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 か、母さん……!? なに言ってるんだッ!?

 俺は目を見開いているのを自覚した。落ち着け……俺はスミレだ。母さん相手だから昔の感覚が出てきているが、抑えるんだ。

 大きく息を吸って……ゆっくりと吐こう。よし。


「どういうことですか?」

「んー。なんだかわからないけど、スミレさんからは他人の雰囲気を感じないと言うか……。ミズキと並んでるのを見て、二人とも同じように見えたと言うか……」


 つまりは勘だ。女の勘。いやむしろ母の勘だろうか。当たっているのは確かだからどう返そうか……。


「すいません変なこと言っちゃって。ホント何言ってんだか」

「い、いや!」


 俺の困った顔を見て迷惑だと感じたのか。母さんは薄い笑みに表情を変え、呟いた。慌てて止める。

 別に母さんにならバレてもいい……かな?


「当たってます母さん。俺はミズキです。城井瑞樹」

「城井……」


 母さんは名字を名乗っていなかった。城井と言う単語は一切話に上がらなかったのに俺がその名を出す。

 つまり、瑞樹である証明のひとつになる。


「簡単に説明しますけど、俺は未来の人間です。高校を卒業する時にこの子が死んでしまうので、それを助けるためにここにいるんです」

「未来からかぁ。すごいね」

「う、うん」


 スミレとしてではなく、ミズキとして。息子として母と話すのは何故だか緊張した。


「じゃあ、この子も将来過去へ?」

「いえ、俺がさせません。必ず俺で、最後にさせますから」

「そうなんだ」


 母さんは嬉しそうに微笑み……違う。これは母の笑みだ。蛍さんも見せた、あの笑顔。


「信じるの……? 母さん」

「うん、信じるよ。だって実際に目の前に大きくなった息子がいるんだもん。信じる以外ないよ」

「……そっか」


 変わらず俺を見る母さんに胸の奥が熱くなる。って言うかなんだ。最後に母さんと話したのは何年前なんだ。


「何年くらい前なの?」

「えっと……寝てた期間を省いて、13年……?」

「じゅ……」


 思わず言葉をつまらせる期間だと気付いたのは、母さんの反応を見てからだった。長い。本当に長い時間だ。


「で、でも13年ならえっと、三十歳くらいじゃ」

「一度子供の体まで戻ってるから」


 そう思うと、俺の人生どうなってんだ! と突っ込みたくなる。一回子供になってる、ってどう言うことだオイ。

 母さんもさすがに目を白黒させている。しばらくそのままで、後にこう言った。


「寂しくなかった?」

「…………」


 無言。


「その、ユリちゃんを助けるためにすっごく。本当にすごく頑張ってきたと思うけど、ミズキはそれで寂しくなかった?」


 今まで色んな人にミズキと呼ばれてきたが、母さんだけは違った。父さんに言われても同じような感想を抱くはずだ。

 つまるところ、ミズキとして本当に俺のことを知っている人から呼ばれると、受け取り方が変わるのだろう。なんというか、俺が城井瑞樹であったことを思い出した。


「俺は……いや。俺には、支えてくれる人がたくさんいた。困ったときに力になってくれた、父親や母親と言ってもいいくらい世話してくれた人がいたんだ」


 それは子供の体を案じてくれたスミレであり、ユイ園長であり。いつかもわからない未来から来てくれた城井瑞樹であり、自らの存在すら捨てて託してくれた遠藤夫妻であり。いつも傍で見てくれるユイであり、見知らぬ俺にも平等に接して、教えてくれた操園長であり、編集の彼でもある。

 なによりこの世に生命を受け、俺に覚悟を与えてくれたユリだ。

 そんな、多くの人に支えられ、託され、見守られて寂しいわけがない。


「でもそれはシャガとして、あるいはスミレとしてだった。ミズキとしてどうだったかって言われると……」

「ふむふむ」


 俺は言いながら目を泳がせてしまう。

 どうだったんだろうな、ミズキとして。初めて遡行石を踏んでからシャガになったりスミレになったりした。

 けど、俺自身はずっとミズキだったと思う。あくまで、俺の中で、俺だけの中で。

 人から見られるのはミズキだったのか。いや、違う。ミズキではなく、遡行者ミズキだ。それはやっぱりシャガとかスミレのことなんだ。

 じゃあ俺はミズキとして動いていなかったことになるのか。ミズキとしてどうだったかな。両親のことを思い出して寂しくなったりしたのだろうか。

 いや……。


「考えないようにしてた、だね」


 ふわりと俺の頭が抱えられる。しゃがんでいた俺の頭を抱えられるのはこの中には一人しかいない。


「実際は考える暇もなかったのかもしれないけど。でも、ミズキは今私たちのこと思い出してどう思うのかな?」

「母さん……父さんと。二人を…………」


 ……両親のこと。しばらく考えていなかった二人のことを改めて。

 過去に戻って、あの時代の俺がいて。もう助けは求められないと諦めてスミレに頼った。

 その時の心情は、今でもはっきり思い出せる。


「寂しかった。悲しかった。スターティングの主人公がひたすら羨ましかった。あいつには助けてくれる両親がいるのに俺にはいなかったから。一番俺を理解してくれると思ってる二人が身近にいないから、とても……とても! 辛かった!!」

「……」

「だから考えないようにしたんだ。考えないようにしてたんだ。ユリを助ける覚悟が揺らいでしまうから……!」


 さわさわと。優しく母さんが俺の頭をなでる。


「だから……隠してたけど、今日母さんに会ったときはものすごく嬉しかった。若いな、って思ったから別人のように感じたけど、やっぱり母さんは母さんだった」


 包容力のある、立派な母だった。まだ母になって四年なんて信じられない。


「ミズキ。寂しかった?」

「……うん」

「よしよし」


 またしばらく俺は母さんに頭を撫でられていた。同時に俺は学習した。これが包容力だ。

 スミレの持っていた強さは、これなんだ。と。





「ありがとう母さん」

「お母さんとして当然! でもミズキはそんなにおっきくなっても子供のままなのかー」

「なッ!!」


 顔が一気に熱くなる。夕日が照らしているから赤くなってるのは見えないはず!


「きょ、今日はミズキを出したからこうだっただけだから! いつもはもっと落ち着いた大人だよ!」

「ふふ、わかってるよ。あの二人を見てたらそうなんだろうなって思うもん」


 母さんはそう言う。が、いたずらな笑みを浮かべたその表情は本気か冗談かわからない。こういうところは全然変わってないな!!


「未来の様子も気になるけど、それもまたの機会に教えてもらおうかな。ほ、ほらパパとずっと仲良しかどうか、とか!」

「プッ……ハッハッハ! 大丈夫だよ。未来でもずっとラブラブだった」

「そ、そっか」


 安心して胸を撫で下ろしてる母さんに俺は目を細めた。未来ほど落ち着いた様子は無いだけにいたずらを仕掛けたくなったりするけど、それもまた別の機会に、だ。


「とりあえず、この俺の存在は今の俺には秘密にしておいてくれ。って言うか秘密にしないと未来が変わるかもだし」

「パパにも秘密?」

「それは多分大丈夫。今思えば二人のラブラブの自信は俺がここで未来のことを話したからだって思ったし」


 俺たちがラブラブなのは未来で約束されてるのさー!! って高らかに叫んでいた父さんを思い出した。絶対俺のせいだわ。


「……やっぱ止めたほうがいいかな」

「ん? どしたの?」

「なんでもない!」


とにかくここで母さんと話せてよかった。またの機会、なんて言ってるけど、多分ほとんど会えないだろう。記憶力には自信があるが、家に電話を掛けることもしないと思う。


「じゃあ、さようなら」

「うん。バイバイミズキ 」


事情のわからない子供たち三人をユリが掘った穴から掘り起こす。

俺は二人を、母さんはミズキを連れてそれぞれの帰路についた。







「今日母さんに会った」

「へぇ……」


 ユイと星空を眺める。日課になりつつある習慣だ。


「息子であることを隠して接したはずなのに、結局バレた。母親ってそういうのわかるんだなって思った」

「そりゃ自分がお腹を痛めて産んだ子だもん。わかるに決まってるよ」


 セリフだけなら変わっていないように見えるユイだが、口調は力強くなっていた。

 確実に園長に近くなってきている。


「スミレが何故あんなに強かったかわかった気がする。……勉強になった」

「うん。よかったね」


 ユイは笑う。今までより自信を持った笑みで。俺も笑って返した。

 朝になればまたスミレを再開だ。


「すみえさん……」


 と、そのとき。後ろからか細く誰かが呼んだ。


「うん?  ダイか」


 暗闇の向こう。ダイが枕を持ってこちらを見ていた。

 ……さっそくスミレを再開か。


「一緒に寝てほしいみたいだよ。行ってあげて」

「そうだな」


 俺とユイのやり取りを聞いたダイは嬉しそうに涙を拭いた。

 ユイは部屋へ戻り、俺はダイの寝る部屋へ付いていく。


「泣いてたのか?」

「こわいゆめ……見ちゃって……」

「そうかそうか」


 また涙を溜め始めたダイが可愛らしくて頭を撫でる。嬉しそうに涙を拭いた。

 部屋につくと彼は布団の上に寝転んだ。


「ほら、寝ろ寝ろ。寝るまでここにいてやるから」

「え……」


 上布団を被りかけたダイが起き上がる。

 いや、寝ようぜ。


「寝てもここにいて……?」

「うっ」


 幼児特有のおねだりビーム。……ダメだダメだ。これで言うことを聞いてしまえば付け上がってしまうってユイが言ってたろ。

 だから……。


「わかったわかった。一緒に寝てやるよ」

「やった……」


 とりあえず言っておいて後で戻ればいいだろう。





 朝、俺は息苦しさと共に目を覚ました。

 部屋は変わっていない。寝てしまったようだ。


「う……苦し……」


 なんとか首を動かして胸の辺りに目をやる。


「おま……。なんでこんなとこで寝てんだよ……!」


 寝たときの状態から、脇の辺りにダイが丸まっていた。それはいい。

 問題は肋周辺にある。


「起きろユリ! お前どっから来た!」

「わぁスミレだぁ。おはよぉぉ……」

「おはよう。……じゃない! 降りろォォ!」


 スミレもこんな苦労したのだろうか……。どう考えてもあれになれる気がしない。

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