鳴るその人は、先程俺を連れ回した女性。……あれ、なにか思い出しそう。


「わかんないの!? 私! 幸野フユカ!!」

「は……はあああああああああああ!!?!?」


 フユカって、フユカってあのフユカ!? 覚えてない!? シャガが来て間もない頃に紀野園を出ていったやつ!


「道理でなんか誰かに似てると思った!」

「私は気付いてたけど……貴女が色樹菫さんだって」

「へ、へえ……」


 こいつ今ナチュラルに貴女って言いやがった。あと俺はもう色樹じゃない。


「え! 結婚したの!? もしかしてお姉ちゃん!?」

「ああ、だから俺は今紀野菫だ」

「うぎゃー! ついにユリのことが好きすぎて親戚になっちゃった!!」

「そんな意図は断じてない!!」


 あほかこいつ。ってか大分テンション高いな。昔の方がもっと落ち着いてなかったか?


「そりゃそうでしょ! 久しぶりに会えたんだもん! 高校卒業して紀野園に行ったらもうなくなってたし、電話番号も変わっちゃってるから園に連絡できないし!」

「あー……何人か連絡とれた人には場所が変わったことを教えてたんだが……」

「忘れてたとか言ったら怒るよ」

「…………」


 もう連絡したと思ってたんだ、ごめん。


「いいけど」


 ……すまない。


「それで、なんでそんな格好なの?  久しぶりに会ったのと女装のせいでダブルショックだったんだけど」


 ついでに裏声の意外さも入れてトリプルショック、とフユカは笑う。うるせーよ。


「あ、ちょっと待って電話するね」

「ん? おう」


 フユカは向こうのほうへ行って電話を掛けたらしかったが、短く話すとすぐに戻ってきてこう言った。


「よし、新しい紀野園に行こ! 話は行きながら聞くから!」

「え、ちょっと」

「あ、もしかしてユリにまだ用事あった? なんなら一緒に戻る?」


 ユリの用事は済んだんだが。え、なに? 今から帰るのに付いてくるの?


「ダメ?」

「ダメ……じゃないけど、関西だぞ?」

「大丈夫! 正月休みの都合全部蹴ってきたから!」

「もしかしてさっきの電話か!?」

「そだよ。んじゃ、さっさとタクシー拾って駅行こー」


 フユカは俺の手を掴んで、やたらと混んでる人混みを掻き分けてタクシーに乗り込んだ。


「人混みが多いのはスミレさんのせいよ。そんな完成度の高い女装しながら男声で話すんだから皆見ちゃうよね」

「あ……」


 でもあの裏声もスミレさんだと知ってたから凄く面白かったけどね、とフユカは笑う。だからうるせーよ。


「新幹線の予約くらいは取っといてね。あとのお金は全部自腹で払うから」


 まあそのくらいなら構わないが……。


「じゃあ新幹線乗ったらゆっくり話聞かせてよ?」

「お、おう」


 意地悪くフユカは笑みを浮かべる。そういやこいつさっきからずっとニコニコしてるな。久しぶりに会えたから、だな。わかったわかった。

 ……話聞かせろって言ってもそんなに話すことはないんだがな、少なくとも女装については。

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