信頼の刃
イクスは力強く答える。
「私はお前と約束した。契約した。取り決めた。私がお前を勝たせるとな」
「出来るのか?」
「当たり前だ。私の……人工剣霊の存在意義とはすなわち、主を勝たせることに他ならない。我らはお前たち剣の主に使われる、戦道具なのだから」
イクスの刀身が、低く、唸るように振動する。
「今は剣甲冑すら展開できぬこの身だが、それでもなお断言しよう。お前とあのピンク頭を比べた差より、私とコルタナを比べた差のほうがでかいとな」
「ッ!」
思わず空を見上げる。
今の言葉を、エリザベスがどう捉えるか──予想はついていたが。
「聞き捨てなりませんわね」
激しやすい彼女らしからぬ怜悧な声色が、ゆっくりと屋根の上まで降りてくる。
だが、それは冷静であるのとは違う。沸点を軽々と突破した、冷たく熱い、氷の炎だ。凍てついた怒りそのものだ。
「聞き捨てならない、と言いました」
「と、言うと?」
水を向けたイクスを、じろりと睨む。
「取り消しなさい。我が愛剣コルタナは、ひいお婆様の代よりハノーヴァー家に仕える家宝。真銘すら知れぬはぐれ駄剣ごときに、かような辱めを受ける謂われはございません!」
「お嬢様……」
感極まったように、コルタナがぽつりとこぼす。
麗しきは主従愛──しかし、それすらイクスにとっては嘲弄と共に、冷徹に否定すべき対象でしかない。
「ふん。しかし貴様の人工剣霊こそが、他の誰よりも正しく事実を理解していると思うがな」
「そ、それは……」
「どうだコルタナ、言ってみろ。お前は、この私に勝っているのか?」
重苦しい沈黙が、周囲の空間を支配する。
その空気を無為に破らぬよう、イクスだけに聞こえるような声で、央太が言った。
「お前、性格悪いなぁ」
「否定はせんが……敵に愛想良くしても意味がなかろう」
それを言われると、央太は言葉に詰まる。
そもそも央太自身、エリザベスたちの敵なのだ。イクスの主であり契約者である央太に、イクスを否定や非難する権利はない。
今、イクスの言葉を否定すべき者は、ただ一人。
ただ『慈悲の剣』だけが、その権利を持つのだ。
「……コルタナ、遠慮はいらないわ。ハノーヴァーの剣として、正しく答えなさい」
エリザベスがそう促してもなお、コルタナは口を開かない。
表情の知れぬ剣──人工剣霊の身ではあっても、彼女が逡巡している気配は、ありありと伝わってくる。
言うべきか、言わざるべきか。コルタナはそれを、迷っているのだ。
「お嬢様、申し上げます」
やがて、コルタナは酷く乾いた口振りで、主を呼んだ。
「……先ほどの、たった一度の交錯でわかりました。あの人工剣霊の出力は現段階ですら、こちらのそれを凌駕します。また戦闘経験でも、私よりもずっと多いはずです。刀身強度、ウェイトバランス、感応同調の応答速度……今、剣甲冑を展開していないことを差し引いても、およそ戦闘に関わっているあらゆるステータスで、彼女は私の上を行きます」
「つまり……?」
「認めます。あの『X』の一文字で、己が真銘すら隠す人工剣霊は、どこの馬の骨とも知れぬと、お嬢様がおっしゃった人工剣霊は……私より優れた剣です」
大きく、エリザベスの目が見開かれた。
裏切られた期待。怒りに打ち震えるのを堪えるように、ぎゅうっとコルタナの柄を握りしめている。枯れた木製のグリップが、ギィッと耳障りの悪い音を立てた。
「……コルタナ、あなたは私たちが……あの者たちに勝てないと言いたいの……?」
プライドにつけられた傷口から、無理やり絞り出したような声で、愛剣に今一度問う。
手にしたままのコルタナを、怒りに任せて屋根に叩きつけないのは、彼女にまだ理性が残っているということなのだろう。
しかし、辛うじて癇癪を堪えたこの状態で、もう一度期待に添わない台詞を口にすれば、今度こそそれは現実となるに違いない。
「いいえ、お嬢様」
コルタナは、主の言葉を否定する。
別に、癇癪を恐れたわけではないだろう。
そういう俗で下世話な思惑が滲まない、凛として澄み切った言葉だった。
「認めたのは、私とイクスの優劣です。断じて勝敗ではありません」
コルタナが続ける。
「どんなに私が弱くても、どんなにイクスが強くても! 私とお嬢様が組んだその時、勝てない相手など……絶対にいませんっ!!」
「よくぞ……言いましたっ!」
主を喜ばせるための言葉ではない。
時間が育む、積み重ねた関係に裏打ちされた、絶対的な確信と絶対的な信念による共存関係。
人はそれを、『信頼』と呼ぶ。