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「ユリ、この二人がお前のお父さんとお母さんなんだぞ」


 いつかに撮った二人の写真をユリに見せてみる。


「……まあ見れないよな」


 静かな寝息を立てる赤子にため息をつき、笑ってしまう。

 この写真もユリに見られないようにしなきゃな、なんて思うことに寂しくなる。


「二人は本当にお前のことを思ってくれてたんだ。二人の意思をちゃんと受け取って良い子になるんだぞー」


 頬をぷにぷにとつつて笑った。

 あー可愛い。


「ん、む……おぎゃああああ!!」

「う、うわ!」


 昼時になって目を覚ましたユリが大声で泣き始めた。

 驚いて飛び退き、情けない声をあげてしまう。

 ……落ち着け落ち着け。


「わあああああ!!!」

「ユ、ユイィイイ!! 助けてぇええ!!!」


 だめだああああああ!!!

 無理無理無理!

 なにしたらいいの俺!


「ど、どうしたのスミレくん! ……って」

「ユリが泣いてるんだよぉぉ……」

「……スミレくんが泣いてちゃダメじゃない」


 母性溢れる表情で俺の頭を撫でたあとユリを抱きかかえるマイハニー。

 よしよし、なんて言いながらしばらくあやしたが泣き止まず、俺にミルクを用意するように指示を出した。


「ミルク……どこだ」


 一応調理室にあるのは知ってる。

 けど、詳しい場所が……。


「ここだよ、スミレさん」

「ん? あった!」


 料理の部屋には子供が複数人いた。

 作れる子が昼に作ってるからだ。

 その内小学一年生程の少女が俺に教えてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして。って言うか作れるの? それ」

「……缶見ながら作れるんじゃね?」

「はぁぁ……」


 やれやれと言わんばかりに手を額に当て頭を振る少女。

 なんだこら。ミルクはともかく他の料理はお前らより上手いからな。


「とりあえず見てて。ユリに早く持っていってあげなきゃなんだから」

「あ、ああ」


 そう言って哺乳瓶と粉ミルクと、諸々用意してさっさと作っていく。

 ……実に手際がいい。慣れてるのが目に見えてわかった。


「あとは冷ますだけ……。スミレさん怖いだけでなんにもできないのね」

「え、怖い?」


 少女が突然毒づいた。

 超ショック。


「お姉ちゃんと話して悪い人じゃないのはわかったけど……。ほら、目付きとか結構キツいし」

「……そうか?」

「うん。園長が言ってたけど大人の目線とは違うから子供には見え方が変わるんだって」

「へぇ……」


 試しに顎を上げて鏡を見てみた。


(うわ、スミレだ)


 間違ってないようだ。


「見た目の割に不器用だったりするのは胸キュンポイントだけど……こんなものかな?」


 胸キュンポイントって半分死語じゃねーか。

 何歳だよこいつ。


「はい、できた。ユリのところに持っていってあげて」

「ああ、ありがとうな」


 そして哺乳瓶を受け取ろうと手を伸ばす。

 が、


「……ん?」

「なに?」

「いや。手、放せよ」

「やだよ」

「……」


 少し力をいれて引っ張っても動かない。

 あれ、なんでこいつ放さないの?

 無理やり引こうかと思ったとき少女は口を開いた。


「頭撫でてくれたら良いよ」

「??? ……いいけどさ」


 言われるがまま撫でたら嬉しそうに笑った。

 そして手を離す。

 ……なんなんだ??


「はい、じゃあまたねスミレさん」

「あ、ああ」


 とりあえず俺はユリのところに向かった。

 泣き声はほとんど聞こえなくなっている。

 さすがユイ。


「持ってきた」

「ありがとー。ほらユリお飲みー」


 泣き止んだがお腹がすいていたらしく、ものすごい勢いでユリはミルクを飲み干した。

 腹減ってても泣く、と……覚えておこう。


「オムツも変えたからもう大丈夫だと思うよ」

「何から何まで悪いな」

「当然のことをしたまでですよー。でもスミレくんも出来るようになってね」

「……はい」


 オムツもある、と。


「あとおじいちゃんが話があるらしいから後で行ってあげてね」

「はい」


 なんだかお小言を言われてるような気分だ。

 相手がユイだから全然嫌じゃないけれど。


「おねーちゃんユリ見せて!」


 後ろから子供が何人か入ってきた。

 俺がいることにビビったようだったので俺は部屋を出る。

 ……はあ。


「しかしまあ……」


 さっきの少女のように世話をすることになれた子供もいれば、赤子のユリを珍しそうに見に行くやつもいるのかぁ。

 世話ができるやつの方が圧倒的に少ない気もするのは、里親がその子らを引き取っていくからだな。

 幸せに暮らせればいいよなー。


(トラブルが起きてもストーリーに関係ないから話さないけど)


 うん。


「スミレさん、暇なら手伝って」

「ん? ああお前か」

「早く早く」


 調理室の中からさっきの少女が俺に声をかけた。

 見ればあんまり昼飯が出来上がっていない。


「……つーか白飯しか炊き上がってねーじゃねーか」

「カレーがしゅるしゅるになったー!」


 調理メンバーの中で最年少と思われる少年が叫んだ。

 五歳くらい。

 ……そう思うとユリは結構早くに料理できるようになるんだな。

 俺教えれるかなー。


「しゅるしゅるでもある程度なら美味しいぞ?」


 そいつの頭を撫でながら言うと、眉をひそめて俺に言った。


「どろどろの方が美味しいし」

「ああ、そうだな……」

「しゅるしゅるなんて食べ物じゃないし……飲み物だし……」

「いやそれは知らねえけど……」


 とにかくこいつはどろどろにしたいらしい。

 さっきの少女曰くなにかを間違えてこうなったけど、どうすればいいかわからない、と。


「単純に考えて水の入れすぎだろう。ルーを新しく入れればなんとかなると思うぞ」

「わかった!」


 少年が返事をし、その通りにした。

 しばらくすればいい感じになるだろう。


「ありがと!」

「おう。俺は園長の所行くからまたな」

「バイバイ」


 幼い少年とさっきからいる少女は俺が怖くないらしい。

 他の子供たちはなんとなく怯えているようだ。

 こっそり。


「やっぱり職人だ……」


 とか言ってたけどスルーしてやろう。





「園長、話って?」

「スミレか。そこに座ってくれ」


 事務室の奥、園長の机の前に俺は椅子を用意して座る。

 園長はいくつか書類を持って俺の前に座った。


「色々考えてみたんじゃが……。やはり未来の状況を聞いた方が早いかと思ってな」

「未来の状況……?」


 俺が知る未来の情報なんて大したものはないけれど……なんだろうか。

 真面目な顔をした彼に、俺も表情を引き締めた。


「うむ。……門の所にあれはあるか?」

「あれ?」

「そう、あれじゃ」

「何が?」

「ふむ……」


 園長はなにかを指差すこともせず言った。

 何の話か全くつかめない。

 門の所に……。なんにもないけどなぁ、未来でも。


「いや、それならいいのじゃ。本題はそれではないしな」

「う、うん」

「……して、未来にわしは存在するか聞きたいのじゃ」

「ああ」


 未来に園長がいるか。

 答えはノーだ。

 少なくとも2002年の段階で、園長と言えばユイのことだから。


「そうか」

「なんかわかるの?」

「なにがじゃ」

「ユイが園長になる理由……つーか園長自身がいない理由が」


 例えば、蛍さんや鷹さんのようにいなくなる意志が初めからあったみたいに。

 そういうことがあるなら早く知っておきたい。


「わしは……そろそろ死ぬ」

「は……?」


 突然の宣告。

 理解ができなかった。


「な、なに言ってんだ園長」

「事故か病気か……。いや、病気じゃろう。最近心臓辺りがおかしいからな」

「え、園長……?」


 戸惑う。

 戸惑いしかない。

 だって。

 だって死ぬなんてわからない、だろ?


「この歳になるとそうでもないわけじゃ。……子供たちに囲まれて、笑って過ごしている中で終わりが近いことを感じるんじゃよ」

「園長……」


 この歳に……。

 俺にはきっと、わからない感覚なんだと思う。

 園長の。じーさんの遠い目には色々なものが含まれていた。


「だから、次の園長を決めたい。経営やらなんやらを教えねばならない」


 じーさんは遠くを見つめていた目に力を宿す。

 自分の、そう遠くない未来に覚悟を決めて、その上で紀野園の未来を任せるつもりなんだ。

 それを、理解した。


「お前かユイか……どうするかわしは迷っている」


 じーさんは困ったように腕を組んだ。

 だが……。


「ユイだ」


 俺は即答した。


「……やはりそうか」

「ああ、未来でもそうだから」

「お前の意思は? 未来がそうだから決めた訳じゃないだろうな」

「もちろんあるさ。未来にただ従って出したわけじゃないよ」


 俺よりユイだ。

 絶対。

 じーさんの意思を継ぐ自信は俺もある。

 けどやっぱり、両親の意思を継いで紀野園で働き始めたユイは。俺よりじーさんの意思を継げる。


「……はは。少しくすぐったいのぅ」

「俺達はそのつもりだよ。……でもじーさん、本当にヤバイのか?」

「まあの。明日にでも倒れるかもしれん」


 明日すぐはないと思うけど。


「……俺が未来で聞いておけばもっと周到に用意できたよな」


 そう思わざるを得ない。

 ユイの両親だって、俺が知ってれば少し変わったかもしれなかった。


「バーカ、つまらんことを考えるな。わしらは皆今を生きておる。未来なんぞ誰にもわからんから面白いんじゃろ」

「でもやっぱり」

「お前は偶然知ることができた。ただそれだけじゃ。わしらのことを知らなかったがそれがなんじゃ? 今知り合ってこうして話して、そして未来に進む。この瞬間だけはお前も未来人じゃないじゃろ?」


 ……そうだけどさ。

 普通皆知ることは出来ない。

 けれど、俺は知るチャンスがあったのに……と思うとやっぱり何かつっかえてしまう。


「まあそれはこれから向き合って行け。今は今のことを考えるんじゃな」

「……うん」

「次期園長はユイにする。明日から色々詰め込んでいくからお前も頑張れよ!」

「わかった」


 じーさん、本当に。

 本当にそのつもりなんだな。

 ……わかった。従うよ。


「で、盛大にパーティーをして無事就任させるぞ!」

「ああ!」


 ところで。


「じーさんが門にあるか? って聞いたやつはなに?」

「わしの像」

「……ないなー」


 石碑くらいならあったかもだけど。

 どうせシャガは見つけてないさ。


「作れよ」

「え、お、おう!」

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