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セイバーズ・アカデミー  作者: 桂樹緑
『童貞』喪失
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人工剣霊コルタナ

「『慈悲の剣(コルタナ)』!」

「はい、お嬢様!」


 エリザベスの声に、双剣が答えた。

 イクスのような鼻っ柱の強さのない、穏やかで誠実な少女の声だった。

「なるほど、ピンク頭の人工剣霊(メイデンブレード)はコルタナか」

「ああ。イギリス王室に連なる名家、ハノーヴァー家の()()()()()だとさ」


 イクス、コルタナ……彼女たち言葉を話す剣は、『人工剣霊(メイデンブレード)』と呼ばれている。

 かつて、三度目の世界大戦中に突如として出現した人工剣霊(メイデンブレード)という兵器は、それまでの戦争の在り方を一変させてしまった。

 ある戦場において、人工剣霊(メイデンブレード)を手にするたった一人の剣の主(セイバー)に、航空機や戦車を含む大軍団が一蹴されたのだ。

 『高次物質化理論』と呼ばれる研究をもとに生み出された人工剣霊(メイデンブレード)の所有者には、通常兵器の全てが無意味だ。

 比喩表現ではない。人工剣霊(メイデンブレード)の持つ高次元力場(ディバイン・レイヤー)と、それを物質変換した『剣甲冑(ガレルース)』と呼ばれるレイヤー結晶装甲は、既存のありとあらゆる攻撃を無効化してしまう。

 核をもってしても殺れはせん──名将として知られる某国の上級将校は、人工剣霊(メイデンブレード)が持つ剣甲冑(ガレルース)のことを、そう評した。

 そしてまた、『高次物質化理論』の応用によって生み出される莫大なエネルギーは、攻撃に転用することで凄まじい破壊力の源となる。

 実戦仕様の人工剣霊(メイデンブレード)の放つ一撃は、一切の誇張なく、空を裂き、海を割り、大地を砕く──まさしく攻防ともに、文字通り次元の違う兵器だった。

 そんな超兵器を、央太とエリザベスは今、手にしている。

 二人は人工剣霊(メイデンブレード)の担い手となるため、この航空学園艦(アカデミー)に数万という単位で集められた、『可能性』を持つ子供たちだった。

 二人のような、人工剣霊(メイデンブレード)を起動できる可能性のある子供たちに実物を与え、その扱い方に習熟させる──それがこの、アカデミーという機関の役割。いわば、空を飛ぶ巨大な実験室だ。

 アカデミー内に張られた反高次元力場フィールドにより人工剣霊(メイデンブレード)の機能は大幅に制限され、外界ほどの危険性はないとはいえ、人工剣霊(メイデンブレード)であること違いはない。

 だというのに、このアカデミーに属する者にとって、剣を抜くという行為そのものは、さして特別な事ではなかった。


「……相手はコルタナ、一級品の人工剣霊(メイデンブレード)だぞ。対抗できるんだろうな、イクス?」

「それなんだがな、央太……」


 言い辛そうに、言葉を濁すイクス。

 とてつもなくイヤな予感がした。


「おい、どうかしたのか?」

「どうにも出力が上がらん。剣甲冑(ガレルース)が展開できん」

「はぁ!? 何でっ!?」

「私の予想以上に、お前の適性が低い。正直言って驚いたよ、はっはっは」

「笑いごとじゃねぇだろ!」


 人工剣霊(メイデンブレード)に対抗するには、同じ人工剣霊(メイデンブレード)をぶつける他はない。

 万人の共通認識であるその理由は、ひとえに人工剣霊(メイデンブレード)のみが、物質化した高次元力場(ディバイン・レイヤー)の装甲──すなわち剣甲冑(ガレルース)を展開できることにある。

 そして今、それができないと言われた。

 つまり──、


「冗談じゃないぞ! お前、俺に死ねっていうのか!?」

「なぁに、当たらなければどうということはない」

「シャアかよ!」


 当てられずに、当てる。

 それは口で言うほど簡単なことではなく──むしろ大変な困難であった。


「そう慌てるな。多方向からの一斉攻撃でなければ、対処のやりようはある。範囲は限定的になるが……高次元力場(ディバイン・レイヤー)を圧縮展開して、アクティブなシールドとして使うのだ。いざというときは、何とかそれで受け止めろ」


「無茶苦茶言いやがるな……アカデミー内とはいえ、お前らの攻撃を生身で喰らったら、こっちはタダじゃ澄まねーんだぞ!」

「ともかく、可能な限り避けろ、直撃だけはもらってくれるな」

「……はいはい、わーったよ」


 ぞんざいに返事をしながらも、央太は戦いを()()()とは言わなかった。

 すでに『選択』は終わり、『決闘』が始まっているのだ。

 イクスの柄を握ったとき、央太は力ある者に反逆し、プライドを取り戻すことを選んだ。

 それを翻すつもりはない。どれほど不利な状況であろうとも、それをもう一度捨て去るような真似だけは、絶対にしたくなかったのだ。


「幸い、感応同調(シンクロ)のほうは上手くいっている。反応速度に関しては一流レベルまで引き上げてやるから、奴らに後れを取ることはない」

「そうであってほしいな」

「私を信用してないのか?」

「今の会話から、どうやって信用しろっていうんだよ」

「……ちょ、ちょっと言い忘れてただけだ! 細かいことは気にするな!」

「こっちは命かかってるんですがッ!?」

「恐れるな! 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、だ!」

「他人事だと思いやがって……!」

「何をごちゃごちゃと……言っていますのっ!!」


 頭上から、突風が襲いかかる。

 コルタナを構えたエリザベスの、急降下攻撃だった。

 猛禽のように鋭く、そして速い。常人では見切れもかわせもしない速度。

 そんな速度で振り抜かれた斬撃を、しかし央太の両目ははっきりと捉えていた。


「後ろにっ……!」


 膝に力を入れ、崩れかけた体制を立て直しながら、後方に大きく飛び退く。

 ほんの一メートルほどのステップ──の、つもりだった。


「へっ!?」


 身体が羽根のように軽い。体重というものを、ほとんど感じなかった。

 それは未体験の加速感と浮遊感だった。宇宙遊泳とは、もしかしたらこんな感じかもしれない。

 緊張感なく、央太はそんなことを思った。

 だが──その浮遊感こそが、央太から重力を奪い取り、天地上下を誤らせる。


「お、おおっ!?」


 バランスを崩して、危うく頭からアスファルトに突っ込みそうになった己の身を、イクスを地面に突き立て、杖代わりにして立て直す。


「バカ者! 何をやっているか!」

「い……いや、悪い。ちょっと勝手が違って」

「当たり前だ! 感応同調(シンクロ)していると言ったろう! 今のお前は私のおかげで、身体能力は数倍に引き上げられているのだぞ! それを理解して行動しろ!!」

「……あらあら、急増コンビが仲間割れですの?」


 不協和音。

 そう言って差し支えないだろう。央太とイクスは、まだ噛み合っていない。

 央太にとっては何もかもが初めての体験で、わからないのだ。人工剣霊(メイデンブレード)の力を借り受けた、自分の動きというものが。

 その無知が、この素人丸出しのギクシャクとした動きに繋がっていた。

 傍から見ても──そして、敵であるエリザベスたちが見ても、わかるほどに。


「お嬢様」

「何かしら、コルタナ?」

「あの少年の動き……察するに『童貞』かと」

「ブフゥッ!?」


 吹いた。


「な、何を言い出すんですの、あなたは!?」


 愛剣が言い放った一言に、顔を真っ赤にしてまくし立てるエリザベス。

 赤面しつつも、視線が哀れっぽい感じに央太へと向けられているのが、見られる側としては何とも腹立たしい。


「……童貞なのか?」


 イクスにまでこんなことを言われた。


「うるせー! カンケーねーだろ、お前には!!」

「冗談だ。コルタナの言う『童貞』というのはな、敵と戦ったことがないという意味だ」

「な、なんだ……」


 そこで安心してしまうのは、男として非常に微妙なのだが、彼は気付いていない。

 そして、それを見て見ぬフリをするくらいの生温い優しさは、イクスも持ち合わせていた。


「ともかく、そんなことはこちらも承知だ。私に任せておけ。お前は無心で、私に身を委ねればいい。悪いようにはせん、いいな?」


「わ、わかった」


 頷く。

 当たればただでは済まない以上、央太も必死だ。謙虚に素直に、イクスの言葉を受け入れるしかないと、本能で理解していた。


「なぁに、『童貞』だからこそのやりようというものがあるのだ、心配はいらん」

「また童貞って言いやがった!」

「ちなみに、女の場合は当然『処女(ヴァージン)』と呼ぶのだが……つまりあのピンク頭は『非処女』、中古だな」

「誰が中古ですか!」


 彼女の滑らかなこめかみに、そぐわない青筋がビキビキと浮かび上がる。


「結婚するまで清い身体に! 決まっておりますでしょうっ!!」

「行き遅れたら大変だな」

「余計な……お世話ですわっ! この駄剣っ!!」


 突き付けられたコルタナの切っ先より、青白い光弾が撃ち出された。

 刀身の帯びた高次物質化エネルギーである『剣気』を集束・射出する、()()()()だ。もっとも刺突とは言っても、手元のトリガーを引くことで撃ち出される、より弾丸に近い性質のものだったが。

 コルタナの分類は、銃砲撃戦用人工剣霊(メイデンブレード)──銃剣ならぬ、『剣銃』と呼ばれるシロモノだった。


「踊りなさい! 浅見央太っ!!」


 速射された剣気が、雨霰と降り注ぐ。央太に。


「俺かよっ!?」

「あなたがさっさと、その駄剣を手放さないから! 今すぐ剣を捨てれば、半殺しで許してさしあげますっ」

「捨てなかったら?」

「もちろん全殺しですわっ」

「少しは殺人を躊躇しろよ、このバカ女っ!」

あなた(バカ)にバカと言われる筋合い、ございませんわぁっ!!」


 速射も乱射も自由自在。矢継ぎ早に飛んでくるコルタナの剣気を、ギリギリのところで身体を開いて、身をかわす。

 青白い光が視界をかすめ、青白い熱が頬をかすめるが、直撃はしていない。

 辛うじて──ではあるが、無傷。

 先ほどまでとは打って変わった、その動き。

 ギリギリでしか避けられなかったのは、単に央太の()()()()であっただけ──その本質は無駄がなく、実に効率的な動きだった。

 イクスとの感応同調が、自分の身体の使い方そのものを、央太自身に教えていた。


「きぃぃぃ、ちょろちょろと! 『二級生徒』は帯剣決闘の授業なんて、一度も出ていないはずでしょう!? いきなり何なんですの、その動きは!」


 あっさりと当たるに決まっている、そう思っていた己の予想を裏切られたのが気に入らないのだろう。

 ヒステリックにまくしたてる、エリザベス。


「くっくっく……ナメるなよ。私の膨大な戦闘経験があれば、感応同調(シンクロ)次第でこのぐらいのことはやれるんだ。まぁ貴様らのようにクセのない、素人の『童貞』だから出来ることだがな」


 肩で息をしながら睨み付けた彼女に投げかけられる、イクスの嘲弄。


「そんなことが……!」


 忌々しげにエリザベスの表情が歪む。

 ついでに、央太の表情も歪んだ。


「だから童貞童貞言うなよな……」

「男の自信をつけたくば、後で筆おろしでも何でもやってやる。今はピンク頭との決闘に集中しろ。ほら来るぞっ!」


 エリザベスからの敵意が、一気に膨れ上がる。


「コルタナ! ブーストッ!! ぶっこみますわっ!!」

「ソードビット・ブースター、二番から五番まで点火します」


 エリザベスのまとう鋼翼の一部分──刃状に尖った箇所が四つ、剣気と同様の青白い光を帯びる。

 鋼翼が一際強く輝いた瞬間、物理衝動を伴う高次物質化エネルギーが、エリザベスの身体を超高速で打ち出した。

 繰り出されるのは、その突進力の全てをコルタナの切っ先に乗せた平突きだ。

 ()()()()ではなく、()()()()()()()。身体ごとぶつかるような剣尖が、頭上から央太を襲う。


「痛ッ!?」

「今の打ち込みも避けた!? 本当に、はしこいですわねっ!」


 運が良かったのか、狙いが甘かったのか。

 当たると思った瞬間、考えるよりも早く身体を開いたことで、ほんのわずかに制服の肩口を斬り裂かれただけで済んだ。

 しかし、見切れたわけではない以上、今の速度で二度三度と繰り返されれば、どうなるかは自明の理。

 しかも相手は攻撃したと思えば、一瞬で遥か遠くまで離脱しているのだ。カウンターを取ることさえおぼつかない。

 央太の背中を、冷たい汗が流れた。


「かすったか……大事ないな、央太?」

「ああ。けど、二度三度しのげる速さじゃないぜ、アレは」

「あの小娘、バカだが思ったより腕は立つな。甘く見ていたかもしれん」

「お前な……学年主席なんだぜ、エリザベス・ハノーヴァーって女は。高等部一年の中で、一番強い剣の主(セイバー)なんだぞ」

「今年の一年はレベルが下がったと思ってた」

(……俺、もしかしてとんでもない地雷を踏まされたのか?)


 ズキンと痛む肩の傷。

 手にした剣は、どうやら現状認識が意外と甘い──不安のせいか、やけに傷の痛みを強く感じた。

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