強襲、そして逆襲
「……覚えておけ、央太。あれが信頼というものだ」
「格好付けてる場合かよ! こっから本領発揮だぞ、あいつら!」
「だろうな。そうでなくては意味がない。これから奴らを倒すのに、言い訳などされては面倒だからな」
央太の表情が、キョトンとしたものに変わる。
一瞬、何を言われたのか、わからなかったのだ。
「おっ……お前、もしかしてわざと……?」
「まさか。私も流石に、そこまで深慮遠謀の持ち主ではない。売り言葉に買い言葉で、自分の言いたいことを口にしただけだ。それに……」
声のトーンが、少し拗ねたような、不満げに尖ったものへと変わる。
「央太。お前はもしかして、私が口八丁でピンク頭たちを丸め込もうとしているとでも、思っていたのか?」
「正直に言えば」
「そういう歯に衣を着せぬところは、お前の良いところなのだと思うが……まるでプライドがないように断じられるのは、少し傷つくぞ」
「わ、悪い……」
「……なるほどな、これが信頼の差というわけか。これは案外、こちらが不利かもしれん」
「本気で言ってる?」
「半分くらいはな。ま、もう少し私を信じてくれ。私は私の目的のため、お前と契約したが……お前を勝たせるというのも、また本気の想いだ。何故なら、お前が勝たねば私の目的は果たされない」
それだけは、嘘じゃない。
決然とした声色からは、そう感じ取れた。
「だけど、その目的ってやつを……俺はまだ聞いてないな」
「そのうち教えてやる。まずは、奴らを片付けることのほうが先だ」
央太は頷いた。
結局のところ、自分はイクスがいなくては戦うことができない。
一介の二級生徒が学年主席に喧嘩を売る──あるいは売らされた、になるが──ともかく無謀なその行為を支えるのは、イクスの存在なのだ。
信じる信じないではなく、頼るしか選択肢は存在しなかった。
「……信じさせてくれよ、イクス」
「善処しよう」
「政治家みたいな答えだなっ、と!」
イクスを真正面に構え、エリザベスを見る。
威圧するように広げられた剣甲冑の鋼翼が、小柄な彼女を何倍にも大きく見せている。
いや、大きく見えるのは、表面積の広い鋼翼のためだけではない。
本気になったエリザベス・ハノーヴァーという存在そのものが、とてつもなく大きく見えた。
「どうしたのかしら? 打ち込んできませんの?」
「いやぁ、さすがだぜ学年主席。打ち込む隙ってやつが、まるで見当たらねぇ」
「なるほど……無謀な攻撃を仕掛けないこと、賢明だと褒めてさしあげますわ。本来、ハノーヴァーの刀法は守勢を得意としておりますの。迂闊な動きを見せれば、蜂の巣でしたのよ? たとえば……こんな風に!」
片手のコルタナを、ついと眼前で構えた瞬間、素早く撃ち出される光弾状の剣気。速射で三発、銃でいうところの三点バースト射撃だ。
牽制攻撃。距離の利を持つエリザベスは、自らの中心軸から相手を突き放そうとするのが基本戦術となる。
堅実にして実直。基本を押さえ、詭道に走らず、常に自分本来の距離と空間を保つ──それが努力と実績を積み重ねてきた、彼女の戦術。
にわか剣士といって差し支えない央太が対抗するには、少々荷が勝ちすぎる。
打ち込まなかったのは、警戒しているからだけではない。
はっきり言えば、攻めあぐねていた。
「……央太、ここで問題だ」
「あ?」
手にしたイクスが問いかける。
「相手は飛び道具。こちらの得物は剣が一振り。さて、どう攻めるのが正解だ?」
央太は一瞬、何を言っているのだという感じに、怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて僅かに、口元を綻ばせた。
「わかるな、央太?」
「……ああ。一切の戦略が立たずとも、まずは……」
立っていた倉庫の屋根が弾ける。
衝撃に耐えかね、砕けた屋根の建材が、バラバラになりながら宙を舞う。
それは、強烈な踏み込み。央太の身体は弾丸のように飛び出していた。
「近寄って、斬る!」
真っ直ぐに、跳ぶように、間合いを詰める央太。
「バカ……!」
エリザベスの表情が、複雑にしかめられる。
愚策をとった──そう言わんばかりだった。
事実、その愚策を待ちかねたように、万全の体制から彼女はコルタナの剣気を撃ち出す。
両手の双剣から三連射ずつ……照準のぶれることがない、まさしく正確無比な攻撃。教科書に載せたいほどの、歪みない正しさ。
だが、それゆえに読まれやすい。
「央太! 私を突き立てろ! 屋根を剥げっ!」
「お、おうっ!」
イクスの刃が倉庫の屋根に食い込み、削ぐように斬り裂く。
踏み込みの勢いをそのままに、抉れめくれ上がる軽合金の屋根。
畳のようなサイズの切れ端となったそれを、央太はエリザベスに向かい、思い切り蹴り飛ばす。
「こんな切れっぱしで、私の飛ぶ刺突が止められるとでも!?」
人間一人が隠れてしまえるほどの大きさとはいえ、所詮は大した厚みもない金属板だ。
あくまで刃の帯びた剣気を飛ばすだけの技だとはいえ、この程度のものを貫けない道理など皆無。
こんなものでは牽制の攻撃ですら、妨げる盾にはならない。
「盾のつもりは、ないんでなあっ!」
めくった屋根板は、さっきほどの切れ端なら、まだ数枚は切り出せるほどの量がある。
矢継ぎ早に、畳ほどある金属の切れ端を、次々に蹴り出す央太。
そうして彼がエリザベスとの間に作り出したのは、十重二十重に折り重なった、いわば金属のヴェールだった。
「ええい、邪魔っけですわっ!」
エリザベスは、歯噛みする。
確かに薄っぺらい金属板の一枚や二枚、剣気で撃ち抜くのは簡単だ。むしろ、この重なり合った全てを貫通させることすら容易い。
だが──『視線』となると話は別だ。
視線はあくまで視線でしかなく、壁の向こうを見通すことは出来ない。
「お嬢様、視界が……!」
「わかってます! ソッコーで薙払いますわよっ!」
剣風一閃、横薙ぎに振り抜かれたコルタナが、目の前の金属板を払いのける。
横薙ぎに、だ。切っ先は、横を向いている。
間合いのアドバンテージを生み出す、剣気を射出する切っ先が、横に。
たらりと冷や汗が、エリザベスの頬を伝った。
「し……しまりましたわぁっ!?」
「引っかかってくれてェッ! アァァァリガトォォォッ!!」
金属片の影から、獣のように荒々しく突っ込んでくる央太。
大上段に振りかぶったイクスが、とっさに受けに回ったエリザベスに打ち込まれる。
交差したコルタナに食い込む切っ先が、みしりと危険な悲鳴を上げた。
「くっ……こうも容易く、接近を許すなんて!」
「ズルいだなんて、言わないでくれよ! こっちは弱い二級生徒なんでなぁ! 勝つためだったら何だってするぜ!!」
「何が……!」
大車輪のように、途切れることのない央太の打ち込み。
その一撃一撃が重く、疾い。イクスと二人、大分呼吸が合ってきているのだ。
洗練されているとは言えず、見た目は変化に乏しい、真っ直ぐで動物的な太刀筋だったが、単純な速さと威力が規格外だった。
体勢を立て直す余裕がない。エリザベスも、受けてしのぐのが精一杯だ。
「お、押されているとは……! とにかく離脱を!」
「間合いは取らせん!」
空中へと逃げようとするエリザベス。
それを追って飛ぶ央太。
狭い倉庫の屋根の上ではなくなったが、間合いは相も変わらずクロスレンジのままだった。
「調子に乗るんじゃありませんわ! この間合いでなら、私が弱いとでもっ!?」
両手の双剣を巧みに操り、刺突と斬撃のコンビネーションが繰り出される。
素早い打ち込み。だが、受け手に回っていた無理な姿勢からの攻撃は、速さと引き換えに軽い。
「腰が入っていない! 弾くぞ、央太!」
「おうよっ!」
襲いかかるコルタナの切っ先に合わせて、イクスを力強く振り抜く。
甲高い金属音と共に、ぶつかり合った二人の剣。だが、そこに乗せられている重さは段違いだった。
剣そのものの頑丈さ、刀身の重さ、それを振り抜く剣の主の筋力、そしてスピード──すなわち剣速。あらゆる要素で、イクスのそれはコルタナを凌駕していた。
コルタナ本人の見立て通りに。
「ちっ……馬鹿力出してくれますわねぇ!」
ビリビリと痺れる手首をかばうように引き戻しながら、エリザベスが吐き捨てる。
技量では圧倒的に相手の上を行くと、自他ともに認めるエリザベスの剣が、央太とイクスが合わさった単純なパワーの前に圧倒されている。
格闘技の世界には「柔よく剛を制す」という理想を体現した言葉がある。
それは普遍的な事実を指すのではない。理想は、理想なのだ。出来ないから、目指す。
およそ大概の場合、技は力に負けてしまう。今が、そうだった。
「お嬢様……状況が悪化しています。奥の手を」
「……ええ、仕方ありません。四の五の言ってる場合じゃなさそうですしね……」
ぐん、とエリザベスが踏み込んだ。
これまで、央太を突き離そうとする一方だった彼女がベクトルを一変させ、素早く間合いを詰めてくる。
ついさっきまで、空間機動のイロハも理解していなかった央太と比べれば、やはりエリザベスには一日以上の長がある。
打ち込みはせず、ただ剣をちらつかせながらの空中機動だけで、央太を追い込んでいく。
「足元が……お留守ですわっ!」
「何をっ!?」
身長の割に長い足が、しなやかかつ強烈に、央太の踵を蹴り払う。
地に足を付けた状態ではない、空中での足払いに意味があるのかと思えば、さにあらず。
しならせた鉄棒で叩くようなその蹴りは、身体の重心を支点として、央太の身体を軽々とひっくり返した。
「おわっ!?」
「はぁぁぁっ!!」
追撃は続く。全身に捻りを加え、さらに瞬間的に背中の鋼翼のブースターで加速を加えながら、強烈な回し蹴りを叩き込む。
「ぐあっ!」
辛うじてイクスで受けるものの、衝撃は大きい。体重差がまるで無きもののように、身体ごと大きく弾き飛ばされる央太。
せっかく詰めた間合いを、再び離されてしまった。
「くっ、ならもう一度!」
「させませんわっ!!」
エリザベスは言うが早いか、両手のコルタナを素早く投げ付ける。
喉と左胸を狙った、青い光の尾を引く刃を、央太は身体を捻りながら後方に投げだすことで、辛うじて避ける。
「危ねぇっ! くそっ、やりやがった……だが、コルタナを投げたのは失敗だったな!」
無手。彼女は両手の得物を今、手放していた。
好機とばかりに、央太が突っ込む。
しかし彼を出迎えたのは、すうっと割れるように開く、エリザベスの口元に浮かんだ嘲笑だった。
「失敗? 何のことかしら? 全て私の……計算通りっ!!」
両手を大きく広げるエリザベス。それに合わせて、背より伸びる鋼翼が一際大きく広がり、弾けた。
「ソードビット、全力展開ッ!!」
一瞬の後、鋼翼はほとんど骨組みだけの姿に変化していた。先ほどまでの鋼鉄の威容は、見る影もない。
しかし──かつて鋼翼と一体であった羽根は今、宙を舞う無数の剣として、その全ての切っ先を央太へと向けていた。