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 一週間が経った。スミレは仕事の話が進んだらしく、約束した日からずっと手が離せない状態だった。

 俺とユリは紀野園まで連れていってもらい、夕方まではそこで過ごす。一週間、ユリとの心の距離はぐんと近付いたと思う。

 それと比例するようにダイちゃんの人の良さもぐんと理解した。優しくてかっこよくて、そして体の弱い男の子。ユリの節介焼き魂に火がつくのも理解できた。


 とにかく、この一週間は何もなかった。これからユリに起きることで気を付けておくことは夏場の火事なわけで。今やるべきは十三年後にユリを助けるために必要なことをすることだ。

 そしてその為に協力してもらえそうな人を探したり、役に立ちそうな物を用意すること。だからこの時代の両親の元へ行きたかったんだけど……。


「だめだなー」


 俺は一人机に呟く。

 今日はダイちゃんの定期診断らしく、特に行く意欲もなしスミレの暇もなしに、俺達は家で過ごすことになっている。ユリは朝のお勉強中だ。

 うーん。


「なんか本買おうかな」


 もしくはこの時代限定だったお菓子とか。スミレがお金を置いてくれているから三千円くらい自由に使えるのだ。ユリの勉強が済んだら誘って自転車で行こう。


「ユリー、後でデパート行くかー?」


 階段を降りながら言うとすぐに返事が返ってくる。


「行くー!! 先に準備しててー!」


 元気だなぁ。持っていく荷物は特にないから、自転車と隣のおばちゃんに連絡しとこう。

 ユリの横を通って玄関から出ると、冷たい風に暖かい太陽に照らされ気持ちがよかった。


「ん……よいしょっと!」


 ジャンプしてインターホンを押す。

 ピンポーン、と家のなかに響くと中のおばちゃんの声がマイクから聞こえた。


『はい?』

「シャガです、隣の」

『あらあら、待っててね 』


 そう言うとすぐに玄関から出てくるおばちゃん。


「どうしたの?」

「ユリと二人でデパート行ってくるから一応言っておこうと思って」

「あらー!」


 おばあちゃんはまた中に入っていき、財布をもって出てきた。


「スミレくんから聞いてるからね! これ持って遊んでおいで!」


 そう言って五百円を差し出す。


「い、いやいやいや! 大丈夫です! スミレがいくらか置いていってくれているので!」

「あらー! 礼儀正しいんだからシャガくんは! いいのよー! 受け取りなさい!」


 無理矢理手のひらを開かされた挙げ句、再び握らされた。既に五百円が俺の手にある。


「い、いいんですか?」

「良いってばもー! でも二人で大丈夫?」


 大丈夫だと思うけど……。道は普通の幅で車通りは少ないし、行き道は子供が結構いるらしいしな。実は知らない。


「じゃあ気を付けてね」


 頭を下げて俺は家へ戻る。次は自転車の準備だ。門の裏の自転車を外の方へ動かす。

 ユリのはともかく、なんで俺の自転車まであるんだろ。新品だし。やっぱり俺はこの、シャガって言う男の子の体に乗り移ったのか? だからスミレはここに新しく済むシャガ君のために用意してたのか?

 顔は俺と全く同じなのにシャガは別人なのか?? わからないなー。


「よっ、と」


 二つの自転車は鍵がない。だから物置からチェーンを引っ張ってくるらしい。朝スミレに聞いたことだ。

 それの鍵だけ持ち、俺のかごにチェーンをいれる。到着したら自転車を止めろとのことです。


「こんなものかな」

「シャガー! できたよー!」


 ユリが家の中から叫ぶ。

 勉強が終わったのだろう。


「じゃあ出掛ける準備してくれー」

「できてるのー!」


 言いながらユリはリュックサックを背負って出てきた。

 本当に出来てるのか……はええ。


「ちょっと待ってくれよー、俺もしてくるから」


 そして。


「ではー! しゅっぱーつ!」


 ユリが自転車に跨がって言う。

 連れていってもらわなきゃ道がわからない。


「よし」


 シャー、と回るペダルは新品なことを感じさせてくれ、気持ちがいい。


「次こっちだよー」


 右に曲がって大きな道路へ出る。


「ユ、ユリ!」

「止まってねー」


 ブレーキを掛けるユリ。俺は彼女の制止で止まった。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 またユリがトラックに……なんて思っただけだ。

 この道は嫌なことを思い出させてくれる。ユリが轢かれた道路なんかよりよっぽど小さいのに。


「急に道に出たらあぶないんだよー。気を付けなきゃ」


 そうだ。

 ユリはこんな子なんだ。

 昔からこうだったみたいだ。なら、なぜ急に飛び出したんだ……!


「信号あるところまで行って、渡るんだよ?」


 そう言って信号のところまで行き信号を渡った。

 また自転車を漕ぎ始める。


「あ、見えてきた!」


 うわ、なつかし! 幼い頃に見たデパートの看板が目に入る。


「ここ止めてね」


 チェーンをかごから引っ張って来て二つの自転車を止める。それを確認したユリは店内へ走っていった。


「シャガー! どこに行くー?」


 嬉しそうに手をいっぱいに広げて叫ぶ。テンション高いなー。


「本屋から見たいな」


 場所は知らないけど。


「じゃあユリが教えてあげる! スミレがいつも行くから知ってるんだ!」


 とろとろと遅いペースで歩く俺の手を掴んで、ユリは走った。

 ああ、ユリの手の感触だ……とはならないな。子供だから全然違う。


「おーそーいー!」


 俺に怒りながらスピードを上げる。


「は、早い早い!」


 完全に引っ張られた形で走り、本屋へ到着した。


「見たい本どーぞ!!」

「はぁ……はぁ……わかった!」


 肩で息をする俺は、整わない呼吸のまま歩き始めた。

 ユリは俺の手を掴んだまま付いてきている。


「スターティング……」


 本と言えばいつも探してる気がするなぁ。

 中学からずっとポケットに入っていたから、ないと何だか不自然な感じがするんだ。


「あ、あった」

「あれのこと?」


 スターティングを手に取るとユリは首を傾げる。


「どうした?」

「その本ならスミレの本棚にあるよ」

「え、マジで!?」


 じゃあ俺がユリに引っ張られながら必死で走ったのはなんだったんだ! くそー、もう全部あるのかよー!


「ん?」


 前にも言ったが、スターティングは全三巻。

 俺がいつも持ち歩いていたのは一巻。時々持ち出す二巻と、家でゆっくり読む三巻だ。

 話は連続してるんじゃなくて、一つの物語を三人の視点から書いてるんだ。だから結構一巻の主人公は他から見ると不自然な動きをしていて面白かった。


「で、件の二巻と三巻は……?」


 ない。

 スターティング一巻にはスターティングとしか書かれていなくて、二巻三巻の気配はない。


「あ、そうか!」


 スターティングが一番始めに出版されたのが1994年頃で、二巻と三巻が出てくるのはその十年以上後なんだ。

 十年も経っていない2003年にはないのか……。


「……残念」

「もういいの?」


 本屋を出る俺はこくりと頷いて返した。


「じゃあお菓子買お!」


 ユリによると、駄菓子屋が中にあるらしい。そこで買うんだと。

 ユリが再び手を掴む。あれ、これって……。


「わー!」

「やっぱりかー!!」


 あー抵抗すると靴が擦りきれる……。抵抗をやめてしばらくすると、つーかすぐに駄菓子屋についていた。


「はやっ!」

「ふふーん、ユリは走るのは大得意なのでーす!」


 知ってるよ、大人のお前に何度も聞いてたし見てたからな。


「すごいなーユリ。将来は陸上選手だな!」

「りくじょー……?」

「その内わかるさ」


 ユリの頭を撫でて店に入る。

 懐かしい雰囲気だなー、ガムとかグミとか安く売ってるんだよなー。アニメのブロマイドカードなんて、二日もすれば無くしてたのに買って…。

 百円でどれだけ買えるか友達と張り合ってみたり、ちょっと高い爆竹とか欲しかったけど十二才になってからーとか言われて。でもその頃になるとあんまり来なくなってたから結局買わなかったなぁ。

 高学年になったらデパートの駄菓子屋はよく来てたけど。


「シャガ! お菓子は百円まで! わかった?」

「はいはーい、適当に見回って買うよー」


 ユリが頷いたのを確認して、俺は駄菓子屋を見回った。






「あ! それおいしそー」

「ん? 食うか?」

「やったー!」


 自販機の横のベンチに座ってお菓子を食べる俺達。高校の時にやってた、あーん、って凄い嫉妬とか白い目で見られてたけど。

 今の俺達がやってたら何故だか大人が優しげな目で見てくるなぁ。


「あ、ユリそれショートニングの塊なんだぜ」

「……?」


 恋人に意地悪で言われたことを、子供の恋人に言い返す。精神年齢がかけ離れた男子がそんなことをやっても空しいだけだった。


「じゃーユリ、ここからはどうする?」

「んーとね! ゲームセンター行きたい!」

「ゲーセン?」


 あるのか? と訊ねると、どうやら一番上の階にあるらしい。

 少し行儀が悪いがお菓子を食べながら上へと向かった。


「うわー、なつかしー」


 小学五年の時に何度も来たところにそっくりだ。あの時は広く感じてたし、今の状態の視点でもとんでもなく広いんだけど大人になると大したことなかったんだよな。


「入ろ!」


 中に連れていかれる。

 ユリはさっそく両替機に百円を投入した。コインがじゃらじゃら出てくる。


「使っていいのは三百円までだよ! だから二人で大事に使おうね!」


 しっかり教育されてるなー。

 五才だぞこいつ、スミレも中々やるじゃねーか。


「十一枚! シャガに六枚あげるー」


 数を数えるのなんてお手の物。そんじょそこらの小学生よりも頭は良いぜ。

と言っても、そんなにやりたいゲームもないんだよなぁ。

 ふと目に入ったコイン落とし系ゲーム。

 ずっと入り浸ってるお婆さんがいくらか分けてくれてたな。と、その時。


「あー!!!」

「ど、どうしたのシャガ!」


 いるじゃん! そのお婆さん!!!


「な、なに言ってるの?」


 あ、でも十年近く前からずっといるってお婆さん言ってたかも小五の時。ってことは……。


「ここ俺の知ってるデパートかよ!!」


 外装はなんら変わってなかったし、でも大手だからたまたまだと思ってたよ! 内装は若干違えど大体一緒じゃねーか! なんで気付かなかった俺!!


「シャガ?」

「い、いやなんでもない…」


 ここは俺の知ってるデパート。

 ってことは、ここから一五分もあれば自転車で俺の家に着くのか……。


「ユリ、ここ終わったら外出るぞ!」

「え? うん、わかったー」


 俺の分は直ぐに使い終えてしまおう。コイン落としなんて六枚ではなんにもできないだろうしな。

 ここで使いきる。

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