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 意外にも素直なユリに話をして遊園地はしばらくいけなくなった。まあつまり、それまで俺はなにもしなくていいってことだ。

 誘拐事件後、スミレが倒れたように慌ただしいこともなかった。順調に体作りをし、高校レベルの勉強をする。

 スミレと話していて気付いたことだが、もしかすると俺の思考レベルも子どもに戻るんじゃないかってこと。記憶を保持しているのが脳なわけで、その脳も大人の時ほど容量がないのではないのか、と。

 しかしユリみたいに明らかに子どもと思えない知識量を持つ者がいることから、鍛え続ければ低下することはないだろうと二人で頷いた。

 それと、単純計算で五年ほど中学三年の勉強とかしてなかったわけだからやっておくことにした。


 体はさらに鍛えられた。

 スミレに合気道でも習うかと言われたが断った。お金がかかりそうだし、ユリやダイちゃんとの時間がなくなるのが惜しかったから。

 ダイちゃんは誘拐事件以来、俺のことを羨望の眼差しで見るようになった。ユリが俺の武勇伝を言いまくるからだ。

 結構色んなところに広まっているらしく、ユリを知る近所の人々に前以上に声をかけられるようになったし、学校の知らない子どもにも憧れの眼差しを向けられる。……うん、嫌ではない。けど俺の預かり知らぬところで俺の株が上がりすぎても困るぞ? わかってるか? ユリ。

 なんて、彼女に言ったところで収まることもなく、さらに凄いことをしたのに謙虚な少年だと広まった。……嫌じゃないんだけどさ。


 さて、小学校での生活でも何年も過ごした俺は様々な経験を再び行った。授業参観でスミレが来て、保護者との共同製作する図工の時間とかそんなの。

 幸い、クラスが持ち上げ式だった為ユリやダイちゃんとはクラスを離れなかった。三年生でもクラスが離れることはなかったから嬉しく思う。

 運動会ではスミレと園長は俺達だけに手は回らなかった。紀野園の子どもたちは他学年にもたくさんいたからな。その代わり二人が手の回らない分は近所の、子供のいない人たちが応援に来てくれたりした。

 それもこれもユリとスミレの人脈だ。二人の力は、本当に偉大だった。


 ダイちゃんは小学二年の時から俺と一緒にトレーニングすることになった。

 心臓が弱いらしいから無茶な運動はできないけれど、医者と相談しながら進めていくと人並みに体力はつけられた。筋力は俺の方が強いけれど、彼の長い足は走るときの一歩がとてつもなくでかかった。

 三年生になれば大体の競技は、長時間はできないもののこなせるようにはなった。彼の努力も素晴らしかった。


 さて、そんな経緯を経てやっと小学四年生になった。現在十二月十日。もうすぐ冬休みだが、日曜日の今日に遊園地にいくことにした。念願の遊園地にユリは、前日からおおはしゃぎだ。

 俺達三人に加え、園長とダイちゃんも来ることになった。一日くらい息抜きしてもいいだろうと、紀野園の子どもたちと近所の人々が言ってくれたらしい。

 だから五人で遊園地だ。


「何から乗ろっかなー! ジェットコースター? コーヒーカップ……ね、二人ともどれがいい??」


 車のなかでユリが騒ぐ。

 ユリを真ん中にして俺とダイちゃんは端に座る。元々三人乗れない車だけど子どもだから大丈夫だと思ったが、意外と皆大きくなってた。ぎゅうぎゅうだ。園長とスミレは前で笑っている。


「ボクはこれがいいな」


 四年前、初めてあった時に比べるとダイちゃんも自分の意見を言える男の子になっていた。ユリのペースに流され続けるのはダメだと思い、俺が出来るだけ意見を言わせていたら変われたらしい。


「やめとけ、ユリが回しまくるから吐くぞ」


 コーヒーカップを指差す彼を制止してみる。

 もちろん冗談だ。今までの彼なら素直に頷くが……。


「大丈夫! ユリをちゃんと抑えるから! ね!」


 今ではこうだ。全く頼もしい。


「私だってそんなに回さないよー!」


 ユリも大人になった。

 自分のことを名前で呼ばなくなったのがそれをよく感じさせる。わがままも少なくなったし、他人のことをよく考えるようになった。

 わがままが少なくなったのはスミレが残念そうにしていたが……。


「さ、ついたぞ」


 スミレが車を止める。ダイちゃんとユリは嬉しそうに走り出ていった。

 園長も微笑んで彼らを見る。


「じゃあシャガも行こっか!」


 園長が俺の背を押して入り口へと向かった。




 さて、なにがあるのか見回してみる。

 あちこちで記念撮影してるからなんか通りにくい、ってのが第一印象。色んなところから悲鳴が聞こえて、楽しそうなのが第二印象。ユリのテンションについていける自信をなくしたのが今。


「わー! シャガ! シャガぁぁああ!」

「ど、どうした」

「楽しそおおおお!!!」

「お、おう……」


 肩に手をおいてガンガン揺らされる。頭のなかがシェイクされて気分が悪い……。

 そのままコーヒーカップへ。


「うぇええええ」


 案の定ユリが回しまくった。ダイちゃん止めるんじゃないのかよ……。一緒になって楽しみやがって。

 次はジェットコースター。


「うっ……ぷっ」


 一応トイレへ行っておいた。気分が悪い上にジェットコースターはダメだ……。

 元々得意じゃないけど、まあ乗れる。その程度の俺にこれは拷問に等しい……。


「昼飯にするか」


 スミレの一声が何よりも救いに聞こえた。このままじゃ吐く、吐くぞ。


「楽しかったね、シャガ」

「予想以上にダイちゃん暴れたな


 そんなこんなで時間は経った。楽しい時間はすぐ過ぎると言うが、全くもってその通りだ。

 初めこそあれだったが、ユリは昼飯を挟むと落ち着き、俺の様子に気づいた。そのあとはペースを落として遊んでくれた。ホント、大人になってくれて嬉しいよ。


「そろそろ帰るか?」


 散々遊んだ末、スミレが言った。うん、まあ十分楽しんだ。

 が、ユリは不服そうに頬を膨らませこう言う。


「観覧車」


 観覧車。あるな、観覧車。

 行きたいの?


「行きたいの」


 ……ふむ。現在五時半頃。

 子供が帰るのならこのくらいでいいだろう。が、小学生でも締めは観覧車らしい。

 ユリは高校生でも観覧車が好きだったからなぁ。


「よーし! じゃあ皆で乗ろ! いいよね!」


 園長が元気よく言う。肩を捕まれたユリも嬉しそうに笑った。

 誰も異存はない。

 五人で乗ろう。


「やった!」


 結構色んな人が同じことを考えたのだろうか。観覧車にはそれなりに人が並んでいた。

 ……うーん。だるいな。


「並ぶのも醍醐味だよ!」


 ダイちゃんはそういう。中々難しい言葉を知ってるのは園長の教育方針のお陰だろう。

 わからない言葉に線を引くスタイル。なかなか悪くないからな。


「……次かな?」


 ユリの言葉に皆がうなずく。次のペアが進めば俺達だ。……が、その時ガコン、と嫌な音が響いた。

 観覧車が止まった。上の方を見てみると全てのゴンドラが静かに揺れている。


「……なんだ?」

「逃げろ!!!」


 スミレが怒鳴る。前のカップルはその怒声に驚きながらも即座に回れ右をし、逃げた。

 スミレはユリとダイちゃんの手を取り、駆け始めていた。


(な、なにが起きて……!)


 少し考えて思い出す。そうだ。転落事故だ。観覧車がこれから落ちてくるのか……?


「シャガ!」


 園長が俺の手を引いていた。彼女が走るのにつられて俺も走る。

 もう観覧車は見る余裕がないが、そろそろ危ないはずだ。


「あっ!」


 その時、ユリがバランスを崩した。

 スミレは驚いたように左手を離してしまう。


(なにやってんだスミレ!!)


 俺はすかさず園長の手を振りほどく。一瞬振り返ると、観覧車の一つが落ちてくるのが見えた。


(ヤベェッッッ!)


 直撃しなくともこの位置では危ないのは一瞬でわかる。だからユリの元へと駆け寄った。

 それと同時に彼女の体を抱き上げる。ユリは駆け寄る俺を見ていた為、すぐに抱かれる準備をしていた。

 瞬間で抱き上げ、さらにスミレたちの方へ走る。彼が振り向き、なにかを言うが耳には届かない。

 今はそんなことに構っていられないから。ユリの身を守ることが一番優先することだから。


「……! わぁぁあああ!!!」


 凄まじい音をたて、ゴンドラが落ちた。人が乗っているのか乗っていないのかは知らない。

 未来になってもこの遊園地はあったから死人は出ないのだろう。

 落ち着いて周りを見てみる……よかった。ユリは助かった。


「しゃ、しゃがぁ」


 首に腕を巻き付けるユリが泣きそうな声で俺を呼んだ。俗に言うお姫様だっこの形。

 色々ドキドキしてしまう。


「大丈夫だ。助かった」


 と、言った矢先もうひとつ落ちた。


「うわぁ!!」


 俺は急いでその場から離れ、スミレたちと安全なところで落ち着いた。


「ありがとうシャガ」


 スミレが言う。ユリの手を離してしまったことに多大な嫌悪を示した表情だ。

 助けるのが俺の役目だったから、大丈夫だぞスミレ。


「ありがとぉぉ」


 ユリが俺の首に手を回した状態で立ち、泣く。少し成長して柔らかくなった体が当たった。

 ロリコンじゃないからなんとも思わないけどな。


「よしよし、大丈夫だからなー」


 その頭を撫でてやる。

 そしたら園長に俺が撫でられた。……まあいいや。


「すごい! すごいよ!!」


 ダイちゃんが前にも増して羨望の眼差しを向けるようになった気がする。

 ……気のせいじゃないな。目がキラキラしてるから。


「ふぅぅ……」


 深く息を吐く。とりあえずこれで終わったんだ。彼女は膝以外怪我しなかったし。それも跡に残るようなものではない。高校生になっても怪我なんて無かったから。

 あと、未来の彼女に強烈な思い出として残ることもわかってるけど。


「わ……」


 と、俺を撫でていた園長がバランスを崩した。

 咄嗟に手を掴んで支える。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、あれぇ? どうしちゃったのかなぁ……?」

「!!」


 顔をあげて目の前いっぱい広がった園長の顔。冷や汗を垂らし、青い顔をしていた。

 スミレに目をやって助けを求めるが、彼は珍しく戸惑ったように首を色んな所へ向けていた。


「す、スミレ!」

「あっ、ああ! 俺がやる!」


 なにをだよ。と、突っ込みを入れる間もなく園長を取り上げられた。

 手の空いた俺は事故で慌てるスタッフを一人呼び止め、園長のことを伝える。医務室へ案内してもらい、救急車を待った。

 すぐに救急車は到着して彼女は病院へ運ばれる。


「シャガ! ここからバスと電車で帰れるか!」

「お、おう」


 スミレは車で追いかけるらしい。子供達は俺が引き連れて家へ帰ることになった。高校生だと信じてくれているからこその選択なのだろう。

 ……まあ、大学も卒業してるくらいに歳は取ってるはずなんだけどな。


「シャガ……」


 二人が俺を見つめて不安そうな顔をする。しかしまあ一旦帰らなければならない理由があるだろう。

 ユリとダイちゃんの頭をなで、バス停へ連れていった。

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