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 三時になった辺りで俺たちは次のデートの目的地へ。夜まで開いてて、なんかイルミネーションとか綺麗なんだってさ。

 水族館。


「見て見て、お魚」

「お魚しかいねえよ」


 さすがに狭い空間では大声で騒ぐことのないユイだが、テンションは高いようで。魚を見て魚だと言っている。当たり前じゃないか。


「あ。あれなんだろ?」

「うーん。魚じゃないか?」

「魚だねぇ」


 首を振る俺もバカそのものだった。


「じゃああれはなに?」

「魚だろ」

「ぶぶー、アザラシでしたー」

「え、アザラシ!?」


 彼女の指差す方へ顔を向けると、確かにアザラシ。わーいアザラシー。


「え、ちょっと。そんなに興味もつの!?」

「はははー、ユイも早く見ろよー。アザラシだぞー」


 筒状のガラスの中を泳ぐアザラシを見る。あー可愛いなぁ。ゴマフアザラシ。幼獣がすごいかわいいんだよ。


「なんでそこまで嬉しそうに……」

「ゴマちゃんだぞ、ゴマちゃん。少年アシベ知らないのか」

「懐かしっ!! 私も小さい頃にマンガで読んだくらいだよ!? ミズキくんが読む年代じゃないよね!?」

「親父が持ってたー」

「……なるほど」


 ゴマちゃんー。俺も飼いたかったなぁ。


「ちなみに性格はとても好奇心旺盛だから、そのせいで川とかにやってくることもあるんだぜ」

「ああ、たまにすごく注目されてるね……」


 と、アザラシが上の方へ泳いでいってしまった。


「ああ……」

「ほ、ほらもっと他のところもあるから見に行こ? クリオネとかいるよ」

「クリオネ!」


 補食の瞬間だけスーパーサイヤ人みたいになるやつだな! 見に行くぞ!


「え、わわわ! 手そんなに引っ張らなくても付いていくってば!」





 午後五時。いっぱい見た。

 なんか赤い魚や、なんか群れになってる魚とか。あと、足の長い蟹だろ? エイと……あ、ジンベエザメも見たぞ! めっちゃでかくて二人ではしゃいだ!

 今はイルカショー待ち。程々に前の席にいたけど、気にしないでいいくらい周りの人が少なかった。


「楽しみー」

「だなぁ。……お、始まるみたいだ」


 イルカたちはよく訓練されてるんだなぁ。おねーさんの笛に合わせて次々と演技を決める。ユリもあれで言うこと聞いてくれないかなー。

 ピッ! 整列! 夕食の用意!

 ……想像してみたけどダメだな。初期のトラップ大佐みたいになっちまう。わからない人はサウンドオブミュージックの映画をどうぞ。


「見て見て! イルカってあんなに跳べるんだねー!」

「跳べるんだなぁ」


 懐かしいな。昔は俺も目をキラキラさせて見たもんだ。笛に合わせて踊ってみたり、声をあげてみたり、ボールを蹴ったり。すごいなー。


『では最後に! イルカと触れあいたい方はいませんかー!』


 おねーさんが手を振って呼び掛ける。けど、子供なんて一人もいない。故に誰も手をあげたりしない。


「はーい! はーい!!」


 ただ一人元気に手を振るユイ以外、の話だが。


『ではそこの綺麗なお姉さん! こちらへ来てくださーい!』

「綺麗なお姉さんだってさ! スミレも行こうよ!」

「い、いや俺はいいから遊んでおいで」

「後悔してもしらないよー?」


 と、言いつつ案内に来たスタッフに付いてユイは前の舞台まで歩いていった。

 前に立つと元気よく俺に両手を振ってくる。仕方ないからカメラで撮ってやるよ。……あ、この時代のケータイはしょぼいんだった。


『ではまずは握手!』


 ピッ、と短く笛がなる。イルカが体を上げ、ひれでユイと握手する。


「きゃー! すごーい!!」

『はい! では次は手をあげてください。そしてぐるーって!』


 ユイはテンションマックスで手をあげて、そしてそのまま腕を回した。イルカはそれに従い体を水面からあげたままくるくる回る。


「きゃー! きゃーー!!」


 もうユイのテンションがおかしい。顔に満面の笑みを貼り付けてすごく嬉しそうに声をあげている。

 隣のおねーさんもつられてめっちゃ楽しそう。


『じゃあ最後! お姉さん! 一歩前へ出てください』

「? はーい」


 ユイは握手したときよりも水面に近づく。

 

『びっくりしないでくださいね! では!』


 ピー! と長く笛がなる。そうすると水中に潜んでいたイルカがユイの前に飛び出てくる。少し驚いたユイだが足は引かなかった。偉い偉い。

 そして先ほどまでと同じように水面から立ったイルカは。


「うひゃ!」


 俺のユイの。

 唇を。

 奪った。


「おいこら海豚ァァァァアアア!!!」

「キスしちゃった! すごーい!!!」

『ありがとうございましたー! これにてイルカショーを終了しまーす!』


 ユイが戻ってくる。俺も撮影してたケータイを閉じる。


「どう!? すごかったね!!!」

「あぁ……そうだな」

「握手したらね! 意外と硬かった!」

「へぇぇ…………」


 ユイはテンション高く、跳ねながら会場を出る。会場は外だから中に入るとまた水槽を通る。

 ああ、マンボウだ。


「マンボウって何億か卵産むんだよね! でも生きられるのはその中でも一匹くらいとか!」

「三億……だったか。こいつら水面跳ねても死ぬし、温度差でも死ぬし、大体のもの食ったら消化しきれず死ぬし、泡が目に入ったストレスで死ぬし、水族館でフラッシュに驚いてショック死……ふふ」

「頑張れマンボウ!!」


 テンション高い、ほんとに。くるくる回ったりして人にぶつかるなよ……。


「大丈夫だって……わわ!」

「きゃ!」

「!!」


 ドン、と女性客にぶつかる。だから言っただろ! 気を付けろよ!


「大丈夫ですか?」


 俺は手前で転けたユイを越えて、転けた女性に手を伸ばす。俺達と同じ年くらいの女性だ。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、こちらこそ……あ、荷物まで散らばって」


 彼女は俺の手を掴んで立ち上がる。散らばってしまった荷物を俺は急いで拾って渡す。

 ユイのやつ、早く立って手伝えよ! お前が迷惑かけたんだろ!


「あ、ごめんなさい……」

「まったく。すみません、ホントに。何かお詫びでも」

「だ、大丈夫です! ご丁寧に荷物まで拾っていただけましたし!」

「そうですか……本当にごめんなさい」


 女性は丁寧に頭を下げつつ向こうへ行った。俺もその間彼女を見ながら、時折頭を下げて見送る。

 さて。


「ユイ」

「ごめんなさい……」

「俺注意しただろ。なんですぐ聞かなかった」

「……ごめんなさい」

「はぁぁぁ」


 溜め息を吐くとユイはピクッと一瞬震えた。なんだよ、怯えてるのか。


「ほら、まだ見て回るんだろ?」

「うん……」

「じゃあ夜まで時間あるし上から見て回るか」


 フロアの端にあるエスカレーターで上へ。そして二人で並んで上から見て回るが、会話はない。


「……ねぇ」

「なに?」


 出す気もなかったのに思ってたより低い声が出てしまう。くそ。


「さっき私よりあの女の人に手貸したよね」

「当たり前だろ。それが?」

「……なんでもない」


 ユイは顔を逸らした。と思う。俺は彼女の方を向いてない。……なんだよこれ。

 結局そのまま下まで降りてしまう。


「…………」

「…………」


 ギスギスしてる。俺から何か言うべきなのか? なにを?

 ユイが怒ってる理由は……ただのわがままだろ? 俺が注意したのに聞かなかったからあの人に迷惑をかけて。それで俺が身内のユイより他所様を優先して手助けするのは普通じゃないか。迷惑かけたのはこっちだし。

 それに膨れてるユイに俺は何を……?


「はぁ……」


 ダメだ。せっかく楽しみに来てるのに、これじゃ台無しだ。なにがデートシーンに仲違いは必須だばかたれ。んなもんくそ食らえだクソ作者。お前の言う通りに俺はならないからな。


「ユイ」

「…………ん」

「そろそろ外に出よう。もう点いてると思う」

「ん」


 ユイの手を掴み、下へ連れていく。青い、青い空間ばかり。魚は優雅に泳ぎ、人々は立ち止まって水槽に張り付いてそれらを見る。おかげで通路の中の方が必然的に広くなる。

 俺はそのなかをユイの手を引いて早歩きで進み、階を降りていった。


「ここか」

「……わぁ」


 空は日が傾き始めて、オレンジより藍色の方が多かった。だから若干暗い。

 それが青白い地上の光を際立たせる効果を生んでいるのだろうか。


「なんか不思議な感じだな」

「……うん」


 若干暗いだけで、真っ暗ではない。イルミネーションの光は完全な夜に見るより淡い光になる。

 空の色も淡く、目の前の光も淡い。なんとも不思議で、幻想的だった。


「……っ」


 ふと、ユイを見て声をあげそうになる。潤んだ瞳に光が映り、彼女自身がとても綺麗だったから。

 勇気を出して手を回して肩を抱いてみる。


「わ……」

「綺麗、デスね」


 なぜこんなに緊張する。さっきまでバカみたいに話してたろ。

 一瞬体を震わせたユイだったが俺の言葉を聞いてこちらを向く。微笑んでいた。


「なんでカタコトの敬語なの?」

「い、いや…………ふぅ。なんか緊張してなー」

「いつも通りになったね」

「なんだよー」


 肩に回した手を俺の方に寄せ、彼女の体を抱き締める。思ってるより小さいなぁ。


「ごめんなさい。なんか膨れちゃってた」

「いいよ。俺も少し不機嫌になりすぎててごめん」

「ふふー。……うぇー」


 ぎゅう、と締めると彼女は苦しそうに声をあげた。それがなにか可笑しくて笑い声をこぼしてしまう。


「あったかいねー」

「むしろ暑いなー」

「うわ、ホントだ。汗かいてる」

「あ、やめろ。シャツがへばりつくだろー」


 ある程度その状態でいた。徐々に日が落ち、暗くなる。


「そろそろ見て回ろっか」

「そうだな。ほら」


 体を離して右手を差し出す。左手で握り返される。


「イルカのシルエットだねぇ」

「んー、じゃああれは?」

「ヒトデ……?」

「星じゃないのか……」

「横にあるのは魚だから、ヒトデじゃないの?」

「え、あれ三日月だろ」


 空は真っ暗に、目の前の光は白く輝く。

 俺の右横の彼女はとても温かだった。






 夜、ホテルへ。八時頃についた俺たちは夕食をいただき、それぞれの風呂へ入り、浴衣を羽織って部屋に戻る。

 ソファに腰掛けて苦々しく呟く。


「ダブルベッドか……」

「え、知らなかったの?」

「なにを?」

「部屋の予約の時にダブルかツインか選んだじゃない」


 ああ……あれそういう意味なんだ。


「ツインはベッドが二つ、ダブルはこの部屋。常識だよぉー?」


 悪いな、常識を知らなくて。……はぁ、仕方ない。これで寝るか。


「寝よ寝よー。スミレくんどっちがいい?」

「どっちって一つしかないだろ」

「寝る場所だよー! 窓側かドア側!」

「どっちでもいいよ。寝るぞー」

「うわ、真ん中占領なんて!」


 ハッハッハー、来れるものなら来てみろー。真ん中にうつ伏せになった俺のおかげで左右の幅は、もうユイが入れそうなスペースはない。占領。


「んしょっ。よいしょっ」


 うつ伏せの俺の左側、つまり仰向けになった場合の右側。窓側からユイが俺を押し退けて入ってくる。

 そして体をひっくり返されて俺は仰向けになった。


「うぇー」

「まったく、子供みたいなことして! もうちょっとそっち寄りなさい!」

「へーい」


 仕方ないからベッドの端へ移動して、ユイの入れるスペースを作る。一つしかない布団に入ろうとするから必然的に密着度が高くなる。暑い。


「腕貸して」

「なに? 腕枕?」

「うん、やってみたい!」


 右腕を彼女の頭の下に置く。二の腕辺りに頭が乗ってしばらくもぞもぞ動いていたが、やがて落ち着く場所を見つけたのか動きは止まった。


「……意外と寝心地悪いね」

「なんだとこらー。……つっても俺も血行が悪くなりそうで辛いかも」

「よし、やめよう」


 元の姿勢へ。


「今日は楽しかった」


 天井に向かってユイは言う。俺も楽しかったよ。


「中華街は食べ物美味しかったし、スミレくんはゴマ団子にキスするし」

「それはお前がやらせたんだ」

「ふふ、期待してたからイタズラしたくなっちゃった」


 ムッとしたので、体を少し起こして額にキスしてやる。


「わわ。あ、水族館でイルカとキスしたね」

「ユイだけな」

「なんかね、キスと言うよりぶつかってきただけだったよ」


 知らねーよ、聞いてないわそんなこと。あの海豚絶対許さねえ。


「ふぁあ」

「あれ、スミレもう眠い?」

「ユイの方がはしゃいでたはずなのに……」

「寝よっかー」


 俺はまた仰向けになった。ああ……瞼が。


「おやすみ、スミレくん」

「おやすみ……」


 すぐに意識は落ちた。だが完全に眠る瞬間、口に何か感触を感じた。今度はゴマ団子じゃないと願いたいね。


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