30
「スミレ! 焼肉にしよ!」
「やっぱりか。しっかり食べれるんだよな?」
「うん!」
「なら行くか」
シャガとユリを後部座席に乗せて焼肉屋に行った。焼いたのは主に俺。手の小さいシャガは自分の物で精一杯、ユリは食べる専門。……誕生日だから許してやるか。
「ユリ、誕生日おめでとう」
俺は言いながらプレゼントを出す。欲しがってた人形だ。特にこのあとストーリーに関わらないから別に説明しない。
シャガは困ったように笑いながら。
「おめでとう」
とだけ言っていた。
「ありがと! これからよろしくね! シャガ!」
ユリは持ち前の人懐っこさでシャガに笑う。そうなる風に育てたつもりはないだけに、もしかすると人間は環境以外のところでも人格が決まるんじゃないかと思う。
笑いかけられたシャガはにやっと嬉しそうに笑った。……自分もこうだったと思うと少し気になるなこれ。その顔も食べ始めて少しすると苦い表情になっていたが。
「体が小さくなけりゃスミレを泣かすくらい食えるのに……」
「え? なんて?」
ああそういえばそんなこと言った気がする。
今でこそ言えるが、俺を泣かしたいのならこの店のメニューを一通り食べてもまだまだ足りないからな。
「やれるもんならやってみろ」
言ってからまた思い出す。スミレがこんなこと言ってた気がする、と。
得意げに見下すような笑みは、もしかして俺の素のリアクションなのか。
「ささー早く食べよー!」
箸を持つ手の止まっていた俺たちにユリが言った。自分で焼きなさい。誕生日だから仕方ないけど。
同じことを思っているのかシャガも肩をすくめて苦笑を浮かべていた。
食べ終わって眠くなったユリを後部座席に転がすと、必然的にシャガは助手席になる。
いくつか言葉を交わした後、奴は緊張した面持ちで告白した。
「スミレ、俺本当は」
「……ん」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き、言う。
「体はこんなだけど中身は高校生なんだ」
「……」
知ってる。
と、言いたかった。だが。
(まだ言うべきではない)
過去の事実として、未来に悪影響を与えないためにここで前と違う行動を取らないべきだ。
(それに俺はまだこいつにイラつきを覚える……)
だからあの日紀野園でスミレがしてくれたように、優しく頭を撫でてやれない。この気持ちだけは一人で切り替えることができないから、まだだ。
さらに言い訳を重ねるようだが、ここでの問答があったから俺はスミレに心を開きやすくなった。はっきり覚えているからな。初対面のシャガである俺を導いてくれるかと思ったら罵倒しか飛んでこねーんだもんよ。
それが逆に、変に気を遣わなくてよかった。
「ふーん」
とりあえず思考に時間を掛けすぎたため俺は鼻で返事をした。赤信号から目を逸らすと、驚愕を貼り付けた表情が隣にあった。そりゃそうだ。スターティング読者の俺はてっきり、どういうことだ? って返事を期待していたし。
実際ユイはそんな反応示してくれて、事情を話せたし。鷹さん達や操おじいちゃんの反応はおかしいと言えばおかしいよ。城井氏のせいで。
そして、今後トラウマともなるこのセリフ。
「子供の妄想なんてのはよくあるだろ。俺は正義のヒーローだー、とか。お前がどこぞの探偵を知ってんのかどうか知らねえけどなかなか面白いんじゃねーの」
シャガは口をあんぐりと開いて固まった。しかしすぐに気を取り直し。
「四の階乗イコール二十四! ほら!」
ほら、じゃねえよ。子供でない証明がなんでいきなりそれなんだ。
「階乗か。基礎の基礎じゃねーか」
いやいや、ないない。
「じゃあスターティングって小説知ってるか!」
「あ?」
出た。そんなやりとりもしたな。残念ながらもう出版されてるぞ。
「一巻はともかく、二巻と三巻は出てないだろ! 俺は全部知ってるぞ! 未来から来たからな!」
「!?」
な……に?! 思考が停止した。だって俺が前に言ったセリフはそれじゃなかったはずだ! 未来が変わったのか? いや、今回のシャガとしての俺の頭の回転がたまたま良くて、一巻出版を思い出せただけ。きっとそうだろう。そうに違いない。
動揺を悟られないように、少しの間を誤魔化すように俺は返す。
「はぁ……。スターティングは一巻だけに決まってるだろ。『スターティングⅠ』とか書いてるならまだしも、なんにも書いてないのに信じられるかよ」
「ぐ……」
すぐにこの言い訳が浮かんだのは鷹さんのおかげだ。城井瑞樹が彼らを信じさせるために一年後までに起きることを言ったという、あのこと。
これから起こることの話なんて起きてからでなければ信じられない。この場合俺は信じない側。そして俺が信じられない理由を理解する能力はシャガにはある。
これでねじ伏せた。
「俺はいろんな漢字読めるぞ!ほらあれは木下歯科!」
「すげー天才少年だな。テレビ出るか?」
……よし、俺のペースになった。さっきは本当に危なかったが。
「……はぁ」
「なんだ?」
シャガの深い溜息、これでとりあえずは俺の勝ちだ。
「あんたを説得するのやめる」
知ってた。……ま、そのうち信じてやるから我慢しろ。
それはそれとして、家に到着した俺は無意味にシャガにいたずらを仕掛けたり、お湯の温度を計ったりして時間を過ごした。シャガが風呂から出て、寝るまで待たなければ俺は作業に取り掛かれない。
なんの作業か。それはズバリ、スターティングだ。
シャガの言葉を聞いて二巻と三巻を書かなければいけないことを思い出した。また編集の彼と相談して書き始めたことを報告せねばなるまい。忘れる前にあとの二巻も早めに書かないとな。
「明日は出掛けるぞ。早く起きろよ」
戦時中の子供の服に無理やりオシャレを施したようなパジャマのシャガに言った。眠そうに返事をしていたが、早速ユリを助けることを心に誓うだろう。
俺は俺でやることがある。スターティングもだが、ユイに連絡しないといけないからな。
「……もしもし?」
「もしもし。ユイだな」
「お、どうしたスミレ。……ていうか園長か紀野って呼ぶんじゃなかったのか」
たまにフユカが電話に出る。フユカってのはあれだ。俺にミルクの作り方を教えてくれた子供。……あいつもそろそろ里親が来てるんだから行かせないとな。
ユイは聞いてわかる通り園長モードを見事会得した。確認を取った俺は話を進める。
「明日、前からの約束通りそっちにシャガを連れて行く。大丈夫だな?」
「ああ、大丈夫。ダイがまた入院してるけどそれはいいのか?」
「個人的な心配はあるが、シャガの時に初日から会ってないから問題はない」
「そっかそっか」
検査入院がダイは多い。心臓の弱さは大人より子供のときの方が心配だ。
「それと頼みがまたあるからそれも頼んだスミレ」
「頼み? なんだそれ」
「明日言うー」
なんだろうか。まあいいや。
「じゃあ今日はそれだけだ。また明日な」
「あ……スミレ」
切ろうとしたとき、ユイが俺を呼んだ。その声には園長としての覇気はない。事務室に誰もいないんだな。
「どうした?」
「えっと、その……いつものを……」
俺は口元がニヤつくのを自覚した。ああシャガとなんにも変わらねえ。
「愛してるよユイ。また明日な」
「う、うん! また明日。…………えへへ」
ガチャ、と電話が切れた。遠くに聞こえたユイの恥ずかしそうな笑い声が耳に心地よい。まったくあいつも二人きりの時は園長モードじゃなくなるから困りものだ。まったくもって困ったものだ。ものすごく困ったものだ。
全然可愛らしいなんて思っていない。まったく。明日が楽しみだ、まったく。
「……ん」
俺は紀野園で車を止める。二人が降りたのを確認して
鍵を掛けた。
シャガはここがどこか聞いた辺りだろう。
「園長ー来たぞー」
建物内へと声をかける。紀野園長と呼ぶのも忘れないように、っと。案の定そこに気が付いたらしくシャガはユリと少し話をしていた。
「あ、スミレ! ちょうどよかった! 早く中に来てくれ! やーユリー! 今日も皆とお勉強か? お、君がシャガかー!」
早口にまくしたてるように話す女性。紀野園長だな。若干気圧されるような反応を示すシャガがおかしかった。
つーか君がシャガかーって……。昨日シャガに説明した時に事情を知ってるのは俺とユイだけってことにしたのに、全部台無しになるじゃねーか。
「よう紀野。今日は何だ?」
昨日電話で言ってた頼みたいことの内容。このシーンに立ち会って思い出したよ。雨どいだろ?
「雨どいがぶっ壊れたから治してくれ!」
「……はぁ」
やっぱり。まあいいや。前に書いたがこんなことは最近日常的になりつつあるからな。
やれ電球を変えろだ、扉の調子を見てくれ、とか。自分で出来るだろ! って言いたくなることでまで俺を呼ぶ。わかっている。会うための口実だ。可愛らしいやつだまったくもう。
「ささ、中に入って入って! ユリはシャガを連れて行ってあげてね」
「はーい!!」
そう返すと、ユリはシャガの手首を掴んで図書室へと歩いて行った。
さて。
「その雨どいはどこだ?」
「あ、うん。こっちこっち」
ユイの後をついて俺も問題の雨どいの方へと向かった。
雨どいはサビとあれとこれが原因で結構悲惨なことになっていた。倉庫から修理に必要そうな道具と材料を持ってきて直すと、時間は結構経っていた。
ユイがちょこちょこ俺のところを覗きに来て、
「大丈夫……?」
って声を掛けに来るのが可愛かった。ドロドロの軍手を交換に何度か走ってもらったが、一瞬でも二人きりを味わうための、やはりこれも口実だった。
そんなこんなで夕方に。シャガはスターティングを読んだりしていろいろ考えていただろう。……俺も気持ちの整理をしたいんだけど、どうしようか。
やっぱりユイに頼らざるを得ないか。
「明日ゆっくり話がしたいから仕事開けておいてくれ、と」
雨どいをなんとか修理した俺は事務室のユイの机に書き置きをしておいた。フユカが読むかな?
まあいいや。あの三人の待つところへ行こう。
「あ、スミレー! おつかれー!!」
「わースミレー!!」
園長が手を振り、ユリが俺の腰に抱き着いた。そのまま抱き上げてやると嬉しそうに声を上げた。
「ん、ユリ。どうだった? 楽しかったか?」
「うん! でもね、シャガがずっとおほん読んでたからお外で遊べなかったんだー」
なに。シャガのせいか。それはいけないな。
少し目に意識して彼を睨むとビクッと体が跳ねていた。
「でもね! シャガったらユリの知らないこといっぱい知ってるんだよ! おんなじ年で一番ものしりさんはユリだと思ってたのにー!」
確かにものしりさんはユリだな。勉強できるのはダイだけど。
悔しそうなユリを見て、またお前が悪いと言わんばかりに俺はシャガを睨んでみた。するとシャガは何かに納得したような表情と、それに追随する激しい後悔に襲われた顔になる。
「おい自称高校生。略してジショコ。そんなこともわからなかったのか?」
「い、いやでもほら」
言い訳をするんじゃない。
思いながら俺は、試しにシャガの頭を掴んでみる。
「ったく、まだまだ子供だな」
そのまま勢いに任せてガシガシと振り回す。イラつきは……意外にも少なかった。
よかった、あれが原因なだけで俺はこいつのことを本当に嫌いなわけじゃないみたいだ。
「で、雨どいどうだった? 直せた?」
「まあまあだ。俺ァ元々あんなん得意じゃないんだから、ダメだったら業者呼べ」
園長は豪快に笑いながらそりゃそうだ、と笑う。バンバンと背中を叩くのはやめてほしい。ちょっと痛い。
それからはダイの話をし、ユイの年齢とか諸々話していた。俺はあまり話に入らず聞いているばかりだったが、予想以上にシャガは思ってることが顔に出るのを知った。
同時に俺もああだったと思うたびに恥ずかしくなる。シャガ見ててそればっかり思ってるな俺。
ともかく、また明日ここに来る約束をユリから取り付けてその日は紀野園を去った。