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「シャガ」

「ん?」


 危うく間に合わないところだった。まさかフユカも俺を捕まえるなんて思わなかったからな。


「時間あるならちょっと来い。話がある」


 さっきの部屋にまた入り、俺は腰掛けながら言う。


「まだ俺達に慣れてないのか?」

「……どういうこと?」

「お前の挙動だ」


 まずは遠回しに的はずれなことから言っていく。なるほど、あの時のスミレはこんなこと考えてたんだな。


「ストレスが溜まると人間は運動して発散したりするんだよ。朝のストレッチと筋トレ、風呂上がりにまたストレッチ……とかな」


 ちなみに俺はここ数日筋トレをしていない。忙しいのもあるが、シャガから見たスミレは筋トレしてるイメージなかったから。未来に出来るだけ影響を与えないために、見られないところだけでしようと思う。

 シャガを見るとなにか納得したような顔をした。俺がなんの話をしているのか今気付いたらしい。


「もしくは」


 呟く。二人だけの部屋なら小さな呟きでも相手に聞こえる。聞き取ったシャガは少し眉をひそめて次の言葉を待った。

 俺はこの言葉で救われた。なら今俺が言えばシャガを救えるだろう。

 ……少しの緊張も押し込めて、俺は口を開く。


「お前が三日前に焼き肉から帰ったときに言っていたことと、関係あんのか?」

「!!!」


 目を見開くシャガ。ガタッと床を蹴っていた。さてはさっき俺が後ろに倒れたのはこのせいだな。驚いたら床を蹴る。癖は治ってないようだ。


「そうなんだな?」


 オロオロと、の表現がぴったり当てはまるシャガに俺は言う。驚くよな、だって絶対信じてないと思ってたから。しかしまあ、今思えばスミレの対応のおかげで未来を変えるのは困難であることが勉強できたからよしとするか。

 そんなことなんて一切知らないシャガは緊張した面持ちで、確かめるようにしっかりと頷いた。よし。


「あの時はああは言ったが、そのあとの態度で少し頭に入れて置くことにしていた」


 だから信じてやる、と言おうとしたが。


「信じて……くれるのか?」


 先に言われた。俺のターンは終わりか。


「ああ」


 と、思ったが。意外とそうでもないらしい。


「おい、なに泣いてんだよ」


 シャガはいっぱいいっぱいに顔を赤くさせ、頬を少量の涙が伝わせていた。


「だ、だって……」

「まあわかってるけどよ。……嘘だったら承知しないからな」


 そんな! とでも叫びそうな顔になってまた涙を多く流す。少しずつ息も荒くなっていくのを見る限り 心のなかは物凄いことになっているだろう。

 どんどん過呼吸に近くなっていく。


「お、おい泣くなって」

「う、うぁぁぁあああ!!」

「え、ちょ! おいぃぃぃいいいい!!」


 声をあげて泣くシャガを見て思い出す。

 このあとスミレは……。


「おーいシャガ……こらスミレェェエエエエエ!!」


(やっべ!!!!)


 シャガを呼びに来た園長にめちゃくちゃ絞られるスミレ。俺の覚えている記憶のひとつだ。

 スミレに罪はないだけに、あんなに怒られてるのを見て罪悪感に襲われたなぁ。本当に申し訳なくて……うん。

 だから。


「ち、違うぞ紀野! 違うからな!!!」

「ちょっと来なさい!!」

「うわぁ!?!?」


 部屋の角へバーン! シャガに聞こえないように部屋の角へ追いやられて頬をムギュ! と掴まれる!


「シャガにイラつくからって泣かすまでやる? ねえ、どうしたの? 答えてよ、らしくないよ」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!


「いくら不安や後悔が募っていてもスミレは、いやスミレくんはそんなことしないと思っていたのにどうしたの? 自己嫌悪? なら自分のなかで押し留めようよ、シャガは関係ないじゃない。シャガは過去のスミレくんかもしれないけど今のシャガはただ未来から来ただけの男の子だよ? そんな右も左もわからない子を責め立てて挙げ句の果てに泣かせるなんて本当に大人げないよ、なに考えてるの? ねえ聞いてる? わかってる? ほら目を逸らさないこっちを見る、それともなに? やっぱり本心で泣かせたの? 後ろめたいから私の顔を見れないんだ。へー、本当に? もう最低。あり得ない、失望した。スミレくん、いや色樹さんなんてもう知りません。今まで色んなこと助けてもらったけど知りません。ねえいいの? 私ホントに怒ってるんだよ? 答えないとホントに知らないよ? 目を逸らさない。ほら答えなさい、早く。早く!」


 怖いよぉぉぉぉぉおおおおお!!!! いくらなんでもこりゃないだろぉぉぉぉぉ!! 園長モードじゃないし! 素のユイだし! おいシャガ! お前運命変えれるんだろ! この運命変えてくれよ!!

 見ると、なにか言おうとしているのはわかったが泣いてるのと過呼吸で喋れる状態じゃない。く、くそ……。


「け、決定事項なのかこれは……」

「はぁ!? 未来でもこうなることが決まってたの!? スミレくんはそれに抗わなかったの!? もう今日の初めからシャガを傷付ける気だったってことか! もうホントに最低!!! なんで!? だって君自身もシャガの時に傷ついたんでしょ! なんで同じこと繰り返しちゃうの!? もっと未来に抗わないとダメじゃない! そうでしょ! わかってるでしょ!? こら目を逸らさな………………ごめん言い過ぎた」


 俺が涙目になってることに気付いたユイは、やっとその恐ろしき口を閉じた。って言うかこんなに冷静にしてられない。勘違いってわかってるけど、最も信頼していユイにここまで言われて俺のメンタルは完全に、ボッキボッキに折られてガンガン打ち砕かれてぐちゃぐちゃにかき混ぜられてつくねにされて串で刺されて焼かれてしまった。


「えっと…………また、あとで理由聞かせなさい。それじゃ」

「う、うぅ……」


 逃げるようにユイは部屋を出ていった。怒鳴るだけ怒鳴ってばつが悪くなって出ていった。シャガの具合を見る余裕もなく逃げやがった。


「…………」

「うぁぁ、ひっく……あああ」


 とりあえずシャガが泣き止むのを待つフリをしながら、俺も泣かない努力をしていた。





「すまん、取り乱した」

「ああ……」


 お前のせいだぞこのやろうと思わなくもないが、昔は俺も同じことをしたのだ。当然の報いと言うやつだ。

 ただあの時はスミレ殴られてた気がする。……そこの運命が変わったのか。身体的に、ではなく精神的にボロボロになった。


「いいけど……で、お前どうするんだ」


 ユイのことは後で解決するとして、とにかくこちらだ。なんだっけか、両親? か。そうだな。


「まず確かめたいことがあるんだ」

「…………ん?」


 俺こんなこと言ったっけ? シャガは至って真面目な顔をしているから変な話ではないだろうが。


「俺はスミレと出会ったことがあるか?」

「ッ!?」


 シャガの質問。俺はただの一度も疑ったことのなかった疑問。なにかミスったか……いや、運命が定まってないって話のうちのひとつか。じゃあどこの運命がズレてこの質問に辿り着いた?


「お前とは前の施設で……」

「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて……」


 シャガは言葉を選ぶような仕草で俺を止める。何を言いたいのか、俺の言い訳は的外れなのか? なにもわからない。


「信じてくれると信じて話す。俺は未来でスミレと出会っている……見かけたって言うか何て言うかなんだけど」

「未来で……?」


 言い訳の方法は思い付いた。未来の話なら俺はなにも知らないフリをすればいい。


「ユリが轢かれたときにな。俺は全速力で走ったんだ。十五秒程で辿り着いた。そのとき見たんだ、スミレを」

「ユリが轢かれたときに……か」


 本当に思い当たらない記憶だ。俺がユリの元へ走った時にスミレはいたか? ……いや、いない。そんな余裕もなかっただけかもしれんが、俺は見ていない。


「ユリの傍に座って何か話していた。呟いてただけかもしれないけど、ユリの顔を覗き込んで様子をじっと見ていたんだ」


 俺はその前に立ってユリを抱えたからそれきりなんだけど、とシャガは言い終える。どうだろう、俺は見ていたか。……覚えていない。どうしてもそこになってしまう。


「そこで聞きたいことが出てくる。スミレは十三年後に何をしてる?」

「十三年後か」


 正直、わからない。俺が知ってるのは2006年までだ。


「紀野園の話も俺は聞いたことがなかった。ユリが忘れてしまったのならそれはなぜなんだ?」

「わ、わかるわけないだろ」


 このシャガは俺とは違う。

 そう確信するに足る要素をこいつは多数持っていた。観察力に明らかな差が出ているのも一つだ。


「じゃあ今から五年以内にスミレはいなくなってしまうらしいんだ。なにかわかるか?」

「……!」


 こんな質問……したか? 俺はスミレに、いや。

 鷹さんと蛍さんに出来たんじゃないのか。聞いておけば何か変えられたんじゃなかったのか。シャガは、こいつは一体何者なんだ。運命が定まらないのは思考能力にまで影響してるのか……?


「わ……。わかるわけないだろ。未来の話なんか」


 強気に、あくまで強気にだ。スミレはイレギュラーに動じない。

 そしてやはり、こんなときに参考になるのは遠藤夫婦との話だった。城井氏からの話、俺からの話。理解できなかったことを先に告げることで、俺に彼らが未来のことを知らないと勝手に思い込ませた話。


「そうか……そりゃそうだよな」


 一瞬ムッとしたが、シャガの顔を見てやめた。憂いを帯びたその表情は俺の同情を買ったわけだ。


「とにかく、これからどうするんだ」

「正直ほとんど考えてない。スターティングみたいに実の親の元へ戻ったんじゃないらしいし……ん?」

「どうした?」


 ここでやっと俺の知る流れに戻った。そうなればもう簡単だ。俺はシャガの提案を聞き、約束を取り付けるだけ。

 不安そうな顔をするそいつの頭を撫で、ユリが乱入してユリの頭を撫でて一先ず終了。ユイにも事情を説明して今日は終わりだ。

 ユイに説明したら、とても気まずそうに。


「ほ、本当にごめんなさい。私すごいひどいこと言って……もう…………」

「気にするな。俺の時もこうなってた」


 なんてやり取りを行った。仕方ないさ、ただ忘れていたことだけが悔やまれるが。

 と、言うわけで。第一関門は突破しただろう。次は……えーと。追々纏めていこう。明日からまたスターティングの話があるし、ゆっくりで大丈夫だったはずだ。





「すいません、無責任なんですが……」

「いいのよもー! スミレくんは一人で二人も面倒見てるんだからそれだけで偉い偉い! おばさんに手伝えることがあったらなんでもしてあげるから!」

「ありがとうございます」


 一週間はスターティングから手が離せそうになかった。その為朝は紀野園に二人を連れていって、夜に迎えに行っていたのだが。ダイがいないのと俺に時間がないのとで、二人は家にいる日もあった。

 その時は隣のおばさんに話して面倒を見てもらうよう頼んでいる。まあ、あいつらは勝手に出掛けるだろうから出掛けるときだけ把握してもらうようにした。金は俺が置いておくから小遣いなんて要らないと言ったけど、このおばさんは勝手に渡すだろう。そんなおばちゃんだ。


「二巻に伴って伏線の強調が必要になります。なのでスターティング映画化はもう一度練り直しからになってしまいますが……」

「すまない」

「い、いやいや! 先生の協力があればそんなに大変な作業じゃないです! と、言うかですね。僕の仕事の方が減ってしまうんじゃないかと……」

「あー、そうか。でも内容変えてくれたのは君だろ? スターティングに口出ししても良いと思うけど」

「あまり格好は良くないからやめておいた方が良いと思います……先生の威厳が」

「別にいいですよ。俺はほとんど任せきりだし、今さら」


 このせいで一週間捕まった。編集の彼が映画にも口出ししてくれてもいいんだけど、執筆者としてそれはどうか……って。顔を立ててくれるらしい。

 脚本なんてわかるか。あんまり趣旨の変わってる部分だけ訂正してあとは任せた!!

 とか適当にやるわけにも行かないので彼に相談しながら話を進め、順調に行けば一年ちょっと後に俺の仕事は落ち着くことになった。


「……この時代の俺がいた」


 恐らく城井家の近くの公園へ行ったであろうシャガが、俺に言う。

 仕事が終わり、帰った俺にシャガが俺に話したいと呼び出してこの状況だ。ユリは勉強してるから俺の部屋に入ってこないだろう。


「そうか、残念だったな」


 目を伏せるシャガに言ってやる。淡々と、だがこうなることはわかっていたと全面的に押し出してだ。うじうじしてないで次のステップに進まねばならないのを教えるために。


「俺はどうすればいいかわからない。この先はどうするか考えているか?」


 シャガはゆっくりと息を吐いて気持ちの切り替えをする。やっぱり俺と同じ癖だ。当たり前だけど。


「一番近い出来事で、夏場にここが火事に逢いそうはわかってる」

「今年の夏か?」

「そこまではわからない」


 だろうな。


「ユリから聞いたのは夏とか冬とかってだけで何歳だったかは一切聞いてないんだ」

「そうか……」

「基本的に行き当たりばったりなんだ。だから俺もこの時代のことをしっかり理解できてない」

「ああ、わかってるよ」


 申し訳なさげに言うシャガの頭を撫でてやる。嬉しそうに一瞬笑ったが、すぐむず痒そうにして話を変えてきた。


「それよりスミレ、俺って皆にはどう伝わってるんだ?」

「???」


 話そらすの下手か。全然意味がわからん


「例えばユリやスミレに初めて会ったのは三月三日だろ?」

「ああ」

「じゃあその前まで俺はどこに居たんだ?」


 なるほどそういうことか。その疑問を持ったことを今の瞬間に思い出した。えっと、スミレはどんな説明してたっけ。


「俺が連れてきた。またいつか世話になるかも知れない施設からな」


 嘘です。お前は突然部屋に身体ごと現れたんです。


「園長は知らないのか……?」

「あいつより俺の知り合いなんだよ、あそこは」


 大嘘です。あそこってどこだよ。


「また連れてってくれるか?」

「しばらくは難しいな」


 ボロしか出てない気がするぞこれ。なんとなくかわしてるけど、少し頭が回れば嘘がバレそうな気しかしない。


「ありがとうスミレ」

「ん? ああ」


 何に対してかわからないけど、誤魔化せたか。


「じゃあ仕事あるからな」

「わかった」


 逃げるように仕事と言う俺。素直に従うシャガに心が痛む……ってことはさすがにない。胸を撫で下ろす程度だ。

 ふぅ……危ねぇ。


「スミレ! スターティング貸してくれ!」

「お!? おう。持っていけ」


 出ていくフリしてもう一度入ってくるなよ! 危ないな!

 あと二秒遅けりゃスターティング書き始めてたじゃねえか!!

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