1.蒼と紫の残影 (3) ※
※R15(?)らしい表現が続いていますので、
苦手な方は、適当に斜め読みでよろしくお願いします。
「――と、まあそういうわけで……って聴いてました? 主殿」
「……フン。今の長ったらしい話をまとめると、要は戦力不足を懸念しているのであろう? ならば、貴様が行けば事足りる」
「うええっ!? またオレ!? さっきやぁ~~っと仕事から解放されたばっかの、長期出張帰りなんですけどっ!? どんだけ過酷な労働条――」
「そのような些事、どうでも良い。早く行け。邪魔だ」
「うわ~……人のセリフ途中で遮っといて、それかよ。ただ単に、とっとと本番に突入したいだけだろ、ったく。ああ、くそ! わかりましたよ、行きゃいいんでしょ、行きゃ!」
なかば自暴自棄になりながら踵を返した派手な後姿が、思い出したように振り返る。
「ああ、そういや今更言うのもアレなんですけど――、可愛らしい金糸雀を飼い始めたようですね、主殿。聴くところによれば、先日の光神の隠れ里襲撃時に連れ帰ったとか? クフフ……ッ酔狂すぎるでしょ。何をお考えかは知んねえけど、いつ記憶が戻るかもわからない宿敵を侍らせるなんて普通じゃ――」
「黙れ」
全てを凍りつかせそうなほどの冷気をまとった一蹴に、ロンディスは大げさなほどに身震いすると、自分に回した両腕にギュッと力を入れた。
「お~怖っ! ま、オレは別にいいんですけどね、そういうスリルも面白そうだし? つーか、主殿の刻を操る力って便利だよな~。いくら闇の神が精神的な攻撃に特化しているからって、反則すぎっつーか。ああ、でも刻の力は元々――」
ブツブツと俯きながら独白を並べるロンディスの頬を、ヒュ、と冷たい風が撫で攫っていく。
視線を戻したボルドーの瞳に映る、突如として巻き起こった魔力の渦に銀のカーテンレースがざわめき始める様子。それに、ロンディスからツーと一滴の汗が流れ落ちた。
「……貴様のお喋りも、そろそろ聞き飽きた。なんだ、そんなに軍に加わるのに躊躇いがあるのならば、いっそ全てから解き放たれ楽になってみるか?」
「はい……?」
「望み通り、今この場で誘ってやろう。なに、一瞬で済む。その愚昧な命、この俺に差し出すがいい、玩弄の神ロンディス・オーダ」
「ちょ待っ! 誰もそんなこと頼んでねーし! うへ~っくわばらくわばら」
突き出された掌に凝縮する黒光に、ロンディスは早々に退散を決めこむ。間隔の短い規則的な足音が徐々に緩やかに変わり、そしてかき消えた。
フン、鼻を鳴らすと同時、ベルディアースの手から魔力が霧散していく。その様子を眺めていたスゼルナは、彼と韓紅の色合いを吸い込んだ方向とを交互に見やると、そっと疑問を口にした。
「ねえ、ディアルク。金糸雀って……、もしかして私のこと? あなたは私が誰だか、私の欠けた記憶の内容を知っているの?」
その言葉にベルディアースの柳眉がピクンと跳ね上がり、その下の翠光が鋭い刃と化す。
黄金の瞳がそれには気づかぬまま虚空を彷徨い、小首を傾げる仕草がそれに続く。
「……私ね、夢を見たんだ。蒼の女の子と紫の女の子の夢。私の名前を呼んでいたから、きっと私の知り合いなんだと思うんだけど、全然思い出せなくて。誰なのかな? 私を知っているなら私のこと教えて欲し――」
不意に伸ばされた指先に唇を触れられ、スゼルナは緩々と言葉尻を飲み込んだ。ベルディアースの親指の腹が彼女の下唇を左右になぞり、次に重ねられたのは冷たい唇。
「……余計なことまで知る必要はない。おまえは俺の傍にいろ。それだけで良い」
離れていく彼の手を取り自分の頬を寄せながら、スゼルナは口元をほころばせ小さく頷いた。
「あなたにそう言って貰えるの、すごくすごく嬉しい。でも、でもね。傍にいるだけなら、お人形にだってできるんだよ? 私はただ、あなたの力になりたいだけ。何もない私じゃ迷惑ばかりで、いつかあなたに嫌われてしまうかもしれない。あなたと、この先もずっと一緒にいたいから、私――」
「…………」
「あなたと一緒にいられる――たったそれだけのことなのに、こんなに嬉しくて、こんなに幸せで……。私、どうにかなっちゃいそうなくらいなんだよ?」
「……フッ。面白いことを口にするではないか。ならば――」
華奢な身体が、寝台に沈みこむ。ギシッ軋むスプリングと白いシーツに広がる金糸の海。不安げに見上げるあどけない面立ちが駆り立てるのは、征服欲と嗜虐の心、右耳を彩るダークレッドのピアスは、対になった彼女との繋がり。そして命の基点を覆うように存在を誇示した、黒い紋様。呼び起こされる、本来の彼女との関係。
「ディアルク……?」
「…………」
無言のまま、ベルディアースはスゼルナに覆い被さった。
何度貪ろうとも満たされない飢餓に、幻のようなひとときの快楽に、身も心も溺れていく。
知ってしまったお互いの熱は、既に離れがたいものになっていた。
再度、目に留まる黒の紋様――光に属する者が、闇の神に身を委ねた証。それは即ち、彼と彼女が相容れないことを暗に示す、禁断の証明。
全てを手放し睡魔へと身を委ね始めた彼女を、そのしっかりとした感触を確かめながら、クッ、と翠の瞳が歪む。
「おまえは、我がもの……」
しっとりと汗ばんだ額に、薄く開かれた唇に、そっと口付けた彼の口唇が妖艶に、だがどこか切なさを帯びて緩められた。
「永遠に、我が虜だ」