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スミレへ
この手紙を読んでいると言うことは、私はもうこの世にいないでしょう。
……なんて、書いてみたかっただけです。許せ、最後の茶目っ気だ。
きっと最後になれば話すことなど出来ないと思うので、ここに伝えておきたいことを書いておきます。
まずはユイとスミレ、二人とも本当にすまない。
紀野園を支援してくれる人なんてほぼ皆無に等しい。援助金もなく、完全にボランティアだ。
これから苦労は絶えないと思うが、どうか紀野園を頼む。
私が紀野園長として孤児を引き受けようと思ったのは、本当に気まぐれでした。
40代で仕事をする必要のないくらいの金が手に入り、余りある資金を費やして作ったのが紀野園です。ユイの両親にも手伝ってもらい、もう20年以上になっていたと思う。
金の余裕と、善人気取りが大半でした。
しかし、時が経つにつれ様々な困難が立ち塞がった。なんとかこなしてきたが、たった一つだけ私たちでは解決できない問題がありました。
それは成長した孤児の行き先でした。
その問題にぶつかったのは紀野園を始めて5年経った年です。
子供たちを小学校に通わせるためにどうするか。その時に力を貸してくれたのが大阪の北川さんでした。
入学する学校探しから環境作り。里親に引き取られなかった子供たちの就職先など、様々なことを助けてくれました。
それらの支援のおかげで紀野園は色々な企業や学校との繋がりを得、今日までやってこれたのです。
彼とはもう数年連絡を取っていません。
しかし、本当に困ったことがあれば。彼は助けてくれるでしょう。
私は何も残せずじまいで本当に申し訳ありません。彼にもまた迷惑を掛けることも謝罪しておかなければなりません。さそですが本当によろしくお願いします。
紀野園…ユイとスミレにお力添えを願います。
スミレ。
彼の連絡先や、その他重要なものは金庫に入れています。
番号は右に回して7へ。
そこから左に回し2の所へ。
そしてまた右で3へ。
左回しで1に。
最後に右回しで0に戻れば鍵は開きます。
知っている人はいないでしょう。私に関係する五文字なので当てようと思えば当てられますが…。まあさておき。
必要なものがあればそこに仕舞い、使用してください。
最後に、私が常々考えていたことがあります。
シャガと言う少年についてです。
彼は一番始めにタイムスリップした少年で、最も運命の確定していない人物だ。城井瑞樹と名乗る爺さんの話を信じれば、だが。スミレ自身が知っているように、シャガは事故に遭い、目覚め、そしてまたタイムスリップする。
しかしその事実は確実ではないらしい。
もしかすると事故に遭ったまま死んだかもしれない。もしかするとタイムスリップの日に目覚めないかもしれない。そもそも事故に遭わないかもしれない。
彼自身の未来に影響を及ぼす事柄が、全て不確定事項だと言う。
そして私が伝えたいのはただひとつ。
俺はお前がユリを助けることが出来ると信じている。今から十何年後に彼女を助けたとき、そのとなりにいるのはミズキなのだろう。そのとき、シャガはどうなる? 事故に遭ったとして、何年も眠っていたとして、目が覚めたときにユリのとなりに自分が居れない時、なにをしてやれる? 俺はずっと考えていた。だがわからなかった。
命を投げ出してまで彼女を助けようとしたシャガが、目が覚めたとき違う誰かに救われていて、しかもとなりにいるのはまた別の誰か。受け入れられるのか。反抗するのか。全く想像できなかった。
だからシャガ自身であったお前に任せたい。いつか来るかもしれない悲しみの結末を、知らずに背負っているシャガのことを。いつも気にかけてやってほしい。俺にはそんな時間がないから、それを頼みたい。
本当に頼む。
ユイとスミレ。
紀野園は捨てられた子供たちにとって楽園であってほしい。同時に教育の場であってほしい。一人一人にしっかりと向かい合って、一人一人の個性を見て育ててやってほしい。
紀野操
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俺はスミレになろう。そう決めたあの日から結構な時間が過ぎた。
常にスミレのように。俺の知る彼の目、口調、考えていること。すべて意識して完全になりきる。
……なんて、実際そんなに気張らなくてもできた。やはり同一人物なだけある。こんな時にスミレならー、とか考えるまでもなく実行できた。このまま行けば特に無理することもなくスミレになれるだろう。……あの強さを感じさせる雰囲気はまだまだだけど。
「スミレ! ユリ見てて!」
「? わかった」
ユイは少しずつ未来の園長に近づいている。俺のことを呼び捨てにすることから始め、口調もできるだけ元気な男の子みたいな感じで。だがまあ、やっぱ背中をバンバン叩いてくるような豪快さはまだまだだ。
二人きりのときはしばらく練習しようということにしている。子供たちの前でいきなりー、は恥ずかしいから二人きりのときに園長とスミレになりきる。
名前で呼ばれるのは嬉しいし、照れるユイを見てると頬が緩んでしまう辺り、スミレらしくない。
「しゅみれ、しゅみれ!」
さて、ユリの方だが。彼女ももう二歳を過ぎてしばらく経つ。歩き始めて色んなものを興味深そうに触ってるし、言葉も話せるようになってきた。
俺のことをスミレと呼ぼうとしているのはきっとユイの影響だろう。変にスミレさんとか呼ばれるよりマシか。もし呼ばれたら相当なショックを受ける自信がある。
「ユリ。しゅ、じゃなくて、す」
「しゅ」
「違う違う。す」
「しゅー」
舌足らずなのも超可愛らしい。
ちなみにこのまま続けてるとムキになったユリが俺の口を自らの口で塞ぎに来たりする。どこで覚えたのか……もうちょっと成長したらやめさせようと思う。
「てんてーどこ?」
「先生な。今は皆と外で遊んでるんじゃないかなぁ」
「てんてー?」
「せんせい」
「てんちぇー?」
「ん~~。あとちょっとだな」
あまりに可愛いので頭を撫でる。撫でると嬉しそうに笑うのは、五歳の頃と変わらない。っていうかこの先ずっとそうだ。しばらく撫でておこう。
「すみぇ、さん……」
そしてユリの後ろで小さく声を上げるのがダイ。やはり体は弱く、二歳を過ぎた今日まで病院に世話になった回数はユリより何倍も多い。
ユイは結構気にかけ続けてるけど、俺は案外大丈夫なんじゃないかと思ってる。そりゃ異変があったときは病院に連れて行って、時には入院もしたりするけど、俺は小学校にあがって少しなら走り回れるようになったダイちゃんを知っている。
肩の力を少しくらい抜いてもいいと思うぞ、ユイ。
「どうした?」
「……」
「んー?」
なんだろう。ユリの頭を見てるってことは……。
「そうかそうか。ほら、よしよし」
「……ふふ」
そういえば隠れていたけどダイちゃんも頭を撫でられるのはきらいじゃなかった気がする。むしろ今のこのリアクション的に撫でられるの好きなんだろう。
これからも度々撫でてやろう。
「あとダイ、さん付けじゃなくてもいいからな?」
「すみぇ……さん」
「ありゃ。ま、いっか。とりあえず俺は、スミレ、な」
「すみぇさん」
「ダイはベロが苦手だな」
また頭を撫でておく。嬉しそうに目を細めるダイは、結構レアなのかもしれない。今のうちにじっくり見ておくことにする。
「さって。俺たちも外に行くか!」
「わーい!!」
バンザイしてユリは走っていった。ぼて、とコケても全く痛がらずに起き上がってまた走り出す。
……元気すぎるだろ。俺これからのあいつのテンションについていける気がしない。やっぱ二人で暮らすのはやめておくか?いやいや、あの家はユリの家なんだし、暮らさせてやんないと。
とにかく、あんまり歩けないダイは抱きかかえてやんないと。
実はこの時、俺は少しずつ合気道を習ったりしていた。ユイに相談して、いつか園に顔を出せる日が少なくなるんなら今から少しずつ慣れたい。だからたまに抜けてもいい、とのことで。
何人か合気道を習いたがった子供も連れて、免許を取ったついでに園長から譲り受けた車で週何日か通っていた。
全ては誘拐犯に向けて、だ。時間がある今のうちにやっておかないときっと勝てない。
そんなこんなで2000年のある日、俺はユリとダイを連れて公園に来ていた。
遠藤家の近所のデパートのもう少し向こう。城井家の前にある公園だ。
「すみれ! 見て! おだんご!」
「おお、よく出来てるなー」
でもこんな砂じゃ駄目だなー。まずは砂を避けてサラサラの砂だけにするんだ。で、それに少しずつ水を足して……なんて流石に何度も同じ過ちは繰り返さない。
そろそろユイに怒られるからな。
「すみれもつくろ!!」
「ハハ、俺はいいよ」
帰り運転出来ないくらい手を汚しちまうからな。代わりにユリの頭を撫でたとき、そいつは現れた。
「おだんごはこうだよ!!」
男の子の声。ダイは俺の横で砂をいじっている。俺に話しかけたわけではない。むしろユリに話しかけた幼児。
ユリから視線を変えると、中々上手くできた泥団子。そして見たことのある男児の、満面の笑み。
こいつは……。
「もー、ミズキ。いきなり走らないでよー」
昔の俺……!! まさか出会えるなんて!
確かにここに来たのからにはミズキに会うだろうと思っていた。しかし外に出ない日もあるだろう。出ていたとしても声をかけてくるなんて思っていなかった。会える確率は低いはずだった。
「すいません突然。うちの子泥団子作ってる子がいたらすぐそっちに行っちゃって」
そうか! 泥団子か! ミズキの興味を引くには最も効果のあるアイテム!!
どんだけ好きなんだよ!!! その気持ちは俺が一番知ってるけど!
心のなかで思う存分突っ込んだ俺は、そこでやっと先程から声をかけてくる女性の方へ顔をあげた。
(若いな……)
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、迷惑なんて。この子達も二人じゃつまらないでしょうし」
「そうですか?」
若いな母さん。えーと、今四才くらいだから……三十歳もまだ先か。
むしろ俺と歳が近いのかもしれない。
「ほらユリ、ダイ。新しいお友だちと遊んでおいで」
「おなまえは?」
「ミズキ! 4しゃい!」
元気よく指を四本たてる過去の俺。微妙にまだ話せないのな。………なんか知らんけど俺の方が恥ずかしくなってきた。
互いに自己紹介を終えたようで、三人は砂場の真ん中へと向かい、そこで固まる。
「お子さん、元気ですね」
「元気ですよー。元気すぎてちょっと疲れちゃうくらい」
母さんは笑って言った。
疲れる、なんて言うが笑顔を見る限り幸せそうだ。感謝してます。
「子育てで分からないことも度々あるけど、やっぱりあの子が可愛いから頑張ろう! って」
「そうですねぇ」
俺の知る未来の母さんとやはり同一人物だな、と思う。ジェスチャーがなんにも変わってねえ。
天然でどこか抜けてて、でも俺とユリにはとても優しく接してくれる。未来のユリにとっても、彼女の母の一人だったはずだ。
「それに、えっと、えーっと……。お名前は?」
「色樹菫です」
「スミレさん……。いいお名前ですねー!」
話が逸れてます母さん。なんにも変わってねぇって言うより、若い分ひどいところがひどい。母さんも大人になってたことを知った瞬間だ。
「スミレさんもとても若いのに二人もお子さんを……と思うと、私も頑張れます!」
「そうですか」
笑って答えると母さんも笑って返してくれた。ずっと笑顔を浮かべ続けられるのはすごいと思う。天然だろうけど。
「これ! こう」
ふと見ると、俺がユリとダイに団子の作り方を教えてた。
「んー??」
「こうやって! こう!」
説明雑いなー!無造作にいい感じの砂を掴んで適当に水かけて、そのくせユリよりキレイなの作ってやがる。こうなってくるとモヤモヤして仕方がない。
「ミズキくん、お団子はこうやって作るんだ」
母さんの横から離れ、俺はミズキの横に座る。作り始めると、ミズキは不思議な顔をして始めは見ていたが、どんどん目が輝いていく。
俺の泥団子作りでこんなに目を輝かせるのは後にも先にも俺自身だけなのか……。なんかそう思うと悲しくなるな。
「完成っと」
「おおおおおおー!!!!」
完成したものを見せると、ミズキは嬉しそうに声をあげ、手を叩いた。
なにが楽しいのか覗きに来たユリとダイは、不思議な顔をしたままだ。……やっぱりミズキだけか。
「欲しい?」
「ほしい!!」
「じゃああげよう」
「やったぁぁああああ!!!」
喜びすぎだろ。あげてよかったと思ったけど、引くぐらい喜んでる。
ミズキはそれを大事において、また自分で作り始めた。
「ふぅ」
「スミレさんお上手なんですねー」
手を洗い終えると、母さんが俺に言う。
「ええ。俺も昔この公園で誰かに教えてもらって。泥団子作りが大好きだったのでずっと練習し……」
そこで気づく。
俺か!! と。
「どうしました?」
「い、いえ! なんでもないです!」
慌てて手を振る俺に、母さんは首をかしげる。
ヤバい、超ビックリした。そうか……昔俺に教えてくれたのはスミレだったのか。
「おじさん! おしえてー!!」
「お、おじ……」
ミズキが俺を呼んだ。ショックを受けながらも砂場へ行き、ミズキの団子作りを見ていた。
ミズキを注意しに来た母さんも交えて、五人で結局砂場で時間を潰す。とっくに飽きてひたすら地面を掘るユリと、掘り出した砂で山を作るダイがいたり、やることは皆別だったけど。どこか暖かい雰囲気がその場にあった。
そして、時間もいい頃になったとき。スミレとミズキの顔を見ていた母さんがとんでもないことを言った。
「スミレさん……あなた、ミズキ?」
「!?!?」




