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「まず今日は1993年の3月3日だ。ちょうど一年前、私たちの家に一人の男が訪ねてきた。見るに耐えないほど老け、シワを刻んだ男だ。

「彼は城井瑞樹と名乗り、私たちに話を聞いて欲しい旨を伝えてきた。

「丁度不幸なことがあった私たちはその男の話を聞く気はなかった。が、彼はその場で私たちに起きた不幸の内容を話し出したのだ。そして一応警戒しつつも彼の話を聞くことにした。

「彼は未来人だと名乗り、その証拠をいくつか聞かせてくれた。だが、その段階では信じられことではなかったわけだ。まあ一年前から今日までに起きることばかり教えてくれたからな。

「その一環として我々にすべきことを彼は伝えた。1997年に生まれる娘の運命の話だ。……ん? まあ落ち着け、話がそれるのは困るだろ。

「娘は十八の時に死んでしまうそうじゃないか。なんてことを言うのだと憤慨したが、彼の真剣具合は異常なほどだった。そして、その子は私たちでは助けられないらしい。

「むしろ、私たちは姿を消すことが確定事項だと。それはなぜか私たちにはわからないが、そうなのだという。

「そして彼は最後に君のことを言い残した。病院服まですべて言い当てていたのは、彼自身が君に出会ったからだろうな。

「色々聞いたさ。君が娘とどのように出会い、どのように過ごし、どのように恋に落ちたか。君の娘への愛の深さも聞いた。……だから君がミズキくんなのを私たちは知っているのだ。

「城井氏は全てを告げるとどこへでもなく姿を消した。役目を終えたと、ただ寂しそうに呟いただけで後は知らない。

「さて、そこから私たちは彼の未来予知が当たることで全てを信じた。そして娘を助けるための仕事を開始したのだ」




 鷹さんはそう言ってとりあえず話すのを止めた。頭の中で色々な情報をまとめる。

 まず、一年前に老人の俺がこの家に来てること。蛍さんと鷹さんはユリの両親であること。二人は城井瑞樹から伝えられた仕事を今も行っている……?


「それで大体間違いないよ」


 蛍さんはにこりと笑って俺に言う。……言われてみればユリとも似ているか。


「二人がしていることってなんですか……?」

「タイムマシンの製作だ」

「!?」


 思わず目を見開く。

 ……じゃあもしかして俺が踏んで来たあの石は。


「きっと未来の俺たちが作ったんだろうな」

「……すげぇ」


 感嘆の声を漏らすと鷹さんは得意気に笑った。

 では老人の俺はタイムマシンの設計図でも持っているのだろうか。それがなければ普通は作れないはずだが……。


「そうだ。城井氏はタイムマシンを自力で開発し、俺たちに教えに来た。何でも残骸を拾って研究したらしいが……」


 つまり俺があそこで石を踏むのは確定事項なのか……。踏めた俺と踏めない俺が二人いて、片方がシャガで片方が瑞樹になると。

 それでもタイムマシンを作った瑞樹はすごいと思う。諦めなかったんだもんな。……俺はそこまで出来るだろうか。


「出来るよ。だから君はここにいるんだから」


 蛍さんは笑みを浮かべ言った。

 タイムマシンを作った俺も、今ここにユリを助けに来た俺も皆俺なんだ。……出来るんだよな。


「ただ城井氏はタイムマシンの完成に八十年ほどの月日を費やしたらしい。だから一回限りの切符になってしまったと。それを我々は、あと四年で作らねばならない」

「大変……ですね」

「ああ」


 八十年……九八歳まで頑張ったのか俺。そうだよな。ユリを助けるためだもんな。その意思はしっかりと継ぐよ。


「とりあえずここに暮らして、君は体を元に戻すんだ。そんなに弱った体ではなにもできないからな」

「はい、わかりました」


 二人の言葉に甘え、俺はこの未来の紀野家へ住み始めた。




 よく食べ、よく眠る。そうやっていると体に脂肪がつき、毎日のリハビリも効いて俺は人並みの体力を取り戻した。

 そうなるまで約半年。俺は働けもしない体で二人に養ってもらった。

 二人は度々夜に抜けてどこかへ行った。スミレのような雰囲気を感じたけれど、スミレより何倍も必死だ。

 何をしているのか気になったけれど聞かなかった。きっと二人はいつか話してくれると、半年でそれだけ信頼できるようになったから。

 さて、体も元気になったし。


「そろそろ俺も働きます」

「!! ……べ、別に気にしなくていいのに」


 蛍さんは申し訳なさそうに言う。申し訳ないのは俺なんですよ。二人に甘え続けるのはどうかと思いますし……。


「じゃあどこかでバイトするか?」

「はい!」


 鷹さんの提案に乗り、俺は一週間。一時も欠かさずバイトを探した。……が、一切見つけられなかった。

 運がなかったからだろうか。気力はほとんどなくなり始めていた。


「でも自分の好きなことを仕事に出来る人もいるよ? ミュージシャンとか」

「……あ、蛍さんそれナイス!!」


 意気消沈しているところに蛍さんの言葉が掛かり、俺は気を取り直した。とりあえず思い付いたそれを遂行するために、俺は各所の本屋へ足を運ぶ。

 そしてさらに一週間後の八月確信した。


(……あの本はまだない)


 俺が今でも一字一句忘れずに覚えている小説。1995年に出版され、映画化もした超有名な本だ。

 それを本物の作者より早く書けば売れるのは間違いない。……我ながら天才だ!


「すいませんお二人とも。俺に原稿用紙を買っていただけませんか? 何倍にもして必ず返すので……」

「ああ、いいぞ」


 二つ返事で鷹さんから許可を得た。早速二百枚程買って、俺はシャガの時にしていたようにトレーニングしながら、 他の時間は小説を書いた。

 そうして一ヶ月が経ったある日、俺は彼女と出会う。




 ピンポーンと軽快な音を鳴らして来客を告げるチャイム。家にいたのは俺と蛍さんだけで、玄関へは俺が行った。


「はい?」

「えと……紀野です……」


 紀野!?

 俺はその名前に驚き、急いで扉を開ける。ポニーテールではないが綺麗な茶色の髪の少女。

 俺の知る紀野園長がそこにはいた。


「園長!!」

「え……え、え?」

「なに? ミズキくん、知り合い……ああ、ユイちゃん。こんにちは」

「こ、こんにちは……」


 随分とシャイな少女だ。えーと、確かあの時で二七だから……今は十八歳の少女か。つーことは俺と同い年だ。

 昔はこんな女の子だったんだなぁ、園長。スミレはどこにいるんだ?


「スミレ……さん?」


(知らないのか?)


 まだ彼女はスミレと知り合っていないらしい。とりあえず中に招き入れると、後ろに小さいじいさんがいた。


「えーと、誰?」

「なっ! ユイは知っていてわしは知らんのか! わしはお前のために一年も無理な仕事を押し付けられていたというのに貴様は恩を知ら」

「あ、お父さんいたんだ。中に入って入って」


 蛍さんが中へそのじいさんを入れた。

 ……お父さん? つまりユリのお祖父さん? 無理な仕事ってなんだ?


「ミズキくんに紹介するね、私の父の紀野」

「園長と呼べ!」

「はい、園長さん」


 きっと紀野園の園長なのだろう。つまり俺の知る園長はまだ園長になっていないと……。


「こっちがその孫で私の姪の紀野唯ちゃん」

「城井瑞樹です」

「よ、よろしくおねがいします……」


 目を伏せて自信無さそうに話す少女。名前は知らなかったけど園長で間違いない……やはりこんな人だったのかと目を丸くしてしまう。

 園長だとわかりにくいからユイさんと呼ぶことにする。


「で、お父さん?」

「持ってきたぞ!」


 そう言ってじーさんの園長は紙を取り出す。誰かの名前が書かれた紙。


「戸籍表?」

「無ければ生活もしにくいじゃろ!」

「え、あ、ありがとうございます」


 一応、礼を言う。

 蛍さん曰くこれも城井瑞樹が言ったことらしかった。あった方がいい、と。


「全く……どれだけ大変だったかわかるか? 存在しない人間の戸籍なぞどうやって証明し」

「はい! ありがとうございます!」


 愚痴が始まるのは一瞬で理解できた。慌てて止めたが不満はなさそうだし良いみたい。


「ユイちゃんはどうしたの?」

「は、はい、あの……その」

「そこのミズキを見に来たのじゃ! これからちょくちょく紀野園を手伝ってもらうからな!」

「な~るほど。同い年の男の子って聞いて気になってたんだ」

「ふ、ふぁぁ?!」


 顔を赤くして手を顔の前で振るユイさん。新鮮すぎて少し奇妙な感じだが、可愛らしかった。……っていうか手伝い?


「うむ。今日から手伝ってもらう」

「……だ、誰が決めたのでしょうか」


 チラと目をやると蛍さんが笑顔で手を振っていた。

 バイトが見つからなかったからそこで仕事をさせてくれる、とのことだそうだ。ありがたい。けど、少しは話してくれよ!


「早速行くぞ。ついてこい!」

「は、はい!」


 急いで荷物をまとめ……まあ、あんまりないけれど。

 財布だけもって園長の車に乗った。


「紀野園で何をするんですか?」

「決めていない! ユイに聞け!」

「あ、はい。……何をするんですか?」

「こ、子供たちの相手……とか。力仕事とか……」


 困ったように目を伏せて、照れを隠すように指を高速でもじもじもじもじ……。なんだこの子可愛いぞ。

 いや、俺にはユリがいるんだ。他の子にそんなこと思うのは良くない。……けど、ユイさんってユリの従姉ってことなんだよな。血も繋がってるし、悪いことじゃない……よな?

 いやいや、そんなの関係ねーよ。ユリはユリでユイさんはユイさんなんだ。

 と、そんな無駄なことを考えていて気付いた。

 ユリにとってユイさんは従姉なのか……。


「どう……するの?」


 な、なんと……上目遣いだ。なるほどユリに似ている……。


(しかし、なんでユイさんはユリの従姉だと言わなかったんだ……?)


 疑問は沸いて出る。

 なにかこの、紀野家と遠藤家には大きな問題が起こるのだろうか。


「とりあえず力仕事で。好きに俺を使ってください」

「ひゃ、ひゃい!」


 頭を下げてみるとまた面白い反応を示してくれる。顔が赤くなりっぱなしだ。いじってみたくなるけど、我慢だ我慢。


「さて、では降りろ。ユイはあっち、ミズキはそれについて行け」

「はい!」


 園長の言葉に従って車を降り、ユイさんについていく。

 ちなみにこれは一瞬期待したことだが、子供たちの前では俺の知るユイさんのようになるとか。きゅ、と眉を引き締め強い眼差しで歩く女性。

 ……なんてならなかった。子供たちの前でも同じように恥ずかしそうだった。子供にもすっげー生意気な口聞かれてる。こりゃダメだ。


「もっと自信を持って子供に接しないとダメですよ、ユイさん」

「ゆ、ユイ……さん!?」


 驚いたように声をあげ、俺の方へ振り向いた。

 やべ、ダメだったか。


「馴れ馴れしかったですね、すいません。これからは紀野さんと呼べばいいですか?」

「だ、大丈夫……ですよ?さっきので。……ところで自信って?」


 悪印象を抱かれた訳ではないらしい。むしろ好印象な気がする。気のせいじゃない、気のせいじゃないぞ。


「俺の尊敬する人はこう、目をビシッ! として口もきゅ、と締めて。それでハキハキ話す人でしたね」

「ビシッ! きゅ、ハキハキ……」


 ユイさんは擬音だけ復唱した。裏の倉庫につけられた鏡とにらめっこを始めるのも時間の問題だったりして。

 すると、ユイさんから指示が飛んできた。


「ミズキ、さん! そこに積んでる荷物を事務室まで持ってきてください! ……ですか?」

「はい!」


 おー、いきなりいい感じ。

 段ボール四つを抱えて準備していると、彼女は鏡の前で眉を引き上げたり、口元を引き締めたりしていた。時間の問題、っていうかすぐじゃねえか。なんて可愛らしい。


「じゃあ持っていきますね」

「は、はい!」


 鏡からパッと体を離した彼女は俺を事務室へ案内する。知ってますよ、と声をかけるとオロオロと戸惑っていた。


「次はなんですか?」

「え、と……。」


 ユイさんは顎に手を当てて目をつむる。しばらくしたら寝てしまうんじゃないかと、変な期待をしたがそうはならなかった。すぐに目を開き次の指示を出してくれる。


「お布団、を入れるの手伝ってください」

「了解です!」


 なんだろう。妙に張り切ってしまう。布団をすぐに取り入れ、次の仕事もすぐ片付けた。

 二時間ほどで彼女のしなければならないことはなくなって、あとは子供たちの面倒を見るだけになる。

 ユイさんは俺を子供たちに紹介してくれた。


「きょ、うから皆と過ごしてくれるミズキさん……です。な、仲良くしましょぉ……」

「へーい」


 子供たちのやる気のない声。全然懐いてないじゃん。

 いや、一部の子は羨望の眼差しを向けているけれど……。


「紹介のあった通りだ。よろしく頼む」


 ここは高校生らしく大人っぽく行こう。クールに。少し目を細めて睨むように子供を見る。


「は、はい……」


 予想以上に縮み上がられた。なんか逆にショックだ……。


「で、でで、では! 私はミズキ、さんに案内します、のでっ」

「…………」


 何であなたも、いや子供以上にビビるんですか……。カチコチになった彼女に肩を落としてついていく俺。


「こ、こちらが事務室です!」

「いや、さっき来たじゃないですか…」

「あ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「そんなに謝らないでください……」


 本気で怯えてる。この誤解を解くのはどれだけ時間が掛かるのだろうか。

 あーあ……。


「では次のところへ……」

「はい」






 さて、そうしてとりあえずユイさんと園長とのファーストコンタクトを終えた。園長に車で送ってもらい、家に帰る。

 園長はなんかうるさいじいさんだけど、子供たちにとても好かれている。なんというか、ガキ大将的にまとめあげて、そして彼らを育てていくような人だ。

 ユイさんはまだそんな感じはないな。話によると彼女も最近手伝い始めたそうだ。……両親が3ヶ月前に死んでしまったことがきっかけだと言う。

 俺がシャガの時にもっと聞いていればこれも防げたかもしれないのに……なんてことも思ったが、健気に頑張る彼女を見てそんなことを考えるのをやめた。

 かも、とか、れば、なんてどうせどうにもならない話なんだ。過去に戻れた俺が無闇に触っていいこともないのだろうしな。

 その過去があるから、多分ユイさんは未来に強く生きられるのだから。


「ついたぞ!」

「ありがとうございました!」


 礼をして園長の車から降りる。車が見えなくなるまで見送って、俺は家に入った。

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