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神剣伝説 ガルディフォアラード  作者: りんか
【幕間】間奏曲 『Episode.2 予兆』
83/87

1.蒼と紫の残影 (1)

第二幕の裏側の物語です。

お付き合い、よろしくお願い致します。

 サラサラサラ――。

 乾いた音と共に彼のてのひらからこぼれ落ちていくのは、黒く変色した残骸ざんがい

 それを冷徹れいてつに見下ろしていた翠目が、距離を置いてたたず華奢きゃしゃな少女へと流された。

 打ち砕かれた壁から、一陣の風が吹き抜けていく。

 フワリ、それに乗り二人の視界を覆う白いレースカーテンの切れ端。刻まれた紅の模様が、一際鮮やかにえる。

「あなたが――」

 白色の世界が抜け落ち、代わりに紡がれ始める、彼女の声音。

 ひどくかすれたそれに、彼のおもてがピクリと反応を示した。

「あなたがみんなを――、私の全てを奪ったの?」

 一つに束ねられた金色のみつあみが、小さく跳ねる。

 あどけなさの残る顔立ちに寂寥せきりょうの影を漂わせながら、うつろな黄金の瞳で見つめてくる彼女は、震える唇でそう告げた。



 Episode.2 予兆



 1.蒼と紫の残影



 ふいに聴こえてきたのは、自分の名前。

「いつかまた――絶対に、会いましょう。もっともっと強くなって、あいつらをあたしたちで倒せるくらいに腕を磨いて、剣でも魔法でもご先祖様たちに引けをとらないくらいに成長できた、その時に。だから……それまで元気でね、スゼルナ」

 ボンヤリと浮かぶ、蒼のシルエット。

「わたくしも、お二人のお役に立てるよう精一杯励みますわ。いつか必ず、お会いできる日を――その日を、心待ちにしながら」

 次に浮かんだのは、紫のシルエット。

 懐かしい二つの色彩に包まれながら、フワリ――まどろんでいた意識が上昇するのを、彼女は感じた。



「ん……?」

 緩々と、スゼルナの双眸が芽吹く。現れたのは、黄玉を思わせる美しい輝石。それが何度か瞬かれるのに合わせて、長い睫が(まつげ)小さく震えた。

 広い寝台の上で身じろぎをすると、彼女を包む掛布がクシャリと幾筋のしわを刻む。

 ふと上向かせた視界を、天蓋から伸びた銀のレースカーテンが覆う。その向こう側、薄暗い部屋の中を、窓から差し込んだ稲光が一瞬だがほのかに照らす。白光が弾けて散る様を横目にしながら、彼女は気だるい全身に力を籠め、うつ伏せだった上半身を起こした。

「夢、か……」

 瞳と同じ光彩を放つ金色の髪をかきあげ、ストンと膝を曲げれば、掛布が足の間に挟まり臀部でんぶに広がるサラリとした質感。それを意識の端で感じながら、彼女はぼんやりする頭でゆっくりと思い返してみた。

「蒼色の女の子と、紫色の女の子……。私の名前を呼んでいたけど私の知っている誰か、なのかな?」

 呟いて一瞬の間の後、スゼルナはかぶりを振った。

「もしそうだとしても全然心当たりがない……、な」

 継いだ口元が、自嘲めいた笑みを形作る。

 ある日突然、目が覚めたらこの城に、この寝台に横たわっていた。

 それ以前の記憶はほとんどなく、日常生活に障りはないものの、自分がどこの出身なのか、家族構成や友人知人の有無、どうしてここにいるのか――それはまるでどこかに置き去りにしてきたかのように、彼女の中からポッカリと抜け落ちていた。

 視点の定まらない黄金の瞳が歎息と共に下げられていき、胸元に描かれた薔薇と王冠が絡みあった黒の紋様、そして次に広がった白磁の色ににわかに丸みを帯びる。突如クリアになった視界――その中にくっきりと浮かんだのは、一糸纏わぬあられもない己の姿。

「……きゃあ!」

 漏れ出したのは、か細い悲鳴。慌てて掛布を手繰り寄せ身に羽織ると、身体が一気に火照り始める。

 ギュッと掛布を持つ手に力を入れるスゼルナの脳裏に過ぎったのは、昨晩の出来事。彼を受け入れたのは初めてではなかったけれど、途中で意識が途切れてしまうほどに、激しく求めあった。それが鮮明に蘇り、その時さらしてしまったあまりの醜態に、彼女はますます縮こまってしまう。

(私、何か変なこと口走らなかったかな……?)

 思い出しかけて、スゼルナはそれを振り払うように首をブンブンと動かした。それに合わせて、彼女の背中を柔らかく覆っていた金糸たちが、からかうように踊り跳ねる。

 ふ、とレースカーテン越しに、自分の衣類が散乱していることに気づき、広い寝台から這い出すように移動すると、床にそっと足をつける。ひんやりした感触に、小さく両肩を竦めながら立ち上がろうとした、その刹那。寝台に残したままの片方の手首が、おもむろに握られた。

 え、と思う間もなく均衡を失い、フワリ、掛布が舞い上がった。華奢な裸体が次に包まれたのは、黒衣の中。もつれ合うように、再びシーツの上へとなだれこむ。

 圧迫するように絡んでくる両腕に困惑しながら、スゼルナはその持ち主をうかがい見た。長い黒髪に縁取られた美しい相貌は酷く気だるそうで、細く開かれた切れ長の翠の瞳は不機嫌さを伴って、彼女に注がれていた。

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