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 目を、開く。

 真っ白な、不気味なほど真っ白な世界がまず見えた。


「……どこだ」


 呟いて驚く。俺の声じゃないみたいに低かった。

 いや、違う。声変わりしたあとの俺の声だ。少し声が枯れているが、久しぶりに聞いたな。

 五歳から九歳で……五年ぶりくらい? 声変わりしたのが小六だから、二年は経ったか……。


「ミズキ、起きたか」

「!!」


 ミズキ。俺の名前。それもまた五年ほど前に呼ばれていた。

 しかし俺はシャガだ。この名前で呼ばれることはあり得ない。過去に戻っても姿は別人になっていないから、ミズキを知っている誰かか、あるいは……。


「……誰だ」

「フッ」


 鼻で笑われた。

 俺の、ミズキの知り合いでこんなことするやついない。しかしシャガなら一人いる……。


「スミレ……?」

「体調はどうだ」


 スミレに言われて顔や体を動かしてみる。

 まずわかったのはここが病室であること。人工呼吸器がついていた。そして、俺の体は筋力をほぼなくしていることだ。

 二年は寝ていたのだ。仕方ない。……命が助かったことを喜ぼう。


「が、無傷じゃない。脳が少しやられたらしく、左半身に障害が残るかもしれない」


 そうか……障害……。まあいい。やっぱり死んでもおかしくなかったんだ。

 低く話すスミレに顔を向けて返事をしようとしたとき、気付いた。


「スミレ、老けたか……?」

「それだけ寝てた期間が長かったんだ、お前は」


 最後の記憶でスミレは確か三一歳だったか。それで、まあ五年の年を取ったとしても、老けすぎてないか……?

 むしろ人生に疲れたような、そんなよく見るドラマの登場人物みたいな表情だ。疲れて老けている。そんな顔。

 そして、しばらく返事はなかった。


「俺は……ダメだった」


 スミレが口を開く。

 重く、低く、掠れた声だった。


「だからもう一度やり直そうと思った。俺が踏んでも良いはずだと……」


 何の話かわからない。けれど、スミレは何かが原因でここまで疲れきってしまった。


「だがやはり、俺に権利はないらしい。知っていたはずだが目の当たりにすると辛いものがあったな……」

「何の……話だ」


 俺は絞り出すように言う。

 気になる。

 何がスミレをこうさせたのか。何がスミレに起きたのか。


「今日は2015年3月4日。ユリが死んでから一日経った、朝の九時だ」

「!!!」


 本当……に? 本当に、本当にその日なのか。

 ユリは……また、死んだのか……?


「助けられなかった……のか」


 誰に言うわけでもなく、呟く。むしろこれは俺に向けての言葉。俺自身を責める言葉。

 自分に対する怒りがわいてくる。

 なぜもっと早く起きなかった。早く起きれればユリを助けられたのに。どうして。


「そんなに自分を責めるな」


 散々責めきったであろうスミレが言葉を紡ぐ。

 自分の無力さを責めきったはずなんだ。俺だって無力だ。ユリを助けるために何もできない。たまたま過去に戻るチャンスがあったから戻れたけど……。

 そこまで考えて気付く。過去に戻る……?


「スミレ」

「……松葉杖ならそこにある」


 察したスミレが入り口を指差す。起き上がり、ベッドから降りると、視点が高かった。

 大人の体だ。細くなって、立ってるのも疲れるけれど確かに大人の時の体。フラフラとしたところをスミレに支えられた。


「………」


 ゆっくり歩き、松葉杖をとった。支えができた分少し歩きやすい。

 スミレが手を離した。


「じゃあな、スミレ」

「……困ったことがあればすぐにユリの家に行け。何年も前からお前を待っているから」

「わかった」


 言い残し、病室を飛び出す。


(とにかく十時までにあの場所へいかないと…!)


 確か十時頃だったはずだ。正確な時間は覚えてないけれど、九時半に家を出たことは覚えている。

 間に合わなければ。

 俺が、シャガが間に合わなければならない。




 体感的には五年ぶりの道。シャガの時には何度も通ったけれど、この体で通るのは久しぶりだ。

 コツンコツンと、誰も通らない道を進む。


(……念のためにこっちにするか)


 時間はわからない。けれど間に合うと信じて俺は家と家の間の路地を進むことを決めた。すぐ横に出れば俺があの日歩いた道。そしてそこに。


(あれは……!?)


 疲れたように歩く者。スミレのような表情を浮かべている男。

 あれは……城井瑞樹。俺自身。


「ッ!?」


 と、そのとき松葉杖が道に引っ掛かった。

 このままじゃ転んでしまう!


「クッ!!」


 頭のなかに何か恐ろしいイメージが流れてきた。多分時間にすると一瞬もないのだろうが、俺は感じた。

 ここでこけると間に合わないんだ。俺はもう一度、やり直すチャンスを失うんだ。そして、今まで何度も俺はここでこけてしまった。

 結果猫と間違って驚いた俺にタイムスリップされる……!


(杖はいらない!!)


 つまづいた杖を投げ捨て、それが地面につく前に俺は走る。裏路地から道へ出るように走り抜ける。目の前には驚いた城井瑞樹の顔。


「なッ! お、お前は…!?」


 俺が動揺して声をあげた。俺の声ってこんななのか、と何故だかそんなことを思う余裕があった。

 ……そして、そいつに手を伸ばす。


(どけ、俺……。過去に戻るのは俺だ!!)


 ドン、と押す。

 城井瑞樹がよろめいて後ろに下がった隙に俺は足元を見る。

 銀色の、明らかに異質な石。……間違いない、これだ。


 バキィ!


 石が割れ、俺の足元から電気が走ったような衝撃が駆け抜ける。遠退く意識のなか聞こえる声。


―――― chance of restarting ――――

 蒼多射我ヲ確認---転送シマス


「お前は、俺なのか……?」


 瑞樹が呟くのを横目に、目を閉じた。



 さあ、今こそリスタートだッ!!




---------------------



(雨だ)


 まず感じたこと。冷たい道路は濡れていて、俺の服もずぶ濡れだ。病院の服のままで寒い。

 体を起こし、塀にもたれ掛かって立った。


(……場所は変わってないようだな)


 ついでに体も。元気になってないのがその証拠。多少景色が変わっているのはここが十年以上前だからだ。

 ……無事に過去に戻れたらしい。


「杖……」


 路地を見てみるが、ない。そりゃそうか。触れてなかったし影響の外なのだったんだろう。

 このまま歩いていこう。


「はぁ……はぁ……」


 寒さと何年も寝続けていたせいで衰弱した体で無理やり歩く。塀を触る手も血が出るほど力をいれているつもりなのに全く弱々しい。


「あっ……た」


 なんとか歩き、ユリの家へ辿り着く。少し気が緩んだせいか倒れてしまう。体を這いずらせて進み、扉を一度叩くと体は限界だった。

 誰かが歩いてくるのを感じ、ドアノブが動いた音を聞いて気を失った。



 目が覚めた時、俺は和室の匂いを感じた。結構新しい畳の匂いだ。ユリの家で間違いないだろう。


「う……っ」

「ん? ああ、起きたか」


 傍に人がいるらしかった。男性の声でスミレだと思ったが……。


「誰……です、か?」

「起き上がらなくていい。そのまま安静にするんだ」


 見知らぬ男性。全く誰なのかわからない……。


「蛍! ミズキくんが起きたぞ!」


 男性は部屋の扉に向かって呼んだ。

 ん? ミズキって言った?


「起きた? 体調は大丈夫?」


 蛍という女性だろうか。園長に似て……る?


「紀野さん……ですか?」

「体調は大丈夫そうね。私は遠藤蛍です。こっちは私の夫の遠藤鷹」

「ミズキくんの疑問は全て理解している。君が未来から来たことも」

「!!」


 遠藤夫婦は俺の反応を見て微笑んだ。遠藤か……知らないな。

 スミレはどこにいるんだ?


「まあ色々と話そう。寝たままでいい」

「一年前の3月3日の話ね」


 キュ、と表情を引き締める二人。俺もその面持ちを見て緊張する。

 夫婦は話し始めた。

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