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 1993年12月23日。この日が何の日なのか皆は知っているだろうか。

 知らない人の方が多いか? そりゃそうだろう。クリスマスイブイブなんて誰も気にしていない。しかしこれから俺の虜となる人々よ、後々のために知っておいた方がいい。

 この日は後の大作、スターティングが書き上がった日なのだから!!


「どうしたんですか? スミレさんすごく嬉しそう」

「わかります? いやーずっとやってた仕事が一段落ついたんですよー!」


 園内ではにやつきを抑えていたつもりだったが、バレるほども抑えられていなかったのか。仕事場に私情を持ち込むのはプロではない。

 抑えねば。


「そうなんですか。よかったですね!」

「……えへへ」


 しかし同僚との会話をしない協調性のないやつは社会では生きてはいけない。

 つまりあれだ。

 俺のしていることは私情を持ち込むような愚かなことではない、ってことだ!


「ホントに嬉しそう」

「!」


 笑って言うユイさんに心臓が跳ねる。ユリに似ているから……ってのはあるけれどそれだけじゃない。


 この日から、俺はユイさんに惹かれていることを自覚した。


「どうしました?」

「いえ……ユイさんは美人だなって」

「な、なな、なにをっ!?」

「あ、口が滑った」


 あたふたして手を振るユイさん。それを見つめる俺は、ニヤついていた。

 ヤバイヤバイ。


「すいません、仕事続けないとですね」

「ひゃ、ひゃい!」


 ニヤついたまま言うとユイさんはビーン!と体を硬直させた。

 やけにどもるな。


「大丈夫ですか?」

「うん……スミレさんがそんなに優しく笑うから……」

「へ?」


 優しく笑ったかな?


「もう知らない! 一人で片付けててください!」

「え!?」


 怒った彼女は部屋を出ていってしまった。やっちまったなー。


「でも……」


 こんなテンプレな展開は大好きだ。




 スターティングの方は新人賞に応募することにした。未来での謳い文句が新人賞からの進出、だったしな。

 出版社さえ間違えなければ後は大丈夫だろう。賞金が多額の方を選ぶ。

 遠藤夫婦にいくらか返さないとならないから。


「……よし」


 宛先を書いた封筒を眺める。締め切りは一月の初め頃で、五月に発表だ。

 その頃まで紀野園でずっと働ける。休みなんてあそこにはないから、俺が欠けるだけで大変だから。


「スミレくーん! 電話だよー!」


 と、階下から蛍さんの声。

 俺は返事を返し、急いで階段を降りて電話を代わった。


「もしもし?」

「スミレさん、ですか?」

「……ユイさん?」


 ユイさんだった。

 なんだろう、このタイミングでの電話は。……全く想像がつかない。


「明後日、園でクリスマスパーティーをするんです。それで明日買い物にいくのですが……」

「ああ、手伝えばいいんですね? 荷物持ちくらいからやりますよ!」


 なるほどクリスマスパーティーか。楽しそうだけど用意が大変だもんな。

 ……っていうか、ユイさんと電話って初めてなんじゃないか? そう思うと緊張してくるな。


「い、いえ荷物持ちなんて! た、ただ飾り付けとかプレゼントのセンスがないので…」

「俺に選ばせるとものすごいのが出来ますよ? 時間もかかりすぎてしまいますし」


 と、言うか。

 ユイさんは何か隠している。俺のセンスよりユイさんのが何倍もいいから、今口に並べているのも全て言い訳なのだろう。

 本題に入る前のきっかけとか?


「どうしたんですか? ユイさん。まだ本題じゃないんでしょ?」

「……なんでもわかるんですね、スミレさん」


 なんでもじゃないけど。

 わかったことしかわかりません。知ってることしか知らないみたいな。


「その……。明日、年長の子達が他の子を見てくれるみたいで。それで結構時間がいっぱいもらえるようなんです」

「ほう」


 十二才の子とかか。


「買い物が早く終わっても帰ってこなくていい、って言われちゃったんです。……だからその、えっと」

「……ほう」


 なるほど。ユイさんは同い年の、職場仲間の俺を自由時間に誘いたいわけか。

 つまり……。


「二人で出掛けませんか!?」

「うぉっ」


 突然大きな声出してきた! 緊張してるのがひしひしと伝わってきていたが、言わせてみたかった! 意地悪してごめんなさいユイさん!!


「いいですね。デートしましょう」

「で! でで、デート!? デー……と」

「あれ? 違いました? ……すいません」

「いえいえいえ! デートです! デートしましょう!」


 俺の言葉に振り回されるユイさん。とても可愛いです。

 蛍さんのニヤケ顔が少し邪魔だけど。


「では明日の予定から教えてください」

「えと、十時に碧天駅に着くように来てくだされば後は私が先導しますので」

「わかりました。十時ですね」


 互いに確認して受話器を置いた。

 まだ寝るには早い時間だけど、おやすみと言い合うのは中々嬉しいものだった。





 さて、俺はそんなに服を持っていない。興味がないわけじゃない。お金がないんだ。

 鷹さん達に買ってもらうわけにもいかないし、園での仕事のは他の事に回してる。だから、ない。

 つまり……。


(ユイさんとのデートが……)


 散々な結果になってしまう! どうする俺! そもそも買い物が目的だったわけだし、園のジャージでもいいんじゃないか?

 いやいやいや。俺がデートって断言したんじゃないか。それなりの格好しないと……。


「おはよう、スミレさん」

「はぁ、はぁ……おはようございます!」


 十時まであと二分になる時に間に合った。

 結局鷹さんのコートとか借りてなんとか繕ってきたけど……。


「待たせちゃいました……?」

「いえいえ、私も今来たところですから大丈夫ですよ」


 天使のような笑顔を俺に向けて言ってくれた。水色を基調としたコートは彼女の茶色い髪によく似合っていて……。

 あ、ポニーテールだ。

 あ! ポニーテールだ!!

 わーい!! ポニーテールだ!!

 俺のよく知るユイさんだ!! この時代ではまだ仕事中にポニーテールじゃないからさー!


「……? なにか髪についてますか?」

「あ、ポニーテールが似合ってるなって思って…」

「!!?」


 赤くなるユイさん。やべ、口が滑った……なんてわざとだ。

 最近のユイさんはだいぶ俺に心を許してくれているらしく、こんな普通は引かれるようなことを言っても素直に照れてくれる。


「ス、スミレさんも黒のコートがよく似合ってますよ!」

「あ、あありがとうございますっ!」


 超うれしい!!


「じゃ! 行きましょう!!」

「はい! ……ああ! そっちじゃないですよ!」


 回れ右して向きを変える。素直にユイさんに付いていこう。


 さて、まずはお菓子屋だ。ケーキは予約していて、当日取りに行くから関係ない。


「プレゼントとはまた別なんですか?」

「はい、パーティーで皆が食べる用です。いつもはお菓子なんて食べる機会少ないので明日いっぱい食べさせてあげたいんです」

「そうなんですかー」


 そっか。基本的に少ないんだな。

 だからダイちゃんみたいに駄菓子屋を知らない子がたまに出てくる、と。


「ドーナツとクッキーとスナック菓子を一通りで……クッキーとせんべえってなんか似てません?」

「なんの話ですか。似てないですよ」


 二人きりとはやはり良い。

 ユイさんのよくわからないところを知れたりする。わからなさすぎて理解できる気がしない。


「でも形や色が、ほら、ね? どっちも焼いてますし」

「どちらかと言うとクッキーとビスケットだと俺は思いますよ?」

「あー! そうですね! クッキーとビスケットです。……でもせんべえもその中に入ると思うんですよ」

「いや、ないでしょう」


 っていうか醤油じゃん。見た感じも語感も、せんべえとクッキービスケットでは明らかに違うと思うんだけどなぁ。

 と言うと。


「全部丸い形で、色は茶色じゃないですか!」

「おにぎりせんべえ」

「あ」


 可愛らしいです。 


 次はプレゼント選びだ。服やアクセサリーにおもちゃと、種類は様々だ。

 プレゼントを回して遊ぶあれ、何て言うんだっけ。それでランダムで配るんだってさ。


「プレゼント交換会ですか……?」

「安直ですね。もっとオシャレな名前だと俺は思ってました。ローリングプレゼントとか」

「……よくわからないです」


 ユイさんに言われた!?


「全体的に男の子の方が多いから、少し男の子の物を多めにした方が良いかなぁ」

「女の子の服を手に入れた男なんて一躍ヒーローですよ。面白くて良いんじゃないですか?」

「い、いじめられちゃいますよぅ!」


 とまあそんな感じで。

 買った物はとりあえず店で預かってくれるらしいからお菓子と一緒に預けて、俺達は二時過ぎから自由時間を得た。


「六時までには帰れるようにしましょうか」

「そう……ですね。それが丁度良いと思います」


 俺はともかく、ユイさんは高校を卒業したばかりなんだ。たまに忘れそうになるけど、未成年には間違いない。冬場は三時でもこの辺りは暗くなってしまう。早めに帰してあげた方がいいよな。

 俺の提案に少し寂しそうな顔をしたような気がしたが、深く聞かないことにした。


「……スミレさんは」


 特に目的地を決めず、賑わう大通りを歩いていると、ユイさんは静かに口を開いた。


「スミレさんは、もう子供じゃないんですよね」

「???」


 突然の質問。んー体は19歳だから……どっちなんだろう。

 大人ではないけど、子供じゃないよなぁ。


「二度のタイムスリップで精神年齢は私よりもずっと上なんでしょ?」

「……あー、言われてみればそうですね」


 そっちか。

 十八でタイムスリップして、四年程子供で過ごして、今はもうすぐ1年経つから……。


「二三から二五歳、ですかね」

「そう……ですか」

「どうしました?」


 中身の年齢を聞いてユイさんは表情を暗くした。

 何故だ。俺は気にもしていなかったことで何故そんな顔になる……?


「もう完全に大人なんだな、って。スミレさんからしたら私なんて子供だし」

「?」

「寂しいな……って思ってしまったんです。せっかく同じ年の男の子と友達になれたと思ってたのに」

「それは……」


 それは、違う。彼女は大きな勘違いをしている。

 あまりに展開が早いから付いていけなかったが、否定してやらねばならない。重大な、間違いを。


「ユイさん」

「さん付けなんてやめてください。……スミレさんの方が年上なんですからっ」

「ユイさん」

「私は18の子供で、スミレさんはもう20代なんですよ!」

「ユイさん!」

「やめてください!!」

「!?」


 初めて聞いた彼女の叫び。目に涙を溜め、口をきゅっと結んだ表情。


「ッ!」


 ギリッ、と顎から音が鳴る。これには歯を食い縛らざるを得ない。

 俺が彼女を同年代の女性と見て行く内に、彼女は俺を年上だと思い始めていたのだ。

 優しく自分に接する年上の男に気を遣わせている。ユイさんにはもしかしたら重しになっていたんじゃないか。

 そう思うと居ても立ってもいられなくなった。


「来いッ!」


 乱暴に彼女の手を掴み、走る。

 碧天駅の近く。俺は一ヶ所、話すのに適した場所を知っていた。

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