2.燻る火種 (1)
2.燻る火種
「この剣は、貴女がお持ちください。スゼルナ様」
差し出されたのは、一振りの剣。
見覚えのあるそれに、スゼルナは記憶の糸を手繰り寄せる。
「これって確か、前にミレストに預けていた――」
「ええ。私が、あの子からお借りしておりました。どうぞ」
長剣、と呼ぶには短めの刃渡りを鞘に包み、精巧な装飾のついた柄をのぞかせている。それと目の前の青緑の瞳を交互に見やりながら、スゼルナは少しだけ逡巡した後受け取った。
剣柄の手に馴染む感覚に、彼女の黄金の瞳が和らぐ。
「それは、貴女の剣です。貴女が生み出した、貴女だけのもの――」
「でも、これは元々サマンサさんからもらった薔薇だったはずなんです。それが、どうして剣に……」
「貴女には素養があった、それだけのことですよ」
ベビーピンクの髪が揺れ、表情の乏しい面がかすかに首肯される。次いで彼女の青緑の瞳が、ジッとスゼルナの胸元の剣に注がれた。
「お気をつけくださいね、スゼルナ様。乗せられた思いは、そのまま剣に伝わる――。その剣には、神器ほどではないにしろ、神の肉体にも損傷を与える力が備わっていますから」
「え……?」
意味がわからず小首を傾げるスゼルナに、サマンサはそっと目を伏せた。
サマンサの部屋を退出し廊下を歩きながら、スゼルナは手にした剣に再び視線を落とした。
「思いが剣に伝わる、か」
まるで実感がわかないまま、スゼルナは器用に柄を回すと腰の後ろにそれを取り付ける。黄金の瞳が廊下の先へとめぐらされ、二度ほど瞬かれた。
徐々に近づいてくる、白いシルエット。緩く癖のついた生成色の髪を肩の辺りで一つに束ね、白のコートに包まれた体躯はそれほど高くはなく、少しだけ見上げる位置にある銀朱色の双眸にスゼルナは小さく会釈をしながら、彼の横を急ぎ足ですり抜けようとする。
と、ガッ。握られる右の手首。
思わず立ち止まるスゼルナの手の甲がゆっくりと撫でられ、持ち上げられる。
「これはこれは、あの方のお妃様ではありませんか。ご機嫌麗しゅう――」
目を見張る彼女の前で、その指に落とされる口づけ。
弾かれたように手を引っ込めもう一方の手で覆うと、スゼルナはかすかにうつむいた。
「わ、私、急いでいるんで、失礼します……!」
視線を落としたまま通り抜けるスゼルナに、後方から手が伸ばされ彼女の肩を掴む。
彼女の足が止まり、肩越しに自分を制止した手とその持ち主を順に見やると、その目が困惑をにじませた。
「何をそんなに焦っていらっしゃるんです? このわたしめに、貴重なお時間をわずかばかり頂けると光栄の極みというやつなのですが」
「焦ってなんかいません……! 放して、ください」
「おやおや、つれない方ですねぇ」
グッと肩を引かれ、半回転したスゼルナの顎に指先が絡められる。
抗う間もなく近づいた銀朱の瞳が、スゼルナの眼前でその色をユラリと揺らした。
「相も変わらず、抉り取りたくなるほどに美しい黄金の瞳よな――。覚えておるぞ? あの時、我が身を貫いた燃え滾るような熱さを」
目の前の瞳が、鮮血のように真っ赤に滴っていく。それに、スゼルナは黄金の瞳を見開いた。背筋を悪寒が疾り、全身が強張る。ジワリ、とにじみだす何かを感じながらキュッと唇を噛むと、彼女は震える声を絞り出した。
「なんのこと、ですか……?」
この男は危険、頭のどこかがそう信号を発する。が、麻痺したように動かない手足が、行動に移ることを拒む。
男の指先が黄金の瞳に向けられ、視界の中で徐々に大きさを増していくそれに、スゼルナは息を呑んだ。
長い爪の先が黄玉に吸い込まれる寸前、スゼルナの拘束が突然解かれた。
「フフフフフ。戯れは、ここまでにしておきましょうか。少しばかり――、疼いて仕方がなかったものですから。では、わたしは次の任務がありますので。ごきげんよう」
慇懃に一礼し去っていく白の背中を見送っていたスゼルナは、その姿が消えた瞬間、糸が切れた操り人形のようにその場にペタン、と座り込んだ。