心理制約
「私は、追われている」
コルタナの手を借りて、喧嘩の果てに絡まり合っていた二人の少女を引き剥がすと、落ち着くなりイクスはそう言った。
ちなみに、今は全裸ではない。
コルタナが用意した、アカデミー指定の人工剣霊用ユニフォーム──一般的にはメイド服というのだが──を着ていた。
ちなみに下着に至るまでサイズはばっちり。実にやる事にそつがない。
コルタナ曰く、一度見ればサイズを間違えることはありません、との事だ。眼鏡を光らせながら語る彼女は、少し怖かった。
傲慢かつ豪奢な、女王然とした佇まいを持つイクスだが、こういう格好をすると、少しはまともな人工剣霊に見えてくる。
もっとも話している内容は、ちっともまともではなかったが。
「追われてるって、誰にだよ」
「それは、そっちのピンク頭に聞くべき話だろう」
央太の視線が向けられると、エリザベスは面白くなさそうにしながらも、説明のために口を開いた。
「……始まりは所属不明である人工剣霊の反応が、あの運河沿いの倉庫で発見された事でした。人工剣霊はアカデミーによって管理されるべきもの……その大前提が世界の秩序を束ねているのに、人工剣霊が盗難に遭ったなどと外部に漏れれば、どれだけのスキャンダルになるのか、計り知れません。そんな風に公安委員長閣下から直々に諭されて、私は単独で、謎の人工剣霊を追ったのです」
「だが、実際のところ……そこのピンク頭は真実を知らされていなかった。そして考えなかった。誰が、どうやって、どんな理由で、そんなものを盗み出したのか。それを全く考えていなかった。出来るわけがないのにな、このアカデミーより人工剣霊を盗み出すなど」
馬鹿にしたような口ぶりでそう言いながら、イクスはふふん、と鼻を鳴らした。
事実であった。
「私は盗まれたんじゃあない。逃げ出したんだ。あの倉庫群の地下にある、大戦期の遺構を利用した研究施設からな」
「逃げ出した……?」
「ああ。私を使って何をしていたか、詳しい事まではわからんが……ま、ろくでもない事だろう。ともかく下衆共に、いつまでもこの身を好き勝手させるわけにはいかん。私は脱出のチャンスを待った……」
「そしてある日、貴女は地下施設から移送される事となり、その隙を利用して逃げ出した……?」
「いかにも。まぁ、奴らは私が休眠状態にあると思っていたからな。簡単な話だったよ。警備の奴らも一般人しかおらず、簡単だった」
「いや、それはおかしいだろ」
今の話で、央太は先ほどから感じていた違和感の正体に気付いた。
「まだ俺と出会ってない時の話だろう、それは? 剣の主のいないお前が、どうやって警備に抵抗したんだ? お前たち人工剣霊には、セイフティがあるはずだろう。人間に逆らえないっていう、心理制約が」
そうなのだ。
イクスは、平気で人間に反抗する。
剣の主である央太にこそ、己の全てを明け渡すような素振りを見せているが、それ以外の人間に対しては、実に攻撃的だ。
コルタナを見てもわかるように、本来人工剣霊とは人間という存在、それそのものに仕えるよう、意識プログラムされている。
それがつい直前まで、戦っていた相手でもだ。
しかしイクスは、それを無視できると言った。
それが意味することは、一つしかない。
「……察しの通りだよ、我が主。私には、あるべき心理制約がかけられていない。何故かは、私自身にもわからんがな」
「そ、そんなことって……!」
顔色を変えたのは、人一倍常識と規則にうるさいエリザベスだった。
「そうは言っても、歴史的に考えれば心理制約は後付けだ。お前たち人間が、我々にかけた『枷』だ。そうだろう、コルタナ?」
水を向けられたコルタナは、小さく頷いた。
「私のように、大戦期から存続している古いタイプの人工剣霊は、確かに生まれた当時は、心理制約をかけられていませんでした。大戦末期の『逆王剣の叛乱』事件を境に、システムが整備されたはずです」
「まったく、迷惑な話だ。愚かなるクラレントのおかげで、人間は私たちを信じ切れなくなってしまったというわけなのだからな」
「それは仕方がないことでしょう!?」
イクスの言い分もわかるが、エリザベスの言葉もまた正当だった。
人工剣霊とは、計り知れない力をもたらすことと引き替えに、一度暴走すれば大惨事を引き起こすような『炉心』を抱えた人造人間だ。
叛乱を恐れ、暴走を怖れ、その力に『枷』を加えることを、非難はできない。
「しかしだな、ピンク頭よ? 人に仕えることは我らの喜び、それは『道具』として生まれたゆえの本能。主が真摯に接してくれるならば、我らは決して裏切らぬよ。まぁ貴様はせいぜいコルタナに裏切られぬよう、注意したほうが良さそうだがな」
「……貴女、私に対してだけ、やけに言うことがキツくありませんこと?」
「ふん。我が主を劣等生だ何だと、散々罵ってくれたからな。意趣返しというものだ。だいたい、その劣等生に負けたお前は、学年主席を返上すべきじゃないのか?」
ニヤニヤと非常にイヤらしい笑みを浮かべて、エリザベスをなじるイクス。実に楽しそうだ。
「くっ……つ、次は絶対負けませんわっ!」
「ならば、こちらの目標は勝率百パーセントといこう。なぁ、我が主よ?」
「こっちに振んな! ハノーヴァーがおっかない顔して睨むだろ!」
まったく、この人工剣霊はいちいち一言多い。
常に自信に満ち溢れた態度といい、これほど『不遜』の二文字が似合う人工剣霊も、類を見ないだろう。
「やれやれ、主はもう少し、自分自身に自信を持ってくれ。私を使いこなせば、負ける相手など存在せんのだからな」
「でも、ハノーヴァーと戦った時は、ギリギリだったぞ?」
「そうですわよ! 私にも十分な勝算がありましたわ!」
「己の勝算を確実にし、敵の勝算をゼロへと帰す過程を『戦闘』というのだ、ピンク頭」
そう言って、イクスは呆れたよう頭を振った。
だが、まぁもっとも──と、すぐに話を続ける。
「コルタナは手強かったがな。さすがは人工剣霊最古参の一振り。私ほどではないが、戦闘経験は十分だ」
「そこですよ、イクス」
それだけが腑に落ちない、そう言わんばかりの表情で、コルタナが尋ねた。
「私は……この『慈悲の剣』は、自慢ではありませんが、大戦期からの生き残り。私と同時期に生まれ、現存している人工剣霊など、『湖光剣』や『茨の魔槍』、『村雨丸』など、指折り数える程度です。しかし、貴女はそのいずれにも該当しないのに、私よりも長く戦ってきたようなことを言う」
そして、それは事実だ。
言ってしまえばド素人の央太を、曲がりなりにもトップアスリーテスの一角であるエリザベスに勝たせてしまったのだ。
そこからは術理まで含めた、剣として兵器としての総合的な能力差を、歴然として見て取れる。
そのような圧倒的性能を持つ人工剣霊であると、理解せざるを得ない。
「ですが……そのような人工剣霊、そうそうお目にかかれるものではありません。いるとすれば、数年前の生徒会戦争でロストした『選王剣』くらいなものかと」
「ふぅん……?」
意味ありげな笑みを浮かべるイクス。
コルタナの推察を、褒めているかのようにも思える態度だ。
「だが残念、私はキャリバーンではない。何故なら私は……」
そこで、イクスの表情が固まる。
「私は……誰だ?」
「知るか、バカっ!!」
スカーンと、小気味良い音が響く。
相手が女の子だとわかっているのに、手が出てしまっていた。




