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セイバーズ・アカデミー  作者: 桂樹緑
動き出す運命
3/14

人工剣霊イクス

「め、面接!?」

「……なんだ、その顔は? お前はそのために来たのだろう、央太?」


 馴れ馴れしく名前で呼ばれた事にも気がつかないほど、央太は混乱していた。


「そんな顔では、面接官への印象が悪くなるぞ。まぁ、私の事だがな」

「いや、いやいやいやいや! ちょっと待て! 何だよ、何なんだよ、これは!?」

「面接だ、と言ったはずだ」


 強い調子で詰め寄る央太を、妖しく輝く琥珀色の瞳でじろりと睨む。それだけで、彼は動けなくなってしまった。

 それは圧倒的な威圧感。こんな重圧を人間にかける人工剣霊(メイデンブレード)など、見た事も聞いた事もない。


「う……く……そ、そうじゃない! お前の事を聞いてるんだよ!」

「同じ事を繰り返させるな。私は人工剣霊(メイデンブレード)イクス、お前の……」

「聞きたいのはそれじゃねぇ!」

「は?」


 怪訝そうな顔をするイクス。

 だが、央太は止まらない。イクスの様子に気を回す余裕を失っている。


「何が目的だ! 何で俺を呼んだ!?」

「……せっかちな奴だな。これから話そうと思っていたのに」

「うっ……」


 会話の主導権は、完全にイクスが握っていた。

 いいようにあしらわれているのが腹立たしかったが、今の央太には口を差し挟むべき材料が何もなかった。

 押し黙った央太を見て、彼女は一つ頷くと、おもむろに口を開いた。


「とりあえずは謝っておこう。央太よ、お前をここに呼び寄せたのは、就職斡旋のためではない」

「それはわかってる」

「ほう、エラいぞ。だいぶ落ち着いて、頭が働いてきたようだな」

「……いいから続けろよ」

「無論だ。あまり時間もないしな」


 ちらりと上を見るイクス。


公安委員(バカども)がこうも早く動くのは、ちと予想外でな。爆発を利用して一旦は身を隠せたが、遠からず私の位置に気付いて戻ってくるだろう。それまでに央太、お前には決断してもらわねばならん」

「決……断……?」

「おいおい、呆けるなよ。私たち人工剣霊(メイデンブレード)が、お前たちヒトに迫る決断など、たったの一つきりだろう?」


 そう言いながら、トントンと胸骨のあたり──人並み以上に豊かな胸の双球、その谷間を指先で突っつく。

 まるでここに触れてみろと言わんばかりの仕草だ。


「どうだ、私が欲しくないか、央太?」

「欲し……い?」


 一瞬、何を言われているのか、わからなかった。

 停止した脳を叱咤して、彼女の言った「欲しいか」という言葉を反芻し、受け入れる。

 それはつまり、こう持ちかけられたという事だ。



『私の剣の主(セイバー)にならないか』



 イクスは、そう言っているのだ。

 人工剣霊(メイデンブレード)が、剣の主(セイバー)を求める事自体は珍しくない。むしろ人に仕え、尽くし、捧げる事そのものが存在意義である彼女たちにとっては、ごく当たり前の行動なのだ。

 大抵の人工剣霊(メイデンブレード)はアカデミーの管理下にあるため、剣の主(セイバー)を求める事も学校行事である中間や期末の『試剣』で行われる。

 だが稀にだが『はぐれ』と呼ばれる、何らかの理由でアカデミーに籍を持たない、言わば無所属の人工剣霊(メイデンブレード)がおり、彼女たちが剣の主(セイバー)に身の保証と保護を求めるケースが、例外的に存在していた。

 普通に考えるなら、イクスはこの例外のケースに当たるのだろう。


「……お前、何のつもりなんだよ」


 央太が低く、小さな声で答えた。とてつもなく重く、そして沈痛な響きだ。まるで何かを呪うかのような怒り、憎しみ、そして拒絶が、その言葉には宿っていた。


「ん?」

「そんなに俺を馬鹿にするのが、楽しいのか?」

「別に馬鹿にしてなどいないが」

「嘘だッ!!」


 即座に断言する。悲しいほど、負の確信があった。

 アカデミーから受けている央太の評価は、剣の主(セイバー)として最低ランクだ。どうしてこのアカデミーにいるのか、と言われるほど、人工剣霊(メイデンブレード)との相性は悪い。

 だから、人工剣霊(メイデンブレード)に求められる事などあるはずがない、そんな事はあり得ない──と、自分自身の身の丈を、わかり過ぎるほどわかっていた。言い切ってしまえた。

 嘘であり虚言であると断じても、無理からぬ事だった。


「ふぅむ……やはり()()()()いるなぁ、お前という奴は」


 イクスは眉をしかめながら、呆れたように言う。


「どうしてそうなったかは知っているが……生憎と時間は少ない。お前を諭している暇はないのでな」

「利いた風な口を……お前に俺の何がわかるんだよ!?」

「お前の事なら、何でも知っているぞ。少なくとも、調べられる範囲の事は全て調べた。このアカデミーにはな、学生のプライバシーなどないのさ。調べれば、身体情報から生い立ち学力思想メンタルコンディションまで丸裸だ」


 だからこそ、とイクスは言葉を続ける。口の端に、微かな笑みを浮かべながら。


「私は、お前が心の内に抱く望みを知っている。その願いを、私が叶えよう。希望なき日常を覆し、お前を見下し、嘲弄し、虐げる者たちに、打ち勝つ力をやろう」


 その言葉には、抗いがたい魅力があるのは事実だった。

 そもそも剣の主(セイバー)になれるというだけで、地位も名誉も金だって得られる。飛びつきたくなるくらいの好条件なのだ。

 しかしだからこそ、イクスが──人工剣霊(メイデンブレード)が、自分に身を捧げる理由がわからない。その不可解さが、証明のしようがない話の胡散臭さに繋がっていた。

 だいたい、このイクスと名乗る少女が本当に人工剣霊(メイデンブレード)なのかさえ、定かではない。


「……本当に疑り深い奴だ。見ていろ」


 イクスが軽く胸元をはだけると、人間で言うちょうど心臓のあたりが白く輝き始める。

 身体の内側から溢れる白光は、やがて胸元より突き出す『何か』の形を取っていた。


「それ……は、剣の……!」


 彼女の胸から突き出たもの。それは剣の『束』だった。

 作りは洋風。金属で出来た本体に、滑り止めの革が巻かれている。金属部分の表面には幾何学模様を描く微細な彫刻が施されており、淡い輝きがまるで呼吸に連動するかのように、ゆっくりと明滅して彫刻(ディティール)を浮き立たせていた。

 刀身は吸い込まれるように、身体の内側へと消えている。突き抜けることはない。彼女の身体自体が、この刃の『(シース)』なのだ。


「これで信じるか? 私が何であるか、理解出来たか?」

「あ、ああ……」


 頷くしかなかった。彼女はただ一振りの、人工剣霊(メイデンブレード)なのだと、納得するほかはない。


「ならばいい。では……そろそろ選択の時だ」


 すうっと、己から生える束を指先でなで上げながら、央太の瞳を真っ直ぐに覗き込む。


「お前が取るべき道は、ただ二つきり。私を抜くか、抜かないかだ」

「そ、そんな事言われたって……」

「さっきも言ったが、時間はあまりないのでな。決断は迅速に頼む。それに……チャンスが二度、扉をノックするとは考えない方がいい」


 保留はさせない。彼女はそう言っているのだ。

 やり直しのきかない、大きな決断だった。

 学生生活はおろか、今後の人生を左右しかねない大きな選択。その重さに、思わずごくりと生唾を飲み込む。

 降って湧いてきた、この破格の条件。魅力的である、としか言いようがない。

 だが飛びつく事は出来ない。虐げられる身であるが故、央太はどこまでも慎重だった。


「し、質問タイムッ!」

「……意外と余裕あるな、お前。まぁいいぞ、答えよう」

「そうか……じゃ、じゃあまずメリット、メリットだ! 俺を剣の主(セイバー)にして、お前に何のメリットがある!?」


 それは何よりも確認したい事だった。


「自分の力が最底辺だから、おかしいと言いたいのか? 愚問だな、私にとってお前が必要だから、此度の『契約』を持ちかけたのだ。お前の人となりを確認する、このような機会を作ってまで」


 元より善意ではない、取引だ。決まっている、つまらない質問をするな、と目で叱られた。


「……じゃあ二つ目。お前の剣の主(セイバー)になった時、直近で俺の身に起こるデメリットは?」

「ほう」


 まんざらバカではないのだな、と言わんばかりの表情を作るイクス。


「だが、わかっているんじゃないか? まずは追っ手を払わねばならぬと」

「公安委員とやりあえってのか……!」

「あいにくと、世間は私の味方ではないらしい。お前を主に迎えたところで、アカデミーの法はそれを認めないだろう。当然、お前も不法所有扱いだろうな。奴らは頭が固くて困る」

「……ここで立ち去っても、どの道、俺はしょっぴかれそうだな」


 央太の顔が、苦々しく歪んだ。


「如何にも。お前のような立場の者に、奴らは遠慮する気がない。だが、帯剣決闘で連中を倒せば、こちらの意を通す事が出来る。全く呆れた街だな、『力こそ正義』を大真面目にやっているのだから」


 帯剣決闘とは、剣の主(セイバー)同士の野試合を指す。野試合ゆえに公の法として決められているわけではなかったが、通例として帯剣決闘は『我』を通すために行われるものだった。

 勝者の我を通すために、敗者が求められた事に骨を折る。そういう仕組み(システム)がまかり通っているのだ。

 ゆえに法を守らせる事も、また力で通される。公安委員という、学内の治安維持組織に強者が揃うのは、このような事情もあった。


「……勝てっこない」

「案ずるな、私が必ず勝たせる。約束しよう、そこまで含めての、この『契約』だ」


 その言葉には、絶対の自信があった。

 ハッタリではありえない。そうであるとしたら、最大の不利益を被るのは彼女だ。ここで騙して嘘をつく事に、大した意味はない。

 ならば心底、彼女は勝つ気でいるのだろう。そこに疑う余地はなかった。


「さあ、そろそろ時間切れだ。聞こえるだろう、あの音が」


 言われて耳を澄ませると、聞こえてきたのは飛行音。

 きっと、街の方であの時見かけた彼女が、戻ってきたのだろう。


「私という剣をとるのか、とらぬのか。自分の運命(さだめ)を、自分で決めろ」


 今こそ、決断の時。

 岐路に立っている事が、央太にもはっきりとわかった──。

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