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「こりゃしばらくカレーだな……」


 作った者と食器を洗う者は別の人間がやること。役割分担を教える一環として俺はユリとそのルールを設けていた。洗い物は俺だけだったはずだが、気を遣って席を立ったシャガが俺のとなりにいた。

 ある程度の悪態をついたあと、シャガにスポンジを握らせる。ここから俺の仕事は楽だ。

 食器を渡す、洗わせる。食器を渡す、洗わせる。食器を渡す、洗わせる。食器を渡す、洗わせ……。


「おい」

「なんだ?」


 皿はまだ残っているのにシャガってやつはなにか文句があるようだった。なんだなんだ。


「おかしくね?」

「……なにが」


 ふい、と一瞬顔を逸らせて皿を突き出すと黙って受け取った。また洗い、俺を見る。


「結構皿洗ってるつもりなんだけど、一人のペースと変わらない気がする」

「へぇ。これが最後の皿だ」

「サンキュ」


 それも洗って、まだ文句があるみたいだった。なんだなんだ洗い足りないのか。コップもあるぞ。

 コップ三つを差し出すと器用にその小さな手で掴み、さっと洗い、流した。


「よし、よくやった」

「うん」


 褒めると満更でも無さそうな顔をした。意外と可愛いところあるじゃねーか。

 じゃあもっと褒められるように頑張ろうな。


「ほらスプーンで最後だ」

「お前一つでも洗ったのかよ!!」


 あ、ばれた。それでもバッと俺からスプーンをふんだくりスポンジで撫でるシャガ。

 結局洗うんじゃねーか。


「それはお前が上手だからでしょー!?」


 スポンジを置きながら叫ぶ。いや、それはお前が単純だからです。

 なんて呟きながら。洗い物を終えた俺たちはユリの勉強するリビングへ戻る。


「あ、やってくれた!?」


 シャガが文句ありげに俺を睨んだ。

 わかってるわかってる。睨むな睨むな。


「シャガが全部やってくれたよ。優しいやつだ」


 せめてものフォロー。ユリはそれを丸々信じてシャガのことを褒め、彼女に褒められたことでシャガも嬉しそうに笑った。明らかに俺にいいようにされておいて単純なやつ。

 俺は思わず笑う。やっぱガキだ、と。




 朝の九時頃に編集の彼が我が家に来た。スターティング二巻の話をしたいと言ったらすぐ飛んできたのだ。

 子供たちが起きてくるのは昼頃だから先にチャーハンを作っておいたり。


「それで先生。二巻とは?」

「えっと、いくつか伏線が投げっぱなしのところがあるんで。それを回収するために二巻を書きたいな、と」

「ふむ……。ある程度書き上がっているのですか?」

「あらすじだけは、一応」


 原稿用紙に書いたストーリーを彼に渡す。三枚程度の短いものだから彼ならすぐ読めるだろう。手持ち無沙汰な俺は君たちに内容を少し話そうと思う。

 まず、スターティング一巻では主人公視点で話が展開する。幼なじみであり、恋人であるヒロインを助けるために両親に話し、恋人の両親にも助けを求め、ヒロイン以外すべての人間に助けを求めて彼は物語を完結させる。

 二巻はその彼女視点で話が進む。彼女視点であるために、SFではなく恋愛小説と化してしまうのだが、後の展開を知っているはずなのに凄く楽しめた。中身は、主人公が助けを求めた人々が一巻で不自然な動きをしていた理由が彼女視点で明かされたり。そんな話だ。


「……なるほど、SFではなくなるのですか」

「は、はい。だから少し迷っていまして……」

「まあ今のままで十分纏まっている気もしますからねぇ」


 彼は顎に手を当て、うーんと唸っていた。が、しばらくして。


「先生が書きたいのなら書きましょう! 僕は全力で応援するだけです!」

「あ、ありがとうございます!」


 スターティング作者の後書きに、話を通すのに凄く苦労したと書いてあった。反対されたらしい。

 ならば俺も頑張ろう。編集の彼が一緒なら絶対に上手く行く。決まったところで彼と雑談を交わし、時間を過ごし、昼になった。


「やあおはよう」

「あ、え。お、おはようございます……」


 キョドった子供の声。どうやらシャガが起きてきたらしい。振り返って手をあげておいてやる。


「お子さんが起きてきたようなので僕は失礼しますかね」

「ああどうも、本当に」


 彼が席を立ったのに合わせて俺も立ち、頭を下げる。そのまま玄関前まで俺は送っていった。


 リビングに戻るとまだシャガは固まっていた。


「スミレ、今の人は?」

「仕事の上役みたいなものだ」


 それだけ言って俺はユリを起こしに上へ行こうとした。が、シャガからいくつか質問が飛んでくる。生活費について、とかだ。俺も気にしていたのを思い出して頬が自然に緩む。

 安心しろ腐るほどある。欲しいものがあれば気にせず言いに来い。


「あ、ありがとう」


 そのあとは飯食って紀野園へ向かった。今日はそんなにシャガにイラつかないな。きっと昔俺が不安まみれだったのを思い出したからだろう。同情というか気遣いというか。変な親近感だよな、本人同士なのに。

 でもシャガがここにいるってことは未来の俺は……やっぱりイライラしてきた。ユイに相談しないと。




 今日はダイが来ていたはずだ。今頃俺シャガは彼に会って、しばらく話したあと泥団子について力説するだろう。思えばあれが俺の付け上がってしまった要因の一つだよな。二人とも喜んでたし。

 で、その俺はと言うと、あの日スミレに話を信じてもらった部屋で面接官よろしく、ユイと椅子を向かい合わせて座っていた。


「で、どうしたんだ?」

「ああ……シャガのことなんだけどな」


 園長モードのユイ。まあこっちのが話しやすいか。


「あいつ見てると嫌なこと思い出したり想像したりでイライラしてしまう」

「なんで? いや、嫌なことの内容か」


 ここ二日ほどずっとユイに話したかったことだ。


「シャガがここにいるってことは……未来のスミレはユリを助けるのに失敗したってことじゃないか、って」

「?」

「ユリが死なないと俺は時間遡行ができない。シャガが来たのはユリが死んだことを意味するんだ」

「……そうだな」


 園長は静かに返した。


「俺は……。ううん、俺たちは何回時間遡行を繰り返しているんだろうって考えると、もうユリを救うことくらいできるだろ」


 俺の周りは俺を支えてくれる人達ばかりだった。ユイも事情を知っているし、母さんも未来から来たこととユリのことを知っている。なんなら2015年になったときミズキに手紙とかで知らせてもいいだろ。

 それを行えば未来にユリを助けられるだろ。

 なんでまたシャガが来るような事態になったんだ。


「だからイライラしてるのか」

「……うん」


 呟くと、園長は深い溜め息を吐いた。そのあとやれやれとでも言わんばかりに手をあげて首まで振りやがった。


「あのさ、スミレ。おじいちゃんの手紙の内容忘れたのか? シャガと言う子供について」

「手紙……」


 手紙は今も大事に保管している。彼から譲り受けた金庫のなかに。ユイにも手紙を見せたから内容は知っている……が、なんだ?


「シャガは最も運命の定まっていない子なんだろ。もしかしたら来ない世界もあったのかもしれない。だからまずしっかりこの世界に来てくれたことを喜んであげようよ」

「……」

「それともうひとつ。スミレにとって未来は変えるものだろ。しかも瑞樹ミズキ射我シャガスミレは別人って考えを持っているなら、未来のスミレもまた別人じゃないか。おじいちゃんも、私も、2015年にこのスミレがユリを救えるって信じてるんだよ」


 園長は、今度は溜め息ではない息を深く吐く。優しげな笑みを浮かべて、俺に首を傾げていた。

 ……そうだな。


「俺が弱気じゃ誰がユリを救うかわからねえな。変な想像なんてやめて、しっかりシャガを引っ張ってやんねえと」


 城井氏曰く最も運命の定まっていない子供。それは逆に言うと、最も運命を変えられる可能性を持つ子供と言うことだ。これからとんでもない活躍をするかもしれない。もしかすると、もう既に少し運命を変えているのかもな。

 そんなやつを導いてやらないとどうなるかわからん。


「そうそう。しかもあの子はユリを助けた後こそどうにかしてやらなくちゃならないんだから。ちゃんとやれよ~」

「だな」


 一通り話してスッキリした。元々答えは俺のなかにも有ったわけで。誰かに話したかったのと、誰かに諭してもらいたかっただけだろう。ユイのお陰でもう大丈夫だ。


「じゃあそろそろシャガのところに……」

「待った」


 部屋を出ようと立った俺をユイが止めた。

 ああ時間か。そういやまだ泥団子作ってるかもな。


「そうじゃない。スミレと最後に話したい子がいるんだよ」

「ん? 誰だ?」

「入っておいで!」


 園長が扉の外へ叫んだ。彼女が椅子を立ったと同時に扉が開く。

 しっかりやりなよ、と園長が肩を叩いてそいつと入れ替わりに部屋を出た。部屋のなかにはそいつと俺の二人きり。


「……フユカ?」

「……や。スミレさん」


 初めて話した時より随分成長した少女が、俺の目の前に座った。


「どうした? 俺と話したいって」


 フユカ。シャガの時には知らなかった子供。もうすぐ園からいなくなると言う話の通り、俺が知る前にいなくなったのだろう。ユリやダイのような昔から世話した子供を除くと、園の中で最も俺に寄ってきた奴だ。

 特筆すべきこともなかったから初めの一度だけしか書いていないが、確かに何度か話していた。


(つーかずっと扉の前にいたのか? ……時間遡行の話とか聞いてないだろうな)


 心のなかで冷や汗を書く俺。頭がおかしいとか、こいつなら言いかねん。


「お礼、言いたくてさ。お世話になりましたって」

「そ、そうか」


 お礼と言うほどか? 俺は俺の仕事を……いや、こいつらにとって育ててくれた大人の内に入ってるんだな。素直に受け取ろう。


「どういたしまして。これから元気に過ご」

「あのね!」


 挨拶してたらぶち切られた。まだ早かったか?

 フユカを見ると切羽詰まったような表情だ。話したい話はお礼じゃないわけか。


「なんだ?」

「え、ええとね…… 」


 今度は困った顔。言いにくいなら無理に言わなくても良いと思うぞ。なんの話か知らないけど。


「ううん! 最後だから言っておきたいことなの! ……でも、心の準備をしたいから」


 そうかい。それなら少し待つよ。ゆっくり深呼吸して心を落ち着けな。

 フユカは三分ほどそうしていただろうか。二人しかいないから一切音のしない空間でその時間はとてつもなく長かった。

 無限に続くかと思われた時間を止めるように、よし、とフユカは呟き、口を開く。


「私ね、スミレさんが好きなの」

「!?!?!?」


 ガタァ! とつい驚いて椅子ごと後ろに倒れる俺。胡散臭そうなフユカの目が痛い。


「人がせっかく告白しようとしたのに一言目で場を壊すとかする?」

「す、すまん」


 いてて……頭は受け身取ったけど腰が変な当たり方した。

 で、なんで好きだって?


「まだなにも言ってない」


 ごめん。


「はぁ……。始めはさ、勘違いだと思ってたのよ。周りに大人の男の人なんてスミレさんしかいなかったし。私も子供だったし」


 フユカはどこかバカにするように言う。俺に向かって言ってるんじゃないだろうな。


「でも十歳とかになるとその辺もわかるようになって、意外と勘違いじゃないほうに意識持ってかれちゃって。スミレさんのどういうところが気に入ってるか、とか。そんなこと」

「…………」


 無言で俺は話を聞き続ける。


「皆から怖がられてる割りにドジな所が多かったり、結構すぐお姉ちゃん……園長さんに悩み相談するメンタルの弱さとか。強すぎないところが好きだな、って。でもちゃんと良いことしたら頭撫でて褒めてたりしてさ。まあユリとダイに特に構ってることが多いけど……」


 ふと、思った。こいつも二人みたいに俺と遊んでほしかったんじゃないか、って。いや、そんなこと聞けば当たり前だと怒られるんだけど、俺は本気でそう思った。

 そして同時に後悔した。ユリはもちろん、ダイも未来ではシャガを支えてくれるからずっと気にかけていた。逆に言えば他の子供と差をつけて接していたと言うこと。……操おじいちゃんの意思を継げていなかった。


「ずっと見てればある程度、何かあるんだなってわかってたよ。さっき扉の前にいるときも少しずつだけど深刻な問題があるみたいな雰囲気はわかったし」


 ……やはり聞こえていたのか。深刻な問題があるくらいしか聞き取れていなかったのならそれでいいけど。


「それでも、私……構ってほしかったなって思う」

「……!!」


 フユカの寂しげな一人語り。最後の言葉を聞いた瞬間、俺は考えるのをやめる。衝動に身を任せ、動く。


「な……に?」

「…………」


 気づけば俺はまた椅子を倒していた。でもさっきと違い俺は立ち上がり、右手はフユカの頭の上にある。

 一言だけでいい。フユカの気持ちを受けてやらないと。


「いい子いい子」

「!」


 口から出たのはそんな言葉。俺自身何言ってるか全然理解できない。考えるのやめてるもん。俺は悪くないからな。

 しかしフユカには効いたらしかった。目を見開き、その目は次第に涙を溜める。唇も震えてそれを噛んだところで俺は次の言葉を紡ぐ。


「ごめんな。お前は本当にいい子だから人よりいっぱい考えて、その分いっぱい我慢してくれてたんだよな。だから最後になる今日まで何も言わず、何もせずしていてくれた。ありがとう……ごめんな」


 でも最後まで我慢しなくて良かったんだ。もっと俺に向かって突撃してきても、俺は決して負担に思わないし迷惑にも思わなかった。もっと応えてやれたかもしれないのに。

 ……って言おうとしたら。


「伝えてたもん……」


 と呟かれた。


「おじいちゃんに言われた通り、私ひねくれものだし言うことキツいし、伝わってなかったのはわかってたけど。でもちゃんと伝えようとしてたもん……」

「そ、そうか。よしよし」


 俺はその言葉に焦って、頭を撫でる力を強めてしまう。

 特筆すべきことがない、何てことがそもそも間違いだった。フユカにはあったのだ。未来から来た俺はいつの間にか現在に等身大でなくなっていたらしい。シャガの時はもっと必死に食らいついていたか? 過去は美化されるらしいから結構曖昧だけど、まだ現在自分がいる時間を準備段階なんて風には考えていなかったはずだ。

 数年前に反省したはずなのにな、物事をイベントのように考えないようにするって。


「……ありがと、もういいよ」


 フユカはそう言って俺から離れた。


「ごめんね。お姉ちゃんがいるのは始めから知ってたんだけど」


 別にいいさ。歳の差十五ならユイは浮気とも思わないだろう。甘えてくる子供をあやしてるのと変わらない。


「なに自分の方が上だと思ってるの。お姉ちゃん言ってたよ。スミレくんはたまに甘えてあげないと拗ねちゃうー、って」

「なッ」

「そんなところが可愛くて好きなんだけどね。私もお姉ちゃんも」

「お前なぁ……」


 俺が小六の時はこんなこと言ってたかな。……ないな、もっとバカだった。

 呆れた表情を浮かべるとフユカはムッ、とした顔になり俺の手を取って彼女の頭の上に導いた。前言撤回、やっぱり子供だ。撫でてほしけりゃ素直に言えば良いのに。


「フン、素直に言えないからこんな事態になってるのよ」


 少ししか撫でていないが、もういいわとフユカは頭を避ける。いつの間にか椅子から立ち上がっていた彼女はそのまま扉まで歩いた。

 表情はスッキリしている。同時に物足りなさも感じさせるが、無駄話が増えるだけでもういいのかな。


「じゃあねスミレさん。ありがとう。大好きだったよ。…………頑張ってユリを助けてあげてね」

「え、ちょ!」


 ガラガラ、ドン。と扉はしまった。

 え、え? あいつどこまで知ってるの? もしかしていつもこっそり聞いてた? 俺がユイと二人きりだと思ってた状態の時、実はあいつ盗み聞きしてたの?

 え? なに? 何が起きたの?


「…………こわい!!」


 フユカとがっつり話したのはその日が最後だった。だから真相もわからないまま。未来に影響がでなかったから他言もしてないようだ。……特筆すべきことではないがな。


 さて、最後はシャガの番だ。

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