全剣全刃
「これぞ『全剣全刃』ッ! いざ参りますわっ!」
「無線攻撃端末だと……!」
「そう。この無数の刃の集合体こそ、我が慈悲の剣の真の姿っ! 恐れおののきませっ!!」
くん、と彼女が手首を返すと、先ほど投げた双剣さえも誘導されて、手の中へと再び収まった。
「……まずいな」
イクスが唸る。
状況が激変し、追い込まれたことは、央太にもわかっていた。
「まずいよな、あれ。見るからに」
「ソードビット……強力な全領域兵装だ。奴の思念誘導で、あらゆる角度・距離から敵に襲いかかる。最初に言ったな? まさしく我らにとって最悪の、全方位からの攻撃……状況は極めてまずい」
イクスの言葉に頷くエリザベス。
だがそれは傲慢ゆえではなく、単に事実の追認としてのものだった。
「その通り。こうなった今、あなたたちの勝ち目は、おそらくありませんわ。しかし……侮ることなく、倒すまで手は抜きません!!」
「来るぞ央太っ!」
「言われなくてもっ!」
エリザベスが腕を振り抜くと、剣が一斉に動き出す。
無数の剣がまるで生き物のように、切っ先を向けて央太へと襲いかかった。
剣一本一本の攻撃は、そこまで重いものではない。純粋な威力で言えば、やはりエリザベス本人の直接攻撃のほうが遥かに強烈だ。
だが、それらがまるで央太を包囲し、追い詰めるかのように展開されていることこそが危険だった。
「後背は何とかする。前に集中しろ」
「わかってる!」
とにかく、攻撃が速いのだ。速さだけならば、エリザベス本人の打ち込みをも凌駕する。
央太の技量では、何とか打ち払うので精一杯。ギリギリかすめているものなど数え切れないほどだ。
イクスが展開する高次元力場で受け止めているものを含めれば、本来なら勝負が決まるレベルの直撃ですら、すでに何度も受けていた。
「くそ、このままじゃジリ貧だぜ!」
「バカ者! 余計なことを考えるな、敵に集中しろ!!」
「え?」
ふと気付くと、離れたところよりソードビットを操っていた、エリザベスの姿が視界から消えていた。
「飛んでくるのは、ソードビットだけとは限りませんわよっ!」
「し、しまっ……」
自ら操るソードビットの嵐をかい潜るように、切っ先を向けたエリザベスが突っ込んでくる。
ソードビットを全て展開しているため、剣気を利用したブースターを使えず、爆発的な加速力こそない。
それでもなお、全方位からの攻撃に気を取られている隙に仕掛けた、この奇襲は効いた。
だが──央太は幸運だった。
「あ、危ねぇ……すまん、イクス」
「構わん。私はお前が戦うための道具なのだ。盾でも何でも、好きに使え。だが……」
とっさに滑り込ませたイクスの刃で、央太はエリザベスの突進強襲を受け止めていた。
しかし、代償は大きい。
ぴしりと小さな音がしたかと思うと、受けとめた一点を中心として、刀身に亀裂が走った。
「むッ……!」
「お、おいおいおいっ!?」
「……高次元力場のエネルギーを、さっきからお前の防御に回していたのでな。出力が足りず、私自身の筺体強度で受けるしかなかった。折れなかったのは幸いだが、この分だと二度目はないな……!」
「大丈夫かよ!? 何で……そこまで……っ!」
返す返すも、央太は素人同然の存在だ。
戦い慣れしていない、メンタルの弱さは如何ともしがたいところがある。狼狽を隠せないのだ。
どのような形であれ、自分に戦う力を与えてくれたイクスに対し、少なからぬ特別な感情を、彼は抱き始めていた。
「何で……そこまで? これは異な事を言うじゃないか。勝利のために決まっているだろう」
「そんなこと言っても、もしもお前が壊れちまったら!」
「案ずるな、人工剣霊には自己修復機能がある。しばらく鞘モードで休めばいいだけのことだ。それよりも、この戦いを大事にしろ」
「だ、だけどさ……!」
「心配無用。約束は果たすと言ったろう。お前に、必ずや勝利を与えてみせる」
この後に及んでもなお、確信に満ちた言葉だった。
「央太……もう、強い奴に頭を垂れることは、やめるのだろう? だから私を手に取った。違うか?」
「イクス……」
傷ついた本人にこう言われてしまっては、返す言葉もない。
「お前が……そう言うなら」
「それにだ、央太。楽しいとは思わないか? この、逆境というものは」
イクスの声には、明らかな高揚感が混じっている。状況にそぐわないほどに、その声は明るく、そして前向きだった。
「そもそも私は強すぎるからな。お前ぐらいのハンデがあったほうが、ちょうどいい」
「俺はハンデ扱いかよ!」
「ははは! 拗ねるな、我が主!」
「くそっ、初めて心配してやりゃあ……」
イクスを握り直し、エリザベスへと向き直る。
彼女は先ほどからずっと、央太たちのこと見つめていた。何か思うところがあるようだった。
「……仲がおよろしいのですね」
やけに不思議そうに、エリザベスは言った。
「お、おかしいかよ?」
「おかしいわけではありませんが……ついさっき出会った間柄にしては、ずいぶんと打ち解けておいででは、ありませんこと? 私てっきり、追い詰められたその駄剣が、人が良くて単純なあなたを騙し、言いくるめでもしたのだとばかり……」
騙された、言いくるめられたというと、あまり否定は出来ない。
だがそれでも、イクスを手にしたことだけは、自分自身の選択のつもりだった。
それに──、
「央太との出会いは、偶然ではない。貴様に追いつめられたのは偶然だが……央太と出会い、我が主に迎えたことは偶然ではない。私が求めた私の主だ、浅見央太という男はな!」
目を見開くエリザベス。
そして、納得したように頷いてから続けた。
「なるほど……あなた方は強かった。素人も同然の剣の主であっても、なお強い。その理由は、求め、求められているがゆえ、ですか……納得いたしましたわ」
「我らは時間がなかったのでな。今は鉄火場のひりつく空気で促成栽培だ。まぁ、この先ゆっくりと、我が主とは信頼を育むつもりであるがな」
「この先……ふむ、それは残念でしたわね。あなた方の強さを認めた上で、もう一度言いましょう。あなた方に、この先などございません。ここであなたたちを討ち取り、公安委員として処断いたします!」
公安委員──その言葉が出ると、央太がゆっくりと顔を上げた。
「処断、か……ハノーヴァー、お前のその公安委員ヅラは、やっぱ好きになれないな」
「嫌われるのも仕事のうちです。これは、誰かがやらねばならぬこと……事実として二級生徒たちが起こす諸問題は、このアカデミーの治安を悪化させています。それを鎮圧し、学生犯罪の温床を撲滅浄化する。それが、私たちの使命!」
「使命、ね……言ってくれるぜ。剣を持ってりゃ、そんなに偉いのかよ!」
「そもそも、剣を執る努力を放棄した者が、あなたたち二級生徒でしょう!!」
「……ッ!」
もはや、これ以上に語ることはない。
両者とも、それを悟ったかのように己の相棒を──人工剣霊を構えた。
「決着を付けましょう……私の勝利で!」
「いいや! 勝つのは俺たちだ!!」