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「さって。こんなもんでいいだろ」

「わーい! 机だ机だー!」


 万歳して部屋を走り回るユリを横目に見つつ、俺は汗を拭いた。机の向かい側を見ると、手伝ってくれたおじさんも同じように汗を拭いていた。


「いやー重いねー! 机がこんなに重いなんて何年も忘れていたよー」

「すいません。皆さんにも手伝っていただいて、ホントに」

「いいよいいよ! 遠藤さんにも頼まれていたしねぇ。それに後でユリちゃんがクッキー作ってくれるんだろ? 僕らはそれで十分さ!」

「ありがとうございます」


 ユリが生まれた頃はまだ俺はここで暮らしていたが、大きくなるにつれて紀野園に入り浸りはじめていた。だからこの、遠藤家改め紀野家は大掃除が必要なレベルになっていたわけだ。

 困り果てていたところ、隣のおばさんが声をかけてくれて、近所の人々に協力を要請して今に至る。


「スミレくーん! このタンスはどこに置いてたっけー?」

「あ、それは部屋の西側に! ああっ! 大丈夫ですか!?」

「……あぶねー」


 部屋という部屋に皆様いらっしゃる為、結構ぎゅうぎゅうだ。四方八方どこからでも声が聞こえて、俺はよく呼ばれるんだけど叫ばないと返せない。

 かつてここまでこの家が賑やかになったことがあっただろうか。


「遠藤さんが引っ越ししてきたときに一回こうなったかな? あの時は配置から考えてたからもっとぐちゃぐちゃだったねぇ」


 隣のおばさんは目を細めて言った。二人の新婚時代ってことか……。どんななのかすごく気になる。

 ユイもユリもどこか抜けてるところがあるし、蛍さんもそうだったのかも。鷹さんは……気のいい兄さん? いやないない。


「男の子用の服ってどこにいれてたっけー?」

「それは二階の……。俺が持っていきます!」


 恐ろしくダサい服をもって俺は二階の部屋へ入る。こないだフリーマーケットで見かけて思わず買ったものだ。

 サイズは130。Sですらない。これでちょうどいいんだけどな。


「スミレくーん!」

「はーい!」


 とまあこんな感じで作業は進み、部屋はきれいになり、家具も丁寧に配置された。

 今日からここが、俺とユリの家だ。


「クッキーできたー!!」

「おおおおー!!!」


 おじさんおばさんへのお礼はあれでいいらしい。……一応また挨拶回りの時に色々持っていこう。







「ユリ、本当にこれでいいのか?」

「うん! いっぱいいっぱいお勉強するの!」


 山積みにされた算数ドリルやらひらがな帳やら英語辞典やら。俺でも嫌になる教材の量にユリは目を輝かせた。


「まあ未来でもやってたし……。でもユリ、一度やるって決めたからにはちゃんと最後までやるんだぞ!」

「わかってるよぉー!」


 ユリは上機嫌に、鼻唄も混ぜて国語ドリルを開いた。……ふむ。


「昼前には帰ってくるけど、今から少し仕事で出掛ける。大丈夫か?」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「もし出掛けるなら隣のおばさんに声をかけるんだぞ?」

「わかった!」

「あと、知らない人に名前を聞かれても教えないこと。もちろんついていったり物を貰ったりしない」

「うんうん」

「あ、でもここを手伝ってくれたおじさんおばさんにはしっかりと挨拶するんだぞ」

「おはようございます!」

「そうだ」


 よしよしと頭を撫でると上機嫌に鼻を鳴らす。よく考えればまだ三才だ。やはり家から出ない方がいいかな……。


「……とりあえず行ってくる。しっかり勉強しろよー」

「はーい!」


 あー娘を心配する親の気持ちが痛いほどわかる。




 ってな感じで暮らしはじめて。映画の話もそこそこに、人使いの荒くなってきたユイの雑用も手伝って。暇な時間があれば合気道。

 わざとそうしたけど、息を吐く暇なんて一切無いまま一年半が過ぎた。



「ねえねえスミレ! シャガってどんな子なの!?」


 綺麗に切り揃えられたショートヘアを揺らして、ユリは本を運ぶ。

 最近どうやったか、美容院のおねーさんと仲良くなった! らしくてよく遊びに行ってタダで切ってもらって帰ってくる。


「シャガか……。うーん、面白い子だろう」


 適当。


「今日の夜に来るんだよね!」

「ああ。でもユリは寝てろよ。夜遅いからな」

「ぶー。早く会いたいのにー」


 とりあえずそう言うことにしてある。一応出ていくフリくらいしておくか……。


「楽しみだなぁ」

「……そうだな」


 2002年3月2日。操おじいちゃんが名付け、最も気にかけた少年。蒼多射我がやってくる。



 朝、パンを二枚焼いて サラダを適当に盛り付ける。ユリはもうテーブルについてトーストを食べ始めている。俺は朝早くに起きてもう食べたから朝食はいらない。

 時刻は八時丁度くらい。

 ……それは突然やって来た。


 ドタッ! ゴン! いてぇぇぇええええ!!


「な、なに?」


 ユリが天井から響いた音に驚き少し跳ねる。俺にはわかっている。懐かしい記憶だ。

 しばらくすると甲高い叫び声が聞こえ、扉が開く音がした。


「シャ、シャガなの?」

「ん」


 ドタドタドタ、と階段をそいつは駆け降りてくる。リビングの入り口にそいつが来て、やっと姿が確認できた。


「あ、シャガおはよー!!」

「……来たか」


 困惑を全面に押し出し立ち尽くすそいつに、ユリが声をかける。俺も思わず呟いたがよく聞き取れてないだろう。


「ぁ……ぇ……」

「どうしたの? シャガ。まだ寝ぼけてるのー?」


 持ち前の人懐っこさでユリはそいつに近付く。

 シャガはまだ、固まっていた。


「ユリ、シャガは初めましてなんだ。そんなに大声だとびっくりするだろ」

「あ、ごめーん!!」


 しかしユリはそう言うだけで、イスを飛び降りてドタドタと走る。ジャムだらけの手でシャガの手を掴んで洗面所につれていった。

 向こうで行われるやり取りを俺は知っている。シャガは何度も何度も繰り返し顔を洗っているだろう。初めて来たときはそうだった。信じられなくて、見間違えだと信じたくて何度も顔を洗う。

 だが、洗っても洗っても子供のままだ。


「……くそ、痛いほどわかるだけにほっとけねーな」


 俺はせめてもの悪態をつき、洗面所に行く。なぜだか俺はとてもイライラしていた。ダイやユリが何をしても何も思わないのに、シャガの顔を初めて見ただけでとんでもなく腹立たしくなってくる。

 何故だ。


「ユリ、シャガ。早く朝御飯を食べなさい」

「はーい!! 行こっシャガ!」


 出来るだけイライラを抑えて、俺はシャガを洗面台の前のイスから下ろす。

 やはり呆然としたままのシャガだったが、ユリに手を引かれ朝食を食べ始めた。……何故だ、何故こんなに機嫌が悪い。とにかく、俺は二人が食べ終わるまで待った。

 食べ終わったのを確認して、俺は身体の異変に気づいたであろうシャガに声をかける。


「食べ終わったらシャガに話があるから俺の部屋に来い」

「………」

「シャガ?」


 シャガをじっと見つめる。何が俺をこんなに不快にさせるのか知りたかったから。

 が、シャガが俺を見つめ始めたところでユリがその顔を覗き込んだ。


「ユリは少しお勉強だ。算数がここまで出来たら俺を呼ぶんだぞ」

「はーい!」


 とにかくテーブルの上を片付けて、算数ドリルを置いた。

 シャガは一度部屋に戻り、服を取りに戻った。

 和室に入って考える。


「うぅん……」


 シャガ。かつての俺。だから今戸惑ってるのは痛いほどわかる。

 目を覚ませば突然体が小さくなっていて、未来の話をしたいのに……協力してほしいのに信じてもらえない。一人でやっていこうと悲しみの中決意する。そんな彼を何故俺はこんなに拒絶しようとするのか……。

 ユリを……失ったばかりだと言うのに。


(…………!!)


 言って気づく。そうか、そのせいか。

 と、そこでシャガが部屋へ入ってきた。俺が衝動買いしたフリマのダサい服を着て。


「さて」


 俺が切り出そうとするとシャガは正座でピンと緊張した。あの時聞いた言葉をそっくりそのまま言えるだろうか。

 ……いや、全く同じことを言わなくてもいいんだ。俺が本心で話せば大丈夫なはず。


「シャガ、今日からここで暮らすけど大丈夫だな? ユリは元気で人懐っこいからすぐ馴れるだろうが」

「ユリ……やっぱりユリか。あなたはスミレか?」

「ん? 俺はスミレだが」


 恐らく全く同じやり取り。あの時は緊張したし気が動転してたし、はっきり覚えていない。証拠に目の前の、五歳にしてはやけに大人びた表情を見せるこいつは目を泳がせている。

 シャガにとって俺は何も知らない人間だ。それを演じるために首をかしげるくらいのアクションは行わなければならない。


「えとスミレ、さん? ここは……俺の夢か?」

「は?」


 とっさに口から出た言葉。認めよう、演技抜きでポカンとしてしまった。何故そんな言葉が出てくるのか。その表情から。


「だってユリは小さいし俺も同じくらい小さいし、なにより噂のスミレさんがいるから」

「何言ってんだお前」


 ここは演技。先程のは少しの勘違いだ。

 俺はもう少しおどけたように言った記憶だった。が、実際は大真面目に夢だと確認したらしい。記憶のズレに驚いたのだ。

 とにかく今からは現在の状況説明だ。


「お前は昨日施設からここに来て疲れたからユリにも会わずに寝ただろ。俺がいる? 当たり前だ。お前の体が小さい? それも当たり前だろ」

「当たり前なのか!?」

「1996年7月13日生まれのお前が2002年3月3日に5才で体が小さいことにおかしな点はあるか?」

「!?!?」


 目を白黒させるシャガ。そしてあの日の俺と同じように、なんだって……、と呟いた。


「2002年3月3日。バカかお前」


 口悪ッ!! ってか。


「スミレー! ここわかんなーい!!」

「わかったー! ちょっと待ってろー!」


 ユリが俺を呼んだ。とりあえず話はここまでだったはずだ。この後の情報収集はシャガ自身で行うだろう。

 さて、最後に。


「もしユリと何かあったら叩き潰すから覚えておけよクソガキ」

「ひっ!」


 これだけははっきり覚えている。もちろん演技だ。本心なんて一切ない。マジでほんとに。

 ……これから頑張れよ、シャガ。


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