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 園長の宣言通り俺たちは次の日から色々なことを叩き込まれた。

 叩き込まれて詰め込まれて、大事な仕事を任せられて失敗したら指を詰められるかと思った。


「園長! これわからん!」

「自分で考えろ!!」


 基本だけ教えてあとは教えてくれなかった。

 今までの書類は丁寧にまとめられてたからそれを参考にしながら…なんて、そん なことばかりで一日を終えていく。

 しかしまあ、意外と俺はこういう事務っつーか。書類を眺めるのが得意なのがわかった。

 その点はユイに負けていなかった。

 が、情熱は明らかに敗北している。

 やる気満々な彼女に引っ張られ続けてここまで来た感じがする。……ホントに。


 ほぼ完全と言われるまで十ヶ月かかった。

 それで園長はもう大丈夫だろう、任せられると寂しげに呟いた。

 俺はその姿に声をかけられなかった。

 ……彼にしかわからないこともある。

 ただ、しかしだ。

 十ヶ月だ。

 十ヶ月だぞ。


 ユリは声を発しはじめて目も開き始めたし。

 あやすと可愛らしく笑って見せたりおもちゃに興味をもったりと感情の成長を感じさせてくれて。足も発達してきたのか度々ピンと伸ばす時期もあった。

 生活リズムも大体なってきて遂には離乳食を始めて、高い高いをしたら喜んだ。

 寝返りなんてとうの昔に出来るようになって今ははいはいをしてて、椅子とか持って立ち上がろうとしてるぞ!!


 ユリの成長をじっくり観察できなかっただろ!! なんだよ!


「……どんだけユリ好きなんじゃ」

「世界一だよ!」


 くっそー。園長め、ユリを抱きやがって…。

 俺もその手で顔とかペタペタ触られて、やめろよー、とか言ってみたいのにー!


「ペタペタ」

「なにやってんだユイ」

「……スミレくんのほっぺ触ってます」

「……?」

「ばか」


 拗ねたように目を逸らすユイ。

 ……なんか怒ってる?


「……わざとか」

「やっちまった!!」


 気付いたのはユイがユリをつれて部屋を出ていってからだった。

 慌てて追いかけようとしたとき、門の横にあるインターホンが音を鳴らした。


「んむ。誰じゃろう」

「俺行ってくる」


 とりあえずユリとユイは置いといて。業務があればそっち優先だ。

 窓から外に出るっていう行儀の悪いことをしながら俺は門へ走る。

 園長が後でゆっくり来るだろうけど、客人ならあまり待たせたくない。


「……一人か」


 門の隙間から見えた人影は一つ。

 女性だと思う。


「はい! 紀野園の職員の者です!」


 人と話すときは元気よくハキハキと、笑顔を浮かべること。

 園長の教えだ。

 門から出て俺は声をかける。


「あ……えっと、その……」

「はい?」


 女性は口をモゴモゴさせて何かを言おうとしていた。

 長く黒い髪が顔を隠してしまっているために、表情が読み取れない。

 ……が。


「この子を……引き取って欲しくて……」


 胸に抱く赤子が全てを物語っていた。


「……そうですか」


 俺は自分の笑顔が消えるのを感じた。

 こういうことはよくあるらしい。

 まだ手渡ししてくる親の方がマシだと園長は言っていた。

 門のところへ置き捨てていったり、なんてざらじゃないと。

 だから毎日朝と夜、門を見回るユイがいる。


「少しお待ちください」


 俺はそう告げ、中に入る。

 話は聞いていたが、俺が直接受けとるのは初めてだ。

 正直今どうしていいかわからない。

 じーさんは淡々と受けとればいいと言ったが。

 言ったが、この心の中に溜まり始めた怒りと悲しみはどうすればいいんだ。


「園長、子供を……ってさ」

「む、すぐに行く」


 こちらに向かい始めていた園長と合流した。

 また門へと向きを変えてそちらに戻る。


「どうも、わしがここの園長じゃ。何のようでしたかな?」


 園長はいつもより優しげな笑みを浮かべ、言う。


「この子を引き取って……」

「ほう。この子を捨てに来たのですな」

「!!」


 女性が目を見開いた。

 園長の言葉が刺さったのだろう。

 が、一瞬宿った怒りは姿を消して元に戻った。


「わしらはこれが仕事ですから、しかと受けとりましょう。この子の誕生日を教えてもらえるかね?名前が決まっていたらそれも頼む」


 淡々と。あくまで淡々とじーさんは言う。

 赤子を受け取りながら。

 女性は質問されるとわかっていたのか、紙を取り出し俺に渡す。


「1997年4月1日……!!?」

「どうしたスミレ」


 見覚えのある日付。

 最近見た訳じゃないけど、数年前にはいつも祝っていた日付。

 これは……。


大鬼ダイキくん…」


 ギリ、と顎の辺りで音が鳴る。

 園長がこちらを見ているのに気付き、目を逸らす。


「じゃあ、私はこれで……」


 女性はくるりと向きを変え車へ帰ろうとした。

 俺は我慢ならず叫びそうになったとき、園長が俺を制止。

 彼が後ろ姿に話し始めた。


「お前さんにどんな事情があってこうなったかわしにはわからん。余裕がないのか、望んでいなかったか、無理やりされたのかもわからん。……まあその様子じゃ三つ目はないだろうがの。どうじゃ?」


 ああ、多分ないだろう。

 止まっている車に乗っているガラの悪い男を見る限り一つ目か二つ目だ。


「そう、ね。私はそんな子……望んでなかった」


 彼女は少し間を開けて言う。

 ちらと振り返った目は、寒気がするほど冷たかった。


「九ヶ月も世話したんだからもう十分でしょ。さよなら」

「言っておくが」


 園長はさらに続ける。

 彼女の足は歩き出し、止まる気配はない。


「そんなお前さんには子供を孕む資格はない! しっかりと避けるんじゃな!!!」


 じーさんが本気で怒鳴った。

 腕の中の赤子が、か細く泣く。


「…………」


 聞こえたのか聞こえなかったのか、車は走っていった。


「戻るぞ、スミレ」


 園長はゆっくり振り返り、門を入った。

 俺も黙ってついて行く。

 九ヶ月の赤子は本当に小さくて、しっかり育てたとは言い難かった。


「皆……あんななのか」

「まあな。あれか、本当に苦しそうな人ばかりじゃ。なんにせよいい気分にはならない」

「だよな……」


 そのまま二階へ行き、ユリの横へ寝かせる。

 ミルクも持ってきて飲ませてやった。


「スミレ、この子の書類は任せる」

「ああ。……そうだ園長」

「なんじゃ」


 一つだけ、聞きたいことがあった。

 この赤子を見たときに思ったことだ。


「この子の名前、鬼取っていいか」

「……む」


 どんな神経して付けたのかわからない。

 鬼なんて、絶対にいいはずがないじゃないか。


「普通は親がつけた名前じゃ、そのまま残してやる。……が、あまりに酷ければわしらで付けることもある」

「なら、この子は大だ。大鬼ダイキじゃなくて、大。ダイだ」


 ゆっくりと抱える。

 やはり軽い。

 ユイにすぐに言っておかないと。


「じゃあ任せたぞ」

「ああ、わかった。ありがとう」

「うむ」


 捨て子を受けとるのは一生慣れないだろう。

 そう思った日だった。


「ダイ、元気に成長しろよ」


 ふにふにと頬をつついて、ついでにユリのもつついておいた。






「シャガってのもどうかと思う」


 俺は書類を見て呟いた。


「なにがじゃ」

「名前としてだよ」


 シャガの戸籍はまだ出来てない。

 五歳になってからでも作る裏技があって、それを園長に教えてもらったからだ。


「鬼は、まあ縁起もあんまり良くないから取ったけどさ」

「うむ」

「シャガって普通にキラキラネームだろ」

「キラキラ……?」


 園長は知らないらしい。

 この時代にはまだない言葉なのか、普通に知らないだけか。

 どっちでもいいけど。


「しかし、シャガか。いいなそれ」

「え! じーさん正気かよ!!」


 彼は気に入ったらしく、手を顎に当てて頷いた。

 あ、やべ。わかった。

 タイムスリップしてきた俺の名前つけたのこのじーさんだ。


「決めたぞ! シャガだ! 蒼多射我じゃ!」

「漢字まで!? つーか名字は紀野でいいだろ! 他の子供と同じようにさ!」

「ダメじゃ!」

「なんで!?」


 俺の叫びに返事をせず、じーさんは書類を取り出してバババ! と何かを書き上げた。

 そしてそれを俺に見せ、したり顔を向ける。


「もう出来ちゃったもんね!」

「作っちゃったよ!!」


園長のみが押すことを許される判子がついた。

このままだと確定してしまう!


「破られたら困るし金庫にしまおーと」

「あ!おい!」

「ヒョヒョヒョヒョヒョ!」

「てめぇジジィ待ちやがれ!!」


 事務室の扉がバタンと閉じ、危うく指を挟むところだった。

 あのクソジジィ……!

 すぐさま扉を開けるが、いない。

 なんでそんなに早いんだよ!


「ああもう!」


 金庫は図書室の奥にある。

 二段飛ばしで階段を駆け上り、引き戸の扉を思いきりあけた。


「!!!」


 本を読んでいた子供たちがビクッ! と体を跳ねさせる。

 俺を視認した彼らは怯えに表情を変える。

 ……そんなこと今はどうだっていい。

 俺の目的は奥にある金庫。

 そしてそこにいるジジィ。


「いた!」

「バレた!」


 金庫を急いで閉めてダイヤルをガラリと回された。

 俺はあれの番号を知らない。

 園長を捕まえて吐かせねーと……!!


「逃げろー!」

「待てってのォォォオオオオ!!」


 本棚をぐるりと回り逃げようとする。

 俺はたった一つしかない出入り口に立ち、逃亡を阻止した。


「チッ!」

「諦めて捕まるこったな!」


 言って、俺は一歩踏み出す。

 ジジィは警戒して俺から距離を取った。

 壁に背中が当たったようなので俺は一気に駆け出した!


「でぇりゃああああ!!」

「ウヒョ!」


 間一髪でジジィが俺の手を避ける。

 本棚の本が崩れ落ちた。

 が、そんなことより。


(ヤバい!)


 避けた彼は今の隙に扉から出ていくかもしれない!

 俺はまた本気で走って扉の前に立ち塞がった。


「クッ……」

「へ、へへ。諦めろじーさん」

「かくなる上は………」


 そう言うとじーさんはスーツのポケットの中に手を入れて、何かを取り出して部屋中に撒いた。

 子供たちが不思議そうにそれを見ているのを俺が見る。

 ……あれは?


「子供たちよ! 今からわしがやったことはこのスミレがやったことにするのじゃ! いいな!」

「「「わかった!!」」」

「買収!? どうやって!!」

「あれはなぁ……飴なんじゃぁぁああ!!」


 じーさんは叫びながら本棚を揺らした。

 がらがらと本が崩れ落ちる。

 椅子をそこらに投げ、部屋を荒らし始めた。


「お、おい!?」

「ハハハ!! これをユイが見たらどうなるかわかるか!!」

「なに……!?」


 そうこう言ってる間に全ての本が落ちた。

 部屋中は嵐でも吹いたのかと思うくらい荒れている。


(…………)


 嫌な予感がする。

 ここはクソジジィをとりあえず逃がしてさっさと片付けるか…。

 いや、先に俺が出てユイに告発してしまうか。

 …………後者だな。


「なら善は急げだ!」

「な! 貴様!」


 じーさんが驚いた声を上げながらこちらを見た。

 してやったり。

 俺は急ぎ足で扉を開け、駆け出した。

 ……駆け出そうとした。


「うわ!」


 どん、と誰かにぶつかった。


 そこが俺の運のつきだった。


 俺にはアニメやマンガのような特殊能力はなくて。


 ただの未来人で。


 図書室の惨状を見たユイを。


 止められるわけがなくて……。



「おじぃちゃぁぁぁあああん!!?!?」

「ち、違うぞユイ! わしがやったのではない! 今逃げ出そうとしたスミレじゃ!」

「はぁ!?!?」


 俺は必死に首を振る。

 俺じゃない。俺じゃないです。俺じゃないですよ!!


「いいやスミレじゃ! 子供たちも見ていたよな!!」

「み、みてたー! 職人があばれたー!」

「そうだそうだー!」

「テメェらァァァアアア!!」


 飴をモグモグさせた子供たちが一斉に言った。

 またユイの視線が俺に刺さる。

 だ、ダメだ。子供たちのせいで完全に犯人扱いだ。


「スミレ……くん?」


 その目に宿るのは完全な怒り。

 しかしおだやかなオーラをまとう不思議な気迫。

 笑顔なのにやっぱり目が怒ってる。


「違う! 違うんです!」

「……言い訳するんだ」

「違うんだって!! ジジ…園長が!」


 その瞬間、俺の知るユイは【園長】に変わった。

 シャガの時よく目にした、自信満々で気迫溢れて、それでいて優しげな人。

 今はその優しさが欠落しているけれど……。


「言い訳無用! 片付けなさい!!」

「うわぁぁぁああああ!!!」


 全ての片付けが終わるまで半日かかった。

 ジジィぜってー許さねえ。

 ちなみに、子供たちの間で新しいあだ名が広がった。

 鬼のような形相で園長と鬼ごっこした鬼。

 鬼職人。

 大鬼から鬼を取った俺が鬼をつけられるなんてな……。

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