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さて、次の日。
「あー、もう帰るのかぁ」
俺達は朝っぱらから出掛けた。せっかくだから園にお土産だ。物だと好みがあるだろうから、やっぱり食べ物ばかりだな。
「やだなぁ。やだなー」
んでもって夜に帰るわけにもいかないから、二時頃に碧天駅に着くように切符も買った。
観光地は他にも有ったけど、例えば自然公園とか神社とか、でもまあ仕方ないよな。一日でも自由にしてくれたことに感謝しよう。
「そんなこと言っても早く新幹線乗らないと。ほら乗って乗って」
「うぇー、もー」
旅行中、ユリのことほとんど忘れてたなぁ。あ、保護者としてはしっかり覚えていたぞ? そうじゃなくて十八のユリのこと。気が抜けてると責められたら言い返す言葉もないけど、まだまだ時間はたっぷりあることがわかった。少しくらい肩の力を抜いても大丈夫みたいだ。
もちろん今まで続けていたスターティングの二巻や、園の手伝い。シャガ、ユリの面倒を見るのはしっかりさせて頂きます。それはもう義務だしな。切羽詰まったりはしないけど気楽にはしないさ。
「ああ……駅についたぁ」
「聞き分けが悪いよ。子供みたいになってる」
さて、碧天駅についた。改札を出る。一日しか旅行してないはずなのになんだかとてもここが懐かしく感じる。
ああこの気持ち、言葉にするとすれば。
「まだ帰りたくないぃぃぃいいい!!!」
「スミレ! そろそろうるさいよ!!!」
「うわああああああああ!!!」
……です。
「もう二時間くらいずっと帰りたくない帰りたくない言ってるよね!? 私どれだけ注意した!? 周りに迷惑かけるなっていつも口癖のように言ってたスミレくんはどこにいったの!!」
「だってぇ……」
「だってもなにもありません。ほら、バスじゃなくて歩いて帰ってあげるから機嫌なおして!」
「うぅ……ぐすっ」
「泣いてる!?」
仕方なく俺は鞄を引きずって歩き始める。はぁ、ほんと肩まで重い。あー、まだ遊びたかったなー。
「ふぅ……」
なんて、冗談だ。半分くらいはな。
「ユイ、ちょっと寄り道していこう」
「? どこ?」
走れば二十分。ゆっくり歩いて五十分稼げるか? まだまだ日は高い……仕方ないか。
「行きたいところがあるんだ。一時間くらい歩くつもりなんだけど、どう?」
「長っ! ま、いっか。付いていくよ」
「よし」
俺は心の中でガッツポーズ。さあ、歩き始めよう。
さて、一時間。途中休憩を挟んだり更に寄り道したりで現在三時過ぎだ。
まだ日が高いな。残念だ。
「来たかった所ってここ?」
「ああ」
「そっかそっか。懐かしいねー」
ユイは目的地を眺めてニコリと笑った。
ああ懐かしいな。本当に。
「ちょっとゆっくりしていこっか」
「うん」
俺たちは道から少しずつ降り、乾いた草の上に座る。
目の前の河は青く空を映し、太陽は燦々と肌を注してきた。ふいに二人の間を抜ける風に目を細める。
そう、ここが俺の来たかった場所。
「スミレくんが告白してくれた、思い出の河原だね」
「ああ」
あれ以来ほとんどここには来ていなかった。俺の家からは近いんだけど、ユリの家からは少し遠いからな。ランニングでは走らない。
例え来てもユイと共に来ないし。二人で来るのは十年振りか。
「不思議だね、とってもよく知ってる場所のはずなのに十年も来てなかったなんて。大人になると時間が経つのが早い早い」
「本当にな」
もっとも、俺がよく知ってるのは『今』から数年の河原なのだが。
「確かここに連れてくる前精神年齢がどうたらー、って言ってたな。気にすることもないのに」
「う、うるさいよ! あの頃はまだ『色樹菫さん』に気を遣ってただけだもん!」
「なんで名前強調した。……つーかやっぱ変だよな」
「なにが?」
「俺とユイの年齢関係」
俺は精神年齢だけならユイよりも年上だけど、時代的には全然年下で。その二人が同い年として恋仲にあると。
改めて考えると変過ぎて笑える。
「でしょ!? だから私は気にしてたのー!」
「はいはい、そうだなー」
頭を撫でると上目遣いで見て……いや、睨んできた。ああ、目付きも悪くなっちまって…………。
「スミレに言われたくない! しかも私のこれはわざとだもん! スミレの天然睨み付けとは違うもんねー!」
「なッ! 人が最近(結構前から)気にしてることを!」
「恋仲って言い方も笑っちゃったよね~」
「く……そ……!」
恋仲、か。確かに笑える。
「ふふん」
「それなら」
……それならやり直すか。なにを? そりゃ告白だ。もっとカッコのつく事言った方が良いんだろ? じゃあやり直そうじゃないか。生憎時間は早いから夕陽の綺麗なのは見れないが。
でも、それが目的で俺はここに来たのだから。多分こんな機会は早々訪れないから。
「? どうしたの?」
「やり直してやるよ」
「なにを? 告白?」
「ああ」
「えー、やり直さなくてもあのままで素敵だよー」
ユイはふにゃあ、と頬を緩ませて言う。思わず俺も頬が緩む。
「そうか? ……ならやめとくか」
「うんうん、それがいいよ」
しかし俺はユイの頬に手を当て、こちらに顔を向けさせる。…………相当キザな格好だが照れるのはまだ早い。
続け様に俺は言う。
「告白は、やめておく」
「え、それってどういう、っ!」
慌てる口を口で塞ぐ。俺は空いている手で自らの上着のポケットからこの旅行中ずっと持っていた物を取り出した。
「んー! んー!」
「…………」
「んー…………ん」
初めは抵抗したユイだが、しばらくすれば止まる。互いの感触を確かめ合った。温かくて柔らかい、愛しい彼女。
俺はそっと唇を離した。
「スミレ……くん」
切なげに漏らした声に心臓が跳ねる。 落ち着け……。
「ユイ、いいか?」
「……うん」
彼女に確認を取って、頷く。
さあ、やり直しだ。
「俺は元はこの時代の人間じゃない。ユイよりも年下の、全然ガキであるはずだ」
二十八歳と六歳。親子ほど離れている。
「けど、精神はユイと同じだけ歳を取って。不思議なことに今一緒にいれる。…………ここにはユイのために来たんじゃないけど、俺はユイと恋人になれてすごく幸せだ」
「そうだね」
照れくさそうに笑うユイ。俺はその頬を撫でる。ゆっくりと、ゆっくりと……。
「でも、これからも俺の人生の中心はユリだ。それはわかってほしい」
「うん。ユリの為にミズキくんは来たんだもんね」
バレないように、手を。
「ああ。ユリを救うために今まで準備して来た。自分を蔑ろにしてると怒られたよな。確かに俺は準備のことしか考えてなかった。だから」
しっかりと握りしめる。
「だから気付けば体は二十八歳だ。まあ、俺にとって年齢なんてもう気にすることでもないけど、ユイは違う」
「うん……?」
「一度子供にもなってないし未来人でもないユイは、今この瞬間が常に新しい人生なんだよな。今が一番大事で、重要なこと。俺はユイのそれすらも蔑ろにしていたのかもしれない」
「そう……かな? …………ん」
もう一度だけ口付けをする。
「文句のひとつも言わず傍に居てくれてありがとう。この間入院した時に決めることができた」
「なに?」
「結婚しよう」
俺は握り隠していた箱を彼女に差し出す。
「二十八歳で独身なんてカッコ悪いだろ? それに、もっと目に見える形でユイと結ばれたい」
「え、ええ!!?」
「ど、どうだ? その、俺は稼ぎは悪くないと思うし、ユイへの愛なら誰にも負けないと思うんだ!!」
「うぇ!? な、なにいってるの!!」
ぺち、と肩を叩かれる。顔を真っ赤にして、あわあわと手を振る彼女は少女のように可愛らしかった。
「どうだ……?」
訊ねる。
ユイなら受け入れてくれる。と、思うけれど……万が一、億が一があるかもしれないだろ。
いや大丈夫だ。きっと大丈夫だ。絶対に受け入れてもらえる。目を逸らせて顔を真っ赤にして俺の差し出した箱をチラチラと見てるけど、きっと受け入れてもらえるはずだ!
「よろしく、お願いします…………」
「は…………」
小さく呟いた彼女の言葉に、一瞬頭が真っ白に。
そして。
「ぃよっっっしゃぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
立ち上がり、腕を突き上げ、歓喜を示す!
太陽が眩しいなー! 河は相変わらず美しい色してるじゃねーかー! さっきから吹いていた風も何倍にも心地よく感じる!
「お、落ち着いて」
「落ち着いてられるか! だって結婚だぞ!」
「や、やめて恥ずかしい! ほら見られてるもん!」
堤防の上に人が。騒ぐ俺を怪訝な目で見ているがどーでもいい!
「アッハッハッハッ!! ほらユイ来いよ! 力一杯抱き締めてやるぞー!」
「だ、ダメダメ! 恥ずかしいって! それよりその箱の中身見せてよ!」
「あ、そうだった」
また俺は彼女の隣に座り直す。
箱を開けてユイに見せた。
「……わぁ、凄いきれい」
「うん、結構悩んだんだ。でもやっぱりダイヤモンドだよな」
中身は指輪。
そんなに大きくないけれど、見た目に十分高価だとわかる宝石が付いた指輪。指のサイズは退院後、寝てるユイのをこっそり計った。
「多分式は挙げられない。金はあるんだけど、シャガの時にそんな経験してないから」
「いいよ! これだけですごく嬉しい! 付けて付けて!」
「あいよー」
左手の薬指を取り、付けてやる。スルリと通って一瞬焦ったけど、第二間接を越えればしっかりと嵌まった。
「どう! 似合う?」
「凄く綺麗だよ。世界一綺麗だ」
指輪をこちらに向けてユイは言った。
とても綺麗だった。本当に世界一綺麗だ。この人と結婚できるんだ。
可愛らしいユイと、溢れでる幸福感に頬が緩む。
「……その笑顔卑怯だよ。昔っからそうなんだから」
「??」
「なんでもなーい」
なんのことだろ。…………まあいいか! ユイはすっげえ嬉しそうだし、俺も幸せだし!
「ありがとね、スミレ」
「ああ」
腕を広げるとユイが飛び付いた。
十年前と同じように草の上に倒れたけど、今度は比べ物にならないくらい幸せだ。
「愛してるよ、ユイ」
「私も愛してるよ。あなた」
「うわー! 言われてみたい呼び名ランキングトップ3の内の一つ!」
「愛してるー」
「一生大事にするぞー!」
まだ日は落ちない三時半頃。
俺たちは寝そべってずっと笑っていた。




