選ばれし者たちの闇
「い、痛いじゃないか央太っ!?」
薄々思っていたのだが、このイクスという人工剣霊最大の欠点は、TPOというものをまったく弁えない点だ。
言動がいちいち必要以上に芝居めいていて、何とも胡散臭いのだ。
「冗談を言うようなタイミングじゃねーだろ!」
「ち、違うんだ我が主! 今のは冗談ではない!」
「え?」
「その……本当だ。本当に、私は自分の真銘がわからんのだ。私の中にあるのは、戦術理論と戦闘経験、そして学術的知識だけ。私という個を認識するための情報が、丸ごとごっそり抜け落ちている」
「どういうことだよ? 初めて聞いたぞ!」
「お前と出会ったときは、そこのピンク頭がもうすぐ来そうだったからな。説明している余裕がなかったのだ」
「だからって……」
絶句するしかない。
こんな重大なことを、隠していたなんて。
「そんな顔をしないでくれ。危機に追われて、お前に手を出したわけではない。お前でなければ、私の望みはあの暗い倉庫で断たれていたのだから」
ものも言えなくなった央太に気づいたのだろう、そう言ったイクスの表情は幾分寂しげだった。
「おそらくはこの記憶喪失こそが、私を研究していた連中のしでかした何かなのだろう」
「しかし貴女が寝ている間に、大まかですが身体をスキャンさせていただきましたが……記憶部位に外敵損傷は見受けられませんでした」
コルタナが、イクスの言葉に異を唱えた。
「それが……どうやら、ブラックボックス化されてるらしい。一見健全なように見えるが、私自身ですらアクセス出来ないようになっている」
「だから自分の素性はわからない、というわけですか……」
何か思案するように自分の顎先を摘みながら、エリザベスが言った。
確かに、イクスの言っていることを全面的に信じるのならば、そうなる。
「だとすれば、今後すべき事は決まりましたわね」
「と、言うと?」
続ける言葉が予想できたのか、実に嫌そうな顔をしながらイクスが尋ねる。
「無論、貴女の素性調査です。身元不明の人工剣霊などあってはならない。早急な問題解決が必要ですわ」
「……詮索は無用だぞ、ピンク頭」
「こればかりは、首を縦に振れませんわ。貴女が央太さんの剣でありたいと願うなら、彼に犯罪者の道を歩ませるのは、本意ではないはずでしょう?」
「そ、それは……」
痛いところを突かれたとばかりに、ついにイクスが押し黙る。
「ならば、身の証を立てなさい。所属不明の人工剣霊を、不法に所持する事は重罪です。見つけ次第、帯剣決闘によって処分が許可されているほどに。だから私は公安委員として、先の戦いでも貴女たちに挑んだのです」
「……ふん。清廉潔白、公明正大とでも言いたげな台詞だな。いや、お前は確かにそのつもりかもしれんが、公安委員という存在そのものが、そんなに信頼出来ると思っているのか?」
「どういう意味だよ、イクス?」
「央太、お前とて公安委員にはいい感情などないだろう? 奴らの傲慢さ、横暴さは、かつて剣の主になれなかったお前ならば、身に染みてわかっているはずだ」
「それは……そうだけどさ」
少しエリザベスに悪いと思いつつも、イクスの言葉は認めざるを得なかった。
公安委員は、アカデミーのある航空学園艦の治安を守るためにある、生徒による自治組織だ。
その選抜には厳しい審査があり、優れた能力を持った生徒のみが所属を許される、いわば『模範生徒』を集めたエリート集団。
しかし、エリートであるが故に、一般生徒からは遠いという欠点があった。
隔絶は優れた能力の持ち主たちであることも相まって、容易に優越感へと変わり──選民思想へと至る。
まだ高等部に入学したばかりのエリザベスですら、ああだったのだ。委員会の上層部がどのような考え方に凝り固まっているかなど、推して知るべし、といったところだろう。
「……私は憎まれ役も、仕事のうち……そう思っておりますの。批判は甘んじて受け入れるつもりですし、それで動じるつもりもありません。それに恥ずかしながら、央太さんの事を見下す気持ちがあったのは、事実ですわ……」
彼女は『あった』と言った。
それはつまり、今はそう思ってはいないということだ。
「当たり前でしょう? 私は帯剣決闘で、央太さんに負けたのです。言い訳を幾ら並べたところで、負けは負けですわ。央太さんの実力を素直に認めねば、自分自身をも辱める事になります」
「ふぅん……央太さん、ね」
どこか面白くなさそうに、イクスが鼻を鳴らした。
どうやらいつの間にか、エリザベスからの呼び方が変わっているのが気に入らないらしい。
イクスの視線に込められた意味に、彼女も気が付いたのだろう。少し顔を赤らめながら、エリザベスはこう続けた。
「ともかく、央太さんを尊敬に値する使い手と認めたのは事実です。だからこそ正しく剣の主となっていただき、何の後顧の憂いもなく共に切磋琢磨していきたいのですわ。それが公安委員としてだけではなく、同じクラスメートとしての私の気持ちですの」
彼女の言葉に、嘘はないだろう。
エリザベス・ハノーヴァーという少女は、良くも悪くも融通が利かず、一本気でどこまでも真っ直ぐだ。
そして自分の感情を、あまり隠さない。笑いたい時には笑い、怒りたい時には怒る、そんな人物だ。
それは表面的に現れる、自分の感情に振り回されやすいということでもあるが……必ずしも悪いことではない。
誰にでも公明正大な、『正義』の執行者でありたいと願うエリザベスにとって、そういう自らの資質は、否定する必要がないものだろう。
だが、彼女のこうした性格は、敵と味方がはっきりと区別されやすい。
事実、今の言葉に央太は好感を抱いていたが──イクスの方は、そうではなかった。
「さっきも言っただろう、ピンク頭。お前自身がどう思っていようと、お前は自分の立場と肩書きに縛られるのだ。それは自分の善性がどうであるかとは関係なく、行動を決定する理由となる。違うか?」
「……そ、それは」
イクスの言葉はいちいち攻撃的だが、間違ってはいない。
だが攻撃的であるが故に、素直に飲み込めるものでもなく──エリザベスが抗弁したくなるのも、人として当然の道理だった。
もっとも、それすら把握していながらも言葉を甘くしないのが、イクスという存在なのだが。
「聞け、エリザベス・ハノーヴァー。私はお前の事を、バカだと思っている。バカ正直で、短絡的なバカだ」
「ちょっ……!」
「落ち着けハノーヴァー! 話が進まん、堪えてくれ!」
「うぬぐぐぐ……!」
思わず掴みかかろうとしたエリザベスを、後ろから羽交い締めに捕らえる。
いくら鍛えているとはいえ、小柄で細身の彼女を押さえ込むのは、央太であってもそこまで難しい事ではなかった。
その様子を、それ見たことか言わんばかりに一瞥しながら、イクスは続けた。
「たぶん……たぶんだがな、ピンク頭よ。そいつは、全部わかった上で、お前をけしかけた。先行したお前が私に接触したら、私を手にする央太を見たら、必ずや職務へ忠実に、力ずくで制圧するだろうと読んでいたはずだ」
「それって、まさか……!?」
イクスにまつわるこの一件、事件の輪郭が朧気ながら、エリザベスにも見えてきたのだろう。
彼女の顔色が、みるみる青ざめていく。
「まさか、と言うほど意外でもないがな。私の起動を察知して、即座に必要な手を打っているのだ。あらかじめ事態を予測していてなければ、こう上手くはいかんはず。最初から状況を理解していたと考える方が自然だろう」
だがな、と言ってイクスは隣に座る央太にしなだれかかった。
「その場合、央太の存在も作為に含まれるかが問題だ。私をどうにかするのが目的として……仮に央太こそがそいつにとって最大のイレギュラーであった場合、央太は極めて邪魔な存在だ。必ずや排除に動くだろう」
「は、排除って……誰が?」
穏やかならざる単語に、央太の聞き返す声が震えた。
この場合、言葉の意味には相当に荒々しいニュアンスも──言い切ってしまえば、物理的な『排除』まで含んでいるとしか思えなかったのだ。
イクスは静かに央太を見つめると、こう答える。
「わからんか? 公安委員会に決まっている」
「ありえま……」
「……せん、とは言えないか。ハノーヴァー、お前も認めてたけど……いや、お前が可愛く見えるくらい、他の公安委員はプライドと選民意識の固まりだと思う。俺たち二級生徒を見る目なんて酷いもんだ。まるで奴隷でも見ているようだったよ」
央太にも重ねて言われてしまえば、黙るしかないエリザベスだった。
何せ、央太は当の見下されている二級生徒という立場にある、当事者そのものだ。
エリザベスがいかに『公安委員』という肩書きを擁護しようとも、被害者の体験談より説得力は生まれない。
「……情けない話ですが、我が身を顧みるに、央太さんの言葉を否定はできませんわね……」
「お前は今、こうして普通に接してくれてる。俺はそれだけで結構満足ではあるけどな」
それは心底、事実だった。
エリザベスとはアカデミー内で同じクラスにいるとはいえ、バイト三昧でろくに授業も出ない央太との接点など、これまではなかった。
高嶺の花として憧れていたつもりはないが、央太にしてみれば、やはり別の世界の人間である──という感覚はあったし、実際に雲上人と言えるくらいに距離は遠かった。
ただしそもそもエリザベスの場合は、努力しないと断じた人間を軽蔑していた、という事でもあるので、単純な選民思想とは少し違っていたのだが。
「それでも、私の目がかつては曇っていたのは、事実と認めざるを得ませんわ」
「そうとも、貴様の目は曇りまくりだ。その仏蘭西人形みたいな鳶色の瞳は、何も真実を映しておらん。ガラス玉だな、まるで」
イクスの舌鋒は相変わらず容赦がない。
ただ、その言葉の槍はただエリザベスを苛むためでなく、真実を詳らかにするためのものだった。
「しかし……その曇った目こそを、知っていながら利用した奴がいる。人が心に持つ悪意を呼び起こし、正義という題目で縛り、煽り立てた者がいる」
「……!」
きゅっと、唇を引き結ぶエリザベス。
彼女はすでに、イクスの言葉が誰を指すかを理解しているのだろう。しかし彼女の立場、思想的に、それは用意に口に出来るような台詞ではない。
だからそんな彼女の代わりに、央太は聞くべき事をイクスに尋ねた。
「それは……誰だ?」
「状況から推察するに、この一件の全容に関わっている者がいるとして、確実なのはただ一人。ピンク頭へ直々に任務を与えたという公安委員長、山下朔夜だよ」
唾棄すべきもの──その名前を口にしたイクスの表情は、そう言わんばかりに苦々しく歪んでいた。




