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セイバーズ・アカデミー  作者: 桂樹緑
航空学園艦の秩序
13/14

選ばれし者たちの闇

「い、痛いじゃないか央太っ!?」


 薄々思っていたのだが、このイクスという人工剣霊(メイデンブレード)最大の欠点は、TPOというものをまったく弁えない点だ。

 言動がいちいち必要以上に芝居めいていて、何とも胡散臭いのだ。


「冗談を言うようなタイミングじゃねーだろ!」

「ち、違うんだ我が主! 今のは冗談ではない!」

「え?」

「その……本当だ。本当に、私は自分の真銘がわからんのだ。私の中にあるのは、戦術理論と戦闘経験、そして学術的知識だけ。私という個を認識するための情報が、丸ごとごっそり抜け落ちている」

「どういうことだよ? 初めて聞いたぞ!」

「お前と出会ったときは、そこのピンク頭がもうすぐ来そうだったからな。説明している余裕がなかったのだ」

「だからって……」


 絶句するしかない。

 こんな重大なことを、隠していたなんて。


「そんな顔をしないでくれ。危機に追われて、お前に手を出したわけではない。お前でなければ、私の望みはあの暗い倉庫で断たれていたのだから」


 ものも言えなくなった央太に気づいたのだろう、そう言ったイクスの表情は幾分寂しげだった。


「おそらくはこの記憶喪失こそが、私を研究していた連中のしでかした()()なのだろう」

「しかし貴女が寝ている間に、大まかですが身体をスキャンさせていただきましたが……記憶部位に外敵損傷は見受けられませんでした」


 コルタナが、イクスの言葉に異を唱えた。


「それが……どうやら、ブラックボックス化されてるらしい。一見健全なように見えるが、私自身ですらアクセス出来ないようになっている」

「だから自分の素性はわからない、というわけですか……」


 何か思案するように自分の顎先を摘みながら、エリザベスが言った。

 確かに、イクスの言っていることを全面的に信じるのならば、そうなる。


「だとすれば、今後すべき事は決まりましたわね」

「と、言うと?」


 続ける言葉が予想できたのか、実に嫌そうな顔をしながらイクスが尋ねる。


「無論、貴女の素性調査です。身元不明の人工剣霊(メイデンブレード)などあってはならない。早急な問題解決が必要ですわ」

「……詮索は無用だぞ、ピンク頭」

「こればかりは、首を縦に振れませんわ。貴女が央太さんの剣でありたいと願うなら、彼に犯罪者の道を歩ませるのは、本意ではないはずでしょう?」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれたとばかりに、ついにイクスが押し黙る。


「ならば、身の証を立てなさい。所属不明の人工剣霊(メイデンブレード)を、不法に所持する事は重罪です。見つけ次第、帯剣決闘によって処分が許可されているほどに。だから(わたくし)は公安委員として、先の戦いでも貴女たちに挑んだのです」

「……ふん。清廉潔白、公明正大とでも言いたげな台詞だな。いや、お前は確かにそのつもりかもしれんが、公安委員という存在そのものが、そんなに信頼出来ると思っているのか?」

「どういう意味だよ、イクス?」

「央太、お前とて公安委員にはいい感情などないだろう? 奴らの傲慢さ、横暴さは、かつて剣の主(セイバー)になれなかったお前ならば、身に染みてわかっているはずだ」

「それは……そうだけどさ」


 少しエリザベスに悪いと思いつつも、イクスの言葉は認めざるを得なかった。

 公安委員は、アカデミーのある航空学園艦の治安を守るためにある、生徒による自治組織だ。

 その選抜には厳しい審査があり、優れた能力を持った生徒のみが所属を許される、いわば『模範生徒』を集めたエリート集団。

 しかし、エリートであるが故に、一般生徒からは()()という欠点があった。

 隔絶は優れた能力の持ち主たちであることも相まって、容易に優越感へと変わり──選民思想へと至る。

 まだ高等部に入学したばかりのエリザベスですら、ああだったのだ。委員会の上層部がどのような考え方に凝り固まっているかなど、推して知るべし、といったところだろう。


「……(わたくし)は憎まれ役も、仕事のうち……そう思っておりますの。批判は甘んじて受け入れるつもりですし、それで動じるつもりもありません。それに恥ずかしながら、央太さんの事を見下す気持ちがあったのは、事実ですわ……」


 彼女は『あった』と言った。

 それはつまり、今はそう思ってはいないということだ。


「当たり前でしょう? 私は帯剣決闘で、央太さんに負けたのです。言い訳を幾ら並べたところで、負けは負けですわ。央太さんの実力を素直に認めねば、自分自身をも辱める事になります」

「ふぅん……央太さん、ね」


 どこか面白くなさそうに、イクスが鼻を鳴らした。

 どうやらいつの間にか、エリザベスからの呼び方が変わっているのが気に入らないらしい。

 イクスの視線に込められた意味に、彼女も気が付いたのだろう。少し顔を赤らめながら、エリザベスはこう続けた。


「ともかく、央太さんを尊敬に値する使い手と認めたのは事実です。だからこそ正しく剣の主(セイバー)となっていただき、何の後顧の憂いもなく共に切磋琢磨していきたいのですわ。それが公安委員としてだけではなく、同じクラスメートとしての(わたくし)の気持ちですの」


 彼女の言葉に、嘘はないだろう。

 エリザベス・ハノーヴァーという少女は、良くも悪くも融通が利かず、一本気でどこまでも真っ直ぐだ。

 そして自分の感情を、あまり隠さない。笑いたい時には笑い、怒りたい時には怒る、そんな人物だ。

 それは表面的に現れる、自分の感情に振り回されやすいということでもあるが……必ずしも悪いことではない。

 誰にでも公明正大な、『正義』の執行者でありたいと願うエリザベスにとって、そういう自らの資質は、否定する必要がないものだろう。

 だが、彼女のこうした性格は、敵と味方がはっきりと区別されやすい。

 事実、今の言葉に央太は好感を抱いていたが──イクスの方は、そうではなかった。


「さっきも言っただろう、ピンク頭。お前自身がどう思っていようと、お前は自分の立場と肩書きに縛られるのだ。それは自分の善性がどうであるかとは関係なく、行動を決定する理由となる。違うか?」

「……そ、それは」


 イクスの言葉はいちいち攻撃的だが、間違ってはいない。

 だが攻撃的であるが故に、素直に飲み込めるものでもなく──エリザベスが抗弁したくなるのも、人として当然の道理だった。

 もっとも、それすら把握していながらも言葉を甘くしないのが、イクスという存在なのだが。


「聞け、エリザベス・ハノーヴァー。私はお前の事を、バカだと思っている。バカ正直で、短絡的なバカだ」

「ちょっ……!」

「落ち着けハノーヴァー! 話が進まん、堪えてくれ!」

「うぬぐぐぐ……!」


 思わず掴みかかろうとしたエリザベスを、後ろから羽交い締めに捕らえる。

 いくら鍛えているとはいえ、小柄で細身の彼女を押さえ込むのは、央太であってもそこまで難しい事ではなかった。

 その様子を、それ見たことか言わんばかりに一瞥しながら、イクスは続けた。


「たぶん……たぶんだがな、ピンク頭よ。()()()は、全部わかった上で、お前をけしかけた。先行したお前が私に接触したら、私を手にする央太を見たら、必ずや職務へ忠実に、力ずくで制圧するだろうと読んでいたはずだ」

「それって、まさか……!?」


 イクスにまつわるこの一件、事件の輪郭が朧気ながら、エリザベスにも見えてきたのだろう。

 彼女の顔色が、みるみる青ざめていく。


「まさか、と言うほど意外でもないがな。私の起動を察知して、即座に必要な手を打っているのだ。あらかじめ事態を予測していてなければ、こう上手くはいかんはず。最初から状況を理解していたと考える方が自然だろう」


 だがな、と言ってイクスは隣に座る央太にしなだれかかった。


「その場合、央太の存在も作為に含まれるかが問題だ。私をどうにかするのが目的として……仮に央太こそが()()()にとって最大のイレギュラーであった場合、央太は極めて邪魔な存在だ。必ずや排除に動くだろう」

「は、排除って……誰が?」


 穏やかならざる単語に、央太の聞き返す声が震えた。

 この場合、言葉の意味には相当に荒々しいニュアンスも──言い切ってしまえば、物理的な『排除』まで含んでいるとしか思えなかったのだ。

 イクスは静かに央太を見つめると、こう答える。


「わからんか? 公安委員会に決まっている」

「ありえま……」

「……せん、とは言えないか。ハノーヴァー、お前も認めてたけど……いや、お前が可愛く見えるくらい、他の公安委員はプライドと選民意識の固まりだと思う。俺たち二級生徒を見る目なんて酷いもんだ。まるで奴隷でも見ているようだったよ」


 央太にも重ねて言われてしまえば、黙るしかないエリザベスだった。

 何せ、央太は当の見下されている二級生徒という立場にある、当事者そのものだ。

 エリザベスがいかに『公安委員』という肩書きを擁護しようとも、被害者の体験談より説得力は生まれない。


「……情けない話ですが、我が身を顧みるに、央太さんの言葉を否定はできませんわね……」

「お前は今、こうして普通に接してくれてる。俺はそれだけで結構満足ではあるけどな」


 それは心底、事実だった。

 エリザベスとはアカデミー内で同じクラスにいるとはいえ、バイト三昧でろくに授業も出ない央太との接点など、これまではなかった。

 高嶺の花として憧れていたつもりはないが、央太にしてみれば、やはり別の世界の人間である──という感覚はあったし、実際に雲上人と言えるくらいに距離は遠かった。

 ただしそもそもエリザベスの場合は、努力しないと断じた人間を軽蔑していた、という事でもあるので、単純な選民思想とは少し違っていたのだが。


「それでも、(わたくし)の目がかつては曇っていたのは、事実と認めざるを得ませんわ」

「そうとも、貴様の目は曇りまくりだ。その仏蘭西人形みたいな鳶色の瞳は、何も真実を映しておらん。ガラス玉だな、まるで」


 イクスの舌鋒は相変わらず容赦がない。

 ただ、その言葉の槍はただエリザベスを苛むためでなく、真実を詳らかにするためのものだった。


「しかし……その曇った目こそを、知っていながら利用した奴がいる。人が心に持つ悪意を呼び起こし、正義という題目で縛り、煽り立てた者がいる」

「……!」


 きゅっと、唇を引き結ぶエリザベス。

 彼女はすでに、イクスの言葉が誰を指すかを理解しているのだろう。しかし彼女の立場、思想的に、それは用意に口に出来るような台詞ではない。

 だからそんな彼女の代わりに、央太は聞くべき事をイクスに尋ねた。


「それは……誰だ?」

「状況から推察するに、この一件の全容に関わっている者がいるとして、確実なのはただ一人。ピンク頭へ()()()任務を与えたという公安委員長、山下(やました)朔夜(さくや)だよ」


 唾棄すべきもの──その名前を口にしたイクスの表情は、そう言わんばかりに苦々しく歪んでいた。

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