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 さて、ここで一気に時期が飛ぶ。

 今年、つまり2002年の夏に火事は起きなかった。ずっと気を張っている夏はとても辛いことを知った。未来を知っているってのもめんどくさいな。

 そして夏を越えた俺が思ったのは、別に俺が防がなくてもよくね? ってことだ。どうせ俺がいなくても家は燃えないんだろ? じゃあこんなに頑張らなくても……とか。

 まあそんなくだらないことで荒んだりしてたわけだが、無事に一年が経った。

 俺とユリは小学生。差し当たってスミレから二人に注意が。


「お前達の勉強の力はただの小学生じゃないんだ。あんまり授業の範囲を越えた事言うとテレビに出ちゃうぞ」


 天才小学生現わる! とか?

 ユリはともかく俺はインチキみたいなものだからな、気を付けないと。


 さてさて一年がたち、六才になった今年2003年に火事が起きるのか。本心は早めに起きて欲しかったりする。

 気を張ってるのは本当に疲れるんだからなー!! が、そんなことを思った自分を今は殴りたい気分だ。

 ユリは本当にショックを受けたし、俺は怪我したりスミレはマジギレして……はぁ。

 じゃあ、その話。




 2003年七月十二日、つまりは俺の誕生日の前日、の今朝はカラッとした良い天気だった。

 けど、こんな日こそ俺は気を抜けない。つい先月にも河原が燃えたらしいから、ヤバい。

 今日はスミレも夕方頃までいないらしく、俺とユリはダイちゃんを呼んで家で遊ぶことになっている。


「おじゃまします……」

「「いらっしゃい!!」」


 二人で玄関に迎えにいくと、ダイちゃんは恥ずかしそうに俯いていた。


「じゃあ大人しくしとけよー」


 ダイちゃんを送ったスミレが扉を閉めた。


「……じゃ、まず何からしようか?」


 俺が訊ねる。

 先に訊ねれば俺が決めなくてよくなる。


「ままごと!」


 はい、じゃあままごと。


「じゃあダイちゃんがお父さんでシャガがお母さん!」


 なんでだよ!!





「お昼ごはん食べよ!」


 朝十時から二時間ぶっ通しでままごとなんて……。疲れた。


「はい、これ」


 作りおきのチャーハン。

 いや、スミレはチャーハン以外も作れるからな?


「いただきまーす」


 大皿一つ分だけだったが、子供三人ではそれで事足りた。

 ユリは元々あまり食べないしダイちゃんも人並みには食えないから。


「ごちそうさまー」


 早々に食べ終えて続いての行動を決める。


「えっと、ボクちょっと行ってみたいところがあるんだけど……」

「?」


 ダイちゃんが自分から意見を言うなんて珍しかった。

 彼はなんと言うか、消極的と言うか受け身と言うか、とにかくユリや俺の言うことやることに笑顔でついてくるような子だった。

 そんな彼が何かしたいと、ユリと俺は少し驚いたが、二人で目を合わせて話を聞くことにする。


「えっとね、だがしやさん、って所に行きたいな」


 駄菓子屋。

 シャガになって結構早くにユリと行ったな。前みたいに遠いデパートに行かなくても徒歩で行ける距離にあるのをこの間知った。

 ダイちゃんはずっと園長たちに誘われていたが遠慮して行かなかったらしい。それが俺たちに言ってくれた……なんか嬉しいな。


「じゃあ歩いて行こうか」

「うん!」


 嬉しそうに頷くダイちゃん。

 さて、財布もってすぐ出掛けるか。


「ここからどのくらい遠いの?」

「んー? 俺たちで五分ちょっとかな」


 靴をすぐ履いて外に出ると、ダイちゃんが嬉しそうな顔をそのままに俺に訊ねる。走っていったときは五分ぴったしだった。ダイちゃんはあんまり走れないから十分くらいか?


「ふーん……あ、あれがそう?」

「ダイちゃん! それペットショップ!」


 犬がいるだろうよ。ユリが返事したから俺はなにも言わない。


「じゃあ、あれ?」

「ううん、あれは占い屋さん」


 ……もしかしてダイちゃん駄菓子屋知らない? 小学生になっても知らないなんて。

 いや、あり得るか。極端なまでに照れ屋なこの子がわからないことを聞けないのも無理はない。


「お菓子売ってるんだ、駄菓子屋って」

「そう! いっぱいあるんだよー!」

「は、はぁ……。じゃああれ?」


 寺子屋という看板。


「いや、あれは寺子……ううん、あってる」


 なんで駄菓子屋の名前が寺子屋なんだよ。

 駄菓子屋寺子屋。

 店の外のガチャガチャとゲーム機が目印だ。つーかあのゲーム機は何と言う呼び名なんだ。50円で出来るやつ。


「こんにちはー」

「おばーちゃーん!」

「こ、こんにちは……」


 寺子屋に入るともうそこにおばあちゃんが居た。嬉しそうに頬を緩ませる優しい人だ。


「いらっしゃいユリちゃんに、えーと……」


 申し訳なさそうに目を泳がせた。仕方ないだろう。シャガなんて名前聞いたことがない。

 シャガです。シャガミズキです、嘘です。


「ああ! シャガくん! その子は新しいお友達かい?」

「ダイちゃんっていうの! 駄菓子屋さん来たことないんだって!」


 ゆっくりと見ておいき、と彼女は言った。言われずとも、早速ダイちゃんは目を輝かせて辺りをくるくる回って見ている。

 物凄い早さでユリの肩を叩いていた。


「ユリ! このお菓子は!?」

「穴開けてそこから出てくるのを飲むんだよ」

「これは!!」

「当たり付きの飴!」

「これは!?」

「それ美味しいよー」


 嬉しそうだ。うん、連れてきてよかった。

 と、そこでユリが言った。


「当たりの紙持ってくるの忘れた!」


 ああ、そう言えばこの間家にもって帰ってたな。 ちゃんと保存してたのか。俺ならすぐになくす。


「取ってくる! 二人とも待っててね!」

「わかった!」


 俺よりも早くダイちゃんが返事を返した。あれ、こんなに元気な子だったっけ?

 ともかく、ユリは走って出ていった。


 後から思えば、俺はここでユリと共に帰るべきだった。


「ねえシャガ! あれは!?」

「値段だけ聞いて一回適当に買ってみな」


 120円までと言うルールが我が家の決まりだ。

 ダイちゃんにお金の計算をさせるのも今回の目的だったりする。


「わかった!」


 彼はあれやこれやと悩み、吟味して120円に納めようとしていた。こう見ていると微笑ましくて仕方がない。

 ユリがいたら甲斐甲斐しく世話を焼いていただろう。母性本能がくすぐられる。


「おばあちゃんこれは何円!?」


 元気に訊ねるそれはユリと少しにている。つーか駄菓子に夢中なのか知らないけど、人と喋れるようになってるぞ。

 と、ダイちゃんは120円ぴったりでお菓子を買い終えていた。


「んじゃあ外で食べるか」


 ちなみに俺はなにも買っていない。

 先に二人共買っていたらきっとユリが膨れるからだ。

 その様子は可愛くて俺たちは大好きなんだけど、後々めんどくさいからな。


「これどうぞ、シャガ」


 クッキーみたいなのを半分に割って俺にくれた。 うん、わけあう精神は大事だ。それを育む為にも受け取ろう。

 おいしいしな。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 と笑う彼はとても可愛らしい。ホモとかどうじゃなくて、とても子供らしい。


「美味しかったぁ」


 ダイちゃんが駄菓子を食べ終えた。その間に来るだろうと思っていたユリは来ない。

 まだ、見つからないのか、あるいは……。


「ユリ、来ないね」

「一旦帰ろう、心配だ」


 ダイちゃんは特になにも言わず立ち上がった。ここからでは家の方向が見えない。

 少し早歩きで道を歩く。


「シャガ、あれ……」


 彼が指を差す。言われた俺は目を見開いた。

 煙……!? しかもユリの家の方向!


「シャガは先にいって! ボクは走れないからゆっくりいくから!」

「ああ!」


 俺が焦っている顔を見て、彼は言ってくれた。

 よかった、ダイちゃんから言ってくれて。戦力外だと勘違いされるかと少し怖かったから。


(ユリは、ユリは大丈夫か!)


 一年間鍛えた俺の足。そこらの小学生より速いと思うけど、高校生の体の方がやっぱり速い。

 ユリの為に必死に走る。走らなければいけないのだが、目の前で一度ユリを失った俺にとってこの行為は、ユリを無くしてしまうジンクスのような気がした。


「クソッ!」


 走りつつ、頭を振る。

 考えても仕方がない。走るしかないんだ!


「ああシャガくん!!」


 家の前には早くも人だかりが出来ていた。隣のおばちゃんが俺を見つけ、声をかける。


「ど、どうなっていますか!」

「大丈夫、家自体は燃えてないの。でも庭が…」


 人だかりだと思っていたそれはバケツリレーらしかった。近所で見たことがある人が並んで消火活動をしてくれている。そして炎は庭の三分の一くらいを侵食していた。

 いや、そんなことよりユリは、ユリはどこだ!


「すいません! ユリを見ていませんか!」


 近くにいたおじいさんが振り向いた。


「ユリちゃんは見てないぞ! 一緒じゃないのか!」


 隣のおばちゃんの庭から水が流れ、俺の靴底を濡らす。全開で水を出しているのか。

 ユリは……どこにいる。


「おいボウズ! 家の中はいないんだろうな! まだ燃え移りそうにはないが危ないぞ!」


 家の中……。そうだ、あいつは当たりくじを取りに帰ったんだ。

 俺はおばちゃんの庭に走り、頭から水を被る。髪から足まで、下着もびしょびしょになった。

 ……大丈夫、近所の祭りで火の中を走ったことがある。あの時はほとんど服を着ていなかったが、水さえ被れば服ごと行っても大丈夫、と言っていたはず。


「……いける」

「あ、おい!!」


 誰かが制止する声を上げる。俺はそれを無視して、燃える庭を避けて玄関前まで辿り着いた。

 熱い。

 塀で囲んであるからだろうか。玄関周りは熱が逃げていないため、熱さは外を遥かに越えていた。

 ドアノブはまだ熱くなっていない。よかった。


「ユリ! ユリ! いたら返事しろ!!」


 荒れる息を休めることなく俺は靴を脱ぎ捨て、部屋を走り回る。トイレにもリビングにも、キッチンにもいない。どこだ、二階か。


「はぁ……はぁ……!」


 二階へ駆け上がり、探す。

 ユリの部屋、俺の部屋、物置。


(いない!!)


 もう一度二階を探し、一階を探すがいない。どこに行ったか皆目検討がつかない。

 とりあえず裏口から外へ出る。おじいさんを見ると手にバツを作る。これでユリがいないのは伝わったと思う。

 また庭を通るのは危険そうだったから後ろの塀を指差し、そこから逃げる旨を手で合図した。

 ……塀を乗り越えるか、出来るかな。


「ッ! ……ん、よいしょ……と!」


 助走をつけて壁を蹴り、その力で塀のてっぺんを掴んだ。そこからなんとか這い上がって向こうの道へ出れた。


 プップ


 道の脇を走ろうとすると後ろからクラクション。振り向くとスミレの車だった。


「シャガ、乗れ」


 いつもの声の調子で、いつもの冷静な表情で。

 だが瞳に力強い意思を宿し、スミレは言った。


「ダイには伝えておいた。お隣さんが面倒見てくれるだろう」

「わ、わかった」


 淡々と、俺に言う。

 なぜこんなに用意周到なのか、なぜこの時間に帰ってこれたのか。疑問が消えない俺はスミレの横顔に訊ねた。


「そんなことよりユリの行方が気にならないか」

「知ってるのか!?」

「当たり前だ、どこに車走らせてると思ってんだ。……まあその説明にはお前の質問に答える必要があるかもな」


 スミレは一切前方から目を離さず笑った。


「お隣さんがいち早く俺に電話してくれた。それを聞き、たまたま仕事で近くにいた俺は向こうに断って急いで来たわけだ。ケータイってのはやっぱり便利だな。お前が水被って家へ入っていたのもその後の電話で聞いた」


 ダイちゃんは途中で見つけたのだろう。

 それなら納得がいく。


「……寒いか。冬服一式が多分後ろにあったと思うから着替えろ。降ろし忘れてた奴だ」


 寒いか、と言われ俺は気づく。体が震えていた。

 ……恐らくスミレはわかってる、けど寒いことにしてくれたのだろう。正直怖いと思っていることを。

 とにかく俺は小さい体を最大限利用して、信号で停車した隙に後部座席に行き、服を着替えた。


「で、どこに向かってる?」

「知り合いがユリを見かけたらしい、だからそっちの方だ」

「車で行かなきゃいけないくらい遠いのか?」


 スミレはその時、ジロッと俺を睨んだ。気がした。

 言い様のない不安が俺の心を圧迫した。


「怪しい男に車に乗せられる所を見たらしい。業者の車だから恐らく行き先はあそこだろうってな」

「……っ!?」


 いや、おかしい。今日は火事だけじゃないのか……? 怪しい男にって、それは誘拐じゃないのか……?


「港の冷凍倉庫。そこに間違いないってな」

「!!!」


 そう、か。そう言うことかよユリ。

 誘拐は冬なんかじゃない。寒いところだったのか。

 幼い頃の記憶が曖昧で、寒いって言うキーワードしか覚えてなかったわけだ……。


「コートはあるか? 俺の分とお前の分。あとユリの分だ」

「あ、ああ。ある」


 袋の中から引っ張り出して返す。

 一応今から俺は茶色のダッフルコートを着ておいた。


「警察には連絡を?」

「しておいた。場所も伝えておいたが、明らかに俺の方が着くのが早い」

「そうか」


 スミレの膝に黒のコートを投げ、ユリの黄色いコートを握りしめた。……大丈夫なのか、ユリ。

 体の震えは未だに止まらない。寒いからじゃない、もうそれは誰にでもわかる。


「見えてきたぞ。あそこがユリの拐われた場所だ」


 スミレが指差すところを、後ろから乗り出して見る。

 拳を握り、俺はそろそろ覚悟を決める。


(俺がユリを助けるんだ……!)


 そんな俺をスミレが黙って見ていた。

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