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 倉庫は全部で五つ。鍵が掛かっているかどうかはわからない。全てに鍵が掛かってたらユリが助かる確率はぐんと下がってしまう。


(いや、わかる。きっとあれだ)


 真ん中の倉庫。俺は何故だか確信出来た。

 この直感はきっと、間違っていない。


「チッ、車は入れないか」


 スミレが忌々しげに呟いた。

 車の入れない一本の道。倉庫へ直結の道だった。ここから回っていくのは少し時間が無駄だ。


「スミレ、ちょっとストップ」

「あぁ?」


 言いつつスミレはブレーキを踏む。これでいい。

 車はここから入れないし、ここに止めれないけど、俺くらいなら走っていける。

 ……スピードの落ちた車のドアを開け、飛び出した。


「シャガ!!」

「うわぁ!!」


 慣性の法則? だっけか?

 そのせいかなにか知らないけれど、走っていたのを急に止めたような力を受けた。いや、こけない。危なかったけど。


「スミレは車止めてきてくれ! 俺が先にいくから!!」

「ダメだ! 戻ってこい!」

「っ!」


 心配してくれているのはわかる。俺まで捕まってしまったらそれこそ無駄なことだ。

 だが、俺は車から離れて走り出した。


「シャガァ!!」


 後ろからスミレの怒鳴り声が聞こえる。そういえばスミレが怒鳴っているのは初めて聞いたかも知れない。

 ……怒られるのは後でいい。犯人に捕まらないようにユリを助けるのが先だ。ユリの黄色いコートを抱え、真ん中の倉庫を目指す。


「…………」


 間違いない。他の倉庫と違って鍵が掛かっていなかった。

 ポケットに入っていた革の手袋をつける。茶色でとてもかっこいい。


「ふぅ……」


 ゆっくりと重い戸を開ける。少し間隙間から忍び込み、またゆっくりしめた。

 寒い。


「ユリ……」


 呟くと白い息が出た。先程から荒い息は袖を口元に当てて冷えないようにしておく。

 発泡スチロールしかない棚に囲まれた所を通ってユリを探した。……棚の奥なんてないよな。


「むー! むー!」


 いや、そこにいた。俺に気づいていないようだが抵抗をやめていない。

 猿轡をされて可哀想だが、すこし俺は辺りを見回す。恐らく倉庫の一番奥なのだろう。広いスペースで、犯人がいるかもしれない。


「…………」


 大丈夫か。

 よし。


「ユリ、大丈夫だ」


 そー、と近寄るとユリは俺に気づいた。手足を縛られて抵抗をしていたのをやめ、嬉しそうに俺の方へ這い寄ってくる。

 俺も駆け寄り、ユリのコートを掛けてやる。震える体は寒いからなのか、それとも……。


「静かにするんだぞ」


 猿轡を取り去るとユリは静かに言った。


「ありがとぉ……」


 すり寄る彼女を抱きしめ頭を撫でる。だが、手足の縄は取れない。抱き上げれば運べるだろうか……。


「犯人は何人で、今どこにいるかわかるか?」

「ひ、一人だとぉ思うぅ……グス。どこかにぃ、出掛けたぁ……」


 可哀想に鼻水まで垂らして。それでもちゃんと答えられるだけユリは賢い子だ。

 と、その時。


 ゴォォォ


 重い扉が、割りと力強く開かれた。俺たちはビクッと体を跳ねさせる。真っ直ぐ来られたらヤバい。隠れるか、逃げるか……。

 ふと足元の霜が目についた。


「まだ生きてるかァ! ギャハハハハ!! ……あ?」


 いやらしく笑う男。図体はそんなにでかくないが、力は強そうだ。運搬業のバイトをしていた俺はわかる。体の動かし方を知っているやつだ。

 奴は、ユリがいないことに気付いた。


「ったく……」


 だが、特にキレる訳でもなく歩みを止めた。

 そりゃそうだろう。冷静にならなくても足跡くらいみえる。ましてや人の這った跡なんて目立って仕方がない。


「どこまで這ってったんだよクソが」


 悪態を吐きつつ這った跡を歩く。行き先にはユリがいて、すぐに追い付かれる。


「あァ?」


 ……はずだった。いたのはユリじゃない。

 発泡スチロールの箱だ。


「誰がいやがる……」


 箱の中身を確認するために男はしゃがんだ。


(今だ!!)


 発泡スチロールの山をを押し退け、棚から飛び出した俺は鉄パイプで男の後頭部を狙う。しゃがんでいて、俺に気付いていない男を殴るくらいできるはずだ!

 そう思っていた。


「あァ!?」


 棚から箱が落ちたのに気付いた奴は即座に振り向き、俺を視界に捕らえた。


(……は、早い!)


 鉄パイプは腕で防がれる。それでも相手にダメージはあったようで痛みに顔を歪めた。

 だが、飛び掛かった俺が着地する前に男の反対の手が腹に刺さる。


「ガハァ!!」

「ってーな、クソッ」


 男はゆっくり立ち上がりながら右手を押さえる。左手で殴ってあんなに威力が出せるのか。

 ヤバい……起き上がれねぇ。


「なんだァ? 子供じゃねェか。どうやってここまで来たんだっての」


 無理矢理体を動かすと、腹に激痛が走った。足はガクガク震えるし寒いし、勝てる気がしねえ。


(怖い)


 俺を支配する感情。ただその一言に尽きる。

 悪態をついて、ゆっくりと近付くこの人相の悪い男が、たまらなく怖い。


「ッ!!」

「逃げんのかよ」


 耐えきれず、走る。

 そもそも襲撃するところまでしか考えてなかったんだ。発泡スチロールでユリが這ったような跡を付けて、ユリのことは反対の棚の所から逃がす。幸い扉は閉められなかったから、後から来るスミレにすぐ発見してもらえるはずだ。

 そこまでしか考えていない。いや、そこまで考えられたんだ。いいじゃないか。

 逃げながら俺は言い訳をする。お世辞にも速いと言えない俺の走り。男は余裕ぶっこきで俺の後ろから歩いてきている。

 あーあー俺も隠れて逃げれば良かったー。


「あの女はお前のガールフレンドかァ?」


 楽しそうな声。振り向けないが多分、とてもいやらしく笑っているのだろう。

 すぐにキレずにじわじわと痛ぶる性癖か、くそ!


「せっかく俺が可愛がってやろうと思ってたのによォ? 可愛い女児はみーんな俺の物だ」

「ロリコンかよ!」

「あ?」


 やべ、口が滑るってこう言うことか。いや、仕方ないだろ。精神状態を保つ為にネガティブにならないようにしてるんだから。

 ただあいつがユリを、文字通り可愛がっているのを想像すると吐き気がした。


「ガキの癖によく知ってんだなァ?」


 ああ、知らないうちに端に追いやられてた。

 角を背に立ち、男を見据えた。


「まあ……ただのガキじゃないからな」

「……そりゃそうだ。あんな作戦思い付くクソガキなんざ見たことがねーよ!」


 ギャハハハハ、と先程同様不快な笑い声を上げる。

 ビビっても仕方ない。ユリを助けるためにはもっと時間を稼ぐんだ。


(……震えがマシになった)


 気のせいか。いや、気のせいでもいい。収まった気がするのは間違いない。


「さてェ、あの女はどこへやった?」

「ケッ、誰が言うかクソッたれ」


 思い出せ、知らない男に裏路地で襲われた時のことを。

 思い出せ、ユリに絡んでたヤンキーを殴り飛ばしたときのことを。


「ああそうかい……じゃあお前を可愛がってやるよォ!」

「!」


 男は急に走り出し、俺へ向けて拳を握る。

 俺も鉄パイプを握り、相手の動きをよく見る。


「オラァ!」


 左足を先に付き、右足に体重を乗せて拳が飛んでくる。

 子供の頃から動体視力は良かった。だからはっきりと動きが読める。しかし読めるだけでは体が動かせない。目と手の協応動作が出来なければ見えるだけで終わる。

 後は勘だった。なんとなく来るだろうと思っていた動きが、そのまま来たから俺はすかさず対応できた。

 そう。

 鉄パイプは男の左腕を殴った。


「ガァアア!」


 すかさず右の脛、左の太ももを殴って逃げる。

 我ながら切り抜けられたことに興奮を覚えた。


(やった、やった! 後は逃げるだけだ!)


 振り返ると男は倒れていた。

 子供の力とは言え鉄だ、急所の脛と言うこともあり、しばらく、起き上がれないはずだ。まだ腹に痛みは残ってるけど足は震えない。

 やった、逃げれる。


「シャガ!」


 扉の所にはもうすぐ出ようかと言うユリが棚の横に居た。

 霜でコートは濡れていたが元気そうだった。


「ユリ、大丈夫か。……?」


 扉は開いたままだ。だから俺のいる位置には暖かい日差しが降り注ぐ。よって人型の影が俺達を隠すなんてあり得ない。初めはスミレかと思った。

 だが、ユリの顔と影の形を見て違うことを確信した。


「ふむ」

「ッ!!!」


 図体のデカイ大男。さっきのやつと同じ服を来ていることから、仲間かと思われる。

 一人じゃなかったのか!!


「よいしょ…と」

「!?」


 まるで普通に歩くように。いや、歩くよりも自然に。

 大男は当然のように、俺を蹴り飛ばした。


「アアアアアアア!!!!」


 脇腹がものすごく熱い。痛みより、熱いような。

 ただ叫び声は止められなかった。


「この子か……」


 大男はユリの傍に立ち、呟く。そしてその頭に手を掛けようとしたとき。


「その辺でやめておけ」


 冷たい倉庫内に冷たい声が響いた。

 今度こそわかる。


「俺の子供達に手をかけるな」


 スミレ。スミレだ。

 走ってきたからか髪が少し逆立っているが、その顔はキリリとして格好良かった。


「?」


 大男は顔をしかめ、スミレの方へ歩き出した。スミレが俺を睨み付ける。


「っ」


 怒られているのかと思った。だが違う。なにか合図をして来ていた。

 俺の目、手、鉄パイプ…………わかった、もう一度立つ。一発くらいしか力は残ってないけど、それだけでいいのかもしれない。ヨロヨロと立ち、パイプを杖にして、でも音は立てないように……。


「はぁ……」


 大男が振りかぶった。が、すでにスミレの足は動き始めていた。


「え?」


 大男が素っ頓狂な声を出す。避けられると思っていなかったのだろう。

 スミレは軽くその腕を蹴り飛ばし、俺の前へ立った。まだゆっくりと歩いてるのに俺も巻き込む気か、鬼め。


「シャガ、一発だけでいい。一発だけ一番無力化できそうなところをそれで殴れ」


 頷くことさえせず、俺は了解した。

 大男はまた向きを変え、また振りかぶった。スミレも避ける準備をしており、俺は殴る用意をしていた。


「!」


 大男が拳を飛ばす。スミレが避け、その腕を蹴り飛ばす。

 動揺した男はバランスを崩し、その隙に俺はそいつの股間を思い切り殴った。


「あ……あぁ……」


 本当に苦しそうな声を上げ、その場に倒れ伏せる大男。手は助けを求めるように伸び、もう一方は股間を押さえていた。

 うん、気持ちはわかる。けどそこしか思い付かなかったから。ごめん。


「ゆるさ……」


 なにか言いかけたからもう一発殴っておいた。


「あぁぁ……」


 死にそうな声を上げる大男に楽しくなり、その様子を眺めていると、パトカーの音が聞こえた。

 多分向こうで倒れる男にも聞こえていると思うから、これで助かったのだろう。


「シャガ!!」


 スミレに縄を解いてもらったユリが俺に飛び付く。怪我した脇腹と腹が当たり、悲鳴も出せず涙が滲む。


「ご、ごめん! 大丈夫!?」

「ま、まあなんとか……」


 警官の一人が俺達を見つけた。仲間を呼び、人が増えた。ああ、助かった……。安心して、身体中の力が抜ける。

 その景色とユリの不安げな顔を最後に、俺は意識を落とした。

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