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「へえー! 出来るんだ遊園地!」
渡り廊下を歩きながら、彼女は嬉しそうに目を輝かせて言った。
「懐かしいなぁ。私も遊園地なら一回だけ行ったことがあるんだー。ほら、あの有名なテーマパーク」
ああ、と俺にもすぐに理解できた。この周辺……というか彼女の家の周りではあの遊園地しかない。
「お父さんやお母さんじゃないよ? スミレと」
過去を懐かしむように遠くを見つめる彼女。思わず見とれてしまい、俺は慌てて目を逸らした。
「スミレと……誰か居たんだけどなー」
よく彼女との話にあがるスミレとは彼女の両親代わりの女性だ。 両親のいない彼女を一人で育ててくれたらしい。
「いつもその誰かいるな」
「うん、スミレの友達だったかなぁ……」
その誰かについて彼女は全く思い出せない。いたことしか覚えてないと言う。
「まあいいんじゃないか? それよりそこに今度いこうぜ!」
「そこって……新しい遊園地?」
俺は頷いて返す。
「そっか! 行こう行こう! でもうーん……いつ行く?」
明日は卒業式。そのあと行くことも考えたが、彼女は部活の後輩に呼ばれて追い出し会に出席するだろう。それならもう少しあとの……。
「5日後にしようぜ」
「ミズキはバイト休みなの?」
「ああ、だからどうだ?」
彼女の顔に季節外れのヒマワリが咲く。嬉しそうに笑う彼女はまるで太陽のように眩しかった。
今日が3月の……だから。
「よっしゃ! じゃあ3月8日で!」
彼女はユリ。俺の恋人の紀野百合だ。
高校の入学式に男女別に並んだときに隣で、ユリが校長の話の途中で倒れ俺が介抱した事がきっかけで仲良くなった。
そこからは普通にクラスで話をし、普通に仲良くなり、ありきたりな恋をした。一年から卒業の三年まで高校の青春は全てユリが埋めている。
彼女は部活、俺はバイト。互いに合間を縫って何度も何度も二人だけの時を過ごした。
俺にとってユリはいて当たり前の存在になっている。
ユリ。彼女には少しばかり厄介な事情がある。
先ほど名前の上がったスミレ。両親の代わりに彼女を育てた人。
つまり彼女は生まれた時から両親の顔を知らない。目も開く前に孤児院に預けられたとスミレから聞いたらしい。そのスミレも彼女が十才になる前に姿を眩ませた。
残ったのは多額の金と面倒を見てくれる近所の人達。
友達は多くなかったけど周りの助けもあり、ユリはずっと苦しすぎることのない生活を送ってこられたと言う。まあ、スミレがいなくなるまで色々事件もあったみたいだけど……。
それは追々話して行こう。
「ユリ、先に行っててくれ」
「んー?」
下足室に差し掛かったときに俺はユリに言った。
「トイレ」
「あ、いってらっしゃい!」
少し気まずそうに微笑みながら見送られる。俺は先に帰り始めるように伝えてからトイレへ向かった。
「……ふぅ」
そして早々に用を足した俺は手を洗い、ハンカチも使わず手を振り回して下足室へ行く。ユリは先に行ってるから追いかけないとな。
そう思い、ロッカーの前まで来たときに声をかけられた。
「ミーズキ!」
「ユリ!」
ぴょんと靴箱の陰から姿を現す。ユリは帰ってなかったらしい!
俺は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しくなった!!
「にっしっしっし!」
悪戯な笑い声をあげた後ユリはくるっと振り返って駆け出した。
「え、おい!」
下足室独特の匂いと共に取り残される。
とても楽しそうに駆けていく彼女に俺は少しのため息をついた。やれやれ、結局追いかけるか……。
靴を履き替えようと屈んだとき、俺のポケットからドサッと本が一冊落ちた。
「おっと」
履き替えるより前に拾い上げ、空いている手で持ちながら靴を履き替える。
(お気に入りなんだよな)
本の表紙を見ながらにやけるのを自分でも感じた。中学に上がる前に、昔大ヒットした映画を見て原作を読みたくなって買った。もう6年はこれを読んでいるから内容は丸暗記してる。
全三巻、もう何百周したかわからない。
ユリの次にこれが大好きだ。
「と、物思いにふけってる場合じゃなかった」
靴は履き替える。俺はすぐにユリを追いかけた。