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しかし……。
(全ッ然追い付かねぇ!!)
ユリは元陸上部長距離選手。
全国は届かなくてもこの地区では上位に食い込んでいた。舐めていたわけじゃないけど姿すら見えないぞ!?
「ハァ……ハァ……!」
俺自身運動は苦手じゃない方だ。バイトも足腰を鍛えられる運送業だから体力にも自信があるけど、本業には敵わないか……。
しかし全く姿が見えない。
(もしかして!)
追い抜いたか! どこかに隠れていてもう追い抜いた後だとしたら!
(次の角で止まるか……)
そう思って角を曲がり、足を止め始める。
後ろを振り向いてユリの姿を探そうとしたが……そんな必要はなかった。
「ユリ……!」
ユリの姿は確認できた。
だが、出来ればそこで確認したくなかった。
そこで見つけてしまったのが俺の人生最大の不幸だった。
俺たちはアニメやマンガの様な特殊能力はなくて。
ただの人間で。
道路の真ん中でトラックに跳ねられそうなユリを。
俺は助けられないわけで……。
「ユリィィィィイイイイッ!!」
俺は全力で脚を回す! 限界を超えた速さで足を前に出す!
だけれど何故だろう……。俺が走れば走るほどユリが遠くなるよう気がしてしまうのは。
そして何故だろう……。 遠ざかる世界の中でユリの身体と彼女を殺すトラックの距離が近くなるのは。
あぁ何故だ! 何故俺はユリを助けられないッ!?
俺が……。
俺が助けなきゃ……。
(俺が助けなきゃ誰が助けるんだ!!!)
バァン! と俺の元へ耳障りな音が届く。
俺はもう叫んでるのか、走っているのかどうかもわからない。 ただ視線だけは一切動かずユリだけを見つめる。
その体は凶器の箱にいとも簡単に撥ね飛ばされ、そして道路へ叩きつけられた。
「あぁぁぁあああ!!!!」
ユリの周りを野次馬が囲む。トラックの運転手が降りてきて頭を抱えている。
数秒後、ユリの元へ辿り着いた俺は野次馬を掻き分けているのか薙ぎ倒しているのかわからない力でどけた。
そしてユリの容態をじっと見ている男性をどかし、彼女の身体を抱いた。
「ミズ……キ」
「ユリッ!」
ユリは少し安心したように眉を和らげた。
「思い出したんだ……」
「な、なにを……?」
彼女はゆっくりと俺の背に手を回しながら話す。
「小さい頃の親友で……初恋の人が、私と……同じように……がぅ!」
咳き込んだと同時に血を吐く。それを見て俺は、ユリがもうダメなことを悟った。
「ああ、それで?」
「その子も死んじゃった……ショックで、忘れてた……」
大粒の涙が俺の手を濡らす。
「怖いよミズキ……! ミズキ…」
「ユリ……」
背中に当たる手が震えているのを感じる。そんな場合じゃないのに俺は逆に落ち着いていた。
ユリを安心させるために彼女の頭を少し上に向け、また俺自身の頭も彼女へ近づける。
そして。
「……」
最期の口付けを交わす。
「ありがと……愛して、るよ」
「ああ、俺もだ……!」
嬉しそうで控えめな笑みを浮かべ、彼女の手は道路に落ちた。
彼女の身体を揺する。動かない。
体は全く動かないの血は未だに止まらない。
「あぁ……!」
ユリが死んだ。この残酷な現実に俺は目の前が真っ暗になった。
2015年3月3日。ユリの誕生日で、彼女の命日となった日だった。
次の日、俺は彼女の身辺整理のために彼女の家へと向かう。絶対に見つけなけらばならない物がある。卒業式なんてどうでもよかった。
昨晩は救急車で俺とユリは運ばれ、俺の両親が病院へ来た。両親は取り乱す俺を抑え、迅速にユリのこれからの手続きをしてくれていたのを覚えている。
これで立派な葬儀もあげてもらえるのだろう。彼女が天国へ行くことを心の底から願った。
しかし一つだけ考えても考えても納得のいかないことがある。ユリがあの道路で跳ねられた理由だ。国道であるあの大きな道路になぜ飛び出したのか。
信号はユリの轢かれた所から少し横にある。それを無視してまで渡る理由……。
だめだ、どうにも思い付かない。安全より俺へのいたずらに夢中だった可能性もなくはないのだろうけど、ユリはそんなにバカじゃないはず……。
そうこう考えているうちにユリの家の近くへ来た。
もう少し先に行けば着く。
ガタッ
「!?」
突然路地の奥からなにかの音がなった。家と家に挟まれたそこのフェンスは少し揺れ動き続けている。
……なんだ、猫か。
「ビックリした……」
微妙に気になる心臓のドキドキを誤魔化すために口に出し、止まった足を一歩踏み出した。
バキィッ!
「うぅわ!!!」
思わず飛び退いた!
なんだ!?
「……石?」
どうやら石を踏み砕……あ、頭が……。
俺はくらくらする頭を抑えながらその場に座りこみ、意識を失った。
―――― chance of starting ――――
城井瑞樹ヲ確認----転送シマス
聞こえないはずの耳がなんとなくそれを聞き取った気がした。