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(完っ全に忘れてた……)


 眠い目を擦り、空の栄養ドリンクを振って俺は朝を迎えた。

 ユリとシャガが小学生になって初めての夏休み。夏休みなんてイベントがあることすらとうの昔に忘れていたけど、問題はそこじゃない。


「スミレ! 今日何日!?」

「……ん、八月の十日だな」

「えっとーじゃあ……あと六日ろくにちだね!」

「……ああ」


 ユリが朝から楽しそうに訊ねるのは今日から六日後、つまり八月の十六日に取り付けた約束のことだ。

 入院してしまったシャガと、一緒にいる! と駄々をこねたユリを無理やり剥がすときに言ってしまったんだ。


「なんでもお願い聞くから!」


 って。

 結果遊園地に行く約束を取り付けられてしまった。


「……ふぅ」


 子供達と朝食を共にしたあと、また自分の部屋にこもる。

 机上に広げられた数十枚の紙に溜め息をついてしまう。……仕方ないよな、仕事だし。

 編集の彼に言われたようにそろそろ睡眠とか休憩挟まないとヤバそうだ。


(でもこの時期にスミレ、倒れてたよな……?)


 シャガだった頃の記憶を掘り返してみる。

 誘拐事件後、退院した俺にユリは遊園地へ行きたいと言った。スミレと相談していつ行くか決めたのは、今のところ全く同じ。んで、約束の日の数日前にスミレが倒れてしまって。結局その時はお流れになった。

 ここまでの出来事を今に当てはめると俺はもうすぐ倒れるわけだ。多分、この仕事のせいで。

 でも今日一日寝るだけでもそれは回避できそうだぞ? それをしなかったことになにかスミレの意図があるんじゃないだろうか。


(……いや、わかってる。遊園地に行かないためだ)


 この解答で間違いない。

 スミレは三年後、園長やダイも連れて遊園地へ行くから今回を無くしたんだろう。今回行ってしまえば三年後には行かないからな……。


「あの時はスミレと俺で大分スケジュール合わせたからなぁ」


 一年生の時にいけなかったから、と二人でずっと話して…………あ、そうか。気付いたぞ。


(今回行けば三年後に行かないんじゃないか?)


 小四の時にあれだけスケジュール練ったのは、小一の時に遊園地にいけなかったからだ。なら、今回行ってしまえば観覧車が降ってきたり園長が倒れたりなんてしないんじゃないか。

 運命を変えるってのは案外簡単なのかもしれない。ここで寝れば三年後に行かない。このまま倒れたら三年後に行く。

 選択権は俺にある。……どうする?


「…………ダメだ、眠ィ。とりあえずこれは終わらせないと……」


 このときの俺は、なにせもう倒れる直前なわけで。正常な判断ができる気がしない為考えるのを先送りにしたのを誰が責めよう。

 ……いや、申し訳ないと思ってる。俺もあそこまで弱ると思ってなかったんだ。







「スミレ!」


 三日後、俺はぶっ倒れた。

 一ヶ月前にシャガが入院したのと同じ病院に運ばれてしまった。


「なにしてんだよ……」


 ベッドに寝そべる俺に、シャガは小さく呟いた。

 ある程度したところで考えたのだが、やはり未来を変えないことにしたわけだ。おかげで頭はずっとぐらぐらして気持ち悪いし、まぶたはすごく重い。精神的にも疲れてしまって気力がないのは自分でもわかる。


「必要なことだ」


 それでも俺はシャガの呟きに返した。必要なことだ、と。三年後じゃなくてもっと先の未来に影響が出ないようにするために大切なことだ。


「必要って、なにが……」


 悪いな。その質問は答られない。体だるいし、意味もなく寂しいし。

 つーかシャガはどうやってここへ来たんだ。……ああ、編集の彼か。そう言えばさっき話したっけな。ボーとしすぎて意識がはっきりしてなかった。

 じゃあつまり。


「ユリは紀野のところか……?」

「ああ、上司の人に頼んで園に置いてきてもらった」


 そうか……まあこんな姿見せられないしな。少しでもいいからユリの顔を見たかったんだが……。

 ここまで弱った自分に口の端を引き上げてしまう。


「しかしおかげで大分仕事が捗った。近いうちにまた金が入るかもな」

「まさか、お前……!」


 あ、間違えた……。俺より落ち込んだシャガを励まそうとして明るいことを言おうとしただけなのに。言わなくても良いことだった。

 ああ間違えた。やっちまった……。


「遊園地、行けないな。次いつ行けるか……」

「遊園地は諦めさせる。行くとしてもまだまだ先でいい。来年でも、再来年でも、その次でも」

「ああ、すまないな……」


 助かるよ、シャガ。そのついでに頼むわ。


「じゃあ、シャガ……ユリのことは頼んだ」


 もうそろそろ帰るシャガに俺は言った。


「わかってる。……また来る」


 物凄く悲しげな顔をしたシャガが、病室を出ていった。病室には一人になる。

 ……寂しいな、くそ。

 やはりこんな時は寝るに限る。幽霊とか想像してももう怖がる歳じゃないしな。……布団を被って目を瞑る。目を開けばそこに白い顔した女の顔が!

 ああ、変な想像した。もう目を開けねえ。






 次の日、俺は白い顔した女に起こされた。


「ぴっ!? 」

「ひどすぎるだろ、スミレ」


 園長モードのユイだった。

 やめろよお前。いい歳こいて裏声まで出してしまっただろ。


「それはスミレ……スミレくんが勝手に驚いただけでしょ」

「……ん? 園長モード、今日はおやすみか」

「うん、スミレくんしかいないしね。スミレくんもスミレモードやめてもいいよ」

「なんだそれ?」

「え、自覚ないの」


 なんのことかさっぱりわからなかったが、ユイ曰く俺にもミズキモードとスミレモードがあるらしい。ここ数年は基本的にスミレモードだからそれが定着してしまってる、とかなんとか……。

 いや、そんなことどうでもいいんだよ。


「うん、どうでもいいね。……スミレくん、体大丈夫? シャガからは大分精神的にも参ってたって聞いたけど」

「ああ……まぁ、うん。体調悪いときは人恋しくなるだろ? そんな感じだよ」


 うん、そんな感じ。ユイが来てすごく安心してるのは確かだ。


「そっかそっかー。よしよしー!」

「や、やめろよ! もうすぐ三十だぞ!」

「…………」


 ユイが少しムッとした表情になる。……すまん、俺もなんか悲しくなった。

 まだ二十八歳……まだ二十代だ。


「でもどうしたの? スミレくんが体壊すまで働くなんて、まあ有り得るとは思ってたけど」


 信用ねえなぁー! ある意味信用されてるのか? スミレはそう言うやつだって。いつかこんなことがあると思われてたってことは、そういうことか??


「何か理由があるんでしょ?」

「うん。そうだな、話そうか」


 俺はユイに話した。次に起こる災厄をどうするかで悩んだ末、もっと先の未来に影響が出ないために遊園地の未来を変えないことにしたこと。その為に俺がここで倒れること。

 三年後、遊園地のあとに起きることは話さなかった。なんというか……ユイを不安にさせないために。


「そっか……。大変だったねスミレくん。ありがと」

「なんでユイが礼を言うんだよ。俺が勝手にやってることだろ」

「ほら。ごめんなさいよりありがとう、って言うじゃない?」

「ん? うん」


 相手に手伝ってもらったときとかに言うやつだな。あ、すみません。なんて言われるより、ありがとうございます! って言われる方が気分が良い。

 作者がよく友人や後輩に言ってるよ。


「なにか謝罪することがあるってのか?」

「……スミレくんばっかり辛い目に合わせてるから、ね」

「辛い目……?」


 俺は別に辛くなんかないぞ? ユリは毎日可愛いし、シャガの面倒を見るのも悪くない。スターティングが結構大変だけど、それなりに充実感はある。

 ご近所さんとの付き合いもうまくできてるし、辛い目なんてどこにもないだろ。


「ユリは可愛いね。私の姪っ子ユリ。シャガもとても良い子だよ、流石将来のスミレくん」

「そうだな」

「じゃあね、スミレくん。スターティングはどうして頑張ってるの?」

「うん? それは」


 それは……未来に必要だからだ。スターティングは爆発的人気を誇るのは未来で確定している。ユリの将来をサポートするのも多額の金が必要だから、これが一番ちょうどいい。


「ご近所さんとの付き合いは?」


 それも未来のためだろ。俺がいつかいなくなったとき、ユリが苦しい生活を送らなくてもいいように、今からその地盤作りというかなんというか……。

 周りに助けてくれる人がいれば生活はずっと楽になるはずだ。


「そうだね。本当にそう……」

「どうしたんだよ? ユイ?」


 俺は膝にかかる布団をどけて、ユイの顔を覗き込もうとした。が、彼女は顔をあげ俺に言った。


「スミレくん!」

「は、はい!」

「君はまた逃げるの!?」

「!!?」


 ずい、とユイはベッドに身を乗り出して俺の顔の前にやって来た。思わず頭を引いたけど追いかけてきて、枕が背に当たったところで止まってくれた。

 顔はまだ目の前にある。怒って赤い顔が……あ、あれ? 泣いてる?? ユイは自分の中で色んな考え巡らせる癖あるから、何を考えたんだろ。


「……ご、ごめんね。別に怒りに来たんじゃないんだ」

「え、あ、うん??」

「けど、今の君はやっぱり未来のことばっかり考えてる……。未来の為に今何が必要で、今何をしなければいけないか。だからわざと体を壊すようなことまでする」

「そりゃ……」


 そりゃそうだろう。未来に影響出して、助けられないような事態を起こしてはならないからな。


「そうしてまた考える暇がなかった、なんて言って自分を蔑ろにするの……?」

「自分を……蔑ろ?」

「そう。スミレくんの……ミズキくんのお父さんとお母さんのことを、ずっと考えないようにしてたみたいに。また自分が寂しかったり悲しかったりするのを自分にすら隠すの? そうやってまた一人でこっそり泣いてくるの?」

「…………」

「自分を蔑ろにしないで……。『今』の自分を、時間をもっと大事にしてあげて。でないと」


 ユイは不安そうな泣きそうな顔のまま続ける。


「でないと、いつかきっと……すごく後悔すると思う」

「!!」


 ……。


「スミレくん?」

「……蛍さんにも、いつか同じこと言われた」

「ん?」

「彼らと過ごした時間が大切だった分、彼らとの日々をしっかり覚えているんだ。だから蛍さんにも言われた」

「うん」


 …………。


「自分を蔑ろにしてる、ってさ。あの時は意味を理解できなかったけど、今の俺って」


 ………………。


「いつか振り返ったとき、空っぽなんだな」

「……うん」


 俺はあの夫婦と共に暮らしていたとき、何をしていただろう。未来の為以外になにか、していただろうか。

 空っぽだ。あの日の俺は、必要だったけれど空っぽなんだ。


「今を大切にしてないってのはそう言うことなのか……」


 ふっ、と息を吐いた。未来を想像して嘲笑を浮かべていた俺は、多分ユイにただ笑ったように勘違いされたかもな。

 今よりも前からずっと、未来の為に俺は動いてきた。間違っていたとは思わない。けれど認識が甘かった。あまりに必死過ぎた。冷静じゃなかった。結果今、ユイに叱られて気付かされた。

 俺は俺のために今を生きてこなかったようだ。鷹さんや蛍さんとの時間、操おじいちゃんとの時間、どっちも大切に思っているけれど元々は未来のためだ。

 スターティングが好きで書いたのも、紀野園で働き始めたのも、やはり未来のため。スミレが紀野園で働いていたから、スターティングを書けば安定して未来に向かえるから。

 俺は俺のために今を生きてこなかった。


「俺は……」

「スミレくん、そんなに自分を責めないで。さっきも言ったけど怒りに来た訳じゃないの。……ただ気付いて欲しかっただけ」

「ユイ……」


 彼女は意外にも優しく微笑んでいた。てっきりもう泣いているのかと思ってたよ。もう長い付き合いになるけど泣いてるかどうかすらわからないなんてな。


「そりゃそうでしょ! 紀野ユイと色樹スミレさんは違う生き物です!」

「そうだな」


 紀野ユイ。ユイか。

 彼女は、彼女との関係だけは俺が俺のために動いた結果だろう。ユイが好きでたまらなくなって、もう我慢できなくなったから告白した。だから今恋人同士でいられる。


「……ユイだけは、今までスミレが生きてきた証だよ」

「へ?! な、なに!?」


 顔を真っ赤にあたふたする彼女。可愛いなぁ。

 ユイだけは空っぽじゃない俺がいた証だ。本当に。


「今度一日……いや、二日くらい使ってデートしよう。子供たちに頼んで、時間を作ってもらおう」

「え? デ、デート??」

「俺も未来を忘れる日にしたいからさ。…………ダメか?」

「だ、ダメじゃない! 頑張って時間作ろ!」


 よかった。嬉しくてつい頬が緩んでしまう。


「かわ……っ! あ、いや。シャガ呼んでくるね!」

「え、うん? いってらっしゃい」


 かわ? ユイは何を言おうとしたのだろうか。皮? 川? 可愛……いや、それはない。認めない、うん。

 訊かないでおこう。もう部屋出ていったし、絶対訊かない。


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