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セイバーズ・アカデミー  作者: 桂樹緑
『童貞』喪失
8/14

強襲、そして逆襲

「……覚えておけ、央太。あれが信頼というものだ」

「格好付けてる場合かよ! こっから本領発揮だぞ、あいつら!」

「だろうな。そうでなくては意味がない。これから奴らを倒すのに、言い訳などされては面倒だからな」


 央太の表情が、キョトンとしたものに変わる。

 一瞬、何を言われたのか、わからなかったのだ。


「おっ……お前、もしかしてわざと……?」

「まさか。私も流石に、そこまで深慮遠謀の持ち主ではない。売り言葉に買い言葉で、自分の言いたいことを口にしただけだ。それに……」


 声のトーンが、少し拗ねたような、不満げに尖ったものへと変わる。


「央太。お前はもしかして、私が口八丁でピンク頭たちを丸め込もうとしているとでも、思っていたのか?」

「正直に言えば」

「そういう歯に衣を着せぬところは、お前の良いところなのだと思うが……まるでプライドがないように断じられるのは、少し傷つくぞ」

「わ、悪い……」

「……なるほどな、これが信頼の差というわけか。これは案外、こちらが不利かもしれん」

「本気で言ってる?」

「半分くらいはな。ま、もう少し私を信じてくれ。私は私の目的のため、お前と契約したが……お前を勝たせるというのも、また本気の想いだ。何故なら、お前が勝たねば私の目的は果たされない」


 それだけは、嘘じゃない。

 決然とした声色からは、そう感じ取れた。


「だけど、その目的ってやつを……俺はまだ聞いてないな」

「そのうち教えてやる。まずは、奴らを片付けることのほうが先だ」


 央太は頷いた。

 結局のところ、自分はイクスがいなくては戦うことができない。

 一介の二級生徒が学年主席に喧嘩を売る──あるいは売らされた、になるが──ともかく無謀なその行為を支えるのは、イクスの存在なのだ。

 信じる信じないではなく、頼るしか選択肢は存在しなかった。


「……信じさせてくれよ、イクス」

「善処しよう」

「政治家みたいな答えだなっ、と!」


 イクスを真正面に構え、エリザベスを見る。

 威圧するように広げられた剣甲冑(ガレルース)の鋼翼が、小柄な彼女を何倍にも大きく見せている。

 いや、大きく見えるのは、表面積の広い鋼翼のためだけではない。

 本気になったエリザベス・ハノーヴァーという存在そのものが、とてつもなく大きく見えた。


「どうしたのかしら? 打ち込んできませんの?」

「いやぁ、さすがだぜ学年主席。打ち込む隙ってやつが、まるで見当たらねぇ」

「なるほど……無謀な攻撃を仕掛けないこと、賢明だと褒めてさしあげますわ。本来、ハノーヴァーの刀法は守勢を得意としておりますの。迂闊な動きを見せれば、蜂の巣でしたのよ? たとえば……こんな風に!」


 片手のコルタナを、ついと眼前で構えた瞬間、素早く撃ち出される光弾状の剣気。速射で三発、銃でいうところの三点バースト射撃だ。

 牽制攻撃。距離の利を持つエリザベスは、自らの中心軸から相手を突き放そうとするのが基本戦術となる。

 堅実にして実直。基本を押さえ、詭道に走らず、常に自分本来の距離と空間を保つ──それが努力と実績を積み重ねてきた、彼女(エリザベス)戦術(スタイル)

 にわか剣士といって差し支えない央太が対抗するには、少々荷が勝ちすぎる。

 打ち込まなかったのは、警戒しているからだけではない。

 はっきり言えば、攻めあぐねていた。


「……央太、ここで問題だ」

「あ?」


 手にしたイクスが問いかける。


「相手は飛び道具。こちらの得物は剣が一振り。さて、どう攻めるのが正解だ?」


 央太は一瞬、何を言っているのだという感じに、怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて僅かに、口元を綻ばせた。


「わかるな、央太?」

「……ああ。一切の戦略が立たずとも、まずは……」


 立っていた倉庫の屋根が弾ける。

 衝撃に耐えかね、砕けた屋根の建材が、バラバラになりながら宙を舞う。

 それは、強烈な踏み込み。央太の身体は弾丸のように飛び出していた。


「近寄って、斬る!」


 真っ直ぐに、跳ぶように、間合いを詰める央太。


「バカ……!」


 エリザベスの表情が、複雑にしかめられる。

 愚策をとった──そう言わんばかりだった。

 事実、その愚策を待ちかねたように、万全の体制から彼女はコルタナの剣気を撃ち出す。

 両手の双剣から三連射ずつ……照準のぶれることがない、まさしく正確無比な攻撃。教科書に載せたいほどの、歪みない正しさ。

 だが、それゆえに()()()()()()


「央太! 私を突き立てろ! 屋根を剥げっ!」

「お、おうっ!」


 イクスの刃が倉庫の屋根に食い込み、削ぐように斬り裂く。

 踏み込みの勢いをそのままに、抉れめくれ上がる軽合金の屋根。

 畳のようなサイズの切れ端となったそれを、央太はエリザベスに向かい、思い切り蹴り飛ばす。


「こんな切れっぱしで、私の()()()()が止められるとでも!?」


 人間一人が隠れてしまえるほどの大きさとはいえ、所詮は大した厚みもない金属板だ。

 あくまで刃の帯びた剣気(エネルギー)を飛ばすだけの技だとはいえ、この程度のものを貫けない道理など皆無。

 こんなものでは牽制の攻撃ですら、妨げる盾にはならない。


「盾のつもりは、ないんでなあっ!」


 めくった屋根板は、さっきほどの切れ端なら、まだ数枚は切り出せるほどの量がある。

 矢継ぎ早に、畳ほどある金属の切れ端を、次々に蹴り出す央太。

 そうして彼がエリザベスとの間に作り出したのは、十重二十重に折り重なった、いわば金属のヴェールだった。


「ええい、邪魔っけですわっ!」


 エリザベスは、歯噛みする。

 確かに薄っぺらい金属板の一枚や二枚、剣気で撃ち抜くのは簡単だ。むしろ、この重なり合った全てを貫通させることすら容易い。

 だが──『視線』となると話は別だ。

 視線はあくまで視線でしかなく、壁の向こうを見通すことは出来ない。


「お嬢様、視界が……!」

「わかってます! ソッコーで薙払いますわよっ!」


 剣風一閃、横薙ぎに振り抜かれたコルタナが、目の前の金属板を払いのける。

 横薙ぎに、だ。切っ先は、横を向いている。

 間合いのアドバンテージを生み出す、剣気を射出する切っ先が、横に。

 たらりと冷や汗が、エリザベスの頬を伝った。


「し……しまりましたわぁっ!?」

「引っかかってくれてェッ! アァァァリガトォォォッ!!」


 金属片の影から、獣のように荒々しく突っ込んでくる央太。

 大上段に振りかぶったイクスが、とっさに受けに回ったエリザベスに打ち込まれる。

 交差したコルタナに食い込む切っ先が、みしりと危険な悲鳴を上げた。


「くっ……こうも容易く、接近を許すなんて!」

「ズルいだなんて、言わないでくれよ! こっちは弱い二級生徒なんでなぁ! 勝つためだったら何だってするぜ!!」

「何が……!」


 大車輪のように、途切れることのない央太の打ち込み。

 その一撃一撃が重く、疾い。イクスと二人、大分呼吸が合ってきているのだ。

 洗練されているとは言えず、見た目は変化に乏しい、真っ直ぐで動物的な太刀筋だったが、単純な速さと威力が規格外だった。

 体勢を立て直す余裕がない。エリザベスも、受けてしのぐのが精一杯だ。


「お、押されているとは……! とにかく離脱を!」

「間合いは取らせん!」


 空中へと逃げようとするエリザベス。

 それを追って飛ぶ央太。

 狭い倉庫の屋根の上ではなくなったが、間合いは相も変わらずクロスレンジのままだった。


「調子に乗るんじゃありませんわ! この間合いでなら、(わたくし)が弱いとでもっ!?」


 両手の双剣を巧みに操り、刺突と斬撃のコンビネーションが繰り出される。

 素早い打ち込み。だが、受け手に回っていた無理な姿勢からの攻撃は、速さと引き換えに軽い。


「腰が入っていない! 弾くぞ、央太!」

「おうよっ!」


 襲いかかるコルタナの切っ先に合わせて、イクスを力強く振り抜く。

 甲高い金属音と共に、ぶつかり合った二人の剣。だが、そこに乗せられている重さは段違いだった。

 剣そのものの頑丈さ、刀身の重さ、それを振り抜く剣の主(セイバー)の筋力、そしてスピード──すなわち剣速。あらゆる要素で、イクスのそれはコルタナを凌駕していた。

 コルタナ本人の見立て通りに。


「ちっ……馬鹿力出してくれますわねぇ!」


 ビリビリと痺れる手首をかばうように引き戻しながら、エリザベスが吐き捨てる。

 技量では圧倒的に相手の上を行くと、自他ともに認めるエリザベスの剣が、央太とイクスが合わさった単純なパワーの前に圧倒されている。

 格闘技の世界には「柔よく剛を制す」という理想を体現した言葉がある。

 それは普遍的な事実を指すのではない。理想は、理想なのだ。出来ないから、目指す。

 およそ大概の場合、技は力に負けてしまう。今が、そうだった。


「お嬢様……状況が悪化しています。奥の手を」

「……ええ、仕方ありません。四の五の言ってる場合じゃなさそうですしね……」


 ぐん、とエリザベスが踏み込んだ。

 これまで、央太を突き離そうとする一方だった彼女がベクトルを一変させ、素早く間合いを詰めてくる。

 ついさっきまで、空間機動のイロハも理解していなかった央太と比べれば、やはりエリザベスには一日以上の長がある。

 打ち込みはせず、ただ剣をちらつかせながらの空中機動(フットワーク)だけで、央太を追い込んでいく。


「足元が……お留守ですわっ!」

「何をっ!?」


 身長の割に長い足が、しなやかかつ強烈に、央太の踵を蹴り払う。

 地に足を付けた状態ではない、空中での足払いに意味があるのかと思えば、さにあらず。

 しならせた鉄棒で叩くようなその蹴りは、身体の重心を支点として、央太の身体を軽々とひっくり返した。


「おわっ!?」

「はぁぁぁっ!!」


 追撃は続く。全身に捻りを加え、さらに瞬間的に背中の鋼翼のブースターで加速を加えながら、強烈な回し蹴りを叩き込む。


「ぐあっ!」


 辛うじてイクスで受けるものの、衝撃は大きい。体重差がまるで無きもののように、身体ごと大きく弾き飛ばされる央太。

 せっかく詰めた間合いを、再び離されてしまった。


「くっ、ならもう一度!」

「させませんわっ!!」


 エリザベスは言うが早いか、両手のコルタナを素早く投げ付ける。

 喉と左胸を狙った、青い光の尾を引く刃を、央太は身体を捻りながら後方に投げだすことで、辛うじて避ける。


「危ねぇっ! くそっ、やりやがった……だが、コルタナを投げたのは失敗だったな!」


 無手。彼女は両手の得物を今、手放していた。

 好機とばかりに、央太が突っ込む。

 しかし彼を出迎えたのは、すうっと割れるように開く、エリザベスの口元に浮かんだ嘲笑だった。


「失敗? 何のことかしら? 全て(わたくし)の……計算通りっ!!」


 両手を大きく広げるエリザベス。それに合わせて、背より伸びる鋼翼が一際大きく広がり、弾けた。


「ソードビット、全力展開(フルオープン)ッ!!」


 一瞬の後、鋼翼はほとんど骨組みだけの姿に変化していた。先ほどまでの鋼鉄の威容は、見る影もない。

 しかし──かつて鋼翼と一体であった羽根は今、宙を舞う無数の剣として、その全ての切っ先を央太へと向けていた。

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