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セイバーズ・アカデミー  作者: 桂樹緑
動き出す運命
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変わらない空

 航空学園艦(アカデミー)の空は、今日も青々と鮮やかな快晴だった。

 飛行高度四千メートルを誇る、この『空飛ぶ学園都市』から見える空は、いつも同じ色だ。

 三年と少し前、最初にこの空を見た時は絶景だと思った。特別な景色だと思った。しかし、今は違う。

 毎日毎日、代わり映えのしない景色は、まるで変わらない自分の日常を象徴しているかのようで──見るのが苦痛になっている。

 退屈な光景だった。

 世界の『うねり』は、いつも自分とは縁の無い、どこか遠くで起こっている。

 だから自分の周りは、いつも()()()()なのだ。

 今年で十五歳──それが、中二病を卒業した彼、浅見央太が出した結論だった。

 アカデミーの高等部に進学して、一月とちょっと。

 進学すれば、少しは退屈にまみれたつまらない日常も変化するかと思ったが、今のところはその気配はない。

 そして、これからもきっとないだろう。彼はそう確信していた。

 街のざわめきだって、央太には大して縁がない。

 今は五月。在校生たちが新入生を迎えるための一大イベント、『皐月祭』の準備に終われているが、央太たちはあくまでも迎えられる側だ。

 いや、単純に迎えられる側と言ってしまうと、少し語弊があるかもしれない。

 何故なら、央太は彼らに──アカデミーにとっては、実にどうでもいい存在だからだ。

 超国家規模の研究機関であるアカデミーは、同時に世界最高の教育機関でもあり、毎年何万人という膨大な数の新入生が集められる。

 だが、その数万人のうち、アカデミー側が真に求めている人材は、ほんの一握りだ。

 それ以外の全ては言ってしまえば落ちこぼれであり、授業料という名の『税』を払う養分に過ぎない。そこには冷酷にして厳然とした区別がある。

 それは、このアカデミーという機関が設立された目的にこそ、理由があった。

 居住者の大半が『学生』であるこのアカデミーだが、道行く者たちをよく見ると、二種類が存在する事に気が付く。

 武器を持つ者と、持たない者だ。

 武器と言っても拳銃とかスタンガンとか、そういう護身用の類ではない。

 それは、剣だ。和洋や形状の区別なく、彼らはあらゆる剣を帯びている。かつて日本にいた、『侍』のように。

 彼ら現代の侍たちは、ここでは『剣の主(セイバー)』と呼ばれていた。

 まさしく侍の如く、戦争の全権代理人となる運命にある若者たちだった。いつか旗印の下、国家を、組織を背負い、親兄弟や友人と戦う事すら受け入れなければならない、たった一人の戦争装置だ。英雄という名の偶像だ。

 アカデミーとは、そんな剣の主(セイバー)を育成する教育機関。そして彼らが帯びる現代科学の粋を凝らした新たなる剣、『人工剣霊(メイデンブレード)(メイデンブレード)』を研究する学術機関なのだ。

 アカデミーの存在意義は、その二点に集約される。

 逆に言えば、この場所においてその二つに関わる事の出来ない者は、無価値であると断じられる。

 持つ者と持たざる者。両者の待遇の差はまさしく天地ほどにある。

 待遇の差は誇りを生み、誇りは自信を生む。

 道行く彼ら剣の主(セイバー)の顔には、そんな自信と、明日への希望が身溢れていた。

 央太は、彼らから目を逸らす。

 見ていられなかったのだ、()()()()()()から。

 彼は、剣の主(セイバー)ではない。落ちこぼれの側──俗に『二級生徒』と呼ばれる存在だ。

 央太がアカデミーに入学したのは、中学生の時になる。その時からずっと、ただの一度も剣を握った事はない。

 アカデミー側の行うあらゆるテスト──『試剣』において、彼はこう判定されたからだ。

 才能は、皆無であると。

 別に、珍しい話ではない。そんな人間はごまんといる。

 いや、在籍している大多数の学生は、央太と同じく剣を持つに足らぬ存在と宣告された者たちだ。無価値であると、アカデミーからレッテルを貼られた者たちだ。

 そんな彼らが、この場所になお、しがみつく理由は二つ。

 アカデミーは人工剣霊(メイデンブレード)関連の研究を差し置いても、教育機関として世界最高水準にある。卒業生同士の横の繋がりも広く、アカデミー出身者たちは、外の世界においても大きな派閥を築いているほどだ。

 このような剣の主(セイバー)にならずとも得られる恩恵を求めて、夢敗れてからもアカデミーに残る者がいる。

 そしてもう一つ、生徒たちが残る理由がある。それはもっと純粋で単純で、感情的なものから生まれる理由だ。

 諦めれきれない──それがもう一つの理由だった。

 当然といえば当然だ。自分の将来のため、『アカデミー卒業』という肩書きを求めるような者たちばかりでは、世に華はないというもの。

 英雄になりたいとか、権力を得たいとか、注目される存在になりたいとか、そういうわかりやすい欲求から、アカデミーへの進学を志す者も、少なからずいる。

 しかしながら実際のところ、多くの二級生徒たちは、一年もすれば最初の志を捨て、剣の主(セイバー)になる道を諦めてしまう。

 もちろん試剣の機会は平等に、そして幾度もある。しかし試せば試すほど、己の才能のなさを突き付けられるばかりで、道は遠く壁は高いことを思い知らされるだけだ。

 やがて、彼らは理解する。剣の主(あいつら)は、二級生徒(自分たち)とは違うのだ、と。

 しかし──アカデミーにそこまでされてもなお、例外がいる。

 往生際の悪い、諦めの悪い、頭の悪い──夢の残滓にすがりつく者たちが、いる。

 浅見央太は、そういう生徒の一人だった。


「……眩しいな」


 ひさし代わりに掌を掲げながら、央太はもう一度空を見上げた。

 今日も空の色は変わらない。昨日と同じ空の色だ。きっと明日も、同じ色だろう。

 三年前から何も変わらない。毎日毎日、同じ色の空。だが、もしも──もしも、この空が違って見える日が来たら──。

 思わず、口元が緩んだ。楽しくて笑ったわけではない。つまらなくて、馬鹿馬鹿しくて、嘲笑ったのだ。

 幾百──いや、幾千回繰り返しただろうか、この妄想を。空を見上げる度によぎる、この『夢』を。

 もうわかっている、そんな日は来ないのだと。

 自分は『特別』ではないと、わかっている。認めている。理解している。全部、知っている。

 それでもなお、憧れを捨てる事が出来ないだけなのだ。

 そういえば、かつてこう教師に諭された事がある。

 辛いだけだぞ、と。

 央太はその時、何も答えなかった。ただ、その教師の授業に出る事はなくなった。

 そんな台詞を吐く奴の授業になど出ていられるか──そう思うようになって、授業のサボり癖がついたのは、その時からだった気がする。

 少し冷静になれば、正しい事を言っているのは教師だとわかるのに。それでも、受け入れる事はしなかった。

 剣の主(セイバー)になるだけが人生ではないと理解しながら、それ以外の道を拒絶し続けた。

 拒絶したところで、望むものが手にはいるわけもあるまいに。それでも受け入れてしまったら、『何か』終わってしまう気がして、出来なかった。

 変わらない日常に耐えられたのは、変わるかも知れないという、儚い希望を抱き続けていたからだ。それさえ摘み取られてしまったら、本当に折れてしまう。

 その事を、央太自身が誰よりもよくわかっていた。だから、すがりつくしかないのだ。

 全く、人の夢と書いて儚いと読むとはよく言ったものだ。そして、そんな儚いものにすがって、一度きりの青春を無駄に過ごしている自覚だってある。


「でも、だからって……なぁ」


 だれに言うとでも呟くと、央太は少しだけ足を速めた。

 今日はこれから、アルバイトの面接だった。

 アカデミーに在学するにあたって、央太は親元からの仕送りを受けているが、別段裕福なわけではない。それに先月は進学関連で色々と出費があって、懐が心許なかった。かといって自分の現状を考えれば、これ以上の無心をするのも心苦しいものがある。

 これが剣の主(セイバー)であれば、将来性を買って援助を申し出る国や組織は少なくないから、金に困るような事はない。こんなところでも、待遇と環境の差は浮き彫りになるのだった。

 だが、愚痴ったところで金が降って湧くわけでもない。持たざる者は、身体を使って稼ぐしかないのだ。


「そうだ、地図地図」


 行き先は初めて行く場所で、土地勘がなかった。

 ポケットから携帯端末(スマホ)を取り出し、面接の日時と場所が記されたメールを確認する。

 何の変哲もない、機械的な定型文の書かれた返信メールだ。

 運河沿いにある倉庫という僻地に、わざわざ呼び寄せるという事が少し引っかかったが、元々が倉庫の在庫整理という肉体労働の求人だ。合格すれば、そのまま仕事の説明でもするのだろうと考えれば、そこまで不自然ではない。

 場所を確認すると、再び歩き始める央太。

 その頭上を、さあっと高速で飛行する『何か』が影と共に通り過ぎていった。


「ン……!」


 目を凝らす。

 すごい速さで遠ざかっているから判断しにくかったが、あれは少女だ。少女が空を飛んでいるのだ。

 このアカデミーという特殊な空間においては、その事自体は別に珍しい話ではない。人工剣霊(メイデンブレード)を携えた剣の主(セイバー)たちが空を駆ける姿というのは、ごく日常的にある光景だ。

 何故なら剣を帯びる限り、彼らは『超人』なのだから。

 人工剣霊(メイデンブレード)とは、人が人を超えるために生み出された装置。空を駆けねばならぬなら、剣の主(セイバー)たちはそれを実現してしまう。

 そして非才凡人の身である者たちは、それを地べたに這いつくばって見上げるしかない。羨ましいなぁ、と嫉妬と羨望を込めながら。

 いつもならば、央太もその例外ではなかった。むしろ誰よりも強い気持ちで、剣の主(セイバー)たちを見上げていただろう。

 実際、今も途中までは目で追っているだけだった。しかし、空を駆ける人影が、運河の方角に──今、まさに自分が向かおうとしている方角へと飛んでいる事に気付いたとき、他人事ではなくなった。


「何か、あったのか……?」


 ありきたりな、その言葉。

 そして、それは間違っていた。何かがあったのではない。今、この瞬間にこそ、()()は起こったのだから。

 少女が高度を落とし、倉庫群へと突入する。一瞬の間があった後、倉庫の一角が吹き飛んだ。爆発したのだ。

 倉庫群の一画から火の手が上がると、風下にあたるこの繁華街も、にわかに騒然とし始める。物見高い野次馬たちが、何事かとざわめいている。中には幾人か、もっとよく見ようと高いところに登ろうとする者たちさえいた。

 だが、そんな事をしなくても央太にはわかった。たった今、場所を確認したばかりの倉庫──これから自分が向かおうとしていた、まさにその場所が爆発したのだと。


「……ッ!」


 どうする、と悩む気持ちは、ほんの一瞬もなかった。

 電気のような痺れが背筋を幾度も奔り抜ける。それは衝動だった。こんな所にいる場合ではないと、身体が言っている。動けと、走れと、考えるよりも先に、細胞が五体に命令する。

 央太は駆け出していた。身体を貫く、その衝動に導かれるままに。

 後にして思えば、それはたぶん──『変わる予感』だったのだ。

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